第11話
リュウは着替えを済ませ、ドアに向かおうとしたところで、前日、シャトルバスを降りたときに渡された通知のことを思い出した。中身を取り出すと、「九時にブリーフィングルーム二十三号室に集合」と書いてあった。
また、訓練演習か?
昨日の訓練で、リュウはGWOがいかに冷酷であるかを身をもって体験した。今になって思えば、自分の考えがどれほど甘かったかがよくわかった。
地球を再生するには、どれほど多くの犠牲が必要なのか。リュウには不思議でならなかった。すべての戦争には理由があった。一般には「地球を再生し、豊かな惑星にするため」だと信じられていた。地球には大きく分けて、二つの相反する派閥があった。彼らはそれぞれ独自の方法とプロセスで、地球の再生を実践できると信じていたため、お互いに合意も妥協もできなかった。これ以上のことはわからない。GWOは決して自分たちの秘密を明かしてはくれない。
リュウは立ち上がると、自分の顔を強くたたいた。このままの気持ちでは、外に出ることができない。鏡に映った自分の姿に向かってリュウは話しかけた、「いつか死ぬとしても、俺は、自分が選んだ道を進んで死ぬ。あいつらの操り人形なんて、もうごめんだ」
リュウは部屋を出ると、新たな決意を胸に秘め、堂々と歩き出した。リュウの制服はシワ一つなくアイロンがけされ、シミもなく、着こなしも完璧だった。背筋はピンと伸び、ふるまいにも抜け目がない。リュウのひとみは澄み切っており、睡眠も十分だ。一歩一歩の歩みにも断固たる決意が表れていた。
ブリーフィングルーム二十三号室は二階にある。エレベーターを降りたリュウは廊下を左に進んだ。リュウが部屋に入ると、ほぼ満席だった。三十四席分の椅子があったが、空いているのは、三席だけだった。つまり、リュウのあとに二人の兵士が来るということだ。リュウは空いている席の一つに腰を下ろした。それから、腕組みをすると、前方にいるヒロを観察した。トーチと話している。リュウは部屋を見渡し、ターボとアンジェラの姿を探した。
ちょうどそのとき、二人が部屋に入ってきた。やはり、ターボとアンジェラが最後の二人だった。リュウは二人の姿を見るとうれしくなったが、同時に嫌な予感もして鼓動が早くなった。しかしリュウはその何とも言えない不安を飲み込んだ。ターボとアンジェラは前方のヒロやトーチに気がつき、無表情のまま席に向かった。
「全員揃ったか。よし。では、始める」ヒロが立ち上がった。「我々は重要な任務を与えられた。君たちの優れた能力と意志の強さは訓練演習で十分に証明されたため、GWOは君たちがより高度な目的を遂行できると判断した」ヒロは気取った表情で、大声でまくし立てた。「君たちはこれまで、すべての難題をクリアしてきた。君たちが今ここに集合できたということは、君たちがすでに優秀な兵士としての準備ができているという何よりの証しだ。この任務は訓練ではない。もう一度言う、これは訓練ではない」
リュウは自分が緊張していくのがわかったが、気持ちを集中させて、ヒロの話に耳を傾けた。
「我々は敵の領空に入り、この座標地点で降下する」ヒロは、ボード上の印を指した。ある島の大山脈の略図だ。「着地したら、君たちはチームごとに作戦を実行する。指示に従って動くように。我々は二つのチームに分かれる。チャーリーとブラボーだ。チャーリーは偵察部隊として最初に降下し、ブラボーがそれに続く」
部屋にいる全員に番号が与えられ、ボードを見て自分のチームを確認するように指示された。
「チャーリーのリーダーはトーチ、ブラボーのリーダーは俺だ」ヒロはリュウの方を見ながら言った。
リュウは腕組みをしたまま、左を向いた。
「どっちのチームだ?」リュウがターボに聞いた。
「チャーリーだ」ターボが答えた。ターボは唇だけが動かし、身体は動かさなかった。
リュウはうなずくと、今度はアンジェラの方に身体を傾けた。同じ質問をする前に、アンジェラが答えた。
「ブラボーよ」アンジェラの声と態度には以前には感じられなかった固さがあった。ここでのやり方を理解したのだろう、とリュウは思った。昨日の訓練で、自分たちが直面している現実を認識し、考えを改めたのだ。それはリュウも同じだった。
アンジェラは顔を少し下げ、胸に手をあてた。表情からは彼女が集中しようとしていることが分かる。リュウは気になり、そのままアンジェラを観察した。彼女の頬が少し赤くなった。
リュウは正面を向いたが、視線をわずかにアンジェラに戻した。アンジェラもリュウに視線を向けた。彼女はもうブリーフィングには集中していないようだ。リュウは手足の先まで熱くなるのが分かった。アンジェラが俺のことを見つめている。
リュウはあわてて咳払いをした。リュウはこの雰囲気を吹き飛ばし、状況をリセットして、気持ちを落ち着かせたかった。
ブリーフィングはすぐに終了した。全員が任務と責任を自覚した。他のメンバーは部屋から出て行ったが、リュウは残っていた。この任務にも別の目的があるのではないのか。リュウの本能が、ヒロの言うことは信用するなと言っている。
「一〇一番、ブリーフィングは終わったぞ。自分の寮に戻れ。それとも、何か質問でもあるのか」とヒロが言った。
リュウは立ち上がり、まっすぐヒロをにらみつけた。
「質問はありませんが」リュウはそう答えながら、奥に向かって歩き始めた。
ヒロは少し目を細め、リュウが挑発的に近づいてくる様子に神経をとがらせているようだった。ヒロはポケットに手を入れると、リュウに近づいた。
「これを。これを落とされたと思いまして」リュウはヒロに一枚の紙を手渡した。
