第18話

リュウは急いで着がえると、一刻も早く仲間たちを探して、父の話を伝えたいと思った。

 父親からの手紙は本物で、GWOの計画に関する部分も、それが事実無根であると証明されない限り、事実だと考えることにした。

 「ところで、ターボの部屋はどこだ?」寮では他人の部屋に遊びに行くことは固く禁じられているため、ターボの部屋に行ったこともなく、そもそもどこにあるのかさえわからない。

すぐにいい考えがひらめいた。リュウは、自分の部屋のドアを開けると、廊下を見渡し、衛兵がパトロールしていないことを確かめた。いいぞ、誰もいない。

 リュウはそろりと部ドアの上部を見た。「一〇一番」、リュウの番号だ。

 寮では住人を間違えないようにするため、各部屋のドアに生徒番号が付けてあった。リュウはもっと早く気づくべきだった。よし、いいぞ。ターボの番号は・・・一九〇番だ。

 ということは、ターボの部屋はリュウの部屋と同じ階にある。番号どおりに廊下をたどっていけば、一九〇番と表示された部屋に着くはずだ。左隣の部屋を見ると、一〇三番と表示されていた。リュウの部屋は廊下の一番端にあるため、ターボの部屋まではかなりの距離がある。一〇三番の反対側の部屋には、一〇二番と表示してあった。廊下を挟んで、偶数番と奇数番の部屋が向かい合わせに並び、それがずっと続いていく。

 リュウの心に、何かが引っかかった。一〇二番。ヒロの番号だ。これはヒロの部屋なのか?

 ヒロの部屋の前に立つと、背筋に寒気が走った。廊下の空気も、恐ろしいほど冷たい。

 リュウは自分の部屋に戻り、所持品を詰め始めた。アカデミーを脱出したら、二度と戻ることはないだろう。何としても、ヤコブ・ペンスキーを探し出し、両親の話をもっと聞きたいと思った。廊下に出で、静かに部屋のドアを閉めた。周りには誰もいない。少なくとも、今、この瞬間は。リュウは一九〇番の部屋に向かって走り出した。

 「一五四、一五五、一五六、・・・」リュウはドアの番号を確認しながら、進んでいく。

 しばらく進むと、胸と腕が痛み始め、リュウは自分があまり早く動けないことを思い出した。喉は乾き、腹も鳴り始めた。だが、隔離部屋に閉じ込められていたときに比べれば、体調はずっといい。もちろん、怪我は完治しておらず、体調も万全ではない。もしも誰かに出くわしたら、戦うしかないだろう。リュウは絶えず、周囲に目を光らせることを忘れなかった。

 「・・・一八八、一八九、一九〇!」 ここだ! ターボの部屋をノックした。ドアに耳をつけると、部屋の中で誰かが動く気配がした。

 よかった。ターボは部屋にいる。

 「おい、ターボ・・・俺だ・・・リュウだよ・・・開けてくれ!」少し声を荒げて言った。

 「はあっ?」ドアの向こうからターボの声がした。

 「リュウだよ。早くドアを開けてくれ!」

 ドアが開き、眠そうな顔をしたターボが出てきた。「おい、今何時だと思ってるんだ」

 リュウは時間を無駄にしたくなかったので、質問には答えず、ターボを部屋の奥に突き飛ばし、すばやくドアを閉めた。

 「おい!」ターボは床に倒れた。

 リュウはすぐにバッグを下ろし、押し込んでいた手紙を取り出した。「いいか、よく聞いてくれ。詳しく説明している暇はないが、俺たちはかなりマズイ状況にあるんだ」

 「お前、本当にリュウなのか?」ターボの眠気が吹っ飛んだ。

 ターボはまばたきすると、リュウの姿をまじまじと見た。リュウが生きている!

 「リュウ!」ターボはこれ以上ないほど興奮して叫んだ。ターボは飛び上がり、リュウに駆け寄ると、がっしりと抱きしめた。「生きているんだな! 助かったんだな、お前!」ターボはそう叫びながら、嬉しさのあまり涙を流した。

 「そうだよ。俺だよ、ターボ」リュウは手紙を読んだショックで、その前の出来事をすっかり忘れてしまっていた。自分が瀕死の重傷を負い、ターボが助けてくれたことを、忘れていたのだ。「助かったんだよ。ちゃんと生きてる」リュウは静かに答えた。

「ターボ、俺は大丈夫だから」リュウはターボの身体を引き離したが、ターボはまた抱きしめてくる。「もう・・・いいだろ」リュウはイライラして、ターボを突き飛ばした。

 「俺は元気だ。大丈夫だ。ここにいるだろう」

 ターボは床から起き上がると、ゆっくりと腕組みをしながら、今度は少し混乱した表情でリュウを眺めた。「あいつらがお前を連れて行こうとしたとき、俺の心に話しかけてきたのは、間違いなくお前だったよな。でも、正直に言うと、俺は間違った選択をしたんじゃないかって、ずっと気にしていたんだ」 ターボはそう言うと、頭の後ろをかいた。

