第8話 初めての戦闘

 


【名前:鬼丸

  種族段階二:巨鬼人オーガ

  魔物段階一:魔物

  推定危険度:B

  魔術属性:炎属性のみ

  魔術系統:放射、付与、変幻

  特性:

【魔術耐性:あらゆる魔術の攻撃に耐性を持つ】

【武術強化:接近戦が得意になり、身体がしなやかになる】

【リーダーの威厳:自身より低い種族段階の魔物からの信頼が厚くなり、頼られやすくなる】

【武器使い:大抵の武器は持っただけで扱える】

 説明:醜小人ゴブリンの進化体であり、迫害の森の醜小人ゴブリン率いる長。その豪腕から放たれる一撃は、鉄をも貫通する程であり、魔術が加わるとさらなる高火力となる。今では森の長として、迫害の森の頂点に位置する存在。好きな物は意外にも“アイノミ”と呼ばれる甘い果実だ】


 と、これが目の前にいる巨鬼人オーガこと鬼丸の情報だ。

 目の前に現れた途端に呪文を唱え、敵の情報を認知。

 自分でも驚く程、流れる様に上手くいった手順ではあるのだが、敵よりも魔物段階が高い筈なのに、僕よりも推定危険度が高いのはなぜだろうか。

 しかも特性には“魔術耐性”なんてRPG序盤に出て来る中堅モンスターオーガさんには、相応しくない強スキルがついていらっしゃる。

 全ての魔術に耐性を持つってヤバくないですか?