ヒロは足を止め、ポケットの中で何かをつかみながら、もう一方の手で紙を受け取った。
「何だ、これは?」そう言いながら、ヒロは紙を裏返した。
それは昨日の訓練演習の指令書だった。表情こそ変えなかったが、内心動揺していた。「どうしてこいつが持っているんだ? どうやって手に入れた?」
ヒロが視線を上げると、リュウの姿はもうなかった。物音一つ立てずに、出て行ったのだ。
部屋に一人残されたヒロは、顔をしかめた。片手の拳を握りしめ、もう片方の手で指令書を握りつぶした。「俺をコケにしたらどうなるか、みっちり教えてやるからな、一〇一番」ヒロはゆっくりと息を吐いた。「この作戦を指揮しているのは誰か、思い知らせてやる」
そして、不気味に微笑み、ポケットからナイフを取り出した。
「覚悟しろよ、リュウ」
* * *
リュウは自分の部屋に向かっていた。ふいに上着の袖を引っ張られ、反射的に「何だっ?」と言ってしまった。ヒロが追ってきたと思い、緊張気味に振り返ったが、立っていたのはアンジェラだった。アンジェラは視線を落としたまま、リュウの袖をつかんでいた。
「アンジェラ、何かあったのか?」リュウが不思議そうにたずねた。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「何だよ」
「今日って、あなたの誕生日なの?」アンジェラは袖を放した。
「えっ、何だって?」リュウは少し赤くなった。 「何で知ってるんだ?」
「本当に誕生日なの?」アンジェラがもう一度言った。イライラし始めている。
リュウは意表を突かれた。アカデミーで過ごしていると、自分のことを考える余裕などない。しばらく考えてみたが、今日が自分の誕生日かどうか、正直なところ確信が持てなかった。そこで、アンジェラの方を向いて、
「あのさ、今日って何日だっけ?」と聞いた。
「三月十五日よ」アンジェラはすぐに答えた。
「そうか。じゃあ、今日は俺の誕生日だ。そんなこと、どうして知ってるんだ?」
アンジェラは肩をすくめた。「ターボから聞いたの」
リュウに、嫉妬のような感情が芽生えた。「そうか」とそっけなく答え、「だから、ブリーフィングにも遅れたのか」と皮肉たっぷりに加えた。
「待って。遅れてないわ」アンジェラは顔をしかめ、大きな声で反論した。「ブリーフィング室には早く着いたの、そうしたら・・・」アンジェラは途中で話を止めた。「そんなことはどうだっていいじゃない。私が言いたいのは、今日があなたの誕生日だってことよ」
「その通りだ」リュウは嫉妬を抑え込んだ。アンジェラをイライラさせたくはなかった。「ありがとう」
リュウの心はすーっと温かくなっていった。以前にも、女子からジロジロと見られることはあったが、こんなに一生懸命見つめてくれる女の子はいなかった。だからこうして話しているだけで、リュウはどぎまぎしてしまう。
「何歳になったの?」 アンジェラがたずねた。
「十八」
「まあ、大人になったのね」アンジェラがニヤニヤしながらからかった。「年寄りになるって、どんな気分?」
リュウも声を上げて笑った。二人で話しているとノスタルジックな気分になる。笑顔というものや、楽しいという感情を、長い間忘れていたことに気づく。アンジェラはまた、胸に手を当てた。ブリーフィングルームでやっていたように。リュウの鼓動は、一秒ごとに早くなっていった。アンジェラの瞳は輝き、頬が赤くなっている。アンジェラは、何かを言おうか、言うまいか、ためらっている様子だった。
ふいに、アンジェラの顔が曇った。「大丈夫か?」 リュウはたずねた。
アンジェラはリュウの手を握った。反射的に、リュウの身体がピクッと動いた。アンジェラは唇をかみしめ、頬を赤らめている。リュウはアンジェラの手のぬくもりを感じた。
「な、なんだよ」ぎこちなく言った。
「ねえ。ここではお祝いなんてできないことはわかっているわ。でも、とにかく」アンジェラは一言ずつ、間を置きながら、恐る恐る言った。「あなたに何かプレゼントしたいの」
「アンジェラ、プレゼントなんて」とリュウが話し始めると、アンジェラは自分の指をリュウの唇に当てて、話を遮った。
「一つだけ、条件があるわ」アンジェラが間を置いた。「それは、生きて帰ってくること」
アンジェラは一語一語をかみしめるように話すと、リュウの瞳をじっと覗き込んだ。アンジェラはリュウを見つめながら、返事を待った。
リュウは後ずさりした。顔が赤くなり、鼓動はさらに早くなった。リュウはどうしていいかわからず、このまま時間が止まればいいと思った。リュウも彼女のように大胆になりたかった。彼女のように自分の感情にまかせて行動したかった。
しかし、アカデミーでそれは危険な行為だ。もしリュウが自分の気持ちを正直に話したら、アンジェラはますますリュウに好意を寄せるだろう。その後で、もしもリュウの身に何か起きたら・・・愛する者を失う悲しみがどれほど辛いものであるか、リュウは身にしみてわかっていた。そんな苦しみを、大切な人には味わってほしくない。とは言え、彼女を拒絶し無視してしまったら、それもまたアンジェラを傷つけることになる。
様々な感情が交差する。まいったな。アンジェラがこっちを見てるぞ。
「分かったよ、アンジェラ」リュウは胸を張って答えた。何があろうと、彼女を心配させたくはない。「約束する」
「いいわね。約束はちゃんと守ってよ」とアンジェラ答えた。
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