幕引き 呪縛する炯眼

 


 ルイナ大陸に存在する、最大の町にして最大の王国ゼオム。首都ゼオムの人口は約五百万人。


 そんな女神の名を冠した王国ゼオムは、首都の町の名すらゼオムにすると言う女神愛を見せる。

 一応、わかりにくい為、わける言葉としてはゼオム王国と、首都ゼオムと分けられている。

 首都ゼオムには、女神を讃える宗教者が町民の八割を占めている。

 残りの二割は学生と移住者であり、中には反ゼオム教の者もおり、時折反ゼオム教の公開処刑の現場が、首都ゼオム一の広場で行われていることも珍しくない。


 首都ゼオムは、ゼオム教発祥地というだけで無く、ガラスの名産地として知られている。

 中でもステンドグラスと呼ばれる様々な絵や模様を再現したガラスは、各国からも注目を集めており、教会に取り付けられた女神を象徴するステンドグラスは観光客を呼び、ゼオムの大切な収入源ともなっていた。


 その首都ゼオムに存在する一番大きい教会。

 名を、ウゾンケイラー教会。

 表現主義建築の様式で設計されたコンクリート製に加え、外装に魔封石 (魔素を通さない特徴を持ち、魔術を完全に無効化する)を細かく砕いた砂を塗り込んだ完全な魔術対策がされた教会。

