無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です

2-1 夢か現か

　うっかり涙が出そうになったのを振り切って、シャワーを浴びようと浴室に向かう。その時、ネックレスをしていないことに気が付いた。

（確か、あの人に見せた後に机に置いたままだったような）

　いや、でも。

　どこかに落としてきたのだろうか。

　仮に昨日のことが夢だとして、首につけていたものを失くすなんてこと、ありえるのだろうか。考えても答えの出ないことをぐるぐると思案しながら、服を脱いで浴室の鏡を見る。

　胸に傷は、ない。

　意識が飛ぶ直前、こちらに矢が向かってきていた。刺さる瞬間まで意識があったわけではないが、もし突き刺さっていたのなら傷があってもおかしくないと思ったのだが、そのあてはどうやら外れたようだった。

(そもそも、打撲もないし)

　自分のせいで女の人を死なせてしまったこと、あれも夢だったとしたら、幾分か気持ちは楽になる。

　水栓をひねってシャワーを浴び、汗を流した。洗いながら、この後は外へ出ようと考えていた。このまま家にいても答えは出ないし、何より昨日の自分が落ちたはずの現場を確認しておきたかった。

　服を着た詩音は、駅まで歩いて電車に乗り、覚えているルートで店まで歩いた。昨日行った店の入っている雑居ビルを外から眺めた時、驚きつつも、やはりな、とも思った。

　外の非常階段は、普通に存在していた。崩れた形跡はまったくなかった。

　ビルの入り口に行って看板を見てみると、店の営業は夕方からのようだった。だが、エレベーターは動くようなので、店のあった七階まで登ってみる。

　詩音の記憶によれば、トイレや非常階段は、一旦店の外に出るスタイルだった。行けるかもしれないと思った。

　予想は的中した。店には入れなかったが、非常階段への扉はあった。

　重い扉をギィッと押して、外へ出る。ズゥン、と扉の閉まる音が身体に響く。

（やっぱり、私が昨日この階段へ来たのは間違いない。今の扉の開け閉めの感覚、覚えてる）

　昨夜寄りかかった手すりに恐る恐る触れ、少し力を入れて揺すってみるも、ビクともしなかった。

　そして、昨夜そうしたのと同じように、手すりに背中を預け、空を仰ぎ見る。

　ただ眩しいだけで、何も起こらない。

　日中にやるもんじゃないな、とくらくらした目を押さえながら、体勢を元に戻す。向きを変え、手すりから下を見下ろしてみると、その高さに身震いした。

(本当に落ちてたら、確実に死んでるやつじゃん)

　自分は落ちてはいなかったのだろうか。あのジェットコースターのような感覚はなんだったのだろうか。

　結局、何もわかないまま家に帰った。部屋着に着替えてベッドへ倒れ込むと、疲れもあったのか詩音はそのまま寝てしまった。

　翌朝、日曜日。

　あれが夢なら続きを見られるかとの期待も虚しく、何もなく朝を迎えた。しかし、どうしても頭から離れず、手がかりを調べてるために眠い身体を持ち上げる。

　パソコンの立ち上がりを待つ、ほんの少しの時間がもどかしい。操作が可能になると、詩音は食い気味に検索バーに覚えているワードを叩いた。

　(昴……国……蒼…………遥星……)

　・・・・

　思いつく限りのワードで、いくつかパターンを変えて検索を続けるも、見事なまでに、それらしきものは何もヒットしない。

　ネットからの検索は諦めて、図書館にまで出向いて中国史関連の書籍を読み漁ってみても、結果は同じだった。

　家に帰り、ベッドに身体を投げ出す。

――考えてみたら、そもそも、なんであの人日本語喋ってたんだろ。この時代に電気がないとかそもそもありえないし、やっぱり、私の妄想って説が一番有力かも？病院行った方がいいかな、てかそしたら大分重病じゃん――

　詩音はそこで、考えるのをやめて目を閉じた。

　しかし、考えまいとしても、瞼の裏にはあの時の部屋、星空、あの儚げな横顔が浮かび続け、離れなかった。