12-3 対峙
「わぁ、すごい数の竹簡ですね」
二人は、本殿とは少し離れた独立した蔵に来ていた。中には大きな棚があり、所狭しと竹簡が積み上げられている。天井は高く、上の窓から採光があるので日中は問題ないが、この時間は徐々に日が落ち薄暗くなり始めているところだった。
「ここには、過去の公的記録の竹簡を保管しているんだ。まぁ増えていく一方だから、どこかで処分しなければならないものなんだがな」
詩音はずっと竹簡の整理をしていて思っていたことがある。これらは本と違って背表紙がないので、一度しまったものを探すのには一つ一つ手に取って調べる必要があり、なかなか大変だった。探すだけでかなりの時間を要するので、紙の生産・流通というのは物凄い革命だったのだなぁなどと考えていた。
現代では、仕事の文書はデジタル化しているのが普通で、紙文書はむしろ遅れているものだったが、その紙から電子への転換と近いレベルで、竹から紙への転換は衝撃だったのではないだろうか。
(そういえば、色々ありすぎてすっかり忘れてたけど‥‥‥元の世界って、どうなってるんだろ? 仕事とか、無断欠勤になってるよね。ていうか何日経ってるんだろう)
戻りたいとかそんなことすら考えてもいなかった自分の謎の順応性に、感心しつつも辟易する。
「詩音、おいで」
名前を呼ばれ振り返ると、腕を引かれて壁に寄りかかる遥星の胸の中に収められた。
怪我をした日以来、徐々にこうしたスキンシップが増えてきていた。だが、肝心の言葉はまだなく、詩音はまだ「おあずけ」をくらったままの状態だった。
(近い近い近い! もう、どういうつもりなの)
もしかしたら、彼なりに努力している最中なのかもしれないと思うと、自分から何かをしたり言ったりするのは躊躇われた。それでなくとも、あの時「随分積極的なのだな」などと言われてしまったことを思い出すと、開き直るよりも彼のペースに任せたいと思った。
(ふん、いいもん、こうして抱きしめてくれるだけでかなりの進歩だし)
とはいえ、ここは薄暗い密室で、誰もいない。詩音は、自分の方がよっぽど女に飢えた男みたいだと思いながら、腕の中から彼を見上げた。
「遥さま、私‥‥‥」
その時、ギィッと蔵の扉が開いた。
「おや、両陛下。もう施錠の時間ですよ」
そう言って、人が入ってきた。
気づけば、窓から入る光はほとんどなくなり、かなり暗くなってきていた。
「相変わらず仲のおよろしいことで。続きはどうぞお部屋で」
言い逃れもできない程密着していたところを見られ赤面した詩音は、次に続いた言葉に耳を疑った。
「まぁ、戻れればですが」
「あぁ、やっと来たか。待ちくたびれたぞ││喬」
(え、喬? 書庫の鍵なんて扱う権利あったっけ? ていうか、何、待ち合わせ?)
喬が手に持っていた松明を壁際の燭台に差し込み、ようやく彼の顔を確認できた。
「すみません、どうしてもお二人とゆっくり話したかったもので」
「私の部屋に来れば茶ぐらい出したんだがなぁ」
「そんな、陛下と同じ卓に着くなど畏れ多くてできません」
「ははは、そんなことよりもっと無礼なことをしているのはどいつじゃ」
詩音は会話についていけず、二人の顔を交互に眺めた。
「ふふ、そうですね」
「.お前は何がしたい? 私や詩音の命を取るだけなら、一人ずつ狙った方が確実だと思うが」
そこでようやく、話が見えてきた。
(おびき寄せた例の犯人は、喬だった、ってこと?)
遥星から以前聞いた時は、誰が怪しい、などという話はなかったが、今の口ぶりからするとそれが喬であるということは、確信しているような口ぶりだった。
「言ったでしょう、お話がしたいって。二人一緒のところで話したかったんです」
「こんな場所でか?」
「はい。だってもう陛下、分かっちゃってたでしょう? こないだ、わざと真っ先に私を遠ざけましたね」
「間違っていたら別の人物を探すまでだったが、その手間は省けたみたいだな」
「何もせずに処刑されるよりは、せめて話しができてからの方がいいかなって。だからこそ陛下も、猶予をくれたんじゃないんですか」
「ちょっと不可解な点も多くてな。で、お前の話したいこととは、どんなことだ?」
二人は距離を取ったまま、にこにこしながら会話を続けている。
「……陛下。最初のお妃様の名前は、覚えておいでですか」
(最初の、って私がここの来た日の? 確かあの時、『名は知らない』って)
「……シオン」
喬からの問いかけに、遥星はそう答えた。
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