第2話
たくさんの情報を詰め込まれた朝礼が終わり、生徒たちはトレーニング施設に向かっている。
アカデミーでのトレーニングは二つのフェーズに分かれている。フィジカル・トレーニングとメンタル・トレーニングだ。生徒は全員、二人一組になる。組み合わせはランダムに決められる。協働することに慣れるのがその目的だが、これがなかなか難しい。組む相手が男子であれ女子であれ、トレーニングは完璧に行わなければならない。
施設には十分な照明があり、さまざまなトレーニングに柔軟に対応できるようになっている。窓はなく(窓は生徒たちの気持ちをそらせてしまう)、マットを敷いたフロアには鉄製のバーベルやダンベル、その他のトレーニング機器が並ぶ。室内温度は二十九・四度に保たれている。リュウにはあまり快適な温度ではないが、この程度の不快さで済んでよかった、とも思う。
フィジカル・トレーニングの目的は、生徒の身体を最高の状態に保つことにある。彼らは、白兵戦で競り負けないだけのタフさを身につけ、厳しい状況に耐え、敵を倒し、援軍なしでも生き残らなければならない。ここでは自分の力だけが頼りなのだ。そして、失敗した者は追放される。追放された者がどうなったか、本当のところは誰も知らないが、役に立たないという理由で殺されてしまったのだろうと噂されていた。どのような噂話にも、最も恐ろしい結末が待っている。GWOは恐怖と脅迫で人々を支配していたのだ。
生徒であれば誰もが、アカデミー・マニュアルの十一ページ第二段落を読んだことがある。そこには、「アカデミーが課す要求を一つでも満たせない場合、GWOおよびその当局のメンバーとしての権利は直ちに無効となる」と書かれている。つまり・・・死ね、ということだ。
リュウとターボは最初の選抜プロセスには合格したが、安心はできない。今朝トレーニング施設に向かう途中でリュウがターボの行動に注意を払ったのも、こういう理由があるからだ。
「じゃあな、頑張れよ」リュウはターボに声をかけた。「前にも言ったけど、面倒なことにはクビを突っ込まず、他人とあまり関わるなよ」
ターボはクビを縦に振り、指定されたパートナーのもとに向かった。モニターには、自分の番号の隣に、その日のパートナーの番号が表記されている。生徒たちはトレーニング施設を見渡して、その番号をたよりに自分のパートナーを探すことになる。彼らが着ているユニフォームの胸と背中に、各自の番号が大きくプリントされているのだ。リュウもまた、指定の場所に向かいながら自分のパートナーを探したが、見つからなかった。残っているのは、監視官だけだ。しかたがないので、一年目の生徒に与えられるトレーニングを一人で開始することにした。
「まあ、いいか。腕立て伏せを一〇〇回に、腹筋を一〇〇回だったな。・ああ、時間の無駄だ。でも監視官がいるからきちんとやらないと」リュウは心の中で愚痴りながら、腕立て伏せの態勢に入った。
トレーニングにはそれぞれタイムテーブルが割り当てられていた。もちろん、時間内にトレーニングを終了しなければならない。終わらなかった、は許されない。そして、すべてのトレーニング項目には成績がつけられる。監視官が常に見張っており、パートナー同士が冗談を言い合ったり、トレーニングをさぼって仲良くしていたりすればすぐにばれてしまう。リュウはパートナーをコントロールすることはできないが、自分をコントロールすることはできる。回数を声に出して数えながら、腕立て伏せを始めた。「一・・・二・・・三・・・」
「あなた、一〇一番?」小さな声が割って入ってきた。「私が今日のパートナーよ」
リュウは動きを止め、若干の期待を込めて声の主を見上げた。女子だということはすぐにわかったが、それを前提にしていろいろ想像するのはよくない。年は十七歳くらいで、白い肌に長いブロンド髪。髪はウエストあたりまでありそうだが、ポニーテールにまとめている。気の強さが話し方にも表れている。アカデミーの生徒はこうあるべし、というお手本のような感じがするが、リュウはいまだにこういうタイプに馴染むことができず、受け入れるのも難しい。リュウは眉をひそめ、こんな子、アカデミーにいたっけと記憶をたどったが、思い当たらない。
「そうだよ、僕が一〇一番だ」リュウはかすかに笑みを浮かべて言った。「名前はリュウ。ケンドウ・リュウ。日本の剣道の〈ケンドウ〉だよ」
リュウは自分にうんざりした。俺は何を言っているんだ。口説き文句にもなりゃしねえぞ。
その女子は動じることなく言った。「それってジョークなの?」
リュウは咳払いをした。「ああ、ごめん。聞かなかったことにしてくれ。さあ、トレーニングを始めよう」
