第21話

ヒロは取り巻き連中の先頭に立ち、征服者のような表情を浮かべていた。

 「お前たち、ここから逃げようとしたみたいだな」ヒロはどこか楽しそうに言った。

 「お前たちの惨めな人生を終わりにする前に、最後の一言を言わせてやろう。でも、気をつけろよ。チャンスは一度だけだからな。せいぜいカッコいいことでも言ってくれよ」

 ヒロは腕を組んだ。隣では、トーチがタバコに火を点けている。三人の遺体に火を点ける瞬間を待ち焦がれているようだ。衛兵はすでにライフルを構え、三人に照準を合わせている。ヒロが合図を送れば、すぐに三人は射殺されるだろう。空気がピンと張りつめている。

 「ヒロ」リュウは一歩前に出た。

 「だめよ、リュウ!」アンジェラが言った。

 「待て」ターボはアンジェラの肩に手をかけ、引き止めた。

 「聞いてくれ、ヒロ」リュウは恐れずにさらに一歩、ヒロに近づいた。

 ヒロは一瞬たじろいだが、リュウを指さして言った。「俺がどんなにお前を軽蔑しているのか、知っているか?」 ヒロは声を荒げた。「俺はこの瞬間をずっと待っていたんだ。俺のこの手で、お前の脆い身体を叩きのめすチャンスをな。俺に必要だったのは、お前を叩きのめす口実だ。ついに、その口実ができた。しかも、お前がそのお膳立てをしてくれるとはな」 ヒロはクスクス笑うと、リュウに一歩近づいた。「番犬みたいにお前の一挙手一投足を見張る役を、俺がどれだけ我慢してきたのか、お前には想像もできないだろう」

 リュウは困惑して眉を寄せた。「何の話だ?」

 「お前のせいで、俺は昇級できない!」 そう怒鳴ると、ヒロはリュウの顔を殴りつけた。

 リュウの頭が、サンドバッグのように揺れた。リュウが地面に倒れると、アンジェラがまた飛び出そうとしたが、ターボがそれを抑えた。リュウはトーチの方をちらっと見た。ヒロの取り巻き連中を見た。そして、射殺の合図を待っている衛兵たちも見た。

 ヒロは攻撃を続けた。「お前は、俺の貴重な時間を無駄にしたんだ」

 次々とパンチを浴びせ、やがてヒロは攻撃の手を緩めた。リュウへの敵意はむき出しにしたままだ。リュウは息を詰まらせながら、ヒロを見上げた。鼻から血が流れた。リュウはふらつきながら立ち上がった。

 「ヒロ・・・俺はお前を助けてやりたい」リュウは途切れ途切れに言った。

 ヒロは鼻で笑い、再び、リュウを激しく殴り、後ろの壁に叩きつけた。リュウの身体は、膝からくずれ落ちた。

 「俺を助ける?」 ヒロはあざ笑うように言った。「お前の助けなんていらない。だいたい、助けが必要なのは、お前の方だろう」


* * *


 リュウはちらっと、アンジェラを見た。アンジェラはまだリュウの名前を呼んでいる。ターボを見ると、アンジェラが前に出て行かないように抑えながら、泣いていた。

 リュウの服は破れ、口と鼻から血が流れていた。目は腫れあがり、後頭部の傷が刺すように痛んだ。リュウはぼろきれのように痛めつけられ、呼吸をするのも苦しくなってきた。しかし、リュウは歯をくいしばり、全身の力を振りしぼって立ち上がった。

 リュウはまだあきらめたくなかった。だが、これ以上肉体的に戦うことは無理なようだ。リュウに残された武器は、ただ一つ、言葉だけとなった。

 「ヒロ、俺のせいで、お前が苦しんでいたなんて知らなかった。謝るよ」そう言うと、リュウは頬の血を拭った。「お前が俺を殴り殺そうがどうしようが、俺にとってはもうどうでもいい。ただ、俺は後悔だけはしたくないから、これだけはお前に言っておきたい。GWOは、お前が考えているような組織じゃない。自分だけは安全と思っているなら、それは大きな間違いだ。GWOは俺たち全員を殺すつもりだ。もちろん、お前も含めて」

 「バカなことを言うな!」そう言うと、ヒロはリュウの顔を蹴った。

 リュウは地面に崩れ落ちたが、何とかして痛みに耐え、再び立ち上がった。

 「今は、俺の話なんか信じないだろう。でも、お前はこれから辛い経験をするはずだ。そして、いつの日か、俺の話が本当だったと気がつく。そのとき、お前がみんなを守ると約束してくれるなら、俺はここで喜んで命を捧げるよ」

 「黙れ!」ヒロは叫ぶと、再びリュウを殴った。

 リュウの頭はのけ反った。全身の痛みに震えながらも、リュウの足は持ちこたえ、なんとか立ち続けた。リュウは手の内をすべて晒そうとしていた。絶対にヒロを説得してやる!

