第22話

 アカデミーでの惨劇から一週間が過ぎた。リュウはGWOから受けた身体的、精神的打撃から少しずつ回復していた。リュウたちは、日本のどこか地中深くにある〈レジスタンス〉の施設に保護された。リュウの回復状況は、ヤコブ・ペンスキー教授により、きちんとモニターされていた。ペンスキー教授は科学者で、リュウの父、サム・ケンドウの親友である。ターボが受けた説明では、リュウの身体は、筋肉と細胞の再生治療を受けているということだった。

 リュウは再生カプセルに入っている。ペンスキー教授はターボに、ついてきなさい、と言った。〈レジスタンス〉の技術の一端を見せてくれるという。

「このマシンを見てくれ」教授は眼鏡をかけなおしながら言った。「これはマインド・メルド三〇〇〇というマシンで、最先端技術が詰まっている。説明しよう。ここにアイリがいる」 教授はアイリの手を取り、隣に連れてきた。「このかわいそうな子は、右と左の区別・・・」

 「もういいでしょ、教授!」アイリの頬がピンクに染まった。

 「この子は、昔はこんな風ではなかったんだよ」教授は続けた。「本当に、今とは正反対の子だったんだ。アイリは護身術や軍用武器の訓練など受けたことはなかった。アイリは善良な市民として、普通の生活がしたかった。だが、今の時代、それでは生きていけない。新しい世界では、死ぬか、生き残るかのどちらかしかないんだ。そこで私は、技術に関する豊富な知識と人を思いやる優しさから、この無防備な魂を、いわゆる大量破壊の武器に変えるお手伝いをしたというわけだ」

 「要点だけにしてくれません、教授?」アイリがイライラして言った。

 「わかった、要点だけ」教授は ターボに向かって言った。「そこにある銃のようなものを持って、アイリを撃ってごらん」

 「はい?」ターボは目をパチパチさせた。

 「早くその銃を取りなさい、臆病者」アイリおちょくりながら、ターボから五メートルほど離れた場所に立った。

 「君が私の言うことを信じてくれないと、この実験はうまくいかないんだ」教授が言った。 「早く銃を握って、あの子を撃ってくれ!」

 ターボはためらっていたが、このままでは二人は納得しそうにない。

 「わかった、撃つよ。でも、あなたたちが言い出したんだからな」

 ターボは銃を握り、アイリを狙った。アイリは気味悪いほど落ち着いて見えた。

 「いいぞ、撃て!」教授が叫んだ。

 ターボは引き金を引いた。発射音が響いた。

 バーン

 銃弾が薬室を出て、目標に向かっていく。しかし、目標はすでに視界から消えていた。アイリは一瞬のうちに、銃弾を避け、ターボの後ろに回り込んでいた。アイリは、私はここよ、とターボの肩を軽く叩いた。ターボはまだ銃を目標に向けたままの姿勢で、振り向いた。

 「いったい、どうなっているんだ?」

 アイリは教授の隣に戻ると、腕を組んでみせた。「どう、信じられる?」アイリが目を閉じて言った。

 ターボは腕を下ろし、銃をテーブルに戻した。

 「おわかりかな」教授は笑顔で言った。「さっき話したあのマシンは、私の自信作だ。人間の脳とあのマシンをつなげると、マインド・メルド、つまり、脳間通信が可能になる。マシンと脳が繋がったら、どんな種類のトレーニングも人間の脳にアップロードすることができる。何かをハードドライブにアップロードするのと同じ要領さ。アイリには、数えきれないくらいの接近戦のトレーニングをアップロードしたんだよ。アップロードすると、脳はすぐに内容を学び、そして吸収することができる。本を読んだり、武術の道場に通ったりするのと同じだ。強いて違う点を挙げるとすれば、このマシンを使えば、どのようなスキルもあっという間に習得できることぐらいかな」

 「すげぇな!」ターボは、いずれ自分もマインド・メルドしてみたいと期待を膨らませた。

 「ターボに他のことも教えてあげなさいよ、教授」アイリが言った。

 アイリの言葉を聞いて、教授の目が陰った。

 「よろしい」 教授はためらいながら説明を続けた。「しかし、何にでも欠点はある。このマシンでは、一回のセッションで数分間しかマインド・メルドできない。というのも、マインド・メルドには副作用が確認されている。つまり、使用する人間の脳の限界を越えてしまうと、その脳機能が低下してしまうんだ。そのため、実戦に必要なデータをアップロードするには、何度もセッションを受けなければならない」

