12-2 名前
「はい兄上、召し上がれ」
遥星は蜜柑とお茶を机の上に置いた。
「ふーん、これは?」
「蜜柑って言う柑橘類の一種だって。柔らかくて生でそのまま食べられる」
遥星は蜜柑の皮を剥こうとしたが、力を入れすぎたのか少し潰れてしまった。
「あれ? うーん、自分でやるとまだ上手くいかないなぁ」
「へぇ、前は誰かにやって貰ったの?」
「うん、詩音が綺麗に剥いてくれて」
「……なんか、仲良しだね、君たち。健全な意味で」
健全、なのだろうか。
詩音が怪我をした日以来、毎日彼女の部屋に通っているが、基本的にはお喋りをするだけだ。そういう意味では、健全中の健全なのだろう。一方で、彼女の所作一つ一つが
「でね、こっちは
「白なのか緑なのかどっちだよ」
「白茶って付いてるけど白茶じゃない、緑茶」
「紛らわしい名前付けんな」
「いや、名前付けたの俺じゃないし……」
「紛らわしい名前と言えばさ、お前これ覚えてるか?」
佑星がお茶を啜ってから竹簡を広げ、それを見た遥星は動きを止めた。
「いや、覚えてないというか、初めから知らなかった」
「お前ほんとに薄情だな、興味なさすぎだろ」
「一応書類には目を通したけどさ、そもそもそれには姓しか書いてなかったし、特に会話という会話もする前にああなったからね」
「ま、単なる偶然だと思うけどな。女の名前なんて公式には残るもんじゃないし、不要な情報だったかもしんないけど」
この国では、女性は実家の姓で呼ばれることが通常だった。名はあってないようなもので、記録として記されることはなく、単に呼び名として親しい者が使うに過ぎないものだった。
「いや、これは……裏付けに、なるんじゃないか」
「ふーん、なら良かった。それよりも相当な箱入りだったみたいでさぁ、交友関係が全然出てこないのには苦労したわ。屋敷の使用人も散り散りになってたしな。
でも、女の横の情報網はすごいねー。やっぱ持つべきものは、幅広い種類の女友達だよね」
「.....兄上のそれって、友達なのか?」
「俺の為に色々してくれるオトモダチよ、だーいぶお姉様だけど。あ、謝礼は弾んどいたからな」
「それは構わないけど。で、肝心の情報ってのは?」
「そう、これ。その友達の知り合いに悪趣味なババアがいてさ。そのお陰で手に入ったからな、ババアに感謝しろ」
「あんまりババアとか言うなよ.....」
遥星は
「ま、外側からわかる情報はそれが限度だな。あとは自白させるしかねーかな」
「初めのやつはこれでほぼ確定として、一連の件との繋がりは正直こっちの推論の域を出ないけどね。賭けだけど、外れたら一からやり直しだ」
「それは勘弁して欲しいなおい。僕疲れちゃったよ、オヤツちょーだい」
「はは、いくらでも」
佑星は受け取った蜜柑を意外にも綺麗に剥いて、豪快に頬張った。
。.。.+゜
しばらくして詩音の怪我も快復し、公務に復帰できるようになった。
「詩音殿、お怪我の方はもうよろしいのですかな?」
「
「なんのなんの。陛下も随分と精力的に過ごされておりました。貴方さまがいればこそですよ」
大臣はそう言うが、いまいち実感はわかない。
遥星は確かに婚儀の日を境に変わったのだろうが、それは詩音自身は何も関与した覚えはなかった。
(あの日、拒否られただけだし.....)
思い出して少し凹み、その後の少し甘いやりとりを思い出して、顔がにやける。
「若いって、いいですなぁ」
大臣にそう言われて、おかしな顔をしていたことに気付く。
(うわぁ恥ずかし。なんか初めて彼氏ができた時みたいな浮かれっぷりかも? アラサーのくせに私ってば)
年甲斐もないとは理解しつつも、そうなってしまうのは止められなかった。ただ、せめて人前では出さないようにしようと決意した。
遥星からは、怪我をする以前と同じように過ごして欲しいと言われていた。これまで通り、公務後の夕方は二人で宮殿のあちこちを周る、ということを続けた。詳しい"作戦"とやらは教えて貰えなかったし敢えて聞かなかったが、以前の話であればこのタイミングで"来る"のだろうと、詩音も覚悟していた。
そしてほどなくして、"勝負"の日は訪れた。
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