 「お前が自分をどれほど冷酷だと思っていたとしても、お前が俺や俺の友達をどれほど冷酷に扱うとしても、結局、お前は俺たちと同じなんだ」リュウは声をふり絞って言い放った。

 リュウの顔は腫れあがり、ヒロの顔さえ、かすんで見えた。片方の目は開けることすらできない。

 「俺は必ず約束を守る」リュウが力強く言った。「俺はここにいる全員を助けることを約束する。もちろん、お前もだ、ヒロ。たとえ敵だとしても、俺はお前を必ず助ける」

 「黙れと言っただろう!」ヒロは怒鳴ったが、その声は震え、目に怯えがにじんでいる。

 効いてきたぞ。リュウの言葉がヒロの攻撃を止めた。ヒロはなぜリュウが自分を心配しているのか理解できず、混乱し始めている。

 「ヒロ」唐突にトーチが叫んだ。「しっかりしろよ、早く命令を遂行しようぜ」

 ちょうどそのとき、上空から複数のサーチライトが降り注いだ。飛行機のエンジン音が鳴り響く。リュウは空を見上げたが、目がチカチカするばかりで何も見えない。

 リュウの身体が限界に達し、膝からゆっくりと崩れ落ちた。他の者は上空からの光と飛行機の爆音に気を奪われていたが、アンジェラだけはリュウの異変に気づき、ターボの手を振り払って、リュウのもとに走った。アンジェラは両腕を伸ばすと、倒れ掛かったリュウをしっかりと受け止め、支えた。

 「あれは?」リュウはもう一度、空を見上げようとしたが、やはり何も見えなかった。

 「飛行機よ」アンジェラが言った。「飛行機からドロイドが攻めてくる。〈レジスタンス〉だわ」

 それを聞いて、リュウはホッとした。やはり、あの手紙は本物だったんだ。〈レジスタンス〉が三人を迎えに来ることになっていたんだ。

 「撃て!」トーチがリュウを指した。「やつらを殺せ!」

 あっという間の出来事だった。

 リュウが衛兵の方を振り向くと、衛兵はリュウとアンジェラに銃口を向けていた。リュウは何とかして話そうとした。叫ぼうとした。動こうとした。だが、もうそんな力は残っていなかった。そのとき、アンジェラがリュウをぎゅっと抱きしめた。そして、リュウの身体を覆うようにして、自分の背中を衛兵に向けた。アンジェラは盾になるつもりだ。リュウの顔が真っ青になった。だが、遅かった。銃弾がアンジェラの背中に沈み込んでいく。アンジェラが、アッと息を吐いた。銃弾が背中に沈むたびに、アンジェラの身体が痙攣する。

 「やめろーーーーー!」

 リュウの頭の中で、すべてが——アンジェラと過ごしたすべての瞬間がフラッシュバックしてきた。トレーニングで初めて会った日のこと。アンジェラがリュウをからかったこと。リュウをムチで打ったあと、アンジェラが泣いたこと。怒った顔。笑った顔。アンジェラに触れられた肌が、炎のように熱くなったこと。

 アンジェラは崩れ落ち、リュウの腕のなかでぐったりとした。リュウはアンジェラを抱きしめながら、茫然とアンジェラを見つめた。リュウの目には涙が光り、心が狂おしいほど痛んだ。

 「どうして?」リュウは叫び続けた。「アンジェラに罪はない。アンジェラほど純粋な人間はいない。アンジェラほど素晴らしい人間はいない」

 叫び声と共鳴するように、リュウの周りにオーラが現れた。アカデミーを照らす光がちらつき、地面が揺れ始めた。


* * *


 ターボは、呆然とリュウを見ていた。爆風の中、リュウのオーラに弾き飛ばされたドロイドが飛んでくる。

 「俺がアンジェラを殺したんだ。俺がアンジェラを殺したんだ。俺がアンジェラを殺したんだ!」 リュウの怒りは増すばかりで、叫び声も大きくなっていく。

 地面の揺れは止まず、彫像が壊れ台座から落ちてきた。ヒロとトーチは、ドロイドから集中攻撃を受け、後退した。やがて、飛行機が着陸態勢に入った。飛行機からホイスト(昇降機)が下りてきた。ターボが見上げると、一人の少女がターボに向かって何かを叫んでいる。

