第25話 治癒魔術師の手がかりを

 

 授業内容は非常に充実したものであった。

 魔術の内容は初心者同然の内容を、基本からやり直すという建前で授業をしているため、他の生徒達は皆項垂れていたが、僕は違う。

 ワイズに多少魔術の知識を教わっただけであり、その全ては知らない。

 知っていても系統魔術と属性魔術がある事、そして魔術の全ては固創魔術アルケマジーと呼ばれる、自身の心が具現化したものを持ち入っている事。それくらいだ。


 ここで習ったことを整理したいと思う。

 ここで言う魔術というのは、神が行った魔法を人間が使える様にした技術、故に魔術と呼ばれている。

 そしてその魔術は芯となる世界、そのものが認知したものに限る現象だとか。


 例えば火薬に火をつければ爆発する様に。

 例えば火を水につければ消える様に。

 例えば圧倒的熱を浴びせれば水が蒸発する様に。


 それらは原理によって成り立ってはいるが、魔術も同じだ。

 魔素という空気中にあるエネルギーを使い、心の中にある設計図を用いて、呪文によってその形を世界に伝える。

 それにより、世界は魔術の形を理解して、初めて“魔術”として世界に具現化させるのだとか。

 そして心の中にある設計図の色は変わる事はなく、故に人間の属性魔術、系統魔術は大人になっても変わらない。

 という事。


 そして、その呪文で出す魔術の形をよりわかりやすく伝える為に用意されたのが“呪備じゅび”と“術式”。

 呪備は呪文を唱える前の口上であり、


 基礎となる一般家庭でも使えるD級魔術。

 呪備一節。

 攻撃魔術の始まりとなるC級魔術。

 呪備三節。

 範囲攻撃の始まりとなるB級魔術。

 呪備五節。

 街一つを破壊してもおかしく無いA級魔術。

 呪備七節。

 魔術一つで戦況が変わるS級魔術。

 呪備十節。

 使えるものは世界に数人とされるZ級魔術。

 呪備分からず。(推定十五節)


