第20話
エレベーターの中で、リュウはもう一度、見取り図を取り出し、経路を確認した。リュウは最善の経路を取りたかった。見取り図にマークされているすべての出口をチェックすると、×印よりも、この場所から近く、簡単に通過できそうなところがある。
「ここを見ろよ」リュウは見取り図を指した。「ここを通れば人に会う危険が少ないし、×印よりも近いんじゃないか」
「いや、だめだ」ターボが首を振った。「×印がついているのには、何か理由があるはずだ」
リュウはその意見にも一理あると思ったが、三人が無事に×印にたどりつけるかどうか、確信が持てないでいた。 もしもこの計画が思った通りに進まず、大切な友の命を奪うことになったら、と考えると、なかなか決断できない。「そうだな」リュウは髪をかき上げながら言った。「そっちに行くと、また誰かに見つかるかもしれない。こっちに行った方が、誰にも会わない可能性が高いと思ったんだ。次もうまく誤魔化せるとは限らないしな」
「確かに、リスクはあるわ」アンジェラが肩をすくめながら言った。「でも、リスクを恐れていてどうするの? それに、私たち、ちゃんとここまで来られたじゃない」
「リスクを取る、か」リュウが言った。
「ここまで、三人で乗り越えてきたことを忘れたの? 教室、ムチ打ち、訓練演習、任務」アンジェラが強い口調で言った。「今までにも、私たちが命を落とす危機はたくさんあったけど、あきらめなかったから、一つ一つを乗り越えられてきたんじゃない。今度も同じよ、リュウ。ここであきらめたら、他のみんなと同じように、黙って死を選ぶことになるのよ。でも、ここから進んで行くってことは、自分の運命を自分で選ぶってこと。あなたは絶体絶命のときでも、それを教えてくれたじゃない」
アンジェラはリュウの肩に手を置き、リュウの目を見つめた。
リュウは自分がこれまでアンジェラに話してきたことを、逆にアンジェラの口から諭されることになり、思わず表情が崩れた。リュウはアンジェラとターボに視線を走らせた。このような素晴らしい友を持ったことに感謝だ。
リュウは深く息を吸い込んだ。「君の言う通りだ。俺たちは限られた時間内に、ここから脱出しなければならない。×印に急ごう。そして、こんな忌まわしい場所から早く逃げだそう」
ターボがヒューと口笛を吹き、意気込んだ。アンジェラの顔から笑みがこぼれた。
リュウはエレベーターのボタンを押して、一階に向かった。
「ドアが開いたら、俺についてきてくれ。急ぐぞ」
エレベーターが止まり、ドアが開いた。リュウはもう一度、誰もいないことを確認した。
「いいぞ」リュウがささやいた。
リュウたちは、中庭とメインビルの間に位置するロビーを進んでいった。ここに入るのは初めてだ。巨大な支柱が均等に並んでいる。リュウは四方を見渡し、巡回している衛兵に見つからないように警戒した。アンジェラがリュウに続き、ターボが後方を確認した。
「支柱に隠れながら進もう」リュウはそう言うと、一番近い支柱まで走った。
リュウは支柱の陰に隠れると、周囲を確認し、また、次の支柱へと走った。それを繰り返し、リュウはついに最後の支柱にたどり着いた。中庭へ続くドアはすぐそこだ。振り返ると、アンジェラはリュウの一つ後ろの支柱に隠れ、ターボはもう一つ後ろの支柱に隠れていた。
リュウがドアに近づき、中庭の様子をうかがおうとしたとき、上から足音が聞こえた。ロビーは吹き抜けで、各階から見下ろせるようになっている。リュウの身体に緊張が走った。足音はどんどん近づいて来る。リュウはアンジェラとターボに、動くな、陰に隠れろ、と合図した。声は聞こえてくるが——どうやら、二人いるらしい——会話の内容は分からなかった。
「おい」リュウは小さな声でアンジェラを呼んだ。
アンジェラはリュウの方を向いた。リュウは上階を指さしている。アンジェラは頷き、目を細めて、リュウの真上の状況を確認した。
しばらくすると、アンジェラは指で「二」と合図してきた。リュウが思ったとおり、上には二人いる。たぶん衛兵だろう。
リュウは、了解、と頷いた。しかし、リュウはどうしても、彼らの会話の内容が知りたかった。リュウは目を閉じ、気持ちを集中させた。
すると、雑音が消え、まったくの無音状態となった。そして、衛兵たちの会話だけが聞こえてきた。まるで二人がリュウのすぐ横にいるように、はっきりと。
