第5話 神様は優しくない

 

 僕こと、麦豚 焼太郎がこの異世界にやって来て、早くも二週間が経とうとしていた。

 日常として、食料の確保、水浴びは一週間に三日ほど、焚き木を集めたり冬を越す時の為の準備を少しずつしたりと、毎日変わり映えのない日々を送っていた。

 そう、普通過ぎた。

 あまりにもただのサバイバル生活と変わらない様子で、はっきり言って拍子抜けと感じていなかったと言えば嘘になる。

 だから、今起きてる事態は、この世界の日常茶飯事の事であり、二週間も回避していたその事実の方が、充分に奇跡的なのだ。


「久しぶりの魔物フゴね。肉食系は獰猛だし、獣型だと位の高い種じゃないと喋れる奴も少ないフゴ。俺らみたいな栄養を持ってる豚男人オークは特に狙われやすいから、キングの調子が元に戻るまで……細心の注意を払っていたフゴが……」

「さすがに無理だったブヒね」


 灰狼グレイフォックス

 決して一つ目のサムライでは無い。

 灰色の毛並みが特徴的な至って普通の狼。

 地球の狼と違うところを指摘するなら、妙に鋭い爪と赤く光る眼だろうか。

 そして、それを纏めるように背後で指揮をとる多分上位種であろう灰狼グレイフォックス

 体長は従来の狼の倍近くもあり、頭から背中を通り尻尾にかけてまで生える黄色い体毛は、リーダーの証か。

 より眼光炯々とした輝きが目の前にいる敵を威嚇している。


「よく見ておくフゴよ。これが魔物の戦い、黒鱗蛇ブラックアナコンダが襲われてるフゴ」

「腹を空かせた蛇が、狼の縄張りに入ったって言ったところブヒかね」


 名前の由来通り、全身を黒光りする硬質の小片“鱗”が包み、光に反射して輝いている。

 小片とは言ってもそれは通常の蛇の大きさの話で、目の前にいる黒鱗蛇ブラックアナコンダの全長は見上げる程高く、目測では何メートルかは分からない。

 空に向かって伸びる木々の真ん中あたりにまで、とぐろを巻いた状態で頭が届くのだから、まっすぐ上に、そう滝を登る龍の様にして、伸ばしてみれば、木よりも長いのかもしれない。


