6-1 ご自由にどうぞ

「詩音さま、起きてください。朝ですよ」

「うぅん」


 可愛らしい高い声と、部屋に差し込む朝日の眩しさで、朝が来たことを知る。身体に重りが付けられているかのように、布団に沈んで動かない。


「まだ起きたくなぁい」


 誰かに起こされるというのは実に久しぶりで、ついつい学生の頃に母親に起こされていた時のような感覚で答えてしまう。そこまで言って、はっと覚醒する。


「り、鈴……! おはよう、ごめんなさい変なこと言って」

──恥ずかしい。こんな少女に、甘えるようなこと言っちゃって。

 詩音は、ゆっくりと起き上がった。


「朝食の用意も出来ております! 今、お持ちしますね」


 鈴の運んでくれた粥をゆっくりと口に運ぶ。あたたかいものが身体の中心にじわりと染みていくと、だんだん、頭が起きてきた。


 昨日は、なんと長い一日だったことか。


 普通に仕事に行って残業して、帰りがけに星座を探してたらこっちに来て、突然皇帝の妻にされることになって、お茶して、後宮に移動して、挨拶回りして。


 めちゃくちゃだ。

 我ながら、意味が分からない。


 寝て起きても、元の世界には戻っていなかった。特に積極的に帰りたいと思うわけではないけれど、モヤモヤはする。


「ご馳走様でした。鈴、ありがとう。今日はこのあと、何をすればいい、とかはある?」

「いえ、特には。お部屋でのんびりされても、後宮内を回っていただいても構いません。ご自由にお過ごしください」


……ご自由に、と言われても。それは、なかなか難しい。


 昨晩から今朝にかけて寝ずの番をしてくれていた鈴は、これから睡眠をとるということだった。少ししてから起きてきて交代した蘭に、後宮内の案内をお願いすることにした。

 歩きながらそれぞれの場所と役割を解説してもらう。

 その途中、昨日ひっかかっていたことを思い出し、蘭に聞いてみることにした。


「その、遥星さまって、お兄様がいるのよね? それなのにどうして、弟である彼が皇帝になっているの? 何か知ってる?」


 蘭は不思議そうな顔をして答えた。


「? 兄君がいると、弟君は皇位につけない、ということをおっしゃっていますか?」

「えっ、あぁ……」


 私の国では、と言おうとして、口を噤(つぐ)んだ。


(ダメだ、記憶喪失って設定だった)


「えーと、一般的?には、こういうのって兄弟の一番上が継ぐものなのかなって思ってたんだけど」

「そうなのですか? 皇族も一般人も、兄弟の中で優秀な人間が継ぐものかと思いますが」

「そ、そうなんだ」


 それが当然とばかりに言われ、こちらがたじろぐ。

 ここにも、常識のギャップが。

 長子相続って、実は当たり前の風潮じゃなかったのかな?というか、日本だって法律では兄弟は男女関係なく平等なはずなんだよね。慣習的に長男がどう、とか残ってるだけであって。法で定められていたのは、確か明治から戦前までだったような気がする。


「私達は後宮に流れてくる噂話でしか知りませんが、遥星さまが皇位に就かれたのは、先帝陛下と佑星さまのご意思によるもの、と聞いています」

「え、そうなの?」

「お二人とも、遥星さまが適任だと判断した、と」


──えぇ……むしろ何故? 適任? 彼が? やっぱり、兄はもっと残念な感じなのかな。


 蘭はそれ以上のことは知らないと言い、後宮内の案内を続けた。


 それから毎日、特にやることのない日が続いた。

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