第3話 異世界の匂い

 


 ーーピーヒョロロ、ピッピ。


 小鳥の囀りが、聴こえた。

 あまり鳥に詳しい方では無いが、とりあえず、鳩や烏のような、身近にいるような鳥の鳴き声では無いは確かだ。

 なにせ聞いたことがない。

 あるとすれば画面の中。二次元の世界。

 どこであったろうか……。

 どんな場所でこの鳴き声を聞いたのだろうか。


「ーーーー、おっーーーおっーー」

「ーーやぁ、ーーーーぶっーーぶっーー」


 そう、例えるなら樹海だ。

 アマゾンの様な、鬱蒼とした草や木が生い茂り、天から届く光を殆ど遮る森。

 そういうところでよく使われていた鳴き声だ。

 まさか本当にこんな鳴き声をする鳥がいるとは、驚きだが。


 意識を耳より、鼻へと向ける。

 新鮮な空気の匂い。

 排気ガスやタバコみたいな身体に害がありそうな匂いはしない、美味しい空気。

 ま、引きこもってたから、まず害がありそうな空気をよく覚えてないが。

 いや……、あの引きこもってた部屋自体が、険悪な空気に包まれていた。

 外界の全てを遮断した、自分だけの世界。

 故に、自身の醜悪な匂いが鼻に付く。

 引きこもってた時は気にしていなかったが、あれはきっと酷い匂いだった筈だ。

 なにせ帰ってきた父さんが、


『この部屋……。うん、たまには窓を開けて見たらどうだ? 外の空気もたまには浴びるといい』


 なんてことを言っていたからだ。

 きっと『この部屋……』の続きは、臭くないか? だったに違いない。

 気を遣ってくれたのだろう。

 それを思うと、ここの空気は澄んでいる。

 こんな綺麗な空気がまだ地球には残っていたのかと感動するほど。


「ーーーーぉぉ……。ーーーーゴォ……」

「ーーーーぇぇ……。ーーーーブゥ……」


 次は、意識を眼へと向ける。

 重たい……。まるでテープでくっついてるのではないかというくらい気怠い。

 ゆっくり瞼を開ければ、そこには鬱蒼と生い茂る緑があった。

 樹海かどうかまでは、流石に判断しかねるが、仰向けの状態で木漏れ日がちらほら見える程度にしか光が届いていないなら、それなりに森なのだろう。

 鳥が見える。先ほどの声の主だろうか。

 赤と黄色と黒で彩られた鮮やかな色合いを持つ、鳥の身体と同じくらい大きい嘴。

 確か、幼少の頃、連れて行ってもらった動物園でも、似たような鳥を見たことがあった気がする。

 名前は……確か……、お、お、

 オオクチバシ?

 そのまんまだな。

 間違ってる気がするが、とりあえずはオオクチバシでいいだろう。


「ーーーー、ぉぉ、ーーーーゴォー」

「ーーーー、ぇぇ、ーーーーブゥー」


 ここで漸く、身体へと意識が行く。

 なんだか、随分と長い間揺さぶられているらしい。

 弱々しい。起こす意思を感じない、ということはなぜ揺さぶられているのだろうか。

 そういえば、先程から聞こえてくる唸り声だか呻き声だか、よく分からないが、それを出している主が揺さぶっているのだろうか?

 とりあえず、身体を起こして確認しないことには……、ん?