 百メートル近い塔を備え、世界に現存する教会の中で一番大きく、そして美しいと言われている。

 その由縁が、階段状になった屋根が向かう先、天国に見立てた塔というデザイン性に加え、世界一大きいステンドグラスが中に飾ってあることだろう。


 そんなステンドグラスの前に立つ男。

 眼鏡をかけたオールバックの黒髪。

 身体に纏う白銀の修道服。

 特注品であるその服は、回りで跪いている三人宗教者の白い修道服とは、比べ物にならない輝きを放っている。

 衣服は全てが白銀であり、所々濃淡差を変えてデザインしている。

 特に絵として認識出来る、背中に大きく描かれた鷲の、荒ぶる姿は絵であるのに対し、動き出すかと思う程の躍動感を感じさせる。

 更に腰に下げた二つの大口径の銀のリボルバーは、宗教者の格好には合わない武器だ。

 だが、なぜか彼のその姿には映える何かを感じさせられ、腰にぶら下がっているのも当たり前と錯覚させられる。


「神の啓示ーーですよ」


「ーーーー」


 男の口が開いた。

 尊いものを見つめるように細い眼で、ステンドグラスに描かれた女神の偶像を凝視する。

 その言葉に耳を傾けはするが、跪く三人は尚動かない。


「ほう……成る程。迷い子……が来るのですね」


「ーーーー」


「神によれば、どうやら近々やって来る黒髪の肥満体質、低めの身長の男。彼を学校に案内せよ、との事……。入学をさせればよろしいのでしょうかね」


 彼は首都ゼオムの町の大神官。

 実質的、宗教国家であるゼオム王国の王と同等の権力を持つ彼は実力もそれに相応する者であり、世界を守る最強の十二人“十二勇騎士ムート・ガルディア”の一人。

 その名を“簡捷かんしょう銀鷲ぎんじゅ”シルバー・イビルハント。

 畏称かしかなは“簡捷かんしょう銀鷲ぎんじゅ”として通っている彼ではあるが、彼は役職としてもトップ。

 故に、この町では“大神官”シルバー・イビルハントと称される方が多い。


 そんな彼は神との会話が出来る唯一の人間であり、こうしてステンドグラスの前に立っては、時折神の言葉を聞いているのだ。


「ああ……尊い。実に神は美しい。この穢れたる我が身を晒すのが烏滸がましい。どうか、叶うなら天に召される時は貴方の手によって……」


「ーーそれは無理だ」


 唐突に投げかけられた言葉に後ろを振り返れば、跪いていた三人のうち、一番右端にいた男が姿勢を低くしながら疾走。

 服に手を入れて取り出すのは黒い捻じ曲がったナイフ。そのナイフは反ゼオム教が創り出した凶器であり、反ゼオム教の証だ。


 修道服を靡かせながら、数メートル先にいるシルバーの腹部を狙って手を前に突き出す。


「大神官ーー覚悟!!」

「ーーーー」


 思わず跪く二人は息を飲んだ。

 つい先程まで横にいながら、不法侵入した敵を感知する事が出来なかった自身らの所為で、今、ゼオム王国のトップたる大神官の命が危ぶまれている。

 そしてこのままであれば、数秒の内に国のトップの一人がその命を落としてしまう。

 その大失態たる自身らの罪悪感からか、喉から声を出そうとしても出るのは、言葉にもならない掠れたもののみ。


 彼らはまさしく神にでも縋る様に、神が描かれたステンドグラスの前に立つシルバーを一瞥した。


 命を狙われているにも関わらず、シルバーの表情は穏やかで、落ち着いていたものだった。

 まるで歩く時に足を前に出す様に、

 喋る時に口を開く様に、

 物を掴む時に手を出す様に。


 手をゆっくりと、前に出した。


「ーーッ!」


「知ってましたよ。何せ、“神の神託”を聴く者ですから」


 その手に握られる銀が基本色のリボルバー。

 50口径、装填数八発。

 リボルバーの特徴は勿論その大きさもあるのだが、何より銃身に描かれた翼は、鷲の翼をーーいや、天使の羽を表している様でとても美しい造形をしていた。


 襲撃者たる反ゼオム教の者も思わず凶器でありながら美しさを内包した武器に、流れる様に武器を構えたその一部始終に見惚れ、シルバーの顔を見た。


 襲撃者の彼から見ても実に穏やかで、命を狙われているという事を全く気にしていない、安心と安全の眼。

 そうして、さも当たり前に、引鉄ひきがねを引いた。


 リボルバー。名を“穿つ銀翼の鷲ポレマイトス”。

 シルバーが作り出した世界に一つの魔術道具マジックアイテムであり、最高の武具。

 込められる弾には全て魔術の術式が組み込まれている。


 その術式に直接魔素を流し込む事で、撃ち出された瞬間、魔術を発動。

 ハンマーが叩きつけるのを発動条件にした火属性の魔術がリボルバー内で発動。軽い爆発により最大時速千キロで撃ち出す“穿つ銀翼の鷲ポレマイトス”の弾丸は、下級魔術でさえも必殺級のものへと変える。

 既に準備された術式銃弾を、撃つだけで誰よりも早く、手軽に魔術を発動する。

 故についた畏称かしかながーー簡捷。


 撃ち出された銀の弾丸を肉眼で見ることはできないが、その表面には幾つもの術式が描かれており、リボルバーの銃砲身から飛び出た瞬間、魔術は行使される。

 超回転する弾は炎を纏い、弾は姿を大きな鳥の姿へと変化させる。

 翼を広げた火の鳥は全長五メートル程にもなり、目の前に控える反ゼオム教を巻き込み吹き飛ばす。

 爆炎を放ちながら、教会の入り口近くまで錐揉み回転した彼は、床に転がりその活動を停止。


 その見事な撃退っぷりを目にした二人は、その感嘆を声には出さずに、揃って頭を深く下げ行動で敬意を表し、


「申し訳ありません! 大神官様。我々の失態で命を危険に晒してしまいました。どうか、我らに罰をお与えください」

「どうか、大神官様……我らに罰を」


 と、自らの罪を認め、その手ずから罰を受ける事を懇願した。

 その献身的な姿勢を見たシルバーは、目を丸くして、歩き出す。

 手に持つ煙ふく“穿つ銀翼の鷲ポレマイトス”を斜めに払い煙を消す。そしてホルダーにしまった後、深々と頭を下げる二人の頭に手を添えて告げた。


「大丈夫です。私が襲撃を受けることは決まっていた事です。例え貴方達が気付いたところで運命を変えることはできません。それに私は死ななかった。それで良いではないですか」


「「大神官……様!!」」


 神に一番近い人間。

 大神官シルバー・イビルハント。

 彼の心はどこまでいっても、神任せに運命の流れるまま身を任せる。

 神が殺せといえば躊躇なく殺す。

 神が死ねといえば躊躇なく眉間に向かって引鉄を引く。

 そういう男。


 異常なまでの神への執着と信仰は、宗教者からすれば慕うべき心そのものであり、頭を下げ、ただその心に感動し、涙を流す。


「さて、この極寒の冬を越えた先、花咲く春の風吹きし時、彼は現れると言います。その事を町民に伝えてください。もし、該当する人物を発見したならば、この、シルバーの元に連れてくると」


