6-4 仕事が…したいです
「とにかく、そなたは一人にならないようにな」
遥星が詩音の身を案じてした発言は、一つの気付きを与えた。
あの空間で、一人にならないようにするというのは、実質無理だ。鈴と蘭の片方は寝ていて、片方は何かしら作業をしていることが多いし、他の夫人達とは四六時中一緒に過ごせるような関係ではない。だとしたら──
詩音は手に持ったままの茶碗の中身を一気に飲み干して、御盆に置いた。
「遥さま。今から二つ、お願いごとを申し上げます。聞いていただけますか?」
詩音の何か意を決したような発言に、遥星は少々面食らいながら、続きを促した。
「まず一つ目は、先程の件。前言撤回をして申し訳ありませんが、やはり調査をお願いします。ただし、事件ではなく、単に事故という形で」
彼の言う通り、詩音も彼も見くびられてるというのなら、何もしないというのは余計馬鹿にされる一因となってしまうだろう、と思い直した故の撤回だった。
事故として調査すれば、犯人疑いの汚名を彼女らに着せることはない。だが、皇帝側も黙っているわけではない、ということさえ主張出来るだけでも、牽制にはなるだろう。どうせ犯人は見つからないのだろうし、見つかったってトカゲの尻尾切り程度にしかならないのなら、そこは捨て置けばいい。
「そして二つ目。これは、この国の常識上、無礼なことであったら申し訳ありません。日中、私を本殿に置いていただけないでしょうか。もちろん、何もしないというわけではありません。雑用でもなんでもします! というか、させて欲しいのです」
遥星はその提案に目をぱちくりとさせた。お茶を一口含み、ひと呼吸置いてから答えた。
「一つ目の調査については、承知した。そのように手配しよう。それから二つ目、その真意の程は?」
詩音はそう考えた理由を述べた。
後宮で"一人にならない"というのは難しいだろうということ、それから、何もしないで過ごしたこの数日は大変もどかしく、何か手や身体を動かしていないと落ち着かない、ということを切に訴えた。
「以前お話ししましたが、これでも秘書の仕事をしていました。環境は違うので行き届かない点もあるかとは思いますが、少しはお役に立てることもあるのではないかと思います」
(い、言い切ってしまった……自信満々に。この世界の、この人たちの仕事がどんなものかも知らないくせに)
詩音は内心冷や汗をかきながらも、しっかりと遥星の目を見つめて返事を待った。
遥星は少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「うむ、構わん」
意外な程あっさりとしたその回答に、いつの間にか強ばっていたらしい肩の力が抜ける。
「ただ、皇后になる身とはいえ、まだそなたとは婚儀も挙げていないのだから、政務に携わらせることに難色を示す者もいるかもしれない。安全上のこともあるし、そなたは私の執務室内のみで仕事の手伝いをしてくれるか。表向きは、私に呼ばれて会いに来たということにでもしておけばいい」
「は、はい!ありがとうございます!!」
(どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい)
役割を与えて貰えるということは、こんなにも喜ばしいことだったのか。
澱んでいた空気が一気に晴れたような開放感が、詩音を包んだ。
「あ、でも」
詩音はあることに気づき、遥星に尋ねた。
「日中に逢引、をしているように言ってしまって、大丈夫なんですか? 真面目に仕事をしろ、と非難されませんか?」
自分から押しかけさせて貰うお願いをしておいてどの口が言うかという感じだが、なんとなく確認しておきたかった。そして、詩音の不安は変な方向に的中した。彼のこの後の発言は、襲われるのとは別の意味での心配を抱かせるのに十分だった。
「さあ? ま、普段からあまり仕事はしていないからな」
「え?」
──そりゃ、具体的なことは知らないけど、皇帝って国のトップなわけだから、やることは色々あるんじゃないの? 大丈夫じゃないよね、それ?
「父の代に集めた我が国の臣下は非常に優秀での。特に内務大臣は私に代わって色々まとめておいてくれるから、大してやることはないのだ」
──いやいやいやいや。あの髭の大臣におんぶにだっこというわけですね?
どうしてこの人は、上げて落とすようなことばかりするのかと、詩音は頭を抱えた。
実際には遥星としては特に何も意識しておらず、詩音が勝手にときめいて幻滅してを繰り返しているだけなのだが、毎回振り回されてしまっている気持ちが拭いきれないのだった。
そうして、安堵と不安のないまぜになった中、詩音の宮廷生活は始まった。
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