 身体が動かない。


 重い。とにかく重い。

 確かに眠っていた故、身体に気怠さが感じられるのは仕方なしとしても、そういう気分的な重さでは無く、質量的な重み。

 何かが僕の上に乗っかっているのだ。

 手足を動かそうとしても、上に乗る何かに同時に押さえつけられている所為か、そちらも動く気配はない。

 だが、声は何とか出せる様であったので、呻き声の主に、頼んでみることにした。


「すいません、誰か僕の上にいるのなら、どいてくださいませんか……?」


 一瞬で軽くなった。

 というより、僕の上にあったものが動いた。

 やはり呻き声を上げていた奴らが僕の上に乗っかっていたらしい。

 重さだけではない。

 先程から休み無く間を空けずに唸っていたその声も、途切れた。

 これが何を意味するかは、分からないが……。


 もし、もしだ。

 僕のこの発言に腹を立て、今にも拳を振りかぶっているかもしれない。

 大事な神へのお祈りへの邪魔をした、的な。

 そういうアレな人だった場合。

 僕の命は今にも危ないかもしれない。

 宗教に身を投じていなくても、単に厳つい人が、顔真っ赤に憤る可能性だってある。

 昔から人を怒らせる才能だけは持ち合わせていたため、今の言葉でも対象者を憤慨至らしめていてもおかしくない。


 ーー先に謝っとくべきか?

