3-3 婚活終了?

 詩音が呆れた目で遥星を眺めていると、それに気付いているのかいないのか定かではないが、うるうると子犬のような目でこちらを見つめてくる。

 詩音は軽い溜息をついてから、それに答えた。


「それって、そもそも私に拒否権ってあるんですかね?」

「いや、受け入れてくれないと私が困る! どうか、私を助けると思って! 頼む、形だけでいいから!」

(なんなの、この展開)


 詩音も、相手が一国の皇帝だと知りつつも、この一連の流れでついついぞんざいな言葉遣いをしてしまう。しかし、遥星はそんな態度を取られていることを気にも止めず、更に泣き落としのような真似をしてくる。詩音は、こめかみを押さえて考えた。


──そもそも。こんな人だったのかっていうショックが大きくて。もうちょっとスマートな感じの人だと思ってたのに。さっき私がドキッとしちゃったの、取り消していいですかね?


 あの場で彼がかばってくれなければ、不審者として捕らえられていたのはほぼ確実だろう。それに、この世界で過ごすには、この「お願い」を拒否してしまったら、自分に居場所なんてないだろうことは容易に想像がつく。不安要素は多いが、ここにいる限り、一番偉い立場であるこの人の傍にいれば、何かに不自由したりすることはない。はず。


「わかりました。あなたの妻、に、なります」


 妻、という言葉に気後れを感じ、詩音は少しどもりながら答えた。

 詩音がそう発すると、今にも泣きそうな目で懇願していた遥星の顔が、ぱぁっと明るくなった。そう、本当に「パァァ」っという擬音が聞こえてきそうな、周囲にキラキラが飛んでそうな、そういう感じだった。


「本当か、詩音! ありがとう、ありがとう!」


 遥星は詩音の両手を外側から包み込み、ブンブンと上下に振った。 もし尻尾が付いていたら、それも犬のように高速でブンブンしていたに違いない。


──ま、どーせ夢か妄想かなわけだし。


 我ながら随分あっさりと「妻になる」などと言ってしまったと思った。同時に、同僚の言葉がこだまする。


『結婚までの道のりって遠いなーって思う。つかめんどくさい。どっかから条件ピッタシで私だけを愛してくれるイケメン、降ってこないかな』


(道のりもなにも、すべてをすっ飛ばしてしまったみたい。金持ちっていうか皇帝だしイケメンだけど、降ってきたのは私の方。そして、愛なんて概念すらなさげ。いいの、これ?生まれて初めてされたプロポーズが、こんなボンボンの自己都合百パーセントなものなんて、残念すぎる。ま、現実でだって、待っててもされる予定はさっぱりなんですけどね。あれかな、結婚の予定がなさすぎるあまり、「手っ取り早く結婚させてやろ、しかも玉の輿」とかの神の悪戯的な感じで、そういう夢を見させられてるのかも)

 

 詩音が頭の中でぐるぐると考えていたところに、突然頬に触れられる感触があった。


 ずっと手を握っていたためか、若干汗をかいた掌がしっとりと肌に張り付く。


 !? 


 驚いて下を向いていた頭をぱっと持ち上げると、目の前に安心したように微笑んでいる顔があった。


「そういう顔も、するのだな」


 言っていることがよくわからず、彼の目を見つめ返す。


「初めて会った日も、さっきまでも、ずっと表情が硬いままだった。が、今、困ったように顔をくるくるさせてただろう。人間らしくて、なんというか、可愛い」


(かわっ!?)


 そんなこと何年も言われていない詩音は、頬が一気に熱を帯びるのを感じた。


「はは、赤くなった」

(は!?)


 もうパニックだ。

 さっきまで呆れていた相手に、何故か翻弄される。

 迂闊だったか。古臭い言葉で言えば、男日照りすぎて、耐性がなくなっているのかもしれない。


 これから一体どうなるのか。詩音は早すぎてもはや痛みを感じる心臓を、ぎゅっと押さえた。

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