 リュウは何も言えなかった。ターボが何の話をしているのか、最初はよくわからなかったが、話を聞いているうちに、リュウの記憶が少しずつよみがえった。心の中にしまい込んでいた、かすかな記憶が。リュウはターボが感じている自責の念を少しでも晴らしたいと思った。

 「お前の心の声が聞こえてきて、俺の心がそれに反応したんだ。デジャヴみたいに」

 「デジャ・・?」

 「とにかく」リュウは話を元に戻した。「さっきも言ったけど、俺たちはかなりマズイ状況にあるんだ。早くここから脱出しないといけない。いいか、俺の話をよく聞いてくれ」

 「何のことだ?」ターボがリュウに近づいた。「確かに、俺たちはかなりマズイ状況にいる。お前が俺の部屋にいるだけでも、規則違反だし—— 」

 「頼むよ、ターボ。黙って、俺の話を聞いてくれ」リュウはターボの話を遮った。「GWOはみんなを殺そうとしている。もちろん、俺たちのこともだ」

 「何の話だ? GWOには兵隊が必要だろう」

 「今はそうだが、やつらは自分たちの兵隊を作ろうと計画しているんだ。いいか・・・あまり詳しくは説明できないけど、とにかく、俺たちはここから逃げ出さないといけないんだ」

 「まあ、落ち着けよ。お前が何を言っているのか、よくわからない」

 ターボを残して脱出するなんてできない。さっき縛り上げた衛兵もそのうち追ってくるはずだ。ヒロにも連絡がいくだろう。今すぐに逃げなければならない。リュウはため息をつくと、ターボの手をつかみ、父親からの手紙を渡した。

 「これを読んでくれ。俺の父親からの手紙だ。これは本物だ。理由を説明している時間はないし、入手方法も説明できないけど、ここに書かれていることは真実だ。信じてくれ」

 ターボは手紙をつかみ、読み始めた。途中でリュウの顔を見上げ、また手紙に視線を戻した。ターボは読み終えると、質問することなく、ただ頷いてみせた。

 「GWOがやりそうなことだな。あいつらが俺たち全員を殺したがっていることは、薄々感じていたよ。アカデミーの入学式からな」 ターボは少し思案し、大きく息を吸い込んだ。「それで、どうする?」

 リュウはほっと息をつくと、笑顔を浮かべた。そして、ターボを思いきり抱き締めた。

 「やっとわかってくれたんだな」

 「まあ、そんなに感情的になるなよ。さあ、行こうぜ」今度はターボがリュウの抱擁を振り払う番になったが、自分がからかわれているとは気がつかなかった。

 「まずは、アンジェラを見つける」リュウはそう言うと、バッグをつかんだ。

 「アンジェラ?」

 「そうだ・・・アンジェラだ」

 「アンジェラは女子寮にいる」二人はそう言うと、同時に唸り声を上げた。

 女子寮であろうが何だろうが、どうしてもアンジェラに会わなければならない。誰にも見つからず、誰にも不審に思われず、女子寮に入るにはどうすれば・・・もしも女子寮なんかで見つかったら、二人ともその場ですぐに殺される。質問されることも、罰を受けることもなく、ただ殺されて、死体置き場に投げ込まれるだろう。

 ターボとリュウはその場に立ちつくしたまま、どうやってアンジェラの部屋に辿りつくかを考えた。ターボは、もう一度手紙に目を落とした。

 「おい、ちょっと待て」リュウが言った。「手紙をかしてくれ!」 リュウはターボの手から手紙をひったくるようにして取り上げた。「これを見ろよ」

 「何だ? 俺がもう一度読もうとしていたのに」

 「違う。ここを見てくれ」

リュウは手紙を、部屋の小さな窓から差し込む月明かりに透かして見せた。

 「見取り図だ」リュウが言った。

 「本当だ」

 「アカデミーの見取り図だぞ。どうなってるんだ、この手紙は」リュウは驚嘆の声を上げた。

 「見ろよ。女子寮への道順だ」ターボが言った。

 「急いで、見取り図を写してくれ」

 ターボはうなずき、リュウが手紙を月明かりに透かしているあいだに、アカデミーの見取り図を写した。ターボはできる限り細かい情報まで写し取った。

 「いいぞ・・・終わった」

 「よし、行こう」リュウはドアに向かった。

 「ちょっと待った」ターボが言った。「どうしたら、誰にも見られずに、女子寮まで行けるんだ? 見取り図は手に入れたけれど、こんな真夜中に男子二人が女子寮をうろつくんだぞ」

