第14話

「ついてこい」ヒロはバッグをつかみ、肩にかけた。

リュウは力を振り絞ってヒロの後に続いた。二人はなだらかな丘を越え、デバイスが示す座標へと向かった。

「ここだ」ヒロは大きな茂みを指すと、「刈り取れ」と命令した。

怒りが湧きあがってきた。アンジェラとターボのためだ、と言い聞かせ、リュウは枝葉を切り落としていく。 茂みから出てきたのは、地下へとつながる換気シャフトだった。

「ここから侵入する」ヒロが言った。

ヒロは作戦を説明した。二人は施設の図面に従って侵入し、コア周辺と各廊下に時限爆弾を設置する。この作戦の目標は、全施設のメイン動力源となっている、コアを破壊することだ。GWOはこのコアのことを「サイフォン」と呼んでいた。 サイフォンは円柱状のクリスタルで、小さな恒星と同じくらいのエネルギーを秘めている。サイフォンは複製不能であるうえ、動かし方を誤ると、きわめて不安定な状態になる。そのため、爆破するしか選択肢はない。GWO情報局によれば、サイフォンはかなり希少な存在だ。しかし〈レジスタンス〉は複数のサイフォンを所有しているという。サイフォンを一つでも破壊できれば、敵の攻撃能力に相当なダメージを与えることができるうえ、GWOが戦争を有利に展開することにもつながる。

「内部に侵入したら、CBE(人間がコントロールする自主独立体)に気をつけろ。出くわしたら、迷わず逃げろ」とヒロが説明した。

CBEと言われても、リュウにはさっぱりわからない。もう少し詳しく聞きたいところではあったが、それでも大まかな作戦内容は理解することができた。ヒロは説明を終えると、換気シャフトのカバーを外した。ヒロを先頭に、階段を降りていく。

「おい、早く来い、時間がないぞ」ヒロが言った。

リュウは手すりにつかまりながら、ゆっくりと換気シャフトの中に入っていった。体重を片方の足にかけると、肋骨の痛みが少し和らいだ。リュウが慎重に階段を降りていくと、やがて長い廊下に出た。かなり明るい。施設は高度警戒態勢に入っているようだ。敵の飛行機を撃墜したのだから、当然のことながら敵の侵入を警戒しているのだろう。

「これを持っていけ」ヒロはリュウに時限爆弾をいくつか渡した。「設置すると、自動的に作動するようになっている。この廊下を進むと、トンネルの入り口がある。俺は左に行くから、お前は右に行け。トンネルを抜けたら中央部で合流する。そこにコアがある。そこに、最後の爆弾をセットして、爆発前に退却する」

リュウはうなずくと、戦闘服の背面に装着してあったライフルを外した。通常のライフルよりもずっと重い。リュウはブリーフィングのときに、このライフルの機能について説明を受けた。このライフルには、装甲を貫通できるほどに強力な銃弾が使用されている。ライフルにカートリッジを入れると、自動的に装填された。まるで、ライフルが自分の意思を持っているようだ。各カートリッジには、約三〇〇発の銃弾が入っている。この銃弾、多すぎやしないか。リュウはまだ実際の敵には遭遇したことがなく、銃撃戦のイメージが湧かない。ベルトを見ると、カートリッジは、あと二つある。これだけあれば、一部隊を二回全滅できるんじゃないか。

リュウがヒロの後に続いて廊下に出ると、突然、警報が鳴った。

「侵入者」施設のインターコムから声が響く。「第十二セクション、侵入者発見」

「爆弾を仕掛けることを忘れるな!」ヒロは振り向きざまに叫び、ピストルを二丁引き抜いた。

リュウはヒロと同じ方向を見ていた。何かがやって来る。床が振動している。かなりの数だ。「あそこだ。十二時の方向!」ヒロが叫び、発砲を始めた。

リュウも向きを合わせ、ライフルを構えた。クモのような物体が、何百という群れをなして二人に近づいてくる。ドロイドだ。動きはかなり機敏で、壁を伝ってやってくる個体もある。

パン、パン、パン、パン・・・ヒロがドロイドに発砲を続けている。

ヒロのピストルの連射速度はきわめて速い。この種の攻撃に特化して開発されたものだ。発射は自動で、再装填も簡単だ。そのうえ、ヒロは複数のカートリッジを胸や腰に巻きつけている。リュウもそうしておけばよかったと思った。

「頭を狙え!」 ヒロが叫んだ。

リュウも攻撃を始めた。ライフルからは一秒間に三発の弾丸が発射された。二人の一斉射撃によって金属性のドロイドが音を立てて壊れていった。

「止まるな!」ヒロはそう叫ぶと、ドロイドを蹴り飛ばしながら、スペースを確保した。

リュウも後に続く。アドレナリンが身体中を駆け巡り、肋骨の痛みさえ忘れてしまった。リュウはクモの頭を狙った。ドロイドは頭部でコントロールされており、頭部が破損すると、動きが止まり、機能停止した。奥に進むほど、ドロイドの数も増えていく。二人はカートリッジを再装填した。廊下には煙が充満している。ヒロがドロイドの全滅を確認し、リュウに前進の合図を送った。

