第4話 オークの生態

 

 ルイナ大陸ーー東に位置する大陸一の森であり、人の侵入が規制されている魔物が出る森、通称“迫害の森”。

 豚男人オーク達が住んでいるこの場所はそう呼ばれている。


 なぜ、この場所が迫害の森と呼ばれ、

 なぜ、豚男人オーク達がここに住んでいるか。

 そこまでを知る事は出来なかったが、どういう場所か知れただけでも充分に収穫と言えるだろう。


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 豚男人オークの食生活についてまずは教えて貰った。

 一般的に考えれば、豚なのだから、穀物などを食しているイメージが僕の中では根付いていたが、よくよく考えてみれば、異世界の豚男人オーク達は屍肉を食らっていたり人を食べている、なんて様子を描かれているわけで。

 その事を考えれば、自身の食生活の心配を、心の底からしていたのだが。

 今回はその一例を挙げて見よう。


 天気の良いある日のことだ。豚男人オークの根城たる洞窟の中で、子分二人、フゴタとブヒタとご飯を食している真っ最中。

 因みに、語尾が“フゴ”がフゴタ。

 “ブヒ”がブヒタである。

 その二人が一生懸命に、採取してきた山草を木の器にぶちこみ、掻き混ぜた何か。


 芳醇な霊香が鼻の奥をくすぐる。山草に染み付いた大地の匂いが土臭さをもろに感じさせ、その大地を糧として生きるバクテリアの生の匂い、そして、強烈に記憶に残るほどの青臭さ。

 とりあえず、臭い。


 見た目も見てみよう。

 森で取れた生キノコをご飯がわりにし、まるでカレーのように盛り付けられたモッサモサの緑達が、眼前にて激しい主張をして来る。

 匂いだけでなく、視覚にさえ訴えかける。

 天然のサラダというには程遠く、とても人間の時代に食べれたものではない見た目。

 そしてそれを極めているのが苔だ。

 目の前にある苔だ。

 まごうことなき緑苔だ。

 臭いの全ての元凶はこの緑苔といっても過言ではない。

 豚になり嗅覚が鋭くなったせいか、途轍もなく臭く感じる。

 器は先も話したが木の器で、石か鉄で削ったような跡が残る、縄文時代や弥生時代に見られそうな奥ゆかしさがあり風情を感じさせる逸品だ。

 出来が良いとかそういう訳ではなく、これを作る時の努力を感じられる為か、とてもいい。


 だと言うのに、中身が全てを帳消しにしている。

 キノコや山菜が入るならまだしも、苔だ。

 まぁ、勿論、これが豚男人オークの主食なのだから、彼らからすれば充分にご馳走に見えるのだろうが。

 というか、僕も今は豚男人オークだが。


 しかもよく見ると、動いてる。

 苔が動いてる。

 苔自体が動いてる訳ではない、苔の中にいる何かが動き、それに連動し苔が動いているようだ。


 嫌な予感が、ぷんぷんと漂ってくる。


「なぁ、今日の夕食の名前を教えてくれないかな?」


「今日のは豪勢にしましたフゴよ。

 苔キノコの山菜づくし、トッピングにミミズが入ってるフゴ!」

「ブヒィ!」


 最悪だ。

 ある程度予想はしていたが本当に入ってるとは。

 生前、テレビで虫の幼虫を食べるというバラエティーをやっていたことがあるが、僕には無理だろう。

 口にいれる自信がない。

 噛む自信もない。

 つまり僕はこれを食べれない。


「ご、ごめん。僕は今日食欲がなくてね。食べるのは無理そうだ。二人共食べていいよ」


「「え?」」


 そう言った直後、二人は固まってしまった。

 何かおかしいことを言っただろうか?


