第22話 仕組まれた出会い

 

 ゼオムに聳え立つ壁は、コンクリートによく似た性質を持った鉱物で出来ているようだ。

 実際にコンクリートかもしれない。


 その高さは見上げる程に大きい為、正確な高さは分からないが、五十メートルくらいあるのではないだろうか。


「止まれ、何の為にここへ来た」


 門の前には一つの列が出来ており、そこを通る人々は検問をされている。

 門とは言っても、壁の中ほどまでの大きさがある巨大な門の方ではない。

 その横にある小さな人間用の鉄扉だ。

 だがそうなると、巨大鉄門は一体誰が通るのだろうか。

 気になるがまずは検問だ。


 ボロ布を被り、風呂敷で荷物を包み背負うお婆さん。

 馬車に果物や野菜らしき荷物を乗せた商人。

 中には弾かれて入れない人もいた。


 どうしようか……。

 ちゃんとした理由がないと中に入れて貰えないのかもしれない。

 列に並びながら、とりあえず理由を考えてみるが思い付くものなどない。

 持ち物も、短剣と服と不思議なお守りと手紙のみだ。

 商人というにはさすがに苦しい。


 そう思っていれば、いつの間にか僕は兵士の前に来ていた。


「あの、僕は、そのえっと、あの!」

「止まれ、何の為に……。いや、待て。貴様はーー」


 訝しげに顔から足のつま先まで、ジロジロ睥睨し、何かに気付いたように、はっとすると、後ろで同じく立っている兵士を何人か呼びつけて内緒話を始めた。

 何がしただろうか。

 もしかしてこの町では肥満体質に差別的な物であるのか。

 彼らが僕をみる目つきが、尋常じゃなく鋭い。


 一通りの話が終わり、結論も出たようで再び二人の兵士が僕の前までやってくる。


「お待ちしておりました。大神官がお待ちです」

「案内しますので、こちらについて来て頂けますでしょうか?」


「え、え? あ、はい」


 何が何だがよく分からないが、とりあえず話を聞くことにした。


 兵士の話では、僕がここに来ることを大神官なる者が予知をしたようで。

 宗教国家たるこの国の首都では王の権力と全く同じく発言力を持つのが、大神官らしい。

 神の声を聴ける人間はただ一人。

 寧ろ王よりも民は耳を傾ける可能性があるなどと兵士は笑っていたが、それは国としてどうなのだろうか。

 まぁ、王もそれを理解して布教活動許可をしているなら、仕方ないのだろうけれど。

 それでも、王が統治する国で同じ権力を持つ人間が二人いるのは危ない統制だと思う。

 誰かが言っていた、“天に二日無し、土に二王無し”。

 天に昇る太陽が一つなら王も一つであるべきと、そういう名言なのだが。


 王は国ひとつひとつにいるわけだから、王が一人というのは決して起き得ないだろう。

 誰かが世界を支配でもしない限りは。

 魔術が使えるこの世界ならそれも可能かもしれない。


 だけど、同じ国に二人の王はーー危険だと思う。


 二人の兵士について、街中を歩けば、この世界の時代背景が見えて来た。

 ずっと森の中に籠っていたので、街がどのようなものか、人々の生活はどのくらい進歩しているのか知り得る方法はなかった。

 もしかしたら現代の街中のような世界である可能性もあったのだ。

 勿論、中世風景なのではと予想をしていなかったわけではない。

 予想、というよりは希望なのだが。


 だがその希望は汲み取られ、今目の前に広がる世界は僕の求めていたものそのまんまであった。

 煉瓦によって敷き詰められた足場、立ち並ぶ家々は木造建築が多くを占め、中心に向かうにつれて煉瓦の家も増えて行く。

 気になるのは歩く人々の半分以上が、黒い修道服を着用している事か。

 一応、ワイズから町の事は聴いていた。

 世界に二つある強大な宗教国家であり、このルイナ大陸で幅を利かせていると。


 にしても、これほどの宗教者がいるとはさすが宗教国家といったところか。

 家には宗教の刻印だろう羽根に抱かれる十字架の印が必ずどこかについている。


 そんな街の風景を眺めながら、遂に到着。

 兵士が教会の前で止まりこちらを振り向く。


「ここです。事前に報せてありますので、中に大神官はいらっしゃいます。ではこれで」