 謝ろう。

 誠心誠意を込めて、謝罪をするしかない。

 宗教者だろうが、厳つい人であろうが、普通の人であろうが。

 どちらにしても、動けるようにしてもらったのだから、お礼の一つでも言わなければ人としてダメだろう。


「あぁ、すいません。退いてくださりありがとーーーーッグェ!!」


 身体を起こして、謝罪をしようとした刹那。

 いきなり、二つの影が飛びついてきた。

 ーー飛びつくというより突進か。

 これでも僕は耐久力には自信がある。

 なにせ、剛田含めた五人のパンチやキックを三年間受け続け、耐えたのだから。

 そして、かなりの重量級の身体。

 そんじょそこらの奴が一人や二人突進してきたところで持ち前のミートテックで弾き飛ばしてやることができよう。


 だが、今飛び込んで来た者らは違う。

 力が強い訳じゃない。


 ーー同じく、重いのだ。


 彼らも僕と同じ、重力級なのだ。

 言って仕舞えば肥満体質、メタボリックシンドローム、デブ。

 その巨体を存分に活用した突進の威力は、剛田の鉄拳一つ二つなら余裕で上回るだけの力があるだろう。

 今回は、相手のやる気が無かったのか、それとも上手く自分がガードしたのか分からないが、兎も角、一瞬の痛みだけですんだ。

 だが、相撲取りにも負けないその重量、一メートルも離れていない、ーー助走が無いにも関わらず、この衝撃。

 ガード、もしくは相手が本気で突っ込んでくれば、昏倒必至だろう。

 未だぼやける視界を何とか振り絞って、飛び込んだ相手を拝見しようと目を細めながら、腹の辺りにいる飛び込んだ主を見てみれば、その姿はーー、


「き、き、キングがぁ!! 蘇ったフゴォオオ!!」

「生き返ったブヒィィイイイ!!!」


 ーー豚であった。

 いや、正確にいうのであれば想像に容易いピンク色の豚では無く、茶色の毛を生やし、二本足で立っている豚である。

 一番近いのはかいけつゾ○リのイノシシ兄弟だが、目の前の彼らには愛嬌なんて物は一部とも存在していない。

 あれは二次元故の可愛さがあったが、このまなこに映る二匹の豚は、醜悪である。

 身長は座っている故、よくわからないがそこそこデカイと思う。

 縦にも横にも。

 着ている服は、ボロボロの緑の上着に、茶色いズボン。

 片方の上着は青色だが、ズボンはお揃いの様だ。

 だが、見た目など問題ではない。

 それよりももっと、ずっと、驚くべき事が目の前にはあるのだから。

 問題は、そう。

 ーー服を着て二足で立つ豚が、喋った事だ。


「うわァァァァアッッ!!!」


「フゴ……」「ブヒ……」


 思わず叫んだ、その雄叫びにも似た悲鳴は、森を揺らすほどの声量で、鳥が一斉に飛び立った。

 衝撃は大気を通じて、地面を揺ゆらし、木々を揺らし、空間を揺らし。

 鳥が飛び立つに収まらず遠くでは木にっていた実が、落ちる始末だ。

 側で引っ付いて泣いていた豚人間二人は、間近でその咆哮を浴びた所為か、白目を向いて気絶してしまった。


「……おぅ」


 さて、どうしようか。



 辺りを見回せば丁度数メートル近くに洞窟を発見。

 一応、豚達の住処であると仮定して、中にお邪魔する。

 奥の方にあった大きな葉っぱ(二メートル程)をとりあえず適当に沢山敷き、外にいる二人を移動させて……。


「な、なんだ。これ……」


 二人を担ごうと腕を伸ばせば、自身の腕は目の前の豚達とほぼ同じく色をした毛皮を纏い、更に言えば一回り大きく肥大化していた。

 これは脂肪というより筋肉だろう。


「な……んで?」


 掌を見ても、人間のそれでは無い。

 まるで……まるで獣の腕の様なーー。


「あーー、そうか。僕、豚男人オークに生まれ変わったのか……」


 ここに来て漸く自身が転生した事を思い出す。

 鉄骨に押しつぶされ、女神に会い、そして今、ここにいる。

 見知らぬ森に、洞窟。

 そして腕の変質はつまり転生の成功を示していた。

 そう、つまり、詰まる所、ここはーー願いに願った“異世界”ということになる。

 先程も同じく“豚男人オーク”だろう二人が言葉を話した時点で、それも証拠として受理されている。


「異世界……魔法が使えて、魔物がいて、誰にも名前で馬鹿にされないーー虐められない! そんな世界!!」


 現実はクソゲーである。

 そんな真に近づいた言葉を、一体誰が言っただろうか。

 ーー全くもってその通りである。

 世界は不平等で、不可解で、不愉快だ。

 生まれた時点でその人の価値が決まり、努力などは後から付けた付属品。

 自転車に普通に乗れる者と、自転車に乗れないからと補助輪をつけて走る者。

 格好の良さなど段違いだ。

 結果として二人とも自転車に乗れてはいるが、見栄えは天と地ほどの差がある。

 気にしないと言って仕舞えばそれでおしまいだが、そんな物表現を変えれば幾らでも例えば出てくる。

 そうして行き着けば努力した者が笑われる未来が待っているのだ。


 では、ならば僕はーー麦豚 焼太郎は。

 努力をしたのか? いや、していない。

 痩せる努力も、好かれる努力も、馴染む努力も、全て。

 して来たのはただ、虐められない努力のみ。

 だからーーだからこそ、腐っている。

 そう判断された結果が、この姿なのだ。


「顔は見れないけど、きっと僕の顔をこいつらと同じく豚の顔してるんだろうな……」


 感触でわかる。

 鼻がいつもと違う事を。

 感触でわかる。