「「“平和を願ってシャ・ローム”」」


 頭を下げたまま後退し、足早に教会を後にする二人。

 それを見送った後、シルバーは再び背後に控えるステンドグラスを見つめる。


「神よ……。私はいつまで……、罪を重ねれば良いのでしょうね。

 笑えてきてしまいますよ。今や引鉄を引くことも、死体を見ることも、何も感じない。

 貴方に救われたーーあの日から」


 深い回想に身を投じ、陽の光で燦々と輝く女神を細目で見つめる。

 目からは涙が流れ、言葉とは裏腹に自身が言い知れない物を感じている事をシルバーは知らない。

 そうーー感情を失くした事に対する悲しみを、彼はちゃんと持ち合わせているというのに。


「ん?」


 涙を流しながらステンドグラスをみつめていれば、やけに教会が臭いのが気になった。

 生き物の焼ける臭い。

 彼もよく知る死の臭いだ。


「……ああ、貴方ですか。はぁ。どうしましょうねぇ。二人も行ってしまいましたし。処理をするのがーーめんどう、ですねぇ」


 玄関近くで焼けこげる死体に対し、これでもかと蔑んだ視線で見下し、顔の前を漂う臭いを手で仰ぎながら、そう言った。


 --


 冬。

 深緑が支配するこの森に、一つの小さな白が舞い降りた。

 舞い降りる白は次々とその数を増していき、緑を白で埋め尽くした銀世界。

 ーー以下略。


 “迫害の森”に冬が訪れた。

 ナオネが仲間に入り、楽しい日々を送る今日この頃。

 ワイズからの助言を受けた僕は、集落の自宅で、フゴタ、鬼丸、そして僕と三人を集めて、会議をしていた。


「それで……治癒魔術師を見つける為に、町に行くってのか?」

「うん。運がいい事に迫害の森の横の高原を抜けた先に、この大陸で一番大きい町があるらしいんだ。そこに行けば治癒魔術師も見つかるだろうって」


 丸いちゃぶ台を囲ってのミニ円卓会議。

 真っ正面に胡座をかいた、パンツ一枚の半裸、銀髪の鬼丸が腕を組みながら話を聴いている。


 そしてその横で、毛の色が少し薄いくらいの僕との容姿の違いがない豚人間こと豚男人オークのフゴタ。

 彼は鼻をほじっている。

 汚い。


 ワイズから聞いて初めてわかった地理情報だが、あまりにも都合がいい。

 これももしかしたら僕の特性、“女神の加護 (ちょっと幸運になる)”のおかげなのだろうか。

 なら、まずブヒタが怪我しない事を願うのだが。


 怪我といえば、僕や鬼丸の怪我もひどかったが、鬼丸では数日寝ることで完全治癒。

 僕も、身体が動かなくされたわけではないので、醜小人ゴブリン達の必死の看病によりまだ包帯は取れないが、ほとんど回復はした。

 身体中痛いから無理はできないけれど。


 そこで鼻の掃除を終えたフゴタが口を開く。


「町に行くって言ってもこの姿で行ったらすぐに捕獲されて終わりフゴよ? どうするフゴ」

「ふっふっふ。その問題に関してはとっくに解決済みなのだよ、ワトソン君」

「……。ワトソンって誰フゴ?」


 まぁ、知らないよな。


 冷めた対応に少し細い眼で訴えかけるが、知らない物を幾ら咎めたところでそれは僕の傲慢が過ぎる。

 すぐに、気を取り直して証拠を見せる為、息を吸い気持ちを整える。

 そしてーー、


「フンッ!」


「「おおー」」


 身体に走るむず痒い感覚。

 全身の毛が体内に引っ込み、身体の形が変わっていく前世では体験したことのないもの。

 そうしてその感覚が消えたと思えば、僕の証拠は鬼丸とフゴタの目の前に現れる。


「す、凄い! 人間フゴ!」

「やるもんだなぁ」


「どう? 凄いでしょ?」


 姿はワイズの部屋でしっかりと見ている。

 その姿は生前の僕の姿と酷似しており、肥満体質の黒髪の少年といった具合。


 ワイズ曰く、完全に人になるにはもっと時間がかかるらしいが、初めての変異でしっかり人になれるのはかなりのレアらしい。

 人化するのも、魔術と同じ要領で想像を働かせて発動する故、元々人間であった僕には容易い行程であったことはまたも幸運と言ったところだろう。


 元の身体の特性が出ているのか、もしくは単純に僕が想像しやすい身体が前世の姿だったからか。

 どちらにせよあんまり嬉しくない結果だが、仕方ない。


「俺は出来ないフゴか! 俺もやりたいフゴ!」

「おれもやりてぇな」


「残念だけど、これは魔人段階に進んだ魔物にしか出来ないんだって」


「「ええー」」


 二人揃って目を輝かせて訊くが、真実は残酷である。

 まだ魔物段階一の魔物である二人には変異は出来ないのだ。

 魔人の段階にいるものでさえ変異はかなり難易度が高く、出来ても人型になるのが精一杯で、完全な人に化けるのは魔将段階にならねば難しいそうだ。

 因みにワイズが魔将でありながら人型の姿をしているのは、気に入っているかららしい。


「ま、何にせよ。とりあえずはこの姿で町に行ってみるよ。半年っていう短い時間ではあるけど、冬の今、町に行くのはやめたほうがいいって言うワイズの助言も聴いたから、冬明けてからの春に行こうと思う」