「あいつら、服を脱がされているところを発見されたんだ」一人の衛兵が怒っていた。
「誰がそんなことをしたのか知らないが、そいつは自分で自分の墓を掘っちまったようなものだな」もう一人の衛兵が吐き捨てるように言った。「アカデミー全体を敵に回したんだ。捕まったら、見せしめにされるぞ。首を落として、槍に刺して・・・」
リュウの集中力が切れ、会話はそこで聞こえなくなった。だがそれだけ聞けば十分だ。リュウは厳しい表情で、アンジェラとターボの方を見た。俺が縛り上げた衛兵が見つかった。俺たちを探している。リュウは目と口の動きだけで二人に会話の内容を伝えようとした。
リュウはもう一度見取り図を確認した。×印まで、あと七十メートルくらいだ。寮からこんなに離れた場所に来たことがないので、三人とも、×印に何があるのか見当もつかなかった。しかし、×印には次の行動のヒントやら手がかりやらがあるはずだ。
衛兵の足音が遠ざかっていく。アンジェラが親指を立てている。衛兵が視界から消えたのだろう。リュウはうなずくと、ロビーを抜け、中庭に入った。
中庭は大きく開けた正方形をしていて、ところどころに小さな植え込みがあった。高い壁に囲まれている。梯子はついていない。隠れる場所はないが、照明もないので、誰にも見つからずに通り抜けられるだろう。中庭はメインの建物の後方にあり、特に決まった用途もないため、衛兵はほとんど巡回しない。
「例の衛兵たちが見つかった」リュウは、追いついてきたアンジェラとターボに言った。「休んでいる時間はない。×印はこの中庭を抜けて、照明のあたりを越えたところだ」 リュウは中庭の先を指さした。
三人はひんやりした風を受けながら進んだ。一歩踏み出すごとに、自由が近づいてくる。
中庭を抜けると細い通路に出た。通路を挟んで二つのビルが建っている。どちらも裏口のようだ。
「もうすぐだ」リュウが言った。
だが、少し不安になってきた。三人が目指している×印のあたりはひときわ明るい。すぐに見つかりやしないか。見取り図には何の補足説明もない。
三人は通路を抜けたところで、立ち止まった。壁に沿って、大きな彫像が並んでいる。夜間に配送を行うためか、このエリアは明るく照らされている。地面は暗い色で舗装され、路面表示がペイントされている。
このエリアの端にまで辿り着いた三人は、途方に暮れた。行き止まりだ。
「なんてことだ!」リュウは叫んだ。
「行き止まりじゃないか」ターボも息を詰まらせ、指示書がないか辺りを探し始めた。
リュウは壁の前に立った。壁を見上げながら、梯子を探した。壁の高さは十メートルほどはあり、表面はツルツルしていた。取っ手も足場もなかった。登ってもすぐに滑り落ちてしまう。リュウは拳で壁を叩いた。
「なぜだ?」リュウは壁を叩き続けた。
「×印には何か意味があるはずだ」ターボが言った。
ひざまずいたリュウの脳裏に、三人が処刑される光景が浮かんだ。三人は柱に縛りつけられ、GWOの処刑部隊が彼らにライフルの銃口を向け、引き金を引く。見物人の中には、ヒロの姿もある。三人の身体が銃弾で打ち抜かれると、ヒロの顔に大きな笑みが広がる。さっきの衛兵が言っていたように、三人の首は切られ、頭部は槍に刺されて、見せしめにされる。
「真夜中の巡回にしては、少し遅すぎないか?」突然、誰かの声がした。さっきとは違う声だ。その声は三人の真後ろから不気味に響いてくる。
「しまった」アンジェラが言った。
リュウは我に返り、周りを見渡した。悪夢が現実となった。
そこには、ヒロ、トーチ、それに衛兵の集団が立っていた。見つかったのだ。
あの手紙は偽物だったのか? リュウの心に不安が広がった。今はそれよりも、敵と対峙しなければならない。リュウは、震えながら振り返った。あの手紙は、反抗や報復を企てる者を排除するために、GWOが仕組んだ罠だったのか?
手紙が本物であれ、偽物であれ、今となっては、すべてが終わったのだ。三人の脱出は失敗に終わり、リュウの大切な友人たちの命が失われようとしている。俺のせいだ。
この場所で今すぐに、誰かが殺されるとしたら、それは俺でなければならない。
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