8-2 皇帝という立場

──ふぅん、そんな背景があったんだ。

 それにしても、大臣といい兄といい、彼の評価は随分高いみたい。でも、兄の方は上手いこと言って、押し付けてるだけのような気もしないでもないけど。


「.....詩音」


 衝立の向こうから、遥星が顔を覗かせる。考え事をしていた詩音の体が、ビクッと飛び跳ねた。


「話は聞こえてしまっただろう、なんていうかその、すまなかった。不快だったろう」

「あ、えと、」


 そりゃ、不快でしたけど。なんて正直に言えるはずもなく、ただ否定もできず、曖昧に誤魔化す。


「私、疑われてたんですね」

「あぁ、兄はチャラチャラしてるように見せて人に近付いて、実に他人をよく見ている。勘が鋭くて、疑い深い」

「それと、遥さまが皇帝を継いだのって、そういう事情があったんですね。初めて、知りました」


その話題に、遥星は呆れたように肩をすくめる。


「ま、押し付けられたってやつだな。昔っから兄上には逆らえないんだ」


 それはそうなのかもしれないけど。

 昨夜のことも重なって、詩音はどうしても何かを言わずにはいられなかった。


「それで、いいんですか?」


 例によって、遥星は「何が?」という顔を返してくる。


「不本意だからって、適当に仕事をするとか、やっぱりやめたっていいとか、そんな簡単に立場を投げ出そうとしていいんですか?」


──何を偉そうに言ってるんだろう。自分は大した仕事をしてきたわけでもないのに。


 頭の片隅でそう思いながらも、口が動くのが止められない。


「引き受けたからには、真剣に取り組む義務があると思います。遥さまは、自分がこの国の皇帝だって、胸を張って言えますか? 」


「別に私が偉そうにしなくたって、国は回っているぞ。優秀な臣下達が、それぞれ動かしているから、私が口を出すことはあまりない」


──そんなの。優秀な人が多ければ多い程、トップにカリスマ性がないと、簡単に瓦解するのに。いずれ派閥に分かれて争って‥‥‥歴史の上でも現代の普通の企業でも、終わることのない話だ。


「何もできない皇帝と思われて、悔しくないんですか」

「またその話か? 悔しいからという理由で偉ぶるのか?」


 二日連続で似たようなことを言われ、さすがに遥星も少しムッとした様子で言葉を返す。


「だから偉そうにするとか、そういう話じゃなくて!」

「はぁ、ちょっと疲れた。詩音、昨日からどうしたんだ? 理屈っぽいというか、なんか、大臣と話してるみたいだ」

「っ! もういい!!」


 詩音はおもむろに立ち上がり、部屋を飛び出した。出てすぐのところで、誰かにぶつかる。


「あ、ごめんなさい」

「橘夫人? どうしました? 泣いているのですか?」


 喬(きょう)だった。


「あ、いや、なんでもないの」

「陛下と喧嘩でもなさったのですか。後宮へお戻りになるなら、お送りいたしますが」


 どうしよう。

 何も考えずに部屋を飛び出してきてしまったが、後宮へ戻る気にはならない。かといって遥星の部屋へは戻れないし、今は気持ちを落ち着けたい。


「もしよろしければ、とっておきの場所があるんです。ご案内しましょうか?」


 よくわからないけど、後宮や執務室以外に行けるならどこでもいいと思い、従うことにした。


 一人にならない為にこの部屋に来ていたのに、と追いかけてきた遥星は、後宮とは違う方向に歩くく詩音を見つけた。声をかけようとして、彼女が一人でないことに気付いた。


「あれは……、喬?」

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