 「何度も、ですか」ターボは頭をかいた。 マインド・メルドを試したいという気持ちが少し薄れた。

 「教授、教授!」誰かが走って来た。

 「何だね、ベンジャミン」

 「被験者、一〇一番のバイタルが上昇しています。もうすぐ、目が覚めます」若くて元気のいい青年が言った。ターボは、このベンジャミンはかなりのコンピューターオタクだと聞いていた。

 「それは素晴らしい! ゲストの様子を見に行こう」 一行は部屋を出た。ターボはリュウの意識が戻るのを心待ちにしていた。アイリは興味津々といった表情を浮かべて続いた。

 ターボが教授に続いて部屋に入ると、リュウが目を閉じたまま苦しんでいるのが見えた。

 「いやだ、お願いだ・・・聞いてくれ・・・俺は・・・お前を・・・助けたいんだ」リュウはうなされている。悪い夢を見ているのだろう。

 「あの少女が腕の中で息を引き取る瞬間を思い出しているようだね」教授はリュウの脳波とバイタルを表すスクリーンを見ながら言った。「彼を完全に覚醒させよう。そうすれば、うなされることもなくなるはずだ。ベン、電気ショックを」

 「はい、教授」ベンはそう答えると、スクリーン上のいくつかのボタンを押した。

 リュウの手足が痙攣した。やがて、痙攣は収まったが、リュウの意識は戻らない「リュウに何をしているんですか?」ターボはベンが操作する端子に近づき、怪訝な表情を浮かべた。

 教授は、目の前の問題に集中するあまりターボの質問に気づかない。

「もう一度。少し強くしてみよう」

 「ちょっと、待ってください!」ターボは軽いパニックを起こした。

 後ろにいたアイリが、ターボの肩をつかんだ。ターボが振り向くと、「教授を信じて。腕は確かだから」と言った。

 ターボはアイリの表情をじっと観察した。アイリは確信に満ちた眼差しで、ターボを見つめている。ターボは息が詰まる思いがしたが、教授の治療法を受け入れることにした。ターボはリュウに視線を戻した。

 ベンがうなずき、出力を五から一〇に上げた。

 リュウの身体が激しく痙攣した。電気エネルギーが身体に流れ込み、リュウの手足が突っ張り、苦しそうに喘いだ。そこで、リュウが目を覚ました。

 「アンジェラ!」リュウが叫んだ。

 それから、自分が治療台に縛りつけられていることが分かり、拘束具を外そうと、もがき始めた。その様子を見て、ターボは心が締めつけられるような気分になった。

 「君、ええと、名前は確か・・・」教授がターボの方を振り返った。

 「ターボです」

 「そうだった、すまない、ターボ。彼に心配無用だと言ってくれないかな。再生治療を終えたあとで、彼が自分を傷つけるようなことがあっては困る」

 病室に入る前に、ターボは少し間を取り、拘束具に縛られ、もがくリュウの姿をもう一度見た。ターボにはリュウの気持ちがよくわかった。アンジェラが亡くなってから、ターボは深く悲しみ、自分の罪を認め、ようやく最後にアンジェラの死を受け入れることができた。しかし、リュウはその間、ずっと眠っていたのだ。目を覚ます瞬間まで、心のなかで、アンジェラが亡くなった場面を何度も繰り返し経験していたのだろう。リュウに何と言えばいいのか。ターボは拳を握りしめた。

 ターボは深呼吸してから、教授に向かって、はい、とうなずき、ガラス製のスライド式ドアに向かった。まだ、リュウに何と話しかけるか、決められないでいる。だが、惨劇を一緒に経験した親友として病室に入り、リュウを落ち着かせると約束したのだ。ドアが開き、ターボは病室に入った。そして、苦しむ親友の左側に立った。

 「おい、リュウ・・・俺だ、ターボだよ」ターボはリュウの方に身体を傾けた。

 ターボの声を聞いて、リュウは暴れるのを止めた。リュウの表情が明るくなった。

 「ターボ! 本当にお前なのか? 生きていたのか? 大丈夫か?」

 「ああ、ピンピンしてる」ターボが笑顔で答えた。意識が戻った瞬間に、俺の心配かよ? まったく、こいつってやつは。

 「本当に良かった。最悪の事態も心配していたからな。お前が生き残ってくれて、うれしい。本当にうれしいよ、ターボ」しかし、右側を見てリュウの表情がまた暗くなった。「お前がここにいて、でもこっちには・・・やっぱり・・・アンジェラは・・・」リュウの言葉が途切れた。左の目から一筋の涙が流れた。「アンジェラは・・本当に死んでしまったんだね?」

