4-1 お茶会(数時間ぶり3回目)


「さて。話も一段落したし、一旦休憩するか」


 そう言って、遥星は机の上の空(から)の茶器を持ち上げ、部屋を出ていった。


(え、ちょっと・・・)


 置いていかれてしまった形となった詩音は、しばし呆然とする。あれだけの情報しか発さずに置き去りにするなんて、なんて身勝手な、と詩音は思った。

 外へ出るわけにはいかないが、部屋の中ならうろついても許されるだろうか。詩音は椅子から立ち上がり、ジャケットを脱いで伸びをした。


 前回とは違う部屋のようだが、ここはなのだろう。棚に巻物が沢山あり、大きな執務机のようなところにも所狭しと積まれている。先程詩音が現れたところには、低い机に筆と硯が置かれていた。格子の窓から外の明かりも入ってくるということは今は昼間なのだろうし、仕事部屋なのかもしれない。


 詩音はもう一度椅子に腰掛け、パンプスを脱いでふくらはぎのマッサージをしようとした。そして両脚を掴んで持ち上げた瞬間、遥星がお盆を持って戻ってきた。

 慌てて足を靴に戻し、姿勢を正す。

(うわぁ、、なんてはしたないところを)

 詩音は恥ずかしさ半分、急に戻ってきたことに対する怒り半分で、結局何も言えなかった。


「茶と菓子を持ってきたぞ。一緒に食べよう」


 遥星はお盆を机の上に置き、とぽとぽと新しい温かいお茶を注ぐ。湯気から漂う香ばしい匂いと、お菓子の甘い匂いに安らぎを覚える。


 どの程度の時間部屋を開けるのか、とか、部屋に残された自分は何をしていれば良かったか、とか、そうした欲しかった情報を何も残さずに部屋を出ていったことを咎めようと思っていた。それなのに、この茶菓子の香りに戦意喪失させられる。


「あ。これは、月餅、ですか?」

 模様の型押しされた、潰れたお饅頭のようなそれを手に取ると、ずっしりと重い。


「知っておるのか?」

「はい。近隣の国のお菓子で、私の国でも食べることができます」

「そうか。.珍しい菓子で喜んで貰おうと思ったんだが、知っていたのか。ちと残念じゃの」


 そう言ってしゅんとした顔は、まるで子供のようだった。何故だかフォローしなければいけないような気になって、慌てて取り繕う。


「あ、でも滅多に食べるものでもありませんので!頭も使ったところだし、甘い物嬉しいです!美味しそう~」


 詩音が喜んで見せると、遥星はぱっと表情を明るくした。


「菓子に合うように、茶は苦味のあるものにした。さ、いただこうではないか」


 そうして、三度目のティータイムが始まった。


「あの、このお茶菓子は自分で取りに行ったんですか?」

 一回目も二回目も、部屋の中でだがこの人本人がお茶を淹れてくれていた。一国の皇帝陛下が、自ら歩いて茶菓子を取りに行くというのが、詩音には不思議だった。


「?そうだが。何か変か?」

「いえ、あの、貴方は皇帝陛下ということですし、人に持って来させるのが普通なのかな、と」

「まぁ、言えば持ってきてくれるだろうが。自分で選びたかったしな」

「そうですか。それならそうと部屋を出る前に言って欲しかったです。置いていかれたのかと、心配になりました」


 先ほどタイミングを逃して伝えられなかった不満を、少し拗ね気味に伝えてみる。しかし、遥星には細かい機微は伝わらないようで、「すまんすまん」と軽く返されてしまった。


 掴めない。

 マイペースだということは嫌という程わかったが。

 例の同僚の言葉を借りれば、『私を理解してくれて甘やかしてくれる』存在ではないことだけは明らかだった。これが夢なら、もう完璧に自分に都合の良いキャラクターでいてくれてもいいのにな、と詩音は思った。

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