 最初、黒鱗蛇ブラックアナコンダに軍配が上がっていた。

 尾で薙ぎ払い、噛みつき呑み込み、その巨体を畝らせ、次々と灰狼グレイフォックスを撃退していた。

 その姿、龍の如し。

 狼の大きさなど、蛇と比べれば可愛いものであり、蛇が口を開ければ易々と狼を飲み込んでしまえる闇を見せ、実際、数十匹という数が蛇の腹へと消えていった。

 蛇が見せる薄緑に光る歯牙は、よく見ると薄緑の液体に包まれており、その液体が重力に逆らえず、雫となり落ちた時は、音を立てて地面は溶けていた。

 強力な酸、もしくは毒か。

 どちらにせよそれらに近い液体が出る牙を持つ蛇の攻撃が、咀嚼ーーというよりは丸呑みだが、それだけなはずもない。

 牙を身体に打ち立てられた狼は悲鳴すら上げられず、内部から身体を破壊され、原型を保たず死んだ。

 肉が溶け、腐食にも似た汚臭を放ちながら、その体内の骨を露出させ、ドロドロと、溶けて。

 直径一メートルあるだろう太い胴体が、遠心力によりその力を増して狼に一撃を加えれば、蛇に触れた時点で爆散。爆散せずとも身体を支える骨はバラバラに砕けてしまう。

 圧倒的で、あった。

 先程フゴタはあの蛇が襲われている、と言ったが、誰がどう見ても、襲われているのは狼の方だ。

 アレを、あの惨状を齎されている側を、狩り人側とは思えない。


「気持ちは……分かるフゴよ」

「え?」


 生唾を飲み、険しい表情で戦いを見つめるフゴタの姿は、いつも見せる楽観的な顔付きではない。

 考えていた事を当てられて、少々戸惑いはしたが、これは当てられたのではない。

 ーー同じ気持ちなのだ。


「でも、これからが、戦いの本番フゴ。もう、黒鱗蛇ブラックアナコンダは終わりフゴ」

「勝負は、残り数分、と言ったところブヒね」


「……?」


 全く、まったく彼らの言う事の真意が分からなかったが、理解より先に結果が、目の前に突然と出現し始めた。

 時間が経つにつれ、徐々に黒鱗蛇ブラックアナコンダの動きは悪くなる。

 ーー明らかなる状態の変化。

 息は荒く、最初の頃の生き生きとした姿はもう影もない。

 傷もなく、優位に立っているはずの蛇がなぜか、とても追い詰められている様に見えた。

 未だ狼は有効打を打てていない。

 蛇が無傷に対し、失った仲間は数十匹だ。

 フゴタの真意を探すべく、目を凝らしてみていればーー事は起きた。


 疾る

 超常の現象、つまりは“魔法”だろう攻撃が、遂に蛇の身体に傷を付けた。

 傷なんて生易しい表現ですむ攻撃ではない。

 腹に穴が開くほどの重傷。

 だが、蛇の鱗は狼の肉を切り裂く鋭利な爪や牙を通さない程に硬いのだ。

 そう簡単に傷などーーましてや穴など開くわけがない。

 ならばその攻撃は、どこから来たのか。

 それはーー。


「ウォォォォオン!!」


 雄叫びが森の中を木霊する。

 凱歌を揚げるかのように灰狼グレイフォックス達は遠吠えを初めた。

 我らの勝利だと、高らかに吠えていた。

 そうーー蛇の腹の中から。

 その合図を最後に、蛇は無残な姿へと変える。

 四方を囲んだ、残存する狼達の口より放たれる無数の風の刃。

 傷を中心に爪を牙を立て、鱗を次々と剥がし内側の肉を根こそぎ削り取っていく狼達。

 巨大な蛇とて、身体に穴を開けられ、度重なる出血を伴えば、体力だけでなく命の火さえも消えていく。

 そうして着実に蛇の命は削り取られ、遂に、地響きさえも引き起こす大きな音を立てて、その場に伏し、死んだ。


 長い戦闘だった。

 多分、時間的には十分程だが、感覚的には一時間みていたのではないか、と言っても過言ではなく、目が離せない物だった。

 それは双方の攻防に命の叫びを聞いたからだ。

 灰狼グレイフォックスの陣営もかなり消耗を強いられただろう。

 だが、それを分かった上で迎え撃ち、そして勝った。

 前世ではなかった命の駆け引き、それがこんなにも間近で見ることができたのだ。

 いや、前世でも勿論、あったにはあったのだ。

 それはサバンナなどの獰猛な肉食獣が跋扈する自然界の事を示しているわけではなく、学校という、法という名で囲われ、逃げる場を失った強者による虐めという名の蹂躙。

 目の前で起きたのは命の駆け引きであった故、重みなどは天と地ほども差があるのだが、それでも、どちらも僕に取ってはーー“恐ろしい”、そう思った。


 だが、なぜだろう。

 恐ろしいと、思うと同時、心の中に芽生えた燃える何か。

 それは逃げ道がない故の秘めた闘争心なのか、それともーー僕以外の誰かの想いなのか。

 それは分からないままではあったが、とりあえず、高鳴る鼓動を、胸に手を当て直に感じ握りしめ、その光景を脳裏に焼き付けた。


「魔物の中でも、知性を持つ者が少ない魔獣は特に危険視した方がいいフゴ。魔物指定の中でも二足で立つタイプ、所謂“亜人種”。俺らとか、巨鬼人オーガとか、醜小人ゴブリンとか。そういう奴らは喋って意思疎通できるフゴ。とりあえず、立ってるか、が見分けるのに一番簡単フゴね」

「四足歩行で、喋れる奴この森ではあまりみないブヒね。少なくともおいら達は知らないブヒ」


「って事は、僕達も亜人種?」

「その通りフゴ。豚頭人オーク猛猪王キング・オークも、共に亜人種フゴ」

「凄い……物知りなんだね。二人は」

「いやぁ……はは。照れるフゴなぁ。正直、他から得た知識だから褒められてもって感じフゴよ」


 それでも凄い話である。

 この凶暴な生き物棲まうこの森で、生きる為にしっかり活用しているその知識が、人から得たものだからと言ってなぜ笑うことが出来ようか。


「おいら達って……頭がいい種族じゃあないブヒから、少しでも知識を身に付けないと、生きていけなかった……って昔仲間は言ってたブヒ。さっき体に付けた香水も他の魔獣から臭いで気付かれないようにする為ブヒ」