 耳がいつもの位置にない事を。


「こうなって来ると、僕の顔……見てみたいな……」


 興味本位だ。

 特に理由はない。勿論、普通であれば泣き叫んだりするのかもしれないけれど、この身体になった所為か、やけに落ち着いている。

 それに、これから生を共にしていく身体なのだ。隅々まで、知っておくに越したことはない。

 そう思い、闇が支配する洞窟から出る。

 光になれない闇に慣れた目が偶々射し込んだ木漏れ日に眩む。

 思わず腕でひさしを作って、明るみに眼を慣らせる。

 そうして、徐々に見える光景は、


「なーーーー、なんだっ。これ」


 大量の死体がーーそこにはあった。

 一つ残らず全てオークの死体。

 頭がはねられ、腕が千切られ、脚がおられ、内臓が飛び散り、生き血が森を赤く染めて、そして死体が、まるで石ころの様に無残に転がっていた。


「ーーーーうっ」


 おええ、と。胃が急激に萎んだ故の嘔吐。

 吐くものなど無いのか、出て来るのは黄色い液体のみだ。

 よく死体を見て吐く者が、ドラマやアニメなどでいたが、決してーー決して見たからでは無い。

 ーー臭いだ。

 まるで脳が痺れる様な強烈な臭い。

 生き物が死ぬとこれほどの異臭を放つのか。

 豚男人オークになった所為か、嗅覚は人間の時とは比べ物にもならない。


「あ、後で……詳しく」


 聞く必要があるだろう。

 ゼオムは言っていた、死んだ豚男人オークに魂を定着させると。

 つまりはここで戦闘があり、その際今、僕が取り付いているこの豚男人オークが死んだということ。

 死体の数を正確に数えることなど出来ないが、目算、三十は超えていそうだ。


 とりあえず、この問題を一人で考えても仕方がない。

 水辺を探す事にした。


 折角豚男人オークになったのだ。

 鼻を使って辺りを探そうと思っても、血の臭いが辺りを支配している為、嗅覚は頼りに出来ない。

 ならば、耳か。

 眼を閉じて、聴覚に集中する。

 案外、豚は耳もいいようである。

 単に豚男人オークの耳がいいだけかもしれない。

 遠くの音、細部まで細かく聞き取ることが出来た。

 何かの鳴き声、鳥の羽ばたく音、近いからか後ろで寝ている二人の鼓動さえも少し聴こえる。

 すれば真後ろで、“ポチョン”と、水滴が水面に落ちる音が聞こえた。


「ん……?」


 振り向いてみると、洞窟のすぐ横に水が溜まった岩の洗面台のようなものがあった。さしずめ、洗濯岩と言ったところか。

 水は壁を伝って流れる天然物。

 どうやらここにいた豚男人オーク達はここで水分を取っていたらしい。


「いざ……見るってなると緊張するな……」


 だが、見なければならない。

 生唾を飲み込み、満を辞して、水面を覗き込む。

 するとそこには、

 ーー血だらけになった豚男人オークの顔があった。


「予想はしてたけど……酷く血で汚れてるな……。顔は、あの二人に牙が生えた感じなのか?」


 水面に映る自分の顔は赤黒く血で汚れていた。頭のてっぺんから額までまるで雷のような痣ができている。

 そしてそこを起点としたかのように血が飛び散っているのを見ると、その傷口が死因のようである。

 つまり、麦豚 焼太郎が定着するまで頭は真っ二つに割られていた事になる。

 南無。


 顔は想像していた通りに豚、というよりは猪に近いか。

 豚男人オークの二人の顔を少し強張らせて牙を生やしたら、案外似た顔になるだろう。

 とりあえず血で汚れた顔を水で濯ぐ。

 水面で初めて分かった来ている服(毛皮の所為か、あまり着ている感覚がない)映った服にも血が飛んでいた為、上着も脱いで洗濯。


「ふぅー」


 再度映し出される自分の顔は、猪の頭。

 額についた雷マークのような痣は少し厨二心を揺さぶられるが、顔が猪では台無しだ。

 だが、不思議と落ち込みはしなかった。

 一度死んだ、というのもあるかもしれないが、これが自身の罰であり救済でもあると考えればそこまで狼狽することも無い。

 もし、心の中にある感情を表すなら、それはーー悲しみだろうか。理由は、分からないが、何故か、酷く悲しく感じたのだ。


「とりあえず……、あの二人に色々聞かないと、行けないな……」


 木漏れ日は消え、よく見ると灰色の雲が木々の間からチラリと見えた。

 雨でも降るのだろう。

 洞窟に避難する必要がありそうだ。


 ---


「ふん、キングが蘇るなんて、そんな都合のいい話無いフゴ、そんな幻想に囚われてないでさっさと今日の食料集めるフゴ」

「嘘じゃ無いブッ! 確かにこの目で見たブヒ! あの逞しい雄叫びをあげるのはキング以外にありえないブヒィ!」


 洞窟に戻ってみれば、目を回していた二人は、とっくに起きており、洞窟の何処に隠していたのか大量のキノコをやけ食いよろしくしていた。

 どうやら、僕が生き返ったのは、夢か何かと勘違いしてるらしい。


「君達……少しいいかな?」


「「!?」」


 ボトボトッ、と手に持つキノコを全て落とし、既に口に含んでいたキノコさえも愕然と開けた口により落とし、眼を見開きながら僕の方を向く。

 口をパクパクさせて何か言いたそうにしているが、思うように声が出ないようである。

 しょうがないからこちらからもう一言。


「申し訳ないんだけど、色々と教えて欲しいことがーーーー」


 と、言いかけたところで僕の言葉は遮断される。

 なぜなら、二人が突然ーー号泣しだしたからだ。


「ブォォォォォォウウゥ!!!!

