第26話 絶望からの飛翔
「 いやーまさかまさか、こんなところで、こんな有名人に逢えるとはぁ、光栄光栄……、なぁ! みんなぁっ!」
手振り身振りを使いながら踊るように語る男。
彼は一体……?
こっそり
【名前:リミル・ヴァージョ・アナッキー
畏名:無し
魔術属性:土、風
魔術系統:放射、使役
固有魔術:
説明: アナッキー家の一人息子。閉鎖的な幼少期をおくった所為か、人に対して臆病になるどころか当たりが強くなる。自分に従順な者には寛大で、自分の思い通りに事が運ばねばキレ始める。
没落していたアナッキー家を復興させるほどの固有魔術を有しており、実力もかなりのものだが、その傲慢な性格が邪魔していることを彼は知らない。好きな言葉は、思い通り】
特級科に一人しかいなかった固有魔術をリミルは保有している。
それがどれほどの意味を持つかは分からない。
だが警戒するに越したことはない。
そんなリミルと態とらしい演技に対し、他の膨よかな二人も同調する。
「なぁ、君。僕のこと知ってるかなぁ? 僕さぁ、僕の肩書きのことなんだけどさぁ、僕、次席、なんだよねぇ。君の次なの。わかる?」
「え、そうなの。奇遇だね……。こんなところで次席君に出会えるなんて……」
なるほど。固有魔術を保有しているだけあって順位的には次席とかなり高い。
実際僕はズルして入学したようなものだから、リミルが主席。
ということだ。
「だろぅ!? だろぅっっ!? そう、思うだろう? 僕もさ、思ってるんだよ。日々の頑張りと献身的な姿勢こそ、評価された証なんだって……。いやね、勿論、僕の家系が貴族っていうのもあるんだけどさ。その中でもイケメンっていうか、それなりに顔もいいと思うんだよ。貴族っていうと、皆君みたいに太っている容姿を想像するからさ。それってかなり迷惑だと思うんだよ。貴族的に」
「は、はぁ」
イケメンと称するリミルの姿は確かに顔は整っている類ではあった。
ギルティシューやモードレッドがいる中、霞んで見えてしまうのは僕のあってきた人物の順番が悪かった。
実際リミルもイケメンの部類には入ると思うが、リミルはどうも性格が良く無いらしい。
剛田と似たものを感じさせる。
更に彼の言葉は横にいる膨よかな二人も傷付けている。
二人も貴族なのだろう。目の前にいるリミルと違い、僕と似た体系をする彼らはリミルからしてみれば同じく目障りなのかもしれない。
リミルの動きはミュージカルや舞台劇にも勝るに劣らない勢いの緩急のつけ方だ。
ひらひらと蝶のように軽やかに動いたと思えば、蜂のように鋭く動きを止めて緩急をつけている。
見ているだけで楽しくなるような彼の動きだ。
だがーー。
「だからさーー君も、迷惑なんだよね」
向けられた悪意も、気付くことなく襲ってきた。
「なんでさぁ、なんでさぁ。君みたいな奴が主席なのかなぁ? なんでなんでなんでなんでなんで!! おかしいだろぅっ!? 僕という存在がありながら、なんで君みたいな豚みたいな奴が主席なのさ! 他を引き寄せる美貌を持ち、類稀なる才能を率いて闊歩する僕がっ!! 君みたいな醜悪な家畜同然の豚に負けるなんて……あり得ていい話じゃッッないんだよぉッッ!!?」
踊り狂うリミルの激情は苛烈を極めていた。
確かに、僕から見てもイケメンと取れるその顔は苦痛と嫉妬に歪み、眼は開いて刮目した先に映るのは僕の醜い姿。
髪を掻き毟り、ヨダレを撒き散らす様はどうにも貴族には見えないが、その姿を見る横にいる二人の顔は至って常人を見る雰囲気で、僕だけが間違った見方をしているのではと錯覚に陥るほど。
「しかも特級科ってなんだよッ!! なんで何でもかんでも僕より上を行きたがるのかなぁっ、君はァ! そんな行いあまりに強欲で傲慢で不遜で不躾で恐れ多いことだって気づけよ馬鹿がぁッッ!!」
廊下に強く反響するほど足を踏み鳴らし、自身の不満を辺りへと撒き散らす。
次第には人にまで危害を及ぼすのではないかと荒れ狂う様は悪化の一途を辿っていた。そして、
「だから、僕は決意したのさ。もし、もしもう一度君と逢うことになったならその時はーー」
先程までの狂った姿は一変。
静かに、荒れ狂う波が突然、波一つ立てない水面に変わったように、静かに変わり。
そして彼は胸から白いハンカチを取り出し、それを僕に投げつけると、言った。
「決闘だ。君を完膚なきまでに叩きのめす」
---
制服には白いハンカチが常備されている。