「そう……なんだ」


 ここに来る前、葉っぱの絞り汁を掛けられたのだが、そういう理由だったのか。


「運がいいことに鼻は効くブヒね。鼻を使って、敵を察知してなるべく戦闘は避ける。どうしても避ける事が出来ない時だけ、皆で協力して戦う。これが今までの生活ブヒよ。豚男人オークは他の魔物と違って、あんまり魔術が得意でないブヒから」


 ブヒタが長く喋る所を初めて見た。

 それが何を示しているのか、僕には分からないけれど、でも、僕らの現状を把握させる為に教えてくれた事は間違いない。

 なにせ、他の魔物より魔法の類が得意でないなら、それだけで敗北する可能性は高くなる。

 それに、灰狼グレイフォックスの圧倒的物量に、黒鱗蛇ブラックアナコンダの絶望的な巨躯。

 どちらも豚男人オークで立ち向かい勝てる術が思いつかない。

 魔術も使える相手に種族的にも不利とすれば、弁護のしようもない。


 その話を最後に、草叢の影から先頭を眺めていた僕ら三人は、狼達が去るのを見て、その場を後にした。


 ---


「ねぇ、気になったんだけどさ」

「何フゴ? ああ、さっき拾ったエスヘラクレスならキングの頼みでもあげれないフゴ。こいつ結構珍しい昆虫で、そうそう簡単には見つけられないフゴね。もし力づくってんなら……戦争フゴ」

「違う違う! 確かにその昆虫も捨て難いけどそうじゃない」

「じゃあ、何フゴ?」


 先程拾った、その名の通りなのかS字に曲がったツノを持つ黄色のヘラクレス。

 それを大事そうに抱えて睨むフゴタの覇気は、有無を言わせぬ物があった。


 灰狼グレイフォックス黒鱗蛇ブラックアナコンダとの戦い後の帰り道。

 あの戦いには眼を見張る物があった。

 両者一歩も引かず、命を賭けた奪い合い。

 そう、その奪い合いの際に使用されたある技術のことを、力の事を僕はまだ彼らに聴いてはいなかった。


「そりゃ勿論、“魔法”についてさ」

「「“”?」」


 と、二人揃って首を傾げるものだから、何か間違った事を言ったかと、数秒考えて見ても、僕が言ったのは“魔法”という言葉のみ。

 であれば、その言葉がこの世界では共通言語では無いと、いう事であり。


「え、えっーと、じゃああの狼が口から出してた風の刃見たいのはなんて言うの?」

「ああ、そりゃ“”フゴね」

「“魔術”?」

「そう、大気に無限に存在する、星から産まれた万能の命の源“魔素”を利用する事で使うことの出来る技術。

 故にーー魔術フゴ」


 そう、ドヤ顔で雄弁と語る豚男人オーク、フゴタ。

 僕らの世界では豚男人オークが酷い扱いだったぶん、こうもギャップ差が激し過ぎると、こちらでは当たり前かもしれない彼らの知識も、大分レア感ある物に思えて来るのは、なぜなんだろうか。


「フゴタは何でも知ってるんだね」

「何でもは知らないフゴ、知ってることだけフゴー」

「まずそのセリフが出て来る時点で、フゴタがこの世界の住人か、疑うんだけど」

「フゴ?」


 なんて、またも首を傾げ惚けるフゴタ。

 そんなフゴタを横目にブヒタは黙って横を歩いている。

 ブヒタはどうもこういう世界の知識には疎いらしく、内輪の話だけならば介入して来るが、それ以外は全てフゴタに任せきりだ。


 二人はとても仲が良い。

 その中でも役割を分けているらしく、フゴタもブヒタも同じく食料を集めてはいるが、その分担が違う。

 フゴタはたまに小動物を狩ってくるが、植物の収集はブヒタの方がよくやっている。

 そしてブヒタは道具を作るのが上手であり、彼自身が使う釣竿や食器、武器に至るまで全てをブヒタが作っている。

 だからなのかもしれないが、知識的にも広く見ればフゴタの方が物知りであり、大抵質問する時は彼だけが喋り、ブヒタは横で黙って相槌を打つ、というような状況が生まれがちだ。