 兵士達は二人共、綺麗にお辞儀をして元の持ち場へと帰っていった。


「さて……」


 見事な教会だ。

 清楚な印象を持たせる為かその殆どが、白磁の様に汚れ一つない純白。

 門の前を、挟む様に立つ柱はローマを思わせる縦線が入った柱身。

 何より、目の前に教会が建っているにも関わらず視界の上に映る鐘がついた塔。

 その大きさは外壁よりも高いだろう。

 登る機会は無くても、外からその大きさを比べてみたいと感じる。


「白い鳩でも出て来そうだ……」


 触れただけでわかる重厚な木の扉。高さは僕が、丁度扉の中ほどだから三メートルくらいか。

 質感の良い肌触りは、漆の様なものを薄く塗っているのだろう。

 扉に彫られた装飾は、剣を持った男の姿と杖を持った魔法使いの様な姿をした女性が、扉それぞれに描かれている。

 こういうのは普通ラッパを持った天使というイメージが強いのだが、なぜ勇者と魔法使いの絵なのか。

 本当に今日は気になることが多い。

 ワイズではないが、何かと知りたくなるのも無理はないかもしれない。


「お、お邪魔しまーーす……って、おっも」


 思い切り扉を押す。

 鉄にも似た重圧を感じさせ、一回で押すのも一苦労だ。

 歯を食いしばり、地面を踏み抜きながら一歩一歩前に進み、何とか扉を押し切って中へと入る。


 重い扉を押すことに集中しすぎた所為か、扉が離れ支えを無くした僕は、そのまま前にずっこける。

 硬く冷たい大理石の様な床の感触を頬で味わいながら、ほとほと自身の運動神経に呆れが来る。

 本当にキングの力は消えてしまっている様だ。

 多分走っても前世と同じタイムしか出ないだろう。


 痛みを身体前面で感じながら、身体を起こす。


「お、す、凄い……」


 外観もさることながら、内装もとびきりの美しさであった。

 中の様子は薄暗く、光源と思われるものは、立ち並ぶ木の長椅子にニ本づつ立つ蝋燭が数十本。それに加え陽の光を浴びたステンドグラスが、その色合いを輝かせ殆どが白と木質の色を彩り宛ら、色のプラネタリウムの様である。

  まるで、昔の西洋人が描いた美しい絵の中に迷い込んだかのような優雅さ。下に扉から真っ直ぐ敷かれている、真紅の絨毯もその鮮やかさを増している。


 その絨毯をまっすぐ進んだ先に男は立っていた。

 女神と思われる絵が描かれた、ステンドグラスを後ろ姿ながら眺めている事が分かる。


 白銀で出来た修道服は、他の宗教者とは格が違う事が如実に示されている。

 縁を更に深い銀で縁取り、所々濃淡差を変えられ一つの絵になっているのがまた美しい。敢えて銀だけで表現する姿勢に、拘りを感じさせられる。

 特に背中には鷲の絵が印象的だ。

 特に大きい背中でもないと思うが、その鷲があまりに雄々しい所為か、勝手に彼も大きく感じられる。


「おや君が……。なるほど、確かに神のおっしゃっていた外見とそっくりだ」


 満面の笑みでそう言う眼鏡をかけた黒髪オールバックの男。

 つまりは太った男が来ると言われていたのだろうか。

 なんか嬉しくない。


「初めまして。この国の神を声を聴き伝える役目、大神官を務めるシルバー・イビルハントと言います」

「あ、はい。よろしくお願いいたします。ぼ、僕の名前は……キング、です」


 とりあえず名を名乗る。

 元の日本の時の名前でも良いのだが、咄嗟に答えたのがキングだった。

 そこまで僕は染まってしまったと言う事。

 とりあえず次、名乗るまでに家名的なのも考えておかなければ……。


 と、シルバーはキョトンとした顔をして、


「キング……。これまた大層な名ですね。王の名を冠する男……ですか。そう思うと貴方の容姿も、とても懐が深そうに見えて来ます」

「お褒めに預かり光栄ですね……」


 少し嫌そうに言ったのが気になったのか、ムッとしながらシルバーは言う。


「癇に障りましたか? ですが、容姿とは重要ですよ。人間とはまず外見から入ります。物であろうと人であろうとね。だから私はこの教会は清潔な白に、修道服も魔を跳ね返すと言われる銀に染めました。どうです? 貴方もコーディネートして差し上げましょうか?」