「行くぞ!」 ヒロは左側のトンネルへと駆け出し、あっという間に視界から消えた。

リュウは右側のトンネルへと駆け出した。セクションごとに止まり、時限爆弾を仕掛けた。リュウは四つの時限爆弾を渡されていた。そのうちの三つをトンネルに仕掛け、最後の一つを施設中央部にあるコアに仕掛けなければならない。リュウが三つめの時限爆弾を仕掛けると、トンネルの先に大きなスペースが広がっていることに気づいた。

「あれがコアだな」リュウはつぶやいた。

「侵入者、侵入者」また、サイレンが鳴り始めた。

リュウが振り返ると、大量のドロイドが迫って来ていた。リュウはライフルで応戦した。

ダ、ダ、ダ・・・リュウは立ち止まりひたすら発砲した。最後のカートリッジを装填したところで、コアに向かって駆け出した。

中央部にはかなり広いスペースがあり、多くの導線が、真ん中に置かれた円柱状のクリスタル、つまりコアにつながっていた。クリスタルからエネルギーが供給されているのだ。

「あれだな」リュウはポケットに入っている最後の時限爆弾に手を伸ばした。

あまり時間がないことはわかっていたが、ドロイドがまだ、リュウの周りをチョロチョロと走り回っている。もしかして、これがヒロの狙いだったのか? コアを破壊するだけでなく、俺も一緒に始末するつもりだったのか? リュウは自分を奮い立たせて前進を続けた。振り返っては、雪崩を打ったように襲ってくるドロンドに向けて、残りの銃弾を発砲した。クモの群れはそれを避けるように壁にはいつくばって前進してくる。

「くらえ!」リュウは叫びながら、銃弾を発砲し続けた。

リュウは不意に、背後に気配を感じた。ドロイドではない。もっと大きな何かだ。振り返ると、そこには巨大な物体が立っていた。

「くそっ」リュウは発砲をやめ、思わずその巨大なものを見上げた。これが、CBEってやつか。

CBEはドロイドよりもずっと大きかった。高さはリュウの二倍ほどあり、右腕には射撃装置のようなものが、左腕にはカニのはさみのようなものがついている。頭部にはコックピットのようなものが見えるが、濃い色のガラスで覆われており、何があるのか、誰かいるのか、リュウにはよく見えない。

ドロイドが突然動きを止めた。何かに動きをコントロールされているようだ。ドロイドはいったん、リュウから離れたが、退路を塞ぐように、輪を作ってリュウのまわりを囲んだ。

CBEはリュウを見下ろしたまま立っていた。リュウもライフルを向けながら、様子をうかがっている。

「どうやら、GWOのクズのようね」女の声がした。CBEの中から聞こえてくる。やはり、内部で誰かがコントロールしている。「覚悟しろ!」CBEがリュウに向かって突進してきた。リュウはCBEに発砲したが、銃弾は火花を散らしながら弾かれていく。コックピットは銃弾を寄せつけない。CBEが向かってくる。リュウはライフルの引き金を引いたが、銃弾は出てこなかった。もう銃弾がない。

「くそっ」

CBEの左腕が迫ってきた。リュウはとっさに身をかがめ、辛うじてかわした。

「フン、元気のいい奴」パイロットが言った。

リュウはポケットに手を入れ、CBEが次の攻撃を繰り出してくる前に、爆弾を仕掛けてしまおうと思った。コアに近寄り、速やかに爆弾を取りつけ、すぐさま脱出するんだ。CBEはリュウの計画を察したのか、胴体を一八〇度回転させ、容赦なくリュウの首をつかんだ。そして軽々とリュウの身体をつるし上げた。リュウは逃れようと必死にもがいた。

こんなところで終わるのか? ごめん、アンジェラ。

CBEはリュウの身体をさらに高く吊り上げ、壁にリュウの身体を叩きつけた。リュウは力なく床に落ちた。

リュウは満身創痍だった。肋骨の骨折、脊椎の損傷、顔面から大量の出血。

リュウはなんとか起き上がり、口にたまった血を吐き出した。CBEは慈悲の心を見せることなく、生命反応を調べているのか、リュウの身体をスキャンしながら、再びリュウに迫ってきた。CBEは右腕を上げると、回転式射撃装置をリュウの顔に向けた。射撃装置が回転を始める。部屋は完全な静寂に包まれていたため、一発ずつ銃弾が装填される音まで響いてきた。

リュウは視線を上げたが、CBEを直視することはできない。全身の痛みはもはや限界に達していた。頭が、ゆっくりのけぞっていく。

リュウの意識が遠くなった。



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