「まぁ、ってことで、本題なんだけど」

「はいフゴ」

「僕ら豚男人オークも魔術は使えるの?」

「もっちろんフゴよ。魔物と呼ばれる生き物は例外なく魔術が使える筈フゴよ」

「まぁ、使えると言っても、極初級、D級魔術しか使えないブヒね」

「お……D級? やっぱり魔術の難易度とか威力とか位置づけされてるんだ!」


 と、思っていた矢先、ブヒタは話に入ってきた。

 ブヒタは徐に手を翳し一言、言った。


「《土塊ドルマ》」


 その詠唱と共に、世界に理が反映される。

 ご飯を食べると人が元気になるように。

 火を付けながらガスを噴射すれば火炎放射に変わるように。

 電力を使う事で光が点灯するように。

 ーー呪文を唱え、燃料たる魔素を使う事で魔術は発動するように。


 目の前の地面が割れ、浮き上がり、そこには土の壁が出現する。

 壁とは言っても真っ平らな壁では無い。

 ただ本当に地面をそのまま持ち上げたかのように、何の加工もされてなければ、防御出来るほど硬そうにも見えない。

 だが、そんな事よりも、地球という魔術も異能も無かった世界で生きてきた、人間として、目の前で起きたその事実に、心底感動していた。


「す、凄い……。凄いよ! ブヒタ!」

「普通ブヒ。キングも出来るブヒよ。おいら達よりもワンランク上の確かC級まで使えた筈ブヒ」

「ま、マジか!! これは燃えてきたぞ! 教えてくれ! どうやれば魔術は使える?」

「呪文を唱えるだけでいいブヒ。おいらは土属性。キングは火属性が使えた筈……確か、魔術の呪文名は……」


 ーー《火炎弾アレフ・ボム》。

 それが昔のキングが使っていた、火属性C級魔術の呪文名。

 濃縮された爆炎を、ぶつける事で能動的に爆発を起こす火力の高い技。

 という事らしい。


「じゃあ、今の僕が唱えても、出来るって事でいいんだよね!」

「勿論ブヒ。キングの総魔量を考えても、C級魔術一発撃ったくらいなら、魔量欠乏にもならないと思うブヒ」

「おけおけ、よく分からないけど、そこは異世界知識で何とかするって事で!」


 魔量は自身の持つ魔素の量。

 魔量欠乏はそれを使い過ぎたら起こる目眩とか、そういう類の物。

 それが定番セオリー

 手を翳し、息をたっぷり吸い込んで、意気込みも準備も万端。


 では、使わせて貰うぜ! 魔術ってやつの初体験だ!!