 「そうだったな」 リュウは頭をかきながら、何か良いアイデアはないかと思案した。「そうだ、いいことを思いついた」すぐにリュウが言った。

 「早いな、お前」ターボが答えた。

 「ああ、ベストではないかもしれないけど、この案でいこう。どんな手を使ってでも、必ずアンジェラのところに行くんだ。もし何かあったとしても、俺は後悔しない」

 ターボがうなずいた。「ああ、俺も後悔はしない」ターボはフィスト・バンプをしようとしたが、リュウはすでに振り返っていた。ターボは拳を下ろすと、思わず肩をすくめた。

 「荷物は持ったか?」リュウが言った。「もうここには戻ってこないんだからな」

 再び、大きな決断をする瞬間が訪れた。だが、今度は自分で自分の道を選ぶ決断だ。誰かに強制されたわけではない。これは自分で選択したことだ。そのことが何よりもうれしかった。

 「そうだ、最後にもう一つ・・・部屋を出て行く前に・・・」これから出発というときになって、リュウがターボに言った。ターボは少し心配になった。

 「どうした? まだ何かあるのか」ターボは不安な様子で、部屋を見渡した。

 「あのさ、水をもらえるかな?」

 「はっ?」

 水を飲んだリュウは廊下に出ると、人影がないことを確認した。「大丈夫だ。俺の後についてきてくれ」リュウはそう言うと、女子寮とは反対の方向に走り始めた。

「女子寮はこっちじゃないぞ」しばらく走ったところで、ターボが怪訝な顔でささやいた。

「わかってるさ。でも、俺がさっき縛り上げた衛兵がこっちにいるんだ」

「何だって?」

「俺の後について来てくれ。まだ、誰にも発見されていなければいいけど」

二人は廊下を走り、男子寮を抜け、エレベーターへと急いだ。リュウは下の階のボタンを押した。エレベーターが目的の階に着くと、リュウが先に降りてターボを先導した。

「もうすぐだ」

「お前、本当に大丈夫なのか?」 ターボがリュウの包帯を指しながら言った。「怪我はひどいんだろう?」

「まあな、でも心配はいらない」リュウはそう言いながら、ズキズキする肋骨の痛みは忘れることにした。角を曲がると、リュウが急に立ち止まった。「あそこだ」

二人の衛兵は床の上で眠っていた。まだ、縛られたままだった。

「何があったんだ?」ターボは興味津々だ。

「後で説明するよ」リュウが答えた。「あいつらの制服を脱がすのを手伝ってくれ」

リュウとターボは衛兵らが起きないように気をつけながら、警棒や腕をほどいた。それから彼らの制服を脱がすと、急いでそれに着がえた。

「こいつはもう少し体重を減らした方がいいな」ターボは着がえながら言った。衛兵の制服は、細身のターボの身体にはだぶだぶして見えた。

「とにかく、急ごう」リュウが言った。

二人は数分で着がえ終わると、制服がぴったり合っているか、互いに確認し、変装が疑われないように、微調整を繰り返した。

「いいだろう、これで本物の衛兵に見えるぞ」そう言うと、リュウはポケットから手紙を取り出して、女子寮への経路を確認した。「このドアを通って、このエレベーターに乗る」 リュウは見取り図を指でさしながら説明した。「女子寮はB棟の一階だ。後ろのエレベーターで上がって、左に曲がり、この廊下を通る。B棟に入ったら、俺たちは二手に分かれよう。俺はアンジェラの部屋に行くから、お前は外の廊下で見張っていてくれ」

「なんで俺が見張り役なんだ?」ターボがたずねた。

「だって、お前の足の方がずっと速いだろう。もし何かあったら、迅速に動かないといけない」リュウはターボの肩を軽く叩いた。

「まあ・・・そうだな」ターボが答えた。

「行こう」

ターボとリュウは二人の衛兵をその場に残し、再び走り始めた。二人は計画通りに女子寮に向かった。通路を走り、エレベーターに乗って一階に上がると、通路を左に曲がり、B棟に入っていった。目標までもう少しだ。

リュウはターボに「ここで見張っていてくれ」と、手で合図した。

「了解。でも早くしてくれ。部屋に入ったら、すぐに出てこいよ」

「わかった。言うは易し、だけどな」リュウはずっと走ってきたため、心拍数がかなり上がっていたが、アンジェラの部屋に行くことを考えると、さらに心臓がドキドキしてきた。

GWOの計画を説明したら、アンジェラはどういう反応をするのだろう。自分を信じてくれるだろうか。とにかく、やってみるしかない。アンジェラの命を助けるためだったら、何でもする覚悟でいた。見張り役のターボと別れると、一七六番のアンジェラの部屋を目指して廊下を走り始めた。リュウはトレーニングのパートナーとして初めてアンジェラに会った日から、アンジェラの番号を片時も忘れたことがない。

「あった! ここだ・・・一七六番」

リュウはアンジェラの部屋のドアの前で止まり、番号を確認した。あとは、勇気を出して、ドアをノックするだけだ。リュウはアンジェラが無事で、部屋にいてくれることを願った。


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