「出た後の集落は任せろ。おれが纏めて置いてやる。大船に乗って鬼ヶ島に行って来い!」

「俺も手伝うフゴよ!」


 大きい胸板をどんっ、と強く叩いて言う鬼丸と、その鬼丸に肩を組みながら言うフゴタ。

 どうやらディシプリン戦の後、フゴタと鬼丸は親睦を深めたらしく、仲良く話すところをよく見かける。

 皆が仲良くするのはいいことだ。

 僕も嬉しいし、これからも色々とやりやすくなる。


 そう、皆で方針を固めた所で、コンコンと、ノックが入る。

「入ります」と一言入り、入り口にかかった長い葉の暖簾が開かれ、見えるのは一人の少女だ。

 可愛らしく赤みがかった茶の髪から出る二つの獣耳。

 そして伸びる尾っぽ。オレンジがかった黄と黒の警戒色近い色をもつ尾と耳。

 これが彼女の最大の特徴と言えるだろう。


 事件後、語尾に「……ナオ」とつく人格と、気の強い人格がより近しいものとなり、ナオネは二重人格から一つの人格に変わろうとしている最中だ。

 何かに驚いたり、叱られたりすると耳が元気なくひしゃげて、「……ナオ」と言うところから完全な一つの人格になるにはまだ時間がかかるだろう。


「キング。ワイズが呼んでる」

「お、おす」

「?」


 あの対戦以降、約二ヶ月近く経ってはいるが、未だにナオネの炯眼になれずにいた。

 襲い掛かる拳、迫り来る牙と爪。

 これらが与えた外部的損傷はほぼ完治したが、心の傷は治らない。

 ナオネには悪くは思っていても、あの眼で見られれば勝手に身体が萎縮するのだ。

 獣の本能とでも言うべきか……。

 僕も猪だしね。


「ご、ごめん……」


 と、ナオネの耳はしゅんと下がり見るからに気分を悪くさせてしまった。


 それを咎める視線が二つ。ジトーと見つめる彼らの視線は痛いものだが、何よりナオネから来る視線が一番痛い。

 包帯を注視しており、怪我させた事をずっと謝るのだ。

 僕は気にしてないと言っているが、そう簡単な話でもないのだろう。

 それを分かっていながらも、うまく測れない距離感を保ちながら、この関係は出来上がったのだ。

 手を振り、なるべく満面の笑みをしながら僕は言った。


「い、いいや! こっちこそごめんね。まだ慣れてないだけだよ。大丈夫、すぐに自信つけるから」

「ん、待ってる。それじゃ……」

「うん、またね」


 何と言うか、すごくぎこちなくなっていた。

 集落の皆とは気兼ねなく話をして打ち解けているようだし、フゴタも鬼丸も良くしてくれている。

 だと言うのに、僕とナオネに限っては全くの進歩なし。

 完全に僕が彼女を恐れてしまっている所為なのだが……。


 これに関しては意識しても治るものではない。

 元々引きこもりをしていた僕が戦えているのは、キングの肉体のおかげだ。

 血を見ても卒倒しないし、前よりも肝っ玉がすわっているのは身体がキングに変わったことも関係しているとは思う。

 でもそれでも恐怖には勝てない。

 鬼丸時は一心不乱で掻き消したが、ナオネは本当に心の奥底、深いところに爪を立てられたように、傷がついてしまった。


 彼女は可愛い。

 何も悪くない。


 でも、僕の心が怯えてしまう。


 何とか治したい。

 治したいのだが……どうすればいいんだろうか。


「ナオネはまた、ブヒタのところフゴね」

「ああ、多分な」


 彼女は毎日鍛錬をこなした後、ブヒタの横について一日中彼の側にいる。

 恋人でなければ、親族でもない。

 居たところで何が出来るわけでも無いが、それでもナオネは側にいる。

 そして偶に涙を流しながら謝っているところを見かけると胸が苦しくなる。

 ブヒタの為にも、ナオネの為にも、早く治癒魔術師を連れて来なければ……!!

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