7-4 宴会のあとで

 宴が終わりに差し掛かった頃もまだ、佑星の独壇場だった。


「いやいや戦場は男臭くて敵わなかったなぁ! 人肌が恋しくて恋しくて。うーん、今夜はどうしよっかな。いっそのこと三人みんな俺の部屋に来ちゃう?」


(ひえー、イケメンチャラ男とはいえ、これは現代だったら鉄拳制裁ものでしょ)


 そう言われた三人の夫人達は、薄く微笑んで相槌を打っているが、何を思っているのだろうか。


「はっはっは。さすが佑星殿下! 英雄色を好むと言いますからな!」

「お世継ぎでもできれば、蒼家も安泰でございましょう!」


 すかさず臣下たちが佑星をヨイショする。

 そうして、詩音のお披露目という名目だった宴会は終わった。


 宴会のあと、詩音は遥星と二人で彼の居室の方へ戻った。


「お疲れ様。今日は疲れただろう、今、茶を淹れるから座って待っていてくれ」


 詩音は黙って席に着いた。

 しばらくして遥星がいつも通り湯気の上がる茶器を持って戻ってくる。


「今日は酒を飲んだからな、黒茶にしたぞ。二日酔いにも効果がある」

「……」

「どうした? 腹でも痛いか?」

「…………」

「茶が冷めてしまうぞ。黒茶はな、熱々のうちに飲むのが」

「遥さま!」

「お、おぉ、どうした?」


 急に声を発した詩音に、遥星がたじろぐ。

 

 詩音は、怒っていた。

 失礼な態度の兄・佑星に?

 皇帝を差し置いて兄ばかり褒める臣下たちに?

 否、そんなないがしろな態度を取られてなお何も気にしていなさそうな、


 目の前のこの男に。 


「……悔しくないんですか?」


 胸に色々なものがこみ上げてきて、何から言ったらいいかわからないが、なんとか声を絞り出す。


「? 何がだ?」


「さっきの宴会ですよ! 遥さまは仮にも皇帝だというのに、あんなにぞんざいな扱い、あんまりです」


「うーん、兄ばかり褒められていた、ということを気にしてるのか? でもまぁ、ああいうのは昔からだしなぁ。兄が武将として有能なのは確かだし、派手好きで人からも好かれやすい人間でのう」


「兄兄兄って、あなたまで。大体、どういう事情か知りませんけど、皇帝は遥さまなのでしょう? あんなふうに馬鹿にされて、プライドっていうものはないんですか?」


「……そんなに、私は馬鹿にされていたかのう」


(あ。)


 まずいことを言ってしまったか、と思った。


 "そういう空気"を詩音はひしひしと感じていたが、本人は自覚していなかったとしたら。

 わざわざ「貴方は臣下から馬鹿にされている」と突き付けてしまったことになる。


 確かに、臣下の者達は、表立って遥星を馬鹿にするような発言はしていない。

 最初の方はきちんと礼節は保っていたし、やったことと言えば、ただ兄ばかり持ち上げていただけだ。


 でも。

 会社で仕事をしている時も、こういうことはよくあった。

 誰につくのが有利そうかを見極めてゴマ擦るオジサンたち。

 女は陰湿な生き物だと言われがちだが、こういう場面では男だって十分陰湿だと知っている。 


「まぁ、そうだとしても、私は気にしていない。それに、私が馬鹿にされていたとして、どうしてそなたがそんなに怒るのじゃ」


「それは、」


──妻なんだから、夫がそんな風に見られていたら腹も立つでしょう?


 そう言いかけて、はっと固まる。


 この人が皇帝で、そして自分がその妻である、ということを、実態として受け入れていたということなのだろうか。当初はとりあえずお願いされて、ただ身の安全のために妻という立場に収まっただけだったはずだ。


「わ、わかりません。……けど、悔しいです。貴方がそうされるのを見て、私は、すごく悔しかった……!」


 これ以上何かを口にしたら涙が零れてきてしまいそうで、「今日は帰ります」とだけ言って部屋を飛び出した。


 彼がどんな顔をしていたのか、見る余裕はなかった。


 小走りで廊下を抜け、後宮へ戻ると、鈴と蘭が二人とも起きていて、驚いた顔で出迎えてくれた。


「詩音さま! 今日は、お戻りにならないと思ってました。蜃夫人達も戻らないようですし」

「あぁ、お化粧が。それに、凄い汗です! お湯浴みされますか」


 お願い、というと二人は準備に取り掛かってくれた。


 今日は、身体はともかく、心がひどく疲れた。

 お風呂でなんとか嫌な汗だけは流し、それからそのまま泥のように眠った。


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