「レッツ! 《火炎弾アレフ・ボム》!!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「ん?」


 何も、出なかった。

 そう、何も、出なかったのだ。


「あれ、おかしいブヒね。いつもならすぐに魔術が発動するブヒが……。記憶喪失と関係があるブヒかね?」

「俺に振られても魔術はブヒタの方が得意フゴ。ブヒタが分からないならお手上げフゴよー」


 顎を摩りながら首を傾げ、フゴタを見るブヒタ。

 それに対しお手上げといった具合に両手を上げて降参の意思を示すフゴタ。

 この二人が分からないのであれば、魔術初心者である僕に分かることなど何も無い。


「……ちぇっ、使えると思ったのにな」


 思わず下に落ちていた石を蹴り飛ばし、不満を露わにする。

 どちみちいつかは使える機会も来るだろう。

 気長に待つしかない。



 ---


 灰狼グレイフォックスだろうか。

 狼の遠吠えのような声が森に木霊する。

 いつも通り、フゴタ、ブヒタの二人に挟まれ就寝する筈の僕ではあったが、今日に限ってはその限りでは無い。


 夜、月が葉と葉の間から顔を見せ、それに伴い月光が、闇に染まる森に、何筋かの光を差し込んでいる。

 洞窟を出れば、その光景が目の前に広がり幻想的な風景を映している。

 ーーそう、数週間前の惨劇は綺麗さっぱり、代わりに。

 それは雨による自然的な洗浄もあるが、フゴタとブヒタ、そして僕が丁寧に墓を作り、埋めたのだ。

 ここから少し先に行った不自然に切り開かれた森の一部。海まで一直線に木が伐採され、そのお陰か海がチラリ、とではあるが眺める事は出来る。

 そんな場所を、墓にした。


「本当に、綺麗になったなぁ」


 別に外に出てきたのは、その綺麗になった森を一目みたいだとか、寝付けなくて散歩だとか、そう言った理由では無く、寧ろ、ちゃんとした目的を持って、僕は外に出た。

 暗く、ほんの少しだけの月の光源が照らす、夜の森を歩いていく。

 目指す場所は、墓ーーの先にあるものだ。

 墓までは死体を運ぶ時、何度も行き来をしたから、道を覚えてしまったし、まだ微かに残る血の匂いが道標となり、僕を案内してくれる。

 無事に墓へと辿り着き、そして、その先ーー海を見る。

 後は一直線である。

 そう、僕の目的地は。


「うわぁ……。幻想的な風景だなぁ。潮の匂いも地球とは変わんないんだなぁ」


 小さい浜辺。

 小型の船が一隻止まれるか止まれないか、それほどに小さい浜辺だ。

 周りを岩が囲み、中型船では、陸に停船する事はまず不可能だろう。

 フゴタ達はこの場所を、ルイナ大陸の東に位置する一番大きな森と称したけれど。

 そもそも、ルイナ大陸はどれ程に大きい大陸なのだろうか。

 島と言っていないからには、アメリカ大陸の様な大きい物を想定するのが普通だが。

 この世界の基準は分からない。

 もしかしたら島規模も大陸と呼ぶかも。

 まぁ、何にしても。


「今考えてもしょうがない、かぁ」


 と、肉が付き重い身体で大きく背伸びをして、リラックス。

 細かい事はこの先ここで生きていく時、勝手に知る事になる筈だ。

 ならば今やれる事をした方がいい。


「よし、やるぞ、魔術の特訓」


 浜辺に来たのは、もし、火の魔術が成功した時、火事にならない様に着火する物が無い場所に行きたかったから。

 風景も良く、集中もしやすいし、魔物が来ても岩が多いこの沿岸なら、すぐに隠れる事が出来る。


「《火炎弾アレフ・ボム》!!」


 こうして、僕の特訓が始まった。


 寝る時間も考慮して、腹時計で約一時間程できればいいだろう。

 集中を途切れさせる事なく、ただただ、詠唱を続け、魔術が発現する事を願った。

 海鳥鳴く浜辺に響き続ける男の声。

 それを鑑賞するかの様に、この世界の魚や鳥が、彼の成果を見ようと、顔を出してはいなくなり顔を出してはいなくなり、そうして気付けばーー朝を迎えていた。

 そして、成果は、


「クッソ……出来ない……」


 収穫無し。

 時間も忘れて一時間など遥かに通り越し、その結果がこれである。

 魔術が出来る様になる感覚も、出来そうになる感覚も、全く何も感じる事がないまま。

 砂場の上で無様に息を切らしながら、仰向けにぶっ倒れていた。


「神様も酷いよなぁ。魔術くらいポンと使えさせてくれればいいのに……」


 手で庇を作る程ではない。

 まだ光が少し見えた程度だ。

 だが、それでも腕で眼を隠す。

 まるで、青暗い空からジロジロ見られている様で、全てを観察されている様で、届く目線だけでも隠すのだ。

 普通なら出来る事を、前のキングでも出来た事を、僕は出来ない。


 それは、僕が異世界から来た者だからだろうか?

 異世界からやって来た異物だから、魔術が使えないのか。

 正直に言って、正直に言えば、正直に言うと、かなり期待を、していた。

 ファンタジーの世界で、魔法といえば醍醐味も醍醐味。

 必須要素と言ってもいいほど。

 そんな世界にやって来たら、まず試す事は魔術を使う事、それはもう必死で。

 だけど出来なかった。

 その事実が、ズキズキと心を痛め付ける。

 勿論、これから出来る様になるかもしれない。

 ーーだが、出来ないかもしれない。

 まさかこれ程までに感覚も、手応えも、反応も無いとは。


「お先真っ暗、見通しがハッキリしなくて、望みがない。はぁ……誰かいい師匠でもつければなぁ」


 足先覚束ない様子でトボトボと歩き帰る。

 本来であれば、夜の森に、しかも魔物が出る得体の知れない森に、戦闘手段がない僕が出歩くなどという行為は愚かにも程がある。

 いつ来てもおかしくない不幸、だが、今回に限り、僕こと焼太郎に訪れたのは不幸では無くーー。


「……え?」


 森の中、古ぼけた小さなが、待ち構えていた。

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