 ターボはほんの一瞬、目を閉じてから、勇気を振り絞って話し始めた。

 「アンジェラは助からなかった。ごめんよ、リュウ。俺がしっかり捕まえておかなかったから、アンジェラはお前の方に走っていってしまったんだ。ぜんぶ、俺の責任だ」 ターボは罪悪感から、思わずうつむいてしまった。目には涙があふれていた。

 少し間をおいて、リュウが口を開いた。「お前のせいじゃない。アンジェラは俺の命を救うために、彼女ができることをしてくれたんだ。俺が初めてアンジェラに会った頃、俺は自分の命なんてどうでもいいと思っていた。正直に言えば、他人の命もどうでもいいと思ってた。でも、アンジェラと会ってから、誰の人生にも目的があることに気がついたんだ。どんなに目的がないように思えたとしてもな。アンジェラは犠牲になってしまったけれど、代わりに俺は人生の目的を見つけたような気がするんだ。だから、アンジェラが死んだのは、自分の責任だなんて、考えないでほしい。アンジェラの死に関して、誰かが非難されるとすれば、それは間違いなく、この俺だ」リュウは衰弱しきった声で言った。「俺一人が、アンジェラの死を償うよ」

 「だけど、リュウ、俺は・・・」

 「もう、いいんだ、ターボ。やめてくれ」そう言うと、リュウは反対側を向いてしまった。ターボは、もうこれ以上アンジェラのことには触れない方がいいな、と思った。

 「ああ、わかったよ」ターボはもう一度、下を向いた。

 リュウは病室を見渡した。初めて病室にいることに気がついたようだ。

 「俺たちって、もうアカデミーにいるわけじゃないよな?」

 ターボが笑った。「もちろんだ。俺たちは〈レジスタンス〉の本部にいる」

 「やったぞ!」リュウがガッツポーズをした。「カプセルだか何だかわからないけど、俺をここから出してくれ。ペンスキー教授に会わないと」

 リュウは拘束具から抜け出そうとした。リュウの気持ちが折れていないのを見てターボは安心した。そして、ガラスの向こうにいる人物に、もう大丈夫です、と合図した。


* * *


 「リュウ君」インターホンから声が響いてきた。リュウはビクッとして、声の主を探した。「ペンスキーだ。君には質問が山ほどあるはずだ。まずは、車いすに乗ってくれるかい」

 病室のドアが開き、全自動の車いすが入ってきて、リュウのカプセルの隣に止まった。

 「この車いすは、再生治療を受けた患者のために設計されたもので、起立を補助してくれる」

 リュウは目を凝らしてガラスを凝視している。ターボはそれを見て言った。

「ああ。ガラスの向こうにペンスキー教授がいるよ。さあ、病室から出よう。いいか?」

 リュウが頷くと、手と足から拘束具が外れた。車いすは治療台の隣にぴたりとつくと、トランスフォームした。治療台も、リュウが車いすに移動しやすいように変形した。リュウは何の苦も無く、車いすの方に身体を移すことができた。

 車いすは再び元の車いすの形に戻り、治療台から離れ、ドアへと向かった。ドアはもう開いている。ターボが車いすのあとに続いた。ドアの向こう側には、〈レジスタンス〉のチームが待っていた。チームはリュウに尊敬の眼差しを向けた。

 「〈レジスタンス〉にようこそ、リュウ君」教授が温かい笑顔を浮かべた。「話が長くなりそうだから、もう少し居心地のよい場所に移動しよう。お腹は空いている?」

 「ぺこぺこです」

 教授は治療エリアを出て、ついてくるよう合図をした。リュウは〈レジスタンス〉の施設を見渡した。そして、GWOとの違いに愕然とした。


 ヒロの顔が浮かんだ。怒りがフツフツと湧いてきた。

リュウにとってそれが、大切な友人を、愛する人を殺害した人物への復讐の第一歩となった。リュウは、GWOへの復讐を誓った。何人たりとも邪魔はさせない。

あいつらに思い知らせてやる。あいつら全員に。



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