第19話 三対三の激闘

 


「なんなのよ! あんた達! 一体誰なのよ!!」


 と、無様な格好で瓦礫を踏みつけながら、怒鳴りつける変態の姿が、そこにはあった。

 なんにしてもかなり笑える状況ではあるが、それよりも懸念していた問題があった。

 そう、人間と話が出来るかという問題だったのだが……どうやら杞憂だったようだ。


「人間とも話、出来るんだね」

「まぁ、大陸共通フゴね。ルイナ大陸にいる人で、他の大陸から移住して来た奴じゃない限りは言語は通じるフゴよ」

「本当に博識だねぇ。見た目に反してるよ」

「それは褒めてるフゴ?」


 一応訊いてみれば、更なるフゴタの博識披露により、フゴタパラメータは上昇の一途だ。

 本当に豚男人オークの見た目でありながら、頭が良い悪いは兎も角、知識はたくさん持っているのだから笑えない。

 完全に偏見なのでフゴタは悪くないが、それでもやはり腑に落ちない。


「くぅー! 人の話を聞かないで格好つけちゃってぇ!! こっちには太古最強の戦闘狂、“獣人族ワビト”がいるのよ!! 負けるわけ、ないじゃあないのヨォ!!」

「……ぐッ!」


 そんな世界の知識を共有していれば、余裕とした態度と受け取った厚化粧の男が、指を指す。

 男の眼は怪しく光り、共にナオネは突如、首を抑えて苦しみ悶える。


「お、お前! 何してるんだ!!」


「ヘッヘヘェーイ。なーにしてるも何も、あんた達を倒すための準備をしてるのヨォ! さぁ! やっておしまい!」

「い、いや、だぁぁ……」

「あ……?」


 首を真っ赤に腫らしながらも抵抗を見せるナオネ。そんなナオネの姿を見た男は何かを持つ仕草をしながら、空中を引く。

 すれば、見えない鎖に引かれるようにナオネは、男の手元にまで飛んで行った。

 見事釣りでもするかのように魚担当であるナオネの首を捕まえると、その厚化粧の顔を思い切り近づけて、彼は言う。


「なーにふざけた事ぬかしてんのヨォ。あんた、なに、殺されたいノォ?」

「い、いや、いやぁ……!」


 ジタバタと弱い力を振り絞って暴れるが身長差は二倍ほど。

 首根っこを掴まれた魚よろしく暴れても、それは無駄な努力である。

 単純に、苦しいだけなのかもしれないが。


 本来であれば腕を一振りするだけでも、男の腕を振り払うことは可能だろう。

 だが、それを阻止しているのは男が長年植え付けた恐怖なのだ。

 身動き一つで、言葉一つで、視線一つでナオネの動きはどんどん抑制されて行き、最後には絶望に暮れて動きは停止する。


 動きが完全に止まったところで、男はナオネに何かを囁く。

 優しく、頼み事をするように、丁寧に、言うのだ。

 その心使いが逆にナオネの心を強く煽るのだから。


 そしてーー時は来る。


 囁かれたナオネは毛を逆立て、荒々しい風貌へと姿を変える。

 その姿は僕が幾度も見た姿であり、館やフゴタ達と遊んでいる時と、特に運動、戦闘に事関しては最適な状態。

 “ナオネ戦闘モード”とでも言ったところか。

 そのナオネが、疾走した。


