第3話
フィジカル・トレーニングの後は、シャワータイムだ。一日の前半が終わり、後半に備えて自分をリフレッシュさせる時間だ。生徒は自分の番号がついたロッカーを使うことができる。リュウのロッカーは一〇一番で、これは第一レベルを意味している。第二レベルの番号は、一五〇番から二〇〇番となり、レベルにより番号が異なる。卒業を控えた最上レベルの最終番号は三四九番だ。番号には、成績か何かの意味があるのかもしれないと言われている。これはただの噂だが、リュウは噂にはあまり興味がない。
シャワー室には大理石など、五つ星クラスのホテルで見かけるような建材が使用されている。室内にはシャワーヘッドが二つ、向かい合わせについており、二人の生徒があまり不快感を持たずに同時にシャワーを浴びられるように設計されている。もちろん男女別々に使用する。お湯は出ず、水はいつでも冷たい。建前としては、水を浴びることで毛穴が開き、身体の老廃物が出ていくと言われていた。まったくのウソか科学的事実なのかはわからないが、冷たいものは冷たい。それに、誰かと一緒にシャワーを浴びるのは、やはり恥ずかしい。
シャワーの後は、再びパートナーと行動することになる。リュウはロッカールームを出てエレベーターに向かい、そこでアンジェラと合流した。アンジェラはさっきまでとは少し違って見えた。それは、アンジェラがシャワーを浴びて、すっきりとリフレッシュしたからだけではないようだ。リュウに対するガードが下がったからだろうか。青と白を基調にした、シワ一つなく完璧にアイロンがけされた軍服姿ではあったが。女子の軍服は男子のものとあまり変わらない。これは、男女を問わず平等に扱うためだが、リュウにはシルエットから女子の身体つきを想像することができた。最悪でも、女子か男子かの区別はついた。アンジェラもその例外ではない。
「あなたって、まあまあってとこね」アンジェラが軽やかに近づいてきた。頭のてっぺんから足の先までリュウを観察している。
リュウは目をパチクリさせた。「はい?」リュウは慌てて周りを見渡した。
「言いたかったことを言っただけよ。嫌なら、忘れてちょうだい」アンジェラがそっぽを向いて答えた。
リュウの鼓動が早くなった。こういう場合、どうすればよいかなんてマニュアルには書いてなかったよな。もちろん、書いてないさ。こういう会話自体、大問題だからな。
リュウは何も言えなかった。笑みを浮かべながら、頭の中では考えを巡らせた。背筋を伸ばして、アンジェラの言ったことにも動じることなく落ち着いているように装った。
「女子から人気あったでしょ?」アンジェラは目を閉じて言った。「私はとっても理想が高いの。だから、私の理想に近い人なんてほとんどいないのよ」
「俺だって彼女を作る時間なんてなかったよ。スポーツで忙しかったから。だから、女子たちが俺のことをどう思っていたかなんて、全然知らないよ」リュウは気取らずに答えた。
「ああ、これで何もかもわかったわ。こいつも簡単だって、思ってるのね。あなたなんて、ちょっと顔はいいけど、ただの運動馬鹿よ」
リュウは顔をしかめた。「ここまでだ。早く行こう。遅刻するぞ」 と言うと、アンジェラの手を引っ張って、教室へ急いだ。
本当はアンジェラとの会話を続けたかった。なぜなら、何て言うか、それが正しいことのように思えたから。けれども、リュウにはそれはできなかった。リュウ自身のために、そしてアンジェラのためにも。リュウにはガードを下げる余裕はない。GWOは絶対だし、こういうことは容認しない。今の会話は全部忘れて、何もなかったようにするのが一番いい。
とはいえ、アンジェラの言葉は簡単に忘れられそうにない。今日はなんて日だ。昨夜見た夢がいけなかったのかな? いや、昨夜はあの夢は見ていない。リュウは心のなかでつぶやいた。
アンジェラを見ると、彼女は真面目で隙のない生徒に戻っていた。二人はなんとか時間ぴったりに教室に着いた。二人が教室に入った直後に、後ろでドアが閉まった。
「全員、着席。一秒も無駄にするな」教官が言った。