それは魔術を封じられ、授業以外で唯一魔術を使用可能な決闘を行うための合図であり、それは白いハンカチを相手に叩きつけること。
そしてこれを拾う事で決闘は成立する。
「広い空間だねぇ。僕初めて来たよ、闘技場。まぁあ? まだ一週間も経ってない事を考えれば、僕らはかなり速いタイミングで決闘をしたと思うけれどねぇ。豚くん」
「悪いけど……その豚って呼び方やめてくれないか……?」
「ぶぅーたみたいな姿を見て、豚と言って何が悪いのか、ぶ た く ん?」
風すら吹かない地下の閉鎖空間。
光を生み出す
たった一つだが、その光は部屋の隅々を明るくする。
そして戦う戦場は、草一つない土が固められた平らな地面。
二人が戦うには丁度いいのか、かなり小さめの闘技場だ。
大体、二十メートル〜三十メートルくらいだろうか。
目算故、確かな事は言えないがリミルとの距離を考えるに大体それくらいだ。
その周りには集まってきた野次馬生徒が数百人。
今年入ってきた主席と次席の戦いを、この目で見ようと、我先にと、やって来たのだ。
全く迷惑な話だ。
僕だって昔とは違う。
ちょっとやそっとの失敗で、自身の容姿の悪さによる偏見で、謂れなき暴力や虐めを受けるほど森でやわな生活を送ってはいない。
だからこの決闘にも負けるつもりはない。
「じゃあ初撃は君に譲るとしよう。サァ、かかって来なさい来なさい」
「……? 本当にいいの?」
「当たり前だ。強者たるもの優雅に構えなければ……」
優雅に貴族のお辞儀なのか、左手を高く上げ、右手を腹に添えてきっかり九十度に身体を曲げてお辞儀をする。
それと共に起こる喝采は何とも耳を聾するが、先手をくれるなら甘えないわけにはいかない。
「ならーー闘剣“
手に包丁を出現させて、そのまま地を蹴り疾走。
予想通り人の姿になると筋力も落ちているのか、風を切る感覚があったあのスピードは出ない。
だが、走り方を覚えた僕の走りは、明らかに生前よりは速い。
勿論、少しの話だが。
「あっはーっ!! そんなのろのろ歩いてたら日が暮れちゃうぞ、豚くん!!」
「余計なお世話さ、すぐ到着ーーだッッ!!」
走ったスピードはそのままに、勢いを乗せて刃をリミルへと走らせる。
超高熱で切り裂かれる大気は、空気の抵抗すらも搔き消す勢いで、近寄った者を熱し焦がす。
標的となったリミルも例外ではなく、超高熱の鋼鉄が食い込めば、細胞は焼け千切れ、肉と骨は溶けてその防御を為さず敗北。
「うわぁッッ!? 刃物は痛いから嫌だよー! 怖い怖い怖いコワァァ」
細い体躯へと向かった軌道は一直線、彼の身体を両断せんと向かっていく。
事実、その刃が通るなら彼の身体は今も一つに纏まっている事はないだろう。
ーーだが、
「なぁーんちゃってぇ」
ガキィン! という激しい金属音を放ち、刃はリミルの一歩手前にてその道を断たれる。
元々熱した鬼丸の鬼闘棍でさえ両断した超高熱の刃は、そんじょそこらの武器で止められるわけもなく。
真実、リミルは武器を手にしていない。
熱耐性でも身体に纏ったのか? そう考えもしたが、僕が炎系の魔術を使う事を彼は知らない筈だ。
授業で習ってはいないがゲームの様に耐性を後からつけることも可能かもしれない。
知識の少ない僕にとって魔術師との戦闘は未知数ばかりだ。
だがどちらにせよ、武器を持っていなければ、身体の一部分を刃に当てて止めていたりしているわけではなく。
「ーーなっ!?」
不可解な現象。
何も無く、ただの虚空。
だが確かに手には今も鍔迫り合いをして、何かとこの刃を合わせている感覚がある。
一向に斬れもしなければ、何が僕の包丁を止めているかも分からない。
そんな現象の中、包丁の先にいるリミルはあっかんべーの状態で揶揄いながら言う。
「ソーウ簡単に事が運ぶと思ったら大間違いさ。もう少し人生学んだ方がいいよ? 赤ん坊から出直してコィィッッ!!」
「……ぃぎ!?」
突然の横からの衝撃が、僕をまっすぐ壁へと飛ばす。
まるで車にでも撥ねられたかのような感覚を味わい、闘技場の壁にめり込む。
左右を挟み込む様に受けた衝撃は、脳まで達し、平衡感覚を狂わせる。
全身がヒリヒリする様な痛みを覚え、よろけながらもなんとかその場に立つ。
「おおーい! しっかりしろよ主席!」
「それでも主席か!? ほれ頑張れ頑張れ!!」
「やっぱり裏口入学ってのは本当だったのかぁ??」
なんて野次から飛んでくるが気にしてる余裕などない。
正体不明の攻撃を仕掛ける男が、上手に靴の後ろをカスタネットの様に叩き、音を出しながら近づいてくるのだから。