「ちびっ子が来るなぁ。へへ、一度あいつとはやりあって見たかったんだ。試させてもらうぜ……!」

「いや、鬼丸待つんだ」

「ん……?」


 やる気満々の様子で棍棒を撫でる鬼丸。強い者とやりあう、とまぁ何とも脳筋体質のようで、強い種族の事に関しては博識な鬼丸だが、ナオネも例外では無いようだ。

 闘志がギンギンに伝わって来て、こちらが身震いする程。

 だが、今回鬼丸に戦ってもらうのは彼女じゃない。


「鬼丸、今回はあの奇妙変態露出男にしてくれ。ワイズ曰くナオネの首輪は所有者がはずさない限り外れない。多分あの一番派手なやつが多分そうだ。

 だから僕よりも、ビジュアル的、能力的にも怖い君にやって貰いたいんだ」


 ナオネと戦ってタイマンで勝てるとは到底思えない。

 それは力自慢の鬼丸でさえも例外では無い。

 どうにも、古代最強の戦闘種族の名は伊達では無いようで、彼女から滲み出る強者の風格は鬼丸のそれを凌駕している。

 これに関しては、オークの感、みたいなものなのだが。

 強ち間違いでも無いのか、鬼丸は唸りながらも、不服そうに目を開いて言う。


「キングがそういうのなら……しゃーない。あの変態で我慢してやる」

「ありがとう」

「お、俺はどうしたらいいフゴ!?」


 と、二人で会議をする横で跳ねながら自身を主張するフゴタ。


「フゴタにはあの黒服の三人組を相手してもらうよ。とにかく鬼丸と僕のナオネの説得の邪魔をさせないでくれ」

「なるほど、任せれたフゴ!」


 槍を綺麗に八字回しをして、格好をつけるフゴタ。

 そうしている間にもナオネはこちらに迫って来ており、遊んでいる暇はない。


「さ、僕は彼女を説得するよ。鬼丸。この作戦は君がどれだけ早くリーダーをボコボコに出来るかにかかっている。頼んだよ」

「ふん、大船に乗ったつもりでいれば、必ず鬼ヶ島に連れて行ってやる」

「……君達本当にこの世界で生まれたの?」


「「うん?」」


 フゴタも鬼丸も非常に怪しい。


 そんなことは言っても、ここでは言及出来る事でもない。

 四方山話は後回しだ。


 瓦礫を踏み砕き、風の如く疾走する一匹の猛獣。

 直立に聳え立つ崖を物ともせず、まるで百メートル走を走る子供が如く無邪気に駆けるナオネ。

 狩られる対象となった獲物たる僕が、認識したその時にはもう、鋭利な爪が首元に触れている。


「ーーさすがに三度目ッッッ!!」


 が、元から動かしていた手が見事にナオネの強襲をガードして、間一髪命を守る。

 鉄毛ボディ・アーマー・ヘアの力は毛が薄い手にも効果を及ぼすようで、かなり痛みはあるが、傷は無い。

 そのまま勢いに任せ、後ろに吹き飛び、その場から離脱。


「後は任せた! 二人共!」


「「おう (フゴ)!!」」


 ナオネの鋭爪を受け止めながら、物凄い勢いで峡谷の闇へと消えて行く。


 ーー凄い力だ……ッ!!


 轢かれた事はないけれど、例えるなら車に轢かれる感じなのだろう。勢いだけでなくその力も並外れたナオネを、抑えることなんて出来ない僕は、そのまま山岳地帯での戦いに突入。