 や、や、や、やっぱりキングハァァ、、いぎいぎいぎでだぁぁ…………!!!」

「ブビィイィィィイ!!!

 だがら、いっだじゃないがぁぁ……!!よび、よびがえっだっでよぉぉぉぉ……」


 オンオンと泣きながら、

 いや、ブヒブヒと泣きながら、

 僕にすり寄ってくる二人。

 正直、汚い。

 嗚咽する度、鼻から大量の鼻水が、噴水のように噴き出してくるため、とても汚い。

 よく見ると目やにも凄い。

 ものの○姫の猪もびっくりの目やにだ。


「ちょっ、汚ッ……、ちょ、ちょ、まじ、汚いから、分かったから……、分かったからーーーーさっさと顔、洗ってコォオォオォィイ!!」


 またもや先ほどに負けずと劣らずのビブラート雄叫びをあげる僕。

 場所が場所なだけに、反響に反響して、天井からは石がポロポロと崩れ落ち始める程。

 どうやら、この身体は元の身体より叫びやすいようだ。

 量を調節しないと叫び疲れてしまう。


「は、はい! すぐに行ってくるフゴッ!」

「ブヒィ!」


 そそくさと、僕が行った洗濯岩の方向に走っていく二人。

 鼻水でまた汚れたから僕も洗いに行こっかな……。



 ---



「洗ってきました!」

「ブヒィ!」


「よろしい」


 とりあえず僕の服はそこらへんにある葉っぱで拭いた。

 さて……先ずは、この二人にこの世界“アルバート”について訊かねば……。


「にしても、どうやって、生き返ったフゴ? 結構良い感じで頭ぱっくり割れてた気がするフゴが……、見事にくっついてるフゴ」

「ブヒブヒ」


 そう言われても困る。

 僕の想像通りの死に方をしていたのは、まぁ、あれとしても。

 どう蘇生したかまでは神が行ったことであり、僕は一切関与していないのだから。


「ごめん……、その影響かもしれないけど、記憶が曖昧でさ。全然、君達の事が思い出せないんだ……」


 この世界のことが分からない以上、こういう程で行くのが一番手っ取り早くすむ。

 記憶喪失。

 何しろ本当に何にも分からないのだから。

 折角、子分見たいのがいるなら、今の僕も受け入れて貰うしかない


「え……、なんちゅう物腰の柔らかい喋り方フゴ。確かに、元のキングとは思えないフゴ」

「道理でいつもと雰囲気が違うと思ったブヒ」


 露骨に落ち込んではいるが、気の所為か、悲しい雰囲気はしない。

 ただショボくれている感じだ。

 多分、記憶を無くすことより死んでしまうことの方が彼らにとって悲しいことなんだろう。

 記憶を失くした事より、生き返った嬉しさが勝っているのだろう。

 ここで変に警戒されなくて、良かった。

 元の身体の持ち主、“キング”はそれなりに信頼を勝ち取っていたようだ。

 するとーー外からポツポツと、雨音が聴こえてきた。


「ん……、雨降ってきたフゴ、これなら同胞の死も安らかに流してくれるフゴ」

「そう……ブヒね」


「……」


 雨が降り始め、洞窟の外は先程までの静けさを破って、激しい雨音が支配していた。

 その音は洞窟にまで響き渡り、一つの激しい音楽のようにも聴こえる。

 そんな雨音を聴きながら、二人は合掌。

 外に向かって、瞑目しながら祈るように手を合わせていた。


 きっとーーあの豚男人オーク達に向けているのだろう。

 どんな事情があり、あのような惨劇になったのか、僕には分からない。

 だけど、この行為は、僕がしてもいいはずだ。

 これが、僕の異世界生活のスタートになるとは、幸先は悪いかもしれないが。


「ーーーー」


 静かに、手を合わせて眼を瞑る。

 ーー安らかな眠りを。

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