 いや、勿論、耐性を持つというだけであって、効かないわけでは無いのだろうが、それを差し引いても強過ぎる特性を持っている。

 まぁ、かく言う僕も、鉄毛ボディ・アーマー・ヘアなる強スキルを持っているわけだが。

 強いのそうな名前なのに効果が微妙な女神の加護とか持っているわけだが。

 それにしたって、鬼丸の持つ魔術耐性はあまりに汎用性が高すぎて、驚愕するのみだ。

 と、勝手に調べて、勝手に驚いていれば、彼の口が再度開き始める。


「噂では……森に不法侵入した人間に殺されたと聞いたんだが。おまえに限らず豚男人オーク全員。何かの間違いだったのか、教えてくれ、キング」


 凶悪な顔付きで、背後を炎で真っ赤に染めながら鬼丸は少しずつこちらに近づいて来る。

 体格差は約三倍。

 魔術も使えぬ今の僕で、やり合い勝てる道理などあるわけもない。

 かと言って話し合いが出来る相手にも思えない。

 ならば選択肢は。


 1.戦う

 2.助けを呼ぶ

 3.逃げる←


「逃げの一択!!」

「オ?」


 脚を大きく横に出し、真横に向けて全力疾走。

 朝も始まったばかりまだ薄暗く、炎による光源のみの乱列する木々を、前世では五十メートル走十秒台であったこの僕が走るにはあまりにも無謀なコースだ。

 そう、それが普通の人間ならばの話。


「凄い! 速く走れるし、全然けない!」


 軽やかに踏み出せる足付きの気分はまさにウサイン○ルト。

 体感速度は何キロかも分からないが、相当速い速度で走っていることは確かだ。

 横を通り過ぎる木々のビュンビュン唸る音が少し心地よく耳を刺激する。

 唯一安らげない事と言えば、周りの炎の熱による空間の気が遠くなる様な熱さと、


「逃がすと、思ったカァ!!」


 後ろから追いかけて来る鬼か。

 車よろしく、かなりの速度で走る僕に、そうそうついて来れるものはいない。

 走ってる車を走って追っかける様な物だ。

 今の僕は猛猪王キング・オーク猪突猛進ボア・フリーダムの力で足が速くなっているのだから。


 悠々と燃える木々の間を泳ぐ魚の様に走り抜け、暗い森の中へと場所は変わる。

 未だに追いかけて来る鬼丸の鈍重な足音は止まず、叫び声も一定の距離から聞こえて来るままである。

 彼が何故キングを狙い、何をしに暴れ、追いかけるのか。

 さっぱり皆目検討も付かないが、少なくとも今の僕に計り知れぬところである事は間違いない。

 そして、鬼丸の追跡の足音が遂にーー止んだ。


「や、やっと撒いたーーか?」


 走りながらも、嬉々として後ろを振り返り、その様子を確かめれば、確かに鬼丸はいない。


「ーーえ?」


 その脚は地上から離れ、空を、いたのだから。

 驚くべき跳躍によりかなり距離を詰められたものの、元々離していた距離が距離だったので.一回の跳躍ではさすがに追い付かれる事は無かった。

 だが、あろうことか鬼丸は、猿の如く身のこなしで木に飛び移り、まさしく猿の如く木と木の間を跳び回り始めたではないか。


「ーーうそ、だろーーッッ!!」


 一瞬の気の緩みで減速した足の運びを、元に戻しーーいや、より一層加速して、鬼丸からの追走から逃げる。

 だが、鬼丸の跳躍は走る速度よりも少しばかり速く、その距離を徐々に詰めていた。

 そして、一声、後ろから声が呟かれた。


鬼闘魂オーガ・ソウル……!」


 何を思ったのか、それは動物的危険察知能力からか、思わず眼を巨鬼人オーガへと向けた。

 ーー赤く光る拳。炎揺らめき、共に赤い電光迸るそれは明らかな攻撃の意思の塊。魔術による意思の具現化。

 拳から放たれる光に映る鬼丸の口の端は上がり、笑みを浮かべる。

 あれは確実にーーヤバイ!!


鬼闘爆炎破オーガ・インパクトォォ!!!」


 跳び回る最中、身体を捻り空中にて一回転。

 その遠心力を利用して、拳に付いた炎のエネルギー体は銃弾の如く飛来して、足下に直撃。

 地面を焼き尽くす程の爆煙が、岩盤を砕き、その余波が身体を襲った。

 爆破を直撃はしなかったものの、後からやってきた爆炎と余波が体表を熱く焦がす。


「ぐぅぅっ!!」


 長く、身体を守る剛毛が炎から身体を護るが、熱まではその限りではなく。

 熱による痛みに似た熱さが、痛みに慣れ親しんだ脳裏を刺激し、垂れ流す恐怖。

 走る為の脚は恐怖で震え、手にも力が入りにくい。

 ゴツゴツとした木の根が逃げるのを阻害し、張り付いた苔が更にそれを助長する。

 足止めに成功した鬼丸は獲物たるキングの前に立ち、その下卑た顔を手からの光源で主張しながら言った。


「なんで生きている。おれな、結構邪魔に思ってたんだ。この森にいる知識持つ種族はもう、おれとお前ら醜小人ゴブリン豚男人オークくらいだ。死んだという話聞いて晩餐まで開いたというのに、死んでないんじゃあ笑い話にもならない。鬼の目にも涙。おれ号泣、止まらず滝流れ、だ」


 少しカタコトながらも、流暢に話すその姿はやはり巨鬼人オーガらしからない姿だと思うのは、僕だけなのだろうか。

 兎も角、最後あたりは何を言っているかよく分からないが、つまりは僕が邪魔らしい。


 そんな事態を聴いても尚、目の前にいる鬼の気迫に手も足も動かない。

 手に宿る炎が、恐ろしい容姿が、重い足音が、暗い森が、吐く息が、突き刺すような視線が、身体を焦がす熱が、逃げを邪魔する森が、何もかもが怯えを呼んで恐怖に至らしめる。

 もう、逃げの一手は通用しない。

 ならばどうする、どうしたらいい?

 この窮地を乗り越えるには、何をすれば良いのだろうか。


「とりあえず何にせよ、生きているのなら、殺すだけだ。ーー鬼闘魂オーガ・ソウル


 手に宿る炎に赤い電光が加えられ、その拳が高々と上に振り上げられる。

 このまま殴られれば痛いどころの話では済まない。

 済むはずがない。

 ならば、ならばーー選択肢は、


 1.戦う←

 2.助けを呼ぶ

 3.逃げる


「やるしかないーーのか!!」

「ウォォォォオオオ!!!」


 振り下ろされる赤き拳、脚力を利用した跳躍により鬼丸の脇をすり抜け、攻撃を回避。

 対象を失った拳はそのまま僕の横にあった木に直撃、爆炎を撒き散らしながら直径一メートル程の、他の木と比べても大きめの大木を、いとも容易く爆散した。


「嘘だろーー、クソォォ!!」


 驚いている暇などない。

 すぐさま身体を捻り渾身の力を込めたボディブロー。

 魔物となった僕の腕は筋肉に膨れ上がり、ただの肉の塊ではない。跳躍した際の慣性もプラスされ、それなりな威力を持つーーそれこそボクサー並みの拳が巨鬼人オーガの横っ腹へとめり込んだ。