 空中にいながらも脚を僕の身体に絡め、身体を固定し、殴打を始める。

 風を切る拳は掠るだけで切り傷を、当たるだけで充分な衝撃を齎した。

 空中にいる僕に避け切る力はなく、かと言ってナオネを離してしまえば得意の敏捷性を活かし、撹乱されてしまう。


 それではいけない。


 それを封じるためにも十分に力が出ない超近接で戦っているのだ。

 鉄毛ボディ・アーマー・ヘアがあれば多少の打撃も斬撃も、気持ち軽くなる。

 なれば身を呈してでも彼女の攻撃を受け続ける。

 最大の一撃を喰らわずに、最小の千撃を喰らい切る。

 これが今、僕に出来る戦法なのだ。


「早くーー帰れ!!」


 一体何メートル飛んだのか、それすらも不明な状態で、彼女は、獣じみた捕食者たる縦に割れた真紅の眼をぶつけてくる。

 動物の本能が彼女は危険だと信号を出し、身体全てを萎縮する。

 だが、頭だけは冷静で、身体は動かずともその思いを実現させる口は動く。


「なんだ、喋れるのか。なら話は簡単だね」


「ーーーーッ!」


「さぁ、早くうちに帰ろう。皆、待ってる」


「う、うぐぅゥウァァアアッッ!!」


 苦しさを紛らわす為か、はたまた声を掻き消したいのか。

 雄叫びを上げながら放たれた拳は、僕の腹筋を焼き焦がす程の錯覚を齎す衝撃を放ち、下に控える岩の海へと突き落とす。

 それをした張本人は、空中で体勢を立て直し、近くの岩に勢いを殺すように着地。

 その後、地面に降り立ち土煙に塗れる僕を探すために、落下地点へと急行。


「私はーーナオは、もうあそこにいるしか生きていけないんだ! 私達をこれ以上苦しめるなっ!!」


 土煙に向かって語られる心情は、諦めの言葉。

 それをハイそうですかと聞くくらいなら、態々追ってきたりなどしない。


「そうもいかないさ……。君は僕らの仲間だ。君が苦しんでいるならば、僕達は必ず、君を助ける!」


「お願いしてもいないのにぃぃ、余計なことをするなーーナオッッ!!」


 大きく吠えた彼女の顔は、怒りなのか、悲しみなのか、感情が混在し、在るのは一つの困惑の表情。


 吠えたと同時、踏み砕いた岩盤の破片が僕に届く頃、それを追う様に跳躍したナオネの拳が、破片の一歩跡をなぞって追撃する。


「ーーぐっ……!!」


 破片を反射的に避けた行動が、結果的にナオネの拳を避ける事に繋がる。

 避けた僕の身体を目で追いながら、空いた手による更なる追撃。


 避ける事は出来ない。

 ならば最小限の被害で終わらせる。


 腹に拳が届くと同時、身を翻し流れに沿う様に体躯を回転させれば、傷は追わずに済むーーのを見こされて設置された彼女の脚にバランスを崩し、諸に拳を腹で受け止める。


 痛みは熱さへと昇華され、力は地面へと突き抜け、僕越しに地面を広範囲で打ち砕いた。


「ーーぐっぁぁァァァア!!」


 身体を一本の熱した鉄棒で突き抜かれた様な錯覚を覚え、思わず声を張り上げる。

 だが、痛みに構っている暇などない。


 すぐさま飛んでくる拳、拳、拳の連撃を、見切れない僕は全てを身体で受け止める。

 骨が砕け、内臓は破裂し、逆流した血が思わず口から溢れ出す。

 力の差は歴然であり、戦闘経験もあちらの方が上。


 ーー頼む、鬼丸。早く、早く首輪をーー!!



 --


 その頃、“竜の喉”では二つの戦闘が繰り広げられていた。

 一つは“万獸ばんしゅう手騎てき”ディシプリンvs鬼丸、そして構成員三人組vsフゴタの対戦だ。


 ディシプリンは元調教師であり、事戦闘に関しては、殆ど素人ーーなんて事はなく、力にて勝る筈の鬼丸に対し、優勢を保ったまま、戦況を維持していた。


「どうしたのヨォ!! その程度なのォッ! 弱すぎて弱すぎて、話にならないじゃ、なーいのヨォっ!!」


 ディシプリンの持ち出した武器、その名をーー“破壊に向かう九つの腕キャットオブナインテイル

 九つに先が分かれた鞭。

 本来であれば、一本一本の威力が低い為戦闘用には向かず、致命傷を与えないことから拷問用に使われた鞭であるが、“破壊に向かう九つの腕キャットオブナインテイル”は違う。


 この武器はただの鞭ではなく、魔素を流し込む事によって九つの鞭がそれぞれ動き出す。

 時には敵を搦め捕り、時にはそれぞれが固まり敵を貫く槍となる。


 そう、この鞭は魔術道具マジックアイテムなのだ。


 力ひとつひとつは大したことがなくても、その動きは敏捷であり、身体の大きい鬼丸は翻弄され得意の必殺の一撃を撃ち込めずにいた。


「くそ……! 喰らえ、オーガ・インパクーー」


「だっっから! させないってんのヨォ!!」


 振るう鞭から三本の鞭が、蛇の様に鬼丸に纏わりつき、動きを止める。

 周りの岩をテコの原理で支点とし、強靭な力で止められた鬼丸の拳は放たれる事はなく、その場で轟々と燃焼するままだ。


(的確に攻撃の起点となる部分を封じてきやがる……厄介だな。この変態)