「どうかした?」


「え、あ、いや……本当に良いんフゴ? なら勿体無いので俺がーーーー、あっ! こら、勝手に食べるなフゴ!」

「早い者勝ちブヒィ!」


 僕の皿を巡っての取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 仲良いなぁ。


 と、こんな具合で。

 食事に関しては普通の豚の様に穀物中心、という訳でもなく、ただ好むという話で。

 フゴタは木の実を好んでいるが、ブヒタは意外にも魚が好きと言っていた。

 つまりは雑食なのだ。

 肉も食べれる様だから、食にも困らないだろう。


 ---


 さて、突然だが今は夏らしい。

 この迫害の森は木々が多く、日差しが殆ど入ってこない為、さらに言えばそよ風が適温を作り出し、さほど暑さを感じはしなかった。

 だが、それでも汗は出る。

 汗が何日も貯まればベタつき、感触的にも気持ち悪い。

 毛皮の相乗効果も相まって、更にベタつき度が上がるもんだから、たまったものではない。

 最初は洗面岩の水で身体を濡らし汗を流し、射し込む陽の光で乾かし、なんとか凌いでいたが、それも限界。

 せめて風呂でなくとも、プールでも入らなければ、身体がフケだらけになってしまう。


「水浴びフゴ? なら、沼田場ヌタバに行くフゴ! 最近痒くて仕方ないフゴよ」

「このままだとダニに身体を侵略されかねないブヒ!」


 と、思い相談してみれば、ボリボリボリボリと身体の至る所を掻きながら、沼田場ヌタバなる場所に案内してくれるらしい。


 フケだけでなく、この身体になるとノミまで出るのか。

 というよりもこの世界にもノミがいるという事を知って、なんというか、うん。

 親近感を覚えなくもない。

 とりあえず、沼田場ヌタバに案内してもらう事にした。


 そうして着いたのは、泥の溜まり場。

 直径十メートル程の大きな沼で、深さは浅い。膝まで行くか行かないか程であった。


「きんもっちぃぃいいフゴォオオ!」

「きんもっちぃぃいいブヒィイイ!」


 そして二人は泥沼の上でぬたうっていた。

 しかも恍惚とした顔で。


「それ、気持ちいいの?」


「キングもやるフゴ! やってみればわかるフゴよ!」

「ブヒ!」


「はぁ、じゃあ……」


 正直あんまり気持ちいいとは思えない。

 毛と毛の間に砂が入るという訳だから、寧ろもっと気持ち悪くなるのではないか。

 ……考えたところで始まる訳でもなし。

 何事にもやってみなくちゃいけない。


「よっしゃ! レッツダイブ!!」


 ゴロゴロしてみた。


「おぉぉ……」


 結論から言うと、想像とほぼ同じ。

 毛と毛の間に砂が大量に入り、途轍もなくむず痒い。

 この二人、もしかしたら、Mではないのだろうか?

