9-4 陰と陽

 「詩音殿、手が止まっておりますぞ」


 黄大臣が、先程から物思いに耽っている詩音を注意した。


「……大臣。私は、陛下や大臣のお役に立てているでしょうか?」


 夢での面接の通り、一蹴されるかもしれないと思いつつ、聞いてみる。


「まぁ、ないよりは」


 ないよりは。そう、その程度。

 会社でだって、ここでだって、いてもいなくても大差ない。そういうこと。


──居場所は自分で作るものよ。


 母親の声がこだまする。


(わかんない、どうしたらいいかわかんないよお母さん)


「詩音殿。役に立つとか立たないとか、そういう次元で物事を考えなさいますな」


 泣きそうな顔をしている詩音に、大臣が言葉をかける。


「どういうこと、でしょうか?」

「皇帝は陽(よう)、皇后は陰(いん)。陰があるから陽が陽であれるのです。太陽が地平に沈んだ後(のち)、闇を照らすことは月にしかできますまい。陰が強まれば陽もまた強まることもあれば、陽が弱まった時に補い照らすことができるのもまた、陰なのです。陰と陽は常に循環を繰り返し、互いの存在を内に抱えながら、調和し秩序を保ってゆくのです」


「??????」


 大臣が発する単語一つ一つはなんとなく理解できるものの、文の意味についていけない。そんな詩音をお構い無しに、大臣は続ける。


「陛下が、詩音殿を妻にすると言い出した時、私は嬉しかったのです。あなたがどういう人間かは分かりませんでしたが、陛下が自分から何かをやりたいと言い出したのは、幼い頃父君の影響で漢詩に出会って以来でしたから」

「今までは、どういう?」

「賢いお方ですし最低限のことはソツなくこなしますが、目立つことや争うことを嫌い、これがやりたいと自己主張をすることはほとんどなかったように思います。あ、"やりたくない"という主張はありましたがね」

 大臣は続ける。

「陛下は、貴方に出会って、陽の気を手に入れた。対(つい)となる貴方が存在してこそ、これから陛下は皇帝として力をつけていくことができることでしょう。陽の力を強めるも弱めるも補うも動かすも、陰の気を持つ貴方次第といえましょう」


 大臣の言うことは抽象的すぎて、わかるようなわからないような。

 しかしここで「じゃあ具体的にどうすればいいの?」などと問うことは、陳腐すぎる気がしてできなかった。それこそ、夢の中のように「自分で考えろ」としか言われないだろうと思った。



.+*:゜+。.


「ふーん、天女、ねぇ」


 遥星の淹れた茶を挟みながら、向かいに座った佑星はニヤニヤして言った。


「兄上が信じるも信じないも自由だ。それに便宜上天女という単語を使ったけど、別に天界の住人がお忍びで降りてきた、と思っているわけじゃない。彼女には、普通の人間として、これまで生きてきた人生がある。何らかの天の導きによって、ここにもたらされたものじゃないかって、俺は考えてる。だから、神獣のように祭り上げる気なんて毛頭ないし、人間として、俺の側に置いておきたいと思ったんだ」

「ふーん。お前、そういう話好きだなぁ。俺はよくわかんねぇけど」

「実際、俺は彼女に二回、命を救われているからね」


 すっかり冷めてしまったお茶を、遥星が口に含む。


「それで、あの時、彼女の存在を見た者が俺以外にもう一人いるって言っただろ。あれ以来目立った動きは3ヶ月間なかったんだけど、再び彼女が現れてから、急に動き始めた」

「そろそろそいつが尻尾を出しそう? 俺はそいつを捕まえればいいの?」

「いや、まだ大した動きではないし、もう少しだけ泳がせたい。それに、理由が推測つかないんだ。裏付けが弱いっていうか」

「それを俺に取ってこい、と」

「そういうこと」

「別にいいけど、人遣い荒いなぁ」

「それが兄上が望んだ役割分担なんじゃないの?」


 遥星はニッコリ笑って言った。


「おーこわ、俺の弟こわ」

「あのね、俺だってこれでも怒ってるんだよ」

「はいはい悪かったって。別に俺は間違ったことはしてないと思ってるけど、お前の大事なもんにちょっかいかけたことは謝るよ」


 佑星は、昨夜のことを遥星に詰め寄られて、詩音を脅したことを白状していた。ただし、顔や身体に触れたことは伏せて。ちょっと怖がらせるために手首は掴んだけど、と、その程度に留めた。それは詩音の名誉のためというよりも、目の前の可愛い弟を傷つけないようにという配慮からだった。


「頼りにしてるよ、兄上」



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