番外編:花言葉4
それからもあの女は、俺を苛立たせることばかりだった。
嫌がらせをしても、一瞬は落ち込んで見せるものの、すぐに立ち直って暢気に過ごしやがる。
婚儀を済ませ、正式に皇后の位についてからは、特に酷かった。
自分がその位置にいるのがさも当然のように振る舞い、挙句に公務を終えた後は部屋ではなく宮殿の中の至る場所に現れ、皇帝とイチャイチャする始末。
毎日の送り迎えは免除されたものの、大体どこにいても目に付くから不快なことには変わりなかった。
女狐。 悪霊。 妖怪。
一向に尻尾を出さないが、このままぬくぬくとここで生きていくつもりか。
紫苑様は、一体なんのためにーー.....
あの時、あの女が現れなければ。
あの状況じゃ、紫苑様自身の刃は皇帝には届かなかったかもしれない。
だからといって、何も分からないまま、ただ死んだだけの彼女が、不憫すぎるじゃないか。
皇帝も、この女も、紫苑様のことなど初めからなかったことのように、楽しそうに過ごす姿を惜しみなく見せつける。
もう、限界だ。
奴らを見ていると、底から底からとめどなく憎しみが沸いてきて、尽きることがない。
このままここで働き続けるなんて、できそうになかった。
あいつらまとめて葬ってやる。
一度そう思ったら、その考えを止めることは出来なかった。
ただ、熱くなっている自覚はある一方、一部で冷静に考える自分もいた。
せめて、事故に見せかけた方が都合が良い。
上手く行った場合にその後の立場を脅かさないし、失敗してもまた次の機会を作れるからだ。
狙うのは、夕方の逢引の時が絶好だろう。
「今日はどこどこに行こう」などという話を人前でする程に、恥じらいのない奴らだった。
その日は、「
また辺鄙なところで、と思った
時間はあまりなかった。
最後の荷物の搬入が終わって、係の者がいなくなった後――奴らが公務を終えてこちらに来るまでの間に可能なことをしなければならない。
単純で、かつ証拠を隠滅しやすいようにする必要があった。
ちょうど、背が高くて安定の悪い荷物があった。
それは倒れないように担当者によって固定されていたが、外せばなんてことはなかった。
それを、離れて自分の好きな時に倒せるように、縄をかけて柱にまわす。
そして死角になる場所へ隠れて、奴らを待った。
案の定、奴らはノコノコやってきた。
お喋りをしながら手を握り合ったり、なんとも仲睦まじいことだ。
あの世でも仲良くやってな。死ね。
そして俺は綱を引いた。
しかしあの妖怪女、紫苑様の輿入れの日もそうだったのだが、無駄に勘がいいのか、物音がする前に荷物が倒れてきていることに気づいた。
そして、本来逃げるであろう方向とは逆方向に皇帝を突き飛ばした。
せめて荷物に押し潰されれば良かったのに、足首の怪我だけで済んだというから強運だ。
その場を去ろうと荷捌場を出て少ししたところで、たまたま調味料が足りず探しに来たらしい調理場の末端の奴に会ってしまったのは、誤算だった。
「おい、今の物音聞いたか!? 何かあったみたいだ、ちょっと見に行こうぜ」
断る隙もないまま、腕を引かれて現場へ戻される。
俺の姿を見た瞬間、皇帝の目の色が変わったのがわかった。
そしてすぐさま兄を呼び、かつ医務室へ籠るように命じられた。
―――終わった。
直感だが、俺がやったとバレている、と思った。
いつもの同じ時間帯なら、俺は後宮の方にいてあのような場には近づかない。そのことは今まであの女の送迎をしてたからこそ、奴もさすがに知っているはずだった。
それに、兄。
ただの事故だと認識しているのなら、わざわざ呼ぶ必要などないはず。
事件だと認識したからこそ、現場検証のために奴まで呼び、しかも証拠隠滅の隙を与えないようにしたのではないか。
たったこれだけの根拠だったが、あの目を見たら、そう思わずにはいられなかった。
それからすぐには、その件に関する沙汰は誰に対してもなかった。
あの妖怪女は後宮に引っ込んでいたし、あれを見せつけられることはなくなったが、もやもやは募るばかりだった。
紫苑様一家のように、斬首の上で野ざらしか。
(死にたく、ない)
何故か、そう思った。
こんな命など、生きようが死のうがどうでも良かったはずなのに。
宦官になる時の手術で、死ぬ程の恐怖と痛みに耐えたはずなのに。
それでも人間の自然な感情なのか、そうした刑に対して恐怖を覚えてしまう自分自身に、嫌悪した。
あれから、皇帝は俺には何も言って来ない。
不自然過ぎる程に、荷捌場の件も、妖怪女のことも、話さなかった。
ただ、俺に対して何か言いたいことがあるような、そんな目を向けてきた。
そしてそれはある時を境に、より一層強くなった。
もう、潮時か。
下手に暴かれて極刑に曝されるくらいならいっそ、自分で自分を始末するか―――。
でも、その前に。
紫苑様の存在を完全になかったことにしている奴らに、せめて刻み込んでからにするくらい、天は許してくれるだろうか。
紫苑様という人間がいて、あの妖怪女はその命を奪ったということを、忘れさせないために。
あの女が公務に復帰した頃、再び奴らは夕方の逢引をし始めた。
本殿とは離れた書庫へ行くというその日、俺は鍵番に上手いことを言ってその日だけ施錠の役割を譲り受けた。
日が落ちかけてきた頃に奴らが入ったこと、そして周辺に人のいないことを確認する。
俺は少し目を閉じ深呼吸をして、蔵の扉を開いた。
:::::
「薬草は、見つかったか」
「はい、姫巫女様。こちらにございます」
「ではそろそろ戻るか」
帰ろうと立ち上がった時、少し先の小高い丘に、紫色の可愛らしい花がまとまって咲いているのが見えた。
不思議と心惹かれ、足が勝手にそちらに向かう。
「―――あなたを、忘れない」
花に手を伸ばしかけた時、姫巫女様が後ろからそっと呟いた。
「.....え?」
「その花の、花言葉だ。素敵だろう」
「この花は、なんという花なのですか」
花は苦手だった。
「紫苑、じゃ」
彼女は、花が好きだった。
国を出る時に一つだけ物を持っていって良いと言われ、彼女の花瓶を帯同してきたが、ずっとただの置物だった。
「.....これも、摘んで帰っても?」
「好きにしろ」
姫巫女様は、全てを見透かすような瞳で微笑んだ。
「お天道様は見ている。行動だけでなく、その心の内も、だ。お天道様とは、神であり、お前自身であり、逃れることはできない。お前が何か心に秘めたことがあるのなら、それは蓋をせずに、大切に懐に抱いておくといい」
「.........はい」
「お前、笑うと可愛いな。だが、私以外にあまり見せるでないぞ」
「姫巫女様、急に俗っぽいことをおっしゃいますね」
「たまには、巫女業から解放させておくれ」
「直前まで巫女っぽいことをおっしゃっていたのは、ご自身でしょう」
極東の辺境の地に、女王が治める国があった。
女王は巫女として占いを通じて指針を定めた。
彼女は巫女という性質上、男性を遠ざけ人前に出ることは殆どなかった。
だが、一人だけ、身の回りの世話をし、近付くことの許された男性がいたという。
その男については、そのこと以外は何もわかっていない。
無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です 佐伯 鮪 @shiroebi
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