11-2 変化

 婚儀を済ませ晴れて皇后となった詩音は、本殿で遥星の部屋の中に篭るのではなく、他の場に出ることも多くなった。


 会議などには参加はしないが、謁見など皇帝皇后揃って対応する場面など、二人で行動することが多くなり、なかなかに慌ただしかった。



 そして、それよりも今までと大きく変わったことがある。


 彼が、遥星が、仕事に真面目に取り組むようになったこと。


 以前までは臣下からの申請事項なども、良く言えば信頼して、悪く言えば中身もあまり精査せずに承認のハンコをすだけだったりしたのが、きちんと全ての内容を把握して具体的な質問をしたり、不足部分を指摘したりと、かなり雰囲気が変わった。


 その変化は誰にとっても衝撃的だったらしく、「正式に皇后陛下を迎えたら急にしっかりした」と、臣下の者達からの詩音の評価がやたらと高くなった。


 今までザル承認だったのが、きちんと筋道を立てた具体案でツッコミどころのないように上申しなければならなくなったので、一部やりにくそうにしている臣下もいたが。



 それと、もうひとつ。


 今まで喬にさせていた詩音の送り迎えをやめさせて、遥星自ら行うようになったこと。

 わざわざ朝に迎えに来て、夕方は宮殿内を散策してから部屋へ送り届けるということを始めた。


 これについては皆ぽかんとしていたが、職務はきちんとこなすようになったし、新婚の蜜月期だろうということで、特にヒソヒソとされることもなかった。



 これらの変化に、一番戸惑ったのは詩音だった。


(一体、何があったっていうの……?) 


 婚儀の夜以来、気まずくなるかとも思ったが、彼の態度は以前までと何ら変わりはなかった。一緒に過ごす時間、会話をする時間は増えたものの、逆に肌が触れる程近づくということはなくなった。

 これまでも触れるとはいっても、詩音が弱ってフラフラしている時に物理的に支えるケースがほとんどであったし、そうした機会がなくなっただけかもしれないな、と詩音は考えていた。


 相変わらず、遥星の考えていることはよくわからなかった。尋ねてみても、「まぁ、気分かのう」などと気の抜けた返事が返ってくるばかりで、それ以上は聞けなかった。


 

 そんな日がしばらく続いたある日のこと、事は起こった。


 二人は、荷捌場にさばきばへ来ていた。

 ここは外から宮殿へ搬入されてくる物資をまとめておく場所で、ここで仕分けして各宛先へ届けられる。今日の夕方の搬入時間は終了し、荷物が所狭しと積みあげられているような状態だった。


「ちょっと埃っぽいな、大丈夫か?」

「はい、平気です」


 実はここへは、詩音のリクエストで来ていた。

 今まで後宮と皇帝の執務室・居室しか行き来していなかった詩音にとっては、宮殿そのものが迷路のようだった。本殿すべての場所を把握しておきたくて、これを機に「今日はここ、明日はあそこ」といったふうに、計画的に色々な場所を案内してもらっていた。



「この時間はもう係の者ははけているし、誰も来ないから私のお気に入りでな。昔から時々来ていたんだ。物がごちゃごちゃしている方が、詩作が意外と捗る」

「あ、なんかそれはわかります。だだっ広いより、落ち着きますよね。遥さまも、そういうところあるんですね」


(これはこれで、初々しいデートみたいで楽しいな。色んなことがありすぎて、私は焦りすぎてたのかもしれない)


「詩音」

「なんですか?」

「その、手を、出してくれないか?」

「手?」


 突然そう言われ、掌を上に向けるべきか下に向けるべきかで悩んだ結果、結局横向きに出した。


(え、なに? まさか指輪? いや婚約指輪とかの文化はないはずってか既に結婚してるし、上向けて出したら何か物貰えると思ってそうな感じになっちゃうよね?.....って、横って握手じゃん。それもおかしいでしょ)


 遥星は真剣な顔つきで、詩音の片方の手を両手で持ち、にぎにぎし始めた。


「な、なんですか?」


 不可解な行動に、詩音は目をぱちくりさせる。

 そのまま、自分の掌を合わせてみたり、指の間に互い違いに指をはめてみたり、手首を掴んでみたりしている。


「えーとだな.....慣れ?」

「えっ、なんですか、それ」


 何をしたいのかよくわからないが、彼が自分から接触を試みてくれたことが嬉しくて、おかしな行動だとしても浮かれてしまう。


(わー.....どうしよう、やばい。逆にやばい。めっちゃどきどきするんですけど! やだ、もしかして私、欲求不満.....?)


 彼はそんな詩音の様子には気付かず、ひたすらにぎにぎし続けている。


 意識してしまったせいか、あるいはハンドマッサージの要領で血行が良くなったせいか、次第に手が熱くなって汗がにじんでくる感覚がしてくる。

 だが、せっかく触れた手を離したくないという気持ちと、恥ずかしい気持ちがせめぎ合い、手を握られたまま視線だけを逸らした。


 その時、目に飛び込んできたのは、人の背よりも高さのある荷箱が、横からゆっくりと傾いてきているところだった。

 彼の手を引いたら逆に直撃してしまうかもしれないと咄嗟に判断し、叫びながら遥星に向かってタックルした。


「だめーーーーーーー!!」

「おわっ」


 そんなことしたのは生まれて初めてだが、体格差なのか単に詩音に力がないせいなのか、意外と飛ばないことを知る。

 遥星がバランスを崩して後ろに倒れるのと一緒に、詩音も覆いかぶさるように倒れ込んだ時、ズドン、と荷箱が倒れた。


 重そうな響きがしたあとに、静寂が訪れる。


「ご、ごめんなさい、急に」

「いや.....助かった、礼を言う」


 上半身を起こそうとした遥星が、途端に顔色を変えた。


「詩音、足.....!」


 言われて後ろを振り返ると、荷箱が足首あたりの上に乗っかっている。動かそうにも、その重みのせいかビクともしない。


「下手に動かしちゃだめだ、今どかしてやるから.....」


 遥星が上に乗った詩音の体を押さないように下から抜け出すと、声と音を聞きつけたらしい人達が駆けつけてきた。


「いかがなされました.....あっ、へ、陛下?」

「ちょうど良かった、どかすの手伝ってくれ」


 作業着を着た男性がその存在に驚くも、遥星と二人で荷箱浮かせて詩音の足を抜く。詩音の足首の上のあたりが、赤く変色しているのがわかった。


「こ、皇后陛下.....! 申し訳ございません!! 今日、締めの作業を行ったのは私です。 そんな、倒れないよう固定していたはずなのですが.....すぐに直します!」


 青ざめる彼の発言を聞いた遥星は、その行動に待ったをかけた。

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