 きっと、本番行かないで焦らされまくるのが大好きなタイプの、ドが付いたMじゃあないのだろうか。


「さて、次は木に擦り付けるフゴよ」

「ブヒ」


 ゴリゴリと太い木に身体を擦り付けている。

 よく見ると木の皮が所々剥がれてる木がたくさんあるので、沼田場の周りの木は全部、豚男人オークが身体を擦り付けた後なのだろう。

 僕も不慣れな手際で身体を擦り付ける。


「!」


 ふむ、気持ちいい。

 泥でぬたうつよりは、断然気持ちがいい。

 痒いところをゴリゴリと、タワシがわりに擦れるからストレス解消にもなる。


「凄い、こっちの方が断然……」


 唖然とした。

 なぜなら、振り向いた時の二人の表情が、


「ふぇぇぇえ……ふご」

「ふぇぇぇえ……ぶひ」


 快楽に歪み、あまりに下品な顔付きに変わっていたから。


「……」


 見なかった事にした。


 --


 話は戻ってまたも食料の話である。

 いつもは洞窟で留守番をしているのだが、それでもやはり元がキングだったというだけで、今の自分もその位置にいると、勘違いをするのはいけない。

 この森を知る為にも、彼らについて行ってみることにした。


「今日は南の方に行ってみるフゴ。最近北の方で取りまくってたから、きっと沢山生えてるフゴ」

「ブヒ」


「北と南では取れるものが違うの?」


「特に変わらないフゴが、強いて言うなら、南には採掘場があるフゴ。

 とは言っても、ただ綺麗な石が沢山あるだけで使い道が分からないから、観賞用に採らずに置いてあるフゴ。ブヒタなんかは特にお気に入りで昔はよくそこに行っていたフゴね」

「名前わからないけど、みんな良い石ブヒ」


 綺麗な石……、ということは有用性の高いものの可能性がある。

 特に金銭への変化、武器の素材確保など、鉱物というだけで価値はある。

 ましてや綺麗な石ともなれば、異世界の石だ。しかもここは人間の立ち入りが禁止されている森。

 貴重な石である可能性は高い。

 一眼、見に行く必要がありそうだ。


「まずは葉っぱの採取フゴな。ここらに生えてるくにょんと曲がった草達は、ネクサトリと言って肉の臭みを取ってくれるフゴ。沢山草生えてるから全部引っこ抜くフゴ」

「ブヒブヒ」


 凄まじい勢いで草を引き抜いて行く二人。

 前世で雑草抜きのバイトがあったら結構稼げるのではないだろうか。


「キング、少し待ってるフゴな。ここら一体全部取るから少し時間かかるフゴ」

「いや、僕も手伝うよ。どこをやればいい?」

「ブヒぃ!?」


 手伝おうとしゃがんだ瞬間、ブヒタが声を張り上げ、目をまん丸にして驚いている

 チラリとフゴタを見てみれば彼も唖然として、先程まで凄まじい作業速度であったのに、その手は、止まってしまった。


「ど、どうした? 何か変なこと言ったかな?」

「い、いや……」


 二人は互いに顔を合わせ、モジモジしている。


「言いたいことがあるなら言ってくれ。なるべく、変えられる様に努力するから」


「ち、違うフゴ! た、単純に驚いたフゴよ。前のキングとはやっぱり、えらい変わり様フゴからね」

「調子狂うブヒ」


「え、ええーっと……。もっと頼り甲斐があった……的な感じかな? ごめんね。頼りなくて……」


「違うフゴよ、もうちょっと偉そうだったフゴ。まず山菜の採取の手伝いなんてやってくれたことはなかったし、こんなに喋ってたこともないフゴよ。まぁ、人数が足りてたっていうのもあるフゴが……。どんな時でも、キングは手伝わなかったフゴ」

「いつもふんぞり返ってたブヒ」


 どうも前の身体の持ち主は随分と慕われてたと思っていたが、それは委員長への憧れ的なものではなく、悪の頭への慕い方の方だったようだ。


「キング……。今更聴くのもおかしな話だけど、キングってのは役職の名称なのかな? それともそういう名前?」


 そう聴くと、フゴタが顎をさすりながら唸って長考。

 あー、だか、いー、だか、散々唸った後に、その答えを朧げながらも提示した。


「なん……というか。そう、フゴねぇ。役職でも名前でもなくて……その、種族的な名前? と呼べばいいフゴ?」

「種族的な……名前?」

「例えば俺らは豚男人オークフゴが、キングの種族名は“猛猪王キング・オーク”。俺らの一段階上フゴ」

「なるほど……それでキング」

豚男人オーク達はそれぞれ語尾があったからそれを名前にしたフゴ」


 ということは、もっと色々いたのか。

 フゴとブヒ以外は全く想像がつかないが、それが三十体もいるとなると、少し喧しそうだ。

 兎も角、僕は猛猪王キング・オークいう豚男人オークの上位種の様だ。

 猛猪王キング・オーク豚男人オークの進化体であり、フゴタ達も経験を積めば進化する様な事を、朧げだが言っていた。

 つまりは彼らも完全な理解には至っていないという事。

 どこかで魔物について詳しく知る必要がある。


「前の方……前のキングの方が良かった? 今はあんまり男らしくないかな?」


「そ、そんなことないフゴ! 今の方が……、接しやすくて良い……フゴ。確かに男らしいかと言われればそれは否定しないフゴが……」

「前はもっと怒鳴り散らかしてたから、どちらかというとイヤイヤだったブヒ。おいらは今の方が好ましいブヒ」


 そうか、と一言残し黙る。

 前の身体の持ち主である“キング”は悪餓鬼大将のような立ち位置であったのだろう。

 彼らと僕の関係はジャイ○ンとスネ○だ。

 虎の威を借る狐というわけではないだろうが、暴力を振るわれたくないから従う。

 上位種族に下位種族が従うのは当然な様に。

 これこそ、力によって生まれたヒエラルキーだ。


 これを僕が許容出来る筈もない。

 筈が、ない。

 ヒエラルキーなど、あっていいものではないと、その実感を得続けていたのが、焼太郎の人生だったのだから。

 だからこそ、僕はこの制度を受け入れないからこそ、新たな制度を作らなければならない。

 ーーいいや、制度なんて堅苦しいものではない。

 極普通に、単純で、生きていれば当たり前の、“友達”という関係を、構築して行くのだ。

 例え、彼らから見て、僕自身が親分だとするならば、それもいい。

 肩書きはそのまま、甘んじて受け入れよう。

 それが、元“キング”の遺したものだから。


「よーし、じゃんじゃん仕事頂戴! 君達の方がこういうの先輩だからね! どんどん命令して良いよ!」


「め、めめめ、命令だなんてフゴ……、と、とりあえず葉っぱをどんどん集めるフゴよ。そっちお願いしますフゴ」

「ブヒブヒ」


 まだ彼らはぎこちない。

 今まで接してこなかったのだから、当たり前だろう。

 ならばーーならば作ろうじゃないか。

 新しい“キング”として、この僕が。

 彼らとの関係を新しく、作る。

 細めで見る彼らの嬉々とした表情は、ニヤついた顔付きに反した作業スピードで、葉っぱを地面から引っこ抜く様は、まだ、到底自分には真似できないな、と、密かに思う僕だった。

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