 「彼を止めて!」その少女は、不安的に動く梯子を必死で握りしめていた。

 「俺もあいつに近づけないんだ」ターボが叫んだ。


* * *


 リュウは錯乱状態のまま、オーラを放ち続けた。腕の中にいるアンジェラは、もうまったく動かない。アンジェラは死んでしまった・・・逝ってしまった・・・全部、俺のせいだ。

 リュウのオーラは輝きを増し、それに合わせて風も強まっていく。ドロイドの破片が猛スピードで宙を舞っている。リュウの頬を涙が伝った。そのとき、誰かの手がリュウの頬に触れた。

 「リュウ・・・」優しい声が聞えてきた。「リュウ・・・お願い・・・やめて」

 その手の純粋な優しさに反応するかのように、リュウは我に返った。オーラもだんだんと弱くなり、やがて、リュウは錯乱状態を抜け、意識を取り戻した。リュウはその手を握ると、自分の頬に寄せた。アンジェラの手のぬくもりだ。

 「アンジェラ」リュウは涙をこぼしながら言った。「生きているんだね」

 「リュウ・・・」アンジェラは話そうとしたが、途中でせき込み、口からは血が流れた。

 「アンジェラ、しゃべっちゃだめだ」リュウが言った。「病院に行こう。心配いらない」

 「もうそんな時間はないわ」アンジェラはそう言うと、リュウの目を見つめた。

 「大丈夫だよ」 リュウは首を横に振った。「君を助けるから・・・」

 「あなたはもう、私を助けてくれたわ」アンジェラが優しく言った。「あなたはもう、ずっと前に私を助けてくれたのよ。感謝してるわ」リュウは涙が止まらない。「小さい頃から、愛するってどんな感じなんだろうって、ずっと不思議に思っていたの。それから、自分はどんな人を愛するのかなって。答えがわかってうれしいわ。あなたのおかげよ、リュウ」

 「だめだ、アンジェラ、そんなこと言わないでくれ。これからもすっと一緒にいられるよ。あきらめるなよ!」リュウの頬を涙がおぼれ落ちる。アンジェラは、リュウの顔に手を伸ばし、輪郭をなでた。

 「もう、あなたの顔も見えないの、リュウ」アンジェラが途切れ途切れに言った。「それに、なんだか、眠くなってきたわ。だから、ここであなたの誕生日プレゼントを渡すけど、許してね」 命が終わろうとしているのに、アンジェラはまだ、リュウとの約束を守ろうとしている。アンジェラは両手をリュウの方にのばそうとしたが、指もほとんど動かせない。代わりに、身体を少しでもリュウに近づけようとした。アンジェラの気持ちを察したリュウは、自分の身体をアンジェラの方に近づけた。

 アンジェラもさらに近づき、自分のくちびるをリュウのくちびるに重ねた。アンジェラは愛を込めて、リュウにキスをした。リュウもアンジェラに激しいキスを返した。言葉では伝えられなかった想いを、このキスで伝えたかった。二人にとって、最初で最後のキスで。

 キスが終わると、アンジェラの顔に安らかな笑みが広がった。

 「リュウ、わたしが死んでも、自分を責めないで。あなたには、あなたの人生をしっかりと生きてほしい。わたしのためにも、いつかあなたの心を射止める誰かのためにも。お願い、リュウ・・・あなたは、しっかりと生きて・・・守って・・・」

 アンジェラは何かを言い残したまま、息を引き取った。アンジェラの首が、ガクンと傾いた。アンジェラが逝ってしまった。リュウの腕のなかで身体は冷たくなり、重くなった。

 「いやだ」リュウの涙がアンジェラの顔に流れ落ちた。「いやだぁー!」リュウの手と身体が震え始めた。

 リュウが叫び声を上げ、怒りが再び爆発しようとしたとき、リュウの首に何かが押しつけられ、目の前が真っ暗になった。


* * *


 リュウがアンジェラを抱きしめていたときに、アイリが背後から近づいた。そして、リュウの首に装置をつけ、自分の手首のスイッチを押した。リュウは意識を失った。

 アイリは、もう一人の青年に近づいた。「君の名前は?」

 「ターボだ」ターボは驚きながら、アイリの方を見た。

 「ターボ、手伝って。早くここから脱出しましょう」 アイリは、GWOの技術がドロイドを無力にしてしまうことを知っていたので、早く脱出したかった。ターボはまだ、いろいろなことのショックから抜け出せていなかったが、アイリの言葉に頷くと、意識を失っているリュウとアンジェラの遺体を飛行機に運び入れた。全員が搭乗したのを確認し、飛行機は離陸した。向かう先は、日本にある〈レジスタンス〉の本部だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る