 これら全てに使うことができるものだ。

 これらの本来の威力を高め、力を倍増させるもの、それが呪備。

 一対一での戦闘時では使う事は少ないが、戦争などでは後方のものが唱えた後に魔術を使うのが基本である。

 呪備有る無しでは格段と威力が変わるからだ。

 その差一.五倍程。

 D級やC級では大差ないかも知れないが、それより上となると話は変わってくる。


 因みにこれら魔術段階をどこまで極めたかにより魔術師としての位も代わり、


 D級→特に無し。魔術師とは呼べず。

 C級→初級魔術師マジェック

 B級→中級魔術師アデクエイト

 A級→上級魔術師エキスパルト

 S級→超級魔術師ディザシュトラス

 Z級→幻級魔術師カラミティ


 と呼ばれている。

 町にはギルドと呼ばれる冒険者の集まりもあり、その中でパーティに組み込まれるには中級魔術師アデクエイトの力があれば充分だそうだ。

 力よりも魔術の種類の豊富さを重要視する為、幅広く覚えたほうがいいとのこと。


 そして術式だが、こちらは魔術道具マジックアイテムにも使われているものであり、言葉で世界に示す代わりに、文字で示す魔術が、術式だ。

 魔術を呪文で使わず術式で行う差別化として、以下の事柄が挙げられる。


 まず術式は、呪備も加えた完全な呪文を文字として絵として刻む為、常に全開の力が出せる。

 その場その場で使わずに、罠として設置したり、条件をつけることで防犯システムの代わりにもなる。


 いちいち書く必要があるので、準備をしていない限り戦闘には向かない。

 書く場所、物がなければ使えない。

 詠唱呪文による魔術であれば、空気中から蓄えた体内の魔素を使えるが、術式は周りに魔素がないと使えないなどなど。


 こういう事も出来ると知れてよかった。

 さて、魔術についてはこのくらいで、次は剣術。

 僕が使うのは麺切り包丁なので、一応短剣を指導するところへと向かった。


 だがここでの収穫はあまりない。

 なぜなら戦闘方法がまるで違うからだ。

 短剣とは刃渡りが短く、超接近戦での戦闘が必須だ。

 その戦闘で、片手で力が込めにくい短剣は斬撃よりも刺突を多く多用する。

 刺突、そして投擲。

 これが一番良い戦闘法なのだ。

 つまり、先が尖っていない刺突のできない僕の包丁ではこの戦闘は出来ないのだ。

 あの包丁の利点は刃が超高熱を放っている為、斬撃さえ当たれば殆ど力を込める事なく刃が入るというところだろう。

 つまりは、僕自身であの包丁の戦い方を見いださなければならない、とそういう事なのだ。


 先は長い。


 と、ここまで話したのが数日の授業の話であり、順風満帆の学校生活を送れていたかといえばそんな訳はなく。


 入学式で失態を犯した僕の事を知らない奴などいなかった。

 そして僕は一般生と共に授業を受けるため、必ず彼らと鉢合わせるのだ。


 そんなある日のことだった。


 僕が治癒魔術師の所在を聞いても先生は、


「私は先生ですけど、生徒の数は一万を超えているんですよぉ〜? そんな数把握しきれまちぇーん。なっので、特級科の子にでも聞いて見てくださいね! 因みに、治癒魔術師は光魔術を使える人だけなので、かなり人数限られるはずですよぉ? でわでわ!」


 と言いながら逃げられてしまった。


 だが、そうは言っても特級科の生徒は皆どこの授業を受けているのか全くわからない。

 自由気ままに動く猫を捕らえる事と同じだ。

 そんな無理難題を突きつけられるなら、連絡先でも交換しておけば良かった。

 一応、生徒には生徒間の連絡を取るため、生徒証に電話機能がついた術式が内蔵されている。

 I.Dが入力されており記載されたI.D.が電話番号なのだ。

 電話がない代わりにとても便利ではあるのだが、なにぶん校内はかなり広い。

 見つけるのは容易ではない。

 そう、思われたのだが。


「あ……!」


 偶々歩いているところを発見してしまった。

 一人バインダーを持つ女子を傍らに置き、歩くのはギルティシューだ。

 さすがにイケメン。

 歩く時は横に女の子付きとは羨ましい。


「ぎ、ギルティシューさん! 少しいいですか!」

「……ん?」


 後ろから呼び止められたギルティシューは振り返る。

 それと共に横にいる女も振り返る。

 彼女は眼鏡をかけており、黒髪を団子にした秘書のような生徒だ。

 その身体つきもアイリに負けず劣らずで、かなりグラマーだ。


「あぁ……君は。えっと、名前は……」

「ぼ、僕は、キング……、キング・ハックガイです! よろしくお願いいたします!」

「キング君か。よろしく」


 爽やかに答えられると男であるはずなのに、ときめいてしまうのは彼の美貌故なのか。


 僕の名前キング・ハックガイは、迫害の森から来ている。なんかあまり似合わない気もするが、麦豚焼太郎にするよりはマシだ。


「あの、質問があるんですが、いいですか?」

「質問? なんだろーー」

「君、ギルティシュー様は忙しい。どうでもいい事に時間を割く事は出来ない。質問なら他の人になさい」


 そう、バインダーを盾にして僕とギルティシューとの間を割く女。

 だがその様子を見たギルティシューは首を振りながら、


「彼は学友なんだ。別に構わないよ」

「……っ! ですが、ギルティシュー様!」

「いいんだ」

「……くっ」


 ギルティシューの一歩も応じないその姿勢に、不服そうに一歩下がって離れる女。

 それを確認した後、ギルティシューはこちらを向いて笑顔になると、


「すまない。彼女には色々仕事を手伝ってもらっていてね。優秀なんだが過剰に反応しやすい傾向なんだ……許してやってくれ」

「いや、いやいや! 全然僕は! 寧ろそんなお忙しいとは知らなくて……。もしあれならすぐ退散しますですはい!」


 申し訳なさそうに頭を下げる上級生に、耐性の無い僕はとりあえず全力で手を振り、よくわからない敬語を使う。

 正直、ギルティシューに会えた事は僥倖ではあるが、忙しい人を止めてまで訊く事でも無い。

 最悪先生全員に当たればそれで済む事なのだ。


「ははは。そんな事言わずに何でも聞いてくれよ。キング君。僕もね、後輩が持ててこれでも少し嬉しいんだ。何せ特級科は人が少ないからね」

「確かに、そうですよね。何せ六人、しかいないわけですから。学友とかも少なくなりますものね」


 優秀な成績を持つ特級科の者ならば、普通科にも友達の一つや二つ作るのは簡単であろうが、そういう話ではない。

 自分と同じくらい評価された人物が複数人いるということが重要なのだ。


「その通り。だから僕は特級科の後輩には優しくしてるのさ。勿論、他の子を特別厳しく接しているわけじゃないけれど。特級科は特に、ね」

「なるほど、嬉しい限りです」


 憂いを帯びた表情のギルティシューが、ハニカミながら言う。

 なるほど、これがイケメンのハニカミ。

 凄い破壊力である。

 男である僕でさえも、思わずキュンとしてしまう。


「その、実は僕の友達がかなり重症でして、治癒魔術師を探してるんです。今は良いお医者さんのおかげで何とか死なずにいるんですが、高等な魔術を使えないと、完全治癒は無理だそうで……」