「あ、いや、結構です」

「……そうですか。街の人なら泣いて喜ぶのですが……。価値観の違いとは恐ろしい」


 残念そうに首を振るシルバー。


 別にコーディネートどうこうより、単純に服は森の皆が作ってくれたものがある。

 デザインはあれとしても、折角仲間が僕の為に作ってくれたものを、着ないわけにはいかない。


 すると先程までの軽い雰囲気が嘘のように、眼鏡を光らせて彼は言う。


「神はおっしゃった。君が来たら君を導くように、と。そして私はそれを承った。だから君を導こう」

「は、はぁ………ありがとうございます」


 陽の光と蝋燭の淡い炎だけが薄暗い部屋を照らしている。

 その部屋の一番明るい場所に立つ彼が、恐ろしく見える。

 彼の容姿もはっきり見えなくなる中、光り輝く眼鏡が、まるで悪役のようで。

 実際に放つオーラも聖人のものとは思えなくて。

 少し、怖い。


「さて、神からの使命を全うするとしましょう。君は明日から“勇者育成機関メメントモリ”に入る。それで良いのだよね?」

「ーーえ?」

「ん? 君は“勇者育成機関メメントモリ”に入りに来たのではないのですか? 私はそこに案内……もとい入れるように手続きをしてくれと言われたのですが……?」


 随分と細かい指令だな。

 神にしても、なぜそのような指令なのか。

 顎に手を当て考え込んでいたと思えば、すぐに笑みを戻し、笑み光る顔で彼は言った。


「君の容姿を見る限り、確かに勇者に向いているとは思えないですが。何にせよ、君はメメントモリに入るべきなのです」

「ま、待ってください! 英雄育成なんて大層な……僕はそんなんじゃないんです。ただ、友達が薬では治せない程の怪我を負ってしまって……。単純に治癒魔術師さんに会えればそれで僕は……」

「治癒魔術師?」


 自信満々に言っていたシルバーはその言葉を反芻しながら、舐めとり咀嚼する様に、言葉のーー神から受けた啓示の意味を解き始める。

 最初は考えて込んでいたシルバーも、徐々に笑みへと変わって行き、引き攣るほどまでに上がった口の端は、聖職者のそれとは思えない。

 どちらかと言えばーー全く正反対の、そう、“悪魔”の様な笑みだった。


「ーーなるほど……そう言う事ですか」


 恐怖したわけではない。

 だけど、目の前で晒された不気味なまでの笑みを放置しておくのは、危ない気がした。

 だから僕は、心の隅で引っかかっていたことを話題に切り出した。


「あの、この国のゼオム教ってどんな教えなんですか?」

「…………」


 ククク、と笑いをしたままその動きは停滞している。

 自分の世界に入った様に周りの全てを遮断して、僕の声は聞こえていない様だ。

 だからもう一度、近くに寄って強めに聴いてみる。


「あのー?」

「……ん、教え、ですか。そうですね、特にこれといった教えがあるわけではないです。簡単に言えば、我々人間を救った神を今でも慕おうと言う集団なのです」


 どうやら聴いていなかったわけではなく。

 聴こえてはいたが、答えるのを忘れたといった具合。


 だがその答えには違和感があった。


「え、教えがないんですか?」

「強いて言うなら、“信じていれば神はやってくる”といったところでしょう。この国は大戦時代、百年ほど前の時代に、空間の女神ゼオムによって召喚された勇者達に救われています。正確に言うなら世界全てが」

「大戦時代……。召喚?」


 前にも聴いた気がする言葉だが、どこで聴いただろうか。

 どこで聴いたにしても意味を理解していないのなら、意味のないワードだ。

 ここでそれを聴きたかったのだが、彼は答えるつもりはない様で、呆れた具合に言った。


「知らないのですか……。まぁ、メメントモリで習うでしょう。詳しい事はそちらで習ってください。

 さて、話を戻しますが……、貴方の目的である治癒魔術師は、メメントモリにいますよ」

「ーー! ほ、本当ですか!?」

「ええ。だからこそ神もそこへお導きになったのでしょう。これで私の仕事は骨折り損にはならなかったと言う事ですね」


 やれやれと息を吐きながら、彼は続ける。


「なので、明日貴方には入学式に出てもらいます。いや、来てくれたのが今日で良かった。危うく、主たる神を疑うとこでしたよ」


 それを、本当に嬉しそうに言うシルバーだがやっぱり彼の笑みは恐ろしい。

 とても神に仕えている、しかもそのトップたる大神官とは思えない。

 しかもその大神官が、冗談でも“神を疑う”などと口にするのか?

 この世界がどのような宗教意識なのか分からないが、あの街の様子から前世と殆ど変わらない心持ちだと思うのだが。


 そんな僕の深慮を露知らず、彼はにっこり微笑んで、


「さぁ、準備に取り掛かりましょう」


 僕を町のさらなる奥へと案内するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る