メンタル・トレーニングには、軍事戦略の解釈、計画、学習が含まれる。各教室に三十四名の生徒がいる。教室に窓はない。室温は二十九・四度に保たれている。隅ではカメラが点滅し、授業の様子をつぶさに録画していた。カメラはあまりに小さいため肉眼で確認することはできないが、誰もがその存在を知っていた。カメラも生徒の成績をつけるために用意されたものだ。教室には時計もない。また、腕時計などのテクノロジー機器を持ち込むことも禁止されていた。しかし、日々の経験から、リュウには今が一四時頃であることがわかった。囚人か奴隷にでもなったような気分だ。
毎日、全員にシナリオが配られ、パートナーと一緒に最良の解決方法を考える。「最良」というのは、GWOにとって最良という意味だ。リソースや人命、時間の損失、あるいは、外交的解決については考慮しない。そのため、正解は明確だ。勝利のために必要なことは全て実行する。いかなる犠牲を払ってもだ。
あるシナリオを学習する前に、教官はこう説明していた。「俺たちはこの世界ではただの駒だ。尻をふくトイレットペーパーと同じくらい薄っぺらい存在だ」
シナリオを確認し終えると、リュウは以前教室で起こった事件を思い出した。あるクラスメイトが教官にたてつき、教官の気に入らない方法でシナリオを解決しようとしたのだ。
アンジェラがそういう間違いをしませんように。変な方向に行きそうになったら、軌道修正しないとならない。
リュウが戦略について提案しようとした途端、アンジェラが声を上げた。
「教官、質問してもよろしいですか?」 アンジェラの声が教室の沈黙を破った。しかも、アンジェラはリュウではなく、教官に話しかけているのだ。
「どうしてシナリオではいつも、私たちの仲間が死ぬという選択をしなければならないのですか?」 と、アンジェラが質問した。
リュウは凍りついた。やれやれ、俺はこんな厄介なことを頼んだ覚えはないぞ。
リュウがアンジェラをなだめようとしていると、教官が二人の机の方にやってきた。
「そこのお前、起立」教官が荒々しい声で命令した。「何番だ?」
アンジェラは起立して、「一七六番、アンジェラ・フィッツジェラルドです」と答えた。
アンジェラはこれ以上ないほど落ち着いて冷静に答えたが、リュウには彼女の下唇が少し引きつっているのがわかった。アンジェラはようやく場の雰囲気を察知した。そして、自分がとんでもない失敗をしてしまったことに気がついた。
場の空気なんて読めるはずがなかった。アンジェラは新入生で、彼女の物腰から判断すると、たぶん、家は金持ちなのだろう。うかつだった。
「君は変装した将校か?」教官がきつい口調で質問した。「もちろん、違う。お前は、自分の立場もわきまえない、ただの訓練兵だ。シナリオでは証明された方法以外を考えることは禁止されている。数えきれないほどの実戦データから、正しいことが証明されているのだ。ムチ打ち十回の処罰だ。こいつを外につまみ出せ!」
すぐにドアが開き、衛兵が入ってきた。
「こっちへ来い」衛兵が命令した。
アンジェラは頷いて指示に従った。明らかにおびえている。ムチ打ち十回というのは極刑ではないが、数週間前にも別の生徒が自分の意見を言うという間違いを犯して同じ処罰を受けた。その後、彼を見かけなくなったことをリュウは思い出した。
衛兵がアンジェラの手首をつかみ、教室から連れ出そうとしている。リュウは、自分が何とかしなければという思いに駆られた。
「教官、発言してもよろしいですか?」リュウは大声でそう言うと、素早く立ち上がった。
全員の視線がリュウに集中した。リュウは手が震えているのがばれないように、拳を握り脇に下ろした。リュウは、アンジェラの二の舞になりかねないことを承知の上で、それでも何かをしなければならないと思った。結果がどうなろうとも。アンジェラの表情は恐怖から困惑へと変わった。
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