 今もブヒタは固まったまま寝ているはずだ。

 もしかしたら寝ていないのかもしれない。時を止めるとなると思考すらも止まっているイメージだが、その実彼がどんな状態なのかは分からないのだ。

 今も傍で泣きながら治るのを待つナオネのためにも、早く治癒魔術師を見つけなければならない。


 僕のその質問にギルティシューは若干目線を下げて腕を組みながら考え込む。

 そして、朧げな感じで口を開く。


「まず……治癒魔術師となると、かなり高度な光魔術を使える者だね。保健の先生は薬が扱えるだけで重症は治せないし……。となると、この学院にいる光魔術の達人は一人しか僕は知らないよ」

「い、いるんですか! 誰なんですかそれは!!」

「名をアリオス・ニンファ・レジレーヌ。特級科クラス一の困り者でね。滅多に授業に来ないんだ」

「が、学校に来ないんですか? というかまだ特級科いたんですね」

「あぁ。正真正銘彼女で最後の特級科だけどね。光魔術の天才、畏名かしかな妖精嬢王ティターニアと呼ぶ。妖精に嬢王と書いてティターニアだ」


 妖精嬢王ティターニア

 生前ではシェイクスピアに出てくる作品のまさしく妖精の嬢王だった者だ。

 何にしても手がかりが見つかったのは大きな進歩だ。

 後一ヶ月少しで魔術が解けてしまう今、何としてもアリオスを探さなくてはいけない。


「その妖精嬢王ティターニア……アリオスはどこにいるかわかりますか?」

「一応、町にいる事は分かっている。町で色々暴れているらしい。だからもしかしたら町に行けば何か手がかりがあるかもしれないね」

「なるほど……町、か」


 広大な町だ。

 探すのは一苦労だろう。

 だが何の手がかりもないのと、少しでも希望があるのとでは雲泥の差だ。

 とにかく町へと出向く必要がある。

 それだけ覚えていれば何とかなるだろう。


「ありがとうございます! 助かりました!」

「いやいや、こんなのでよかったらいつでも聞いてよ」


 そう言って僕はお辞儀をして、ギルティシューは踵を返し、元行く道を戻る。

 女も一礼をした後、その後ろに付きこの場を後にする。

 ギルティシューは見た目通りの優男であった。

 皆彼のようだと良いのだが、特級科にはおっぱいおばけと髑髏おばけがいるから、そうも行かないだろう。

 これから気になる事はギルティシューに訊く事が出来れば良さそうだ。


 ーーあ、I.D訊くの忘れた。


 --


 またある日、後ろから鼻歌を歌いながら近づいてくる者がいることを察知した。

 下手くそな歌でリズム感もあっていなければ、音程もガタガタだ。

 そんなストーカーは授業の教室を出てから、現在寮階の廊下に至るまでずうっと付いて来ている。

 このままだと僕の部屋を特定されかねない。

 満を辞して振り向いた先には、ーー美少年がいた。


「う、うわぁ」


 なんて庶民的な感想を漏らしてしまったが、彼は本当に美少年だった。

 ギルティシューのように爽やかという雰囲気だけではない、こちらには童顔というポテンシャルも合わさった幼さがチョイスされている。

 金髪に緋色の双眸、青い制服はこちらも王子様といった雰囲気を醸し出し、更にいえば校則にはない赤いマントを付けている辺り本当に王族なのかもしれない。


「ぬ、ぬわぁに!? み、見つかってしまった……か!」

「え?」


 あからさまに驚いた彼の顔や反応は、とてもギルティシューには似ても似つかぬ具合であり、どちらかというと、


「ふっ。やはりボクのこの身体から溢れるパゥワーは、眼で見ていなくても感じ取らせてしまうかもしれないな……」


 厨二病といった雰囲気が強いか。

 顔の前面を手で支えながら、斜め立ちする様など後ろからゴゴゴと効果音が聞こえて来そうだ。


「え、ええっと君は?」

「ボクか? ボクは今年入学した、円卓の騎士、十二番目に席を置くアーサー王の息子! “緋粹卿ひすいきょう”モードレッド・エルドラグーン……っだ!」


「ーーモードレッド?」


 彼の大袈裟な動きよりもその名前に僕の注意は逸れた。

 なぜならモードレッドとはアーサー王伝説に出てくるアーサー王を、カムランの戦いにて倒した息子の名前であり、アーサー王伝説に興味を持てば知る人ぞ知ると言ったレベルの有名人である。