「なーんか! 今失礼なこと言ったでしょう! 心の声にはびーんかーんなのヨォ!!」


 鞭を振り回し、支点とした岩さえ砕き破れる力でそ鬼丸の巨躯を持ち上げる。

 鞭のされるがままに回され、まるでハンマー投げのハンマーになったよう。

 そして鬼丸は空中に高く上がり、


「くらぁぁいなさぁいヨォッ!!」


 遠心力を利用した勢いをそのまま使い、地面へと叩きつけられる。


「ーーが、ふっ」


 背中を襲う強い衝撃が、脳を白い世界へと染め上げる。

 内臓を守る役割を持つ肋骨が、見事に砕け散り、立つ事さえ目眩がする。

 そうした鬼丸の目線の先は明るくなりつつある、雲ひとつない薄焼けの空。


 ーーおれは、何をやっている。


 ---



「どうやら、苦戦しているようフゴね……」


「へん、何の魔物かしらないが、我ら“夜獣の狩り手”にあったが最後、皆下僕となる運命だ!」

「大人しく投降しやがれ! クソ豚野郎!」

「今なら大サービスで、下僕になれば、アママイの実もつけちゃうぞ」


 遠目に鬼丸の苦戦している様子を見つつ、横目で一瞥するフゴタ。

 勇ましいんだか、小賢しいんだか、よく分からない男三人組。

 明らかに小物臭がするこの三人を相手にするフゴタは、内心落胆していた。

 キングの役に立つ為、毎日鍛え抜いてきたこの力を活かす時が来たといきがまえれば、ゴキブリの様な三人組。

 格好も真っ黒の服装で、如何にもゴキブリの様だ。

 もし、魔術でも使えれば話は違うが、何の変哲も無いナイフを最初に出したあたり期待外れだろう。


「何だよ! なんか反応しろよ! 豚が!」

「豚のくせに生意気だぞ!!」

「豚なら豚らしく、ブヒブヒ鳴いてろってんだ!」


「……ふぅ。お前ら、ちょっといいかフゴ」


「「「フゴ?」」」


 三人揃って間抜けな反応を繰り返す。

 怒りを通り越して呆れが来たフゴタだが、心の中で溜息をついて、口に出すのは確認の言葉。


「別に、怪我しても……いや死んでも良いからそこにいる、この確認、間違いないフゴ?」


「ハン! 何を当たり前な、俺らだって闇ギルドの一員だ! あの小娘猛獣以外は役に立たないなんて言われてるが、リーダーだって戦えば強いんだ!」

「その通り! 実際あの鬼を圧倒してる、さすが我らのリーダー!」

「だからその子分の俺らも強いんだよ! 豚がッ!」


「了解したフゴ……」


 やけに豚豚強調する三人に、さすがに一周回った怒りも返ってきて、その力を槍に込める。

 槍をくるくる身体の周りで回し、その速度を上げていく。

 最後に正中線で綺麗に止め、一言。


獣突貫槍術けものとっかんそうじゅつ・イチノカターー」


「「「??」」」


 ゆっくりと動く槍の切っ先が、まっすぐ正面の三人組を指す。

 そして、それを三人組が確認した時にはーーもう、


「《神速一閃》」


 音も無く、忍者の様に消えたと思われたフゴタは、既に三人組の背後にて悠々と歩いており、三人が振り返り唖然とすれば燃える様に熱い腹。


「「「ぐ、グァアッッ!!?」」」


「一撃必殺の槍。これが《神速一閃》フゴ」


 鋭い裂傷が、腹を真っ二つに切り裂いて、腹部からは血がダラダラと溢れ始めている。

 三人見事に腹を切り裂かれ、その事実にショック気絶。

 バタバタとその場に白目を剥いて倒れていく。

 その姿を見ながらフゴタは鼻で笑い、言った。


「瞬発的な加速による跳躍範囲、約五メートル。

 この範囲にさえ入れば、後はジャンプして斬るだけの簡単な技フゴ。でもお前らにはピッタシの技だった見たいフゴね」



 クソザコ三人組 vs フゴタ。

 フゴタwin。

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