7-3 お披露目会

 翌朝、鈴と蘭はいつもよりも少し化粧に気合を入れて施してくれた。本殿までは、前日と同じように喬が同行してくれた。


「橘夫人、いよいよ内々だけでなく公の存在になるのですね。おめでとうございます」


「いやそんな、大げさな。結婚式は別でやるみたいだし、単なる顔見せかと」


「それでも、実質的に隠されていた存在とは違うと思いますよ」


 確かに、喬の言う通りかもしれない。これまでコソコソ行動してきたが、こちらの本殿の大臣と喬以外の人間にも顔を知られることになる。いつまでもこうしているわけにもいかないが、一気に知られることになると思うと、少し胃が苦しくなった。


 前日とほとんど同じ仕事を与えられ、指定の時刻に遥星と共に宮殿内の最もメインである、謁見の間に移動した。

 この広間は名前の通り、外部の者が皇帝に謁見をする時に利用するほか、臣下を集めての会議や大勢の人間が集まる時など様々なシーンで利用されているらしい。


 そこに入ると、玉座に向かって中央に延びた通路の両側に、それぞれ十人ずつくらいが並んで座って待っていた。玉座に近い場所に、皇太后の怜夫人や蜃夫人たちの姿があった。


 この国の作法なのか、皇帝が現れた途端に、下を向いて両袖を胸元で合わせた礼のようなものを全員がしているため、顔はわからなかった。


 詩音が想像していたよりも人数が少なく、一瞬だけほっとしたが、中央にあり高い位置にある玉座に座ると理解して、また胃が痛くなった。

 おずおずと皇帝に続いて檀上に上がり、隣に並ぶ。


「面(おもて)を上げよ」


 皇帝のその声を合図に、皆が礼の姿勢を解く。


「皆の者、集まってもらったのは他でもない。我が妃──皇后となる女性を紹介する為である。彼女が、そうだ。正式な婚儀は日を改めて執り行うが、その前に重臣たちに覚えてもらおうと思ってな」


 遥星が軽く詩音の方を向き、挨拶を促す。


(あっ、喋るの、喋るのね、そうか)

「た、橘 詩音と申します! どうぞよろしくお願いいたします」


(だ、大丈夫かな? 何か気の利いたこととか言えばよかったかな? あああああ、わからない)


 せっかく念入りにしてもらった化粧も落ちるのではないかというくらい、嫌な汗が全身から噴き出してきた。一旦下げた頭を再び上げられずにいると、頭上から「わあっ」と大勢の歓声のようなものが聞こえてきた。


 顔を上げると、そこにいた人々が歓迎してくれているのだとわかった。これももしかしたら、単なる作法なのかもしれないが。心の中で胸をなでおろしていると、その中からある声が聞こえてきた。


「いえーい、詩音ちゃん、よろしくぅ! 美人だねー!」


(!?)


──もっと堅苦しい場だと思ってたけど、こういう砕けたノリでいいの? ていうか、誰?


 詩音が咄嗟に反応できずに固まっていると、怜夫人が「佑(ゆう)、慎みなさい」と注意する声が聞こえた。それを聞いて、詩音は状況を理解した。


(あの人が、お兄さんの佑星さまか。弟と全然タイプが違うのね。ていうかこっちの世界にもああいうチャラ男タイプいるんだ)


 見た目も、遥星は色が白くて細身なのに対し、その人は色黒で服の上からでもわかるほどガタイが良い。よく見ればパーツは似ているが、柔和な顔つきの遥星に対し、精悍という表現がぴったりくるような自信に満ちた人だった。


 彼の様子については詩音以外は特に誰も気に留めることもなく、ことは進行した。きっと元々こういう人で、周りも慣れているのだろう。


 ここの宴会のスタイルは、詩音の知っているものとは少し違うらしい。

 最初は足つきの台に載った御膳のようなものが一人ひとつ配られ、食事をとる。そして全員が食べ終わってから、盃が配られお酒を飲むという順序なようだった。その間、特に女性や女中がお酌をするようなこともなく、それぞれ自由にお酒を飲み始めた。

 詩音の出自について問われた時、遥星と作った嘘の出自である"異国の人間で、家から逃げ出してきた"という話をしても、そこまで訝しがられずに終わった。


「ま、女性は嫁いできたら実家はないようなものですからな。順番が前後しただけのことでしょう」との発言に、この世界の女性は孤独なものなのだな、と改めて思い知った。


 宴もたけなわになってくると、話題は別のことへと移っていった。


「いや、それにしても佑星さま、西方の蛮族の平定、お疲れ様でございました」

「素晴らしいご武勇ですな!そういう点も、亡き御父上に似て参りましたな」

「やはり将たる者はそうでなければ! 頼もしい限りです」


 臣下の面々が、続々と佑星を褒める。


「なんのなんの! あ、そうだお土産があったんだったー。皇后サマに献上しよっと」


 そう言って酒瓶のようなものを出し、遥星と詩音のいる場所へ上がってきた。


「どーもどーも! 遥の兄の佑星です! 佑って呼んでね! ほぉー、遥はこういう子が好みだったんだなぁ~、へぇ~」


 佑星は詩音のことをジロジロ見ながら、二人の盃に、そして自分の盃にも酒を注いだ。


「んじゃ、これからよろしく! かんぱーい!」


(チャラい。全身でチャラい)


 詩音は彼の怒涛の勢いに面食らって、苦笑いしか返せずにいた。


 しかし、さすがに弟とはいえ仮にも立場上は皇帝の妻に対して失礼なんじゃないか、と思って隣の遥星を見るも、特に気にしてなさそうに「兄上は相変わらずだな」などと笑っていた。


(ちょっと! 少しは気にしてよこのヘタレ! ん?)


佑星に注がれた液体の香りを嗅いだ時、そして口に含んだ時、ちょっと驚いた。


「これは、ワイン? あ、えっと、葡萄酒、ですか?」


 ワインの歴史なんてほとんど知らないが、西洋的なイメージが強かったので、この国にあることが意外だった。

 小声で言った詩音を、佑星が驚きを含んだ目で見る。


(えっ、なんかまずいこと言った?)


「へぇー、詩音ちゃんよく知ってんね!」


 すぐに佑星は元の通りのヘラヘラした様子に戻り、そう言った。

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