 僕も厨二病を拗らせた時期はアニメに出てくるアーサー王の話などをよく調べたものだが、まさかモードレッドが出てくるとは……しかも円卓の騎士まで。

 びっくりもんである。


「で、そのモードレッドさんが一体何用で僕を尾け回していらっしゃるのですか?」

「ふっ。敬語なんて使うな。ボクと君は同学年。そうだろ?」

「えー。じゃあなんでモードレッドは僕を着尾け回してるの?」


 よくぞ聴いてくれた! と言わんばかりにマントを翻して彼は言った。


「それは君と友の証を結ぶ為、ダッ!」

「友達に? そりゃまたなんで?」


 僕と友達になる理由など、探そうにも出てくるわけはない。

 僕は入学式で失態を犯し、しかもこの容姿だ。

 嘲笑う者こそいれば、仲良くしようと近づいてくるやつなどいない。

 しかもモードレッドはアーサー王の息子と自分で言った。

 つまりは王族の人間。

 そんな彼がなぜ……?


「分からない? ボクはね。訳あって強者と友になりたい。君は主席なのだから強者なのは確実。であるなら、友達になりたいと思うのは当然だろう」

「でも、僕の実力見てないのに、強者だって決めつけていいの? 後々落胆するかもしれないよ?」

「む? だけれど特級科に入る者は皆、畏名かしかなが付いていると聞く。畏名かしかなは強さの証明でもあるからね。君にも付いているのだろう?」

「いや、無いけど」

「ぬ! ぬぬぬぬ、ぬわぁにィィッッ!?? そ、それは本当か!?」


 こくん、と頷けば、彼は心底気を落としたように肩を下げ、言った。


「むむむ、だ、だが。畏名かしかなが付いていなくとも、充分特級科にいる時点で強さは認められている……。うん! 大丈夫だ! ボクと友情を育もうじゃないか!」

「いや、まぁ僕は一向に構わないけれど……期待に添えるか分からないよ?」

「構わない! その時はボクが責任を取るさ!」


 一体何の責任を取るのか。


 そう言って彼は手を差し伸べて、満面の笑みを見せる。

 友達になろうと言われて断る理由はない。

 しかも相手は前世では有名なモードレッド。

 こちらから喜んで友達になるレベルだ。


「うん。改めてよろしく。僕はキング・ハックガイ。特級科一年生」

「よろしく。ボクはモードレッド・エルドラグーン。いつか父の国を継いで国王となる男だ」


 自信満々で言うところを見ると、腕っ節には自信があるのだろう。

 強い人と友達になろうとしてるともいうし、特訓でもしようというのか。

 ならば、僕の包丁の扱い方も教えて貰えたら、僥倖というもの。

 棚からぼたもちといったところだ。


 --


 こんな風に優しく接してくれている者だけがいるところが、学校では無いと、僕は知っていた。

 一応機関という名前であるが、学生として勉強を学んでいるのだから学校という表現も間違いではないだろう。

 少しでもコミュニティから外れれば仲間外れにされ、力弱い者、頭の悪い者は揶揄われる対象となり、ヒエラルキーは崖底へと落ちていく。

 そんな学生時代を送っていた僕が、たった数日でもいい気持ちになったのは、最初に出逢った人達が優しかったからだ。


 ーーいや、もしかしたら彼らも心の中では何を思っていたのか分からない。

 ギルティシューも単純にかわいそうという慈悲で教えてくれただけかもしれない。

 モードレッドも舎弟とか子分が欲しかったとかそういうことかもしれない。


 何にせよ、入学式でやらかした太った同級生が身近にいれば、揶揄おうとする者や一発痛い目に合わそうとする者は一万人もいる中でいないわけがない。


 だから、僕はそれをなぜか忘れてしまっていたんだ。


「あ……! ご、ごめんなさい」

「おややや?」


 授業の帰り道、寮へと向かう道の途中。

 学校の廊下は丁度横幅にして、六人程度が並んでぴったしくらいの幅だ。

 その幅を三人で広く使いながら歩く、随分と偉そうな男達。

 そのリーダー格と思われる男にぶつかってしまったのだ。


「君はたしかぁ、入学式の時の主席くんだねぇ?」

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