その子が頬を緩めたので、リュウはぎくりとした。規則にある「仲良くしてはいけない」という条項など気にも留めていないらしい。
「私はアンジェラ・フィッツジェラルド。初めまして。よろしく」と、大きな声で言った。
「シーッ・・・大きな声は出さないでくれよ」リュウは慌てて周りを見渡した。監視官の視線が重く突き刺さる。目立ったらおしまいだ。リュウは歯を食いしばり、腕立て伏せを続けた。アンジェラが早くトレーニングを始めてくれることを祈りながら。「十一、十二、十三、十四・・・」
「私に静かにしろって言ってるの? あなた、ユーモアのセンスがあるわね」
やれやれ。彼女の言う通りだ。口を閉じていればよかったのだ。リュウはもう一度、腕立て伏せを止めて、アンジェラを見た。トラブルを起こすのは止めてくれと言いたかったが、アンジェラの瞳があまりにキラキラしていたので、リュウはまた決心がくじけ、思わず口元が緩んでしまった。アンジェラの微笑みには、人を引きつけ、親しみを感じさせる何かがあった。しかしここがアカデミーだということを考えれば、ひどく場違いなもののような気がした。それでもアンジェラの笑顔はリュウの心を少し暖かくしてくれた。こんな気持ちは、両親が死んでから感じたことなかったな。
「いや、違うんだ」リュウは勇気を振り絞った。「当ててみようか。君は新入生だろう?」
「それって、どういう意味?」アンジェラは声を荒げ、目を細めてじっとリュウを見た。
リュウは苦笑いしながら、もう一度周りを見渡した。アンジェラは絶対に、ここのやり方を理解していない。この子の振る舞いは自由すぎるし、髪型はもちろんアカデミーに合っていないし、それに、この良い香りは何だ? パフュームをつける時間なんて、どうやってつくるんだよ、マジで!
「ちょっと、聞いてる?」アンジェラは、トレーニングを再開しようとするリュウの背中越しに声をかけた。「いつも、パートナーなしで始めるの? それとも、見せつけたいわけ?」
「ああ、君なしでトレーニングを始めてしまったみたいだね、フィッツジェラルドさん。三十六・・・三十七・・・」
「まあいいわ。私のことなんか、待ってくれなくて結構よ」 アンジェラは腕立て伏せの姿勢を取り、軽々と体を動かし始めた。髪が揺れ、胸がそっと床に触れる。リュウと競争しているかのような、ものすごいペースだ。アンジェラがちらっとリュウを見た。
アンジェラの腕立て伏せを見ながら、リュウは微笑んだ。これで怪しまれることはないだろう。何といっても、リュウは若い男子で、アンジェラはきれいなブロンド娘なのだ。リュウは、制限時間一〇分の最初のセットが早めに終了したため、残った時間はアンジェラを見ていた。その間ずっと、心の中で本当の自分と戦っていた。トラブルはだめだぞと言い聞かせながら。女子とパートナーを組んだのは初めてだが、これは本当に楽しいと思った。ただこの先何も起こらないことを思うと、胸が痛む。アカデミー生は、ここで兵士になるトレーニングをしているのだ。GWOはそれ以上のことは許してくれない。誰も見ていないときに女の子と仲良く話すのは無害だが、それ以上のことがあると、悪い意味で注目されてしまう。
リュウはため息をついて、欲望を押さえ込んだ。ちょうどそのとき、視界の隅に監視官の姿が映った。そいつもアンジェラのことを見ていた。大柄のいかつい野郎で、ブルドッグのような顔をしている。そんなやつが嫌悪感たっぷりに、アンジェラのことを睨らみつけていたのだ。アンジェラの身に何か起こりそうな予感がして、気味が悪い。
リュウは監視官に背を向けると、アンジェラを励ましつつ、彼女の腕立て伏せの回数を数え始めた。アンジェラは最初のセットを十分弱で終了した。
「女だから親切にしてあげた、なんて言わないでよ」アンジェラが立ち上がった。呼吸が荒くなっている。アンジェラは少しむっとした表情でリュウの方を見た。
「もちろん、過剰に親切にしたわけじゃないさ。いつもパートナーにしていることをしただけだよ」とリュウはすぐに答えた。 しかし、リュウの顔は自分でもわかるくらい赤くなっていた。アンジェラは眉をつりあげた。リュウの言ったことを信用していないようだ。
次のセットは腹筋一〇〇回。リュウは、しっかりしろ、と自分に言い聞かせた。 バレバレだぞ、落ち着け。
とはいえ、アンジェラの口元には笑みが浮かんでいた。トレーニングを進めるうちに、二人は打ち解けた気分になった。アンジェラは頭の回転が早い。それも気に入った。アンジェラとのトレーニングは、いつものトレーニングとは違っていた。何だかまともな人間に戻った気がした。
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