「……な、なんだよ。今のは……」
「無知とは怖い怖い。君は貴族かと思ったけど……ただの肥満? 家畜? その腹に無駄にためた栄養を上手く頭に回せよ。しないとすぐに……終わっちまうゾォッ!?」
彼が手を思い切り振った瞬間。
それは見えた。
ーー
「ーーッ!」
地面を蹴って真横に跳ぶ。
丁度人一人がすっぽりと入るくらいの長方形の透明な壁が、僕の横をすり抜けて闘技場の壁へとぶち当たる。
強烈な破壊音と共に土煙が舞い、そこに標的たる僕がいない事を視認するリミルは、見てわかる不満を表情に出す。
ミミズの様に膨れ上がった青い血管を額に晒しながら、歯軋りさせて言った。
「避けるなよ……。避けたらダメだろぅっっ!? お前が避けたら僕の強さが証明出来ないじゃないか!! お前は的だ! ただのかかしの肥満のデブの豚の家畜の癖にぃぃぃ……いっちょまえに避けるんじゃあァァァアないよォッッ!!」
激情を込めて出現する透明な壁が、僕の真横に出現する。
それを前転で上手い具合に避ければまたも誰もいない場所で、壁同士がぶつかり合い音を立てる。
共に、リミルの怒りは込み上げていき、透明な壁を出現させて波の様に押し寄せる。
逃げ場の無い僕はただ後ろへと走るしか無い。
だが、必然的に闘技場の壁が妨げとなり、僕の退路は断たれる。
それを見たリミルは怒りがそのまま喜悦へと変わり、歪んだ醜い笑顔を浮かべ、波を大きな手へと変換させる。
「ちゅぶれろォォォォッッッッ!!!!」
逃げ用にも逃げ場をサイコロの様に完全に壁が囲い、塞がれる。
逃げ場を失った僕に防御の方法など無く、ただ真上から迫り来る透明な拳を眺めているしかない。
どう足掻こうにも絶望。
包丁で斬れない壁が退路を塞いだのであれば、僕は何も出来ない。
ーーこれは、敗けたな。
叫ぼうにも足掻こうにも暴れようにも嘆こうにも泣き叫ぼうにも、なにぶん時間がない。
閉じ込められた時点で、僕の運命は決してしまったのだ。
そして僕は、
彼の醜悪な嘲笑を聴きながら、
まるで蚊でも殺すようにーー潰された。
それからの日々はまたも地獄の日々だった。
中学、高校が軽く思えるほどの虐め再来である。
決闘には賭けを用いる。
僕とリミルの場合、どちらともを好きにして良いという賭けで、僕は敗けた。
つまりは奴隷のような扱いである。
毎日登校する前にリミルの寮へと赴き、人間馬として四つん這いになりながら、彼の車の役目を果たし教室まで連れて行く。
更に授業ともなればスピードを上げて遅刻しないように教室まで連れて行く。
ノート取りも、サンドバックも、魔術の実験も全てを付き合わされた。
たった二日で僕の神経はズタボロになり、もはや保健室の先生でも治せない程にまで事態は悪化していった。
こんな事をしている暇はない。
今すぐにでも町に行き治癒魔術師を探さなければならない。
こんな事を……している場合じゃ。
「なにぃ? 町に行きたいだぁ? お前ェッ! 奴隷の分際で何をふざけた事を言っているんだよぉっ!! お前は一日四六時中朝から晩まで僕の世話をするんだ! いいな!?」
「ぐっ……!」
手に持つ短鞭で尻を叩かれる。
かなりの痛みだ。
最初はあまりの痛さに叫び声をあげて、馬の状態を崩してしまっていたが、今はなんとか耐えている。
前世からの痛み耐性がある僕とはいえ、鞭なんて経験したことがない。
皮膚を真っ赤に染めながら、殴られたように錯覚を起こす程の痛みを与える拷問器具。
このままでは身も心も持たない。
リミルの嘲笑と罵声が耳の中で谺する。
もう一度決闘を挑もうにも、奴隷となった僕にはその権利が剥奪されてしまっている。
本当に、こんな事をしている場合じゃ、ないというのにッ!
「お前は一生、こき使ってやるよ。偽物主席くん」
そう、彼が笑いながら言った瞬間だった。
リミルの表情が凍り付いたのは。
「ーー君達は、一体誰の上に乗っている?」
廊下の途中、不意に後ろからその声は唐突に、しかして凛と張り上げた感情は、リミルの楽しげな雰囲気を、根から斬り捨てた。
今まで聴こえてくるのはリミルらを助長する様な言葉に、囁かれる僕の罵詈雑言のみ。それらを一瞬で忘れさせる様な衝撃を与えるその声を、僕は確かに知っていた。
「質問を変えよう。君達は、ボクの友に一体何をしているんだ?」
振り向いた先には、悪を射抜く緋色の炯眼を放つ、金髪の剣士がそこにいた。
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