 自分でも驚く程綺麗に決まったボディブロー。少なくとも路地裏で溜まるチンピラが今の自分にかかってきたところで、返り討ちにするのは容易い事であろう。

 ーーだが。


「何かーーしたか?」

「ーーーーッぅっ、そ!?」


 動物的危機感により無理な体勢ではあったが、身体を思い切り仰け反らせ、イナバウワーの如き体勢へと移行する。

 そして目の前をーー炎を宿した裏拳が轟ッと音を立てて通り過ぎる。

 驚いている暇も、安堵している暇もない。

 裏拳から流れる様に空いた手に繋げ、放たれる炎を纏った拳の一撃。

 またも身体を捻り回避を試みるが、完全に避けきる事叶わず、背中を物凄い熱が通り過ぎ一部を焦がす。

 鬼丸の連撃は嵐の如く降り注ぎ、その度身体を守る剛毛を根こそぎ焦がし、へし折り、死滅させていく。

 自分でも驚く程攻撃を避ける事は出来ているが、それも時間の問題だ。魔物の身体となり筋力面だけでなく、体力面にしてもかなりの向上が見られるが、立て続けに無理な体勢を取りながら避け続ければ、限界などすぐに来る。

 安全に避けたくとも鬼丸の攻撃は予断を許さず、体勢を立て直す隙すら与えてはくれない。


 そして、いつの間にかあたりはまた火の海に変わり、息は荒く、肺は悲鳴をあげていた。


「ハァ……ハァ……」

「昔は子分が盾になってたもんな。良く逃げられたものだが、やはり盾が無くなれば豚男人オークなどこの程度。鬼に金棒曰く、豚に肉盾。肉盾無いなら、ただの豚。おれは金棒無くてもーー強き鬼だ!!」


 右から捻りを加えられた拳が肉ついた巨躯を襲う。

 運悪く見通し甘く、避けた先が左だった故、捻った際の拳のナックルパートが鋭利な刃物の様に肩皮膚を切り裂いた。


「ーーーーッッグァッ!!」


 確かに、鉄毛ボディ・アーマー・ヘアの効果で斬撃への耐性はついている。

 ーーだがこれは斬撃ではなく、熱による言わば熱カッター。

 火属性耐性などついていないこの身には、熱による細胞を溶かす事によっての擬似的切断であれば、障害なく切り裂く事が可能なのだ。

 鬼丸も意識して行ったわけでは無い。彼は僕の土手っ腹に風穴をあけるつもりで撃ち込んだ拳が、偶々その効果を及ぼしたのだ。


「本当に、避けるのが上手い」

「ハァ……ハァ……。逃げ、避け、土下座に関しちゃ、僕に匹敵する人はいないと自負してるけどね……。もし、土下座一つでよかったら見逃してくれるなら僕も嬉しいんだけど」

「いつから一人称が僕になったのかは知らないが。どちらにしても、“無理”な話だ」

「……ですよねぇ」


 嘆息混じりに、ちょっとした希望が無様に打ち破られた事に、遠い眼である。

 軽口を叩いてはいるが、恐怖をとっくに通り越しやってきた恐ろしい程の冷静な頭の回転。

 周りは火の壁に囲まれ、走ろうにも体力は限界、走り続けれて最高三分が限界か。

 戦おうにも持ち前のパンチ力などたかが知れており、蚊ほども効かない物理攻撃。

 魔術は使えず、八方塞がり、絶体絶命。


「これ以上時間をかけるのは大口叩いた手前、苦しい話。だからもう、終わりにする。

 元々鬼は強い。なら、強い➕強いは何か、分かるか? 豚とは違って、正にーー鬼に金棒だ。」

「……? 何の話をーー」


 まるで剣を引き抜く時の様に、握り拳の人差し指と親指の穴を下に向け、片手を突き出す鬼丸。

 そして、辺り一帯の炎が彼の身体に纏わり付き、這い上がり構える腕へと集結していく。

 それが一つの形を成して行く時、鬼丸は言った。


「ーーーー鬼闘根きとうこん


 四方向に大きな棘が一つずつ生え、それが四ヶ所計一六の棘が付いた鉄の棍棒。

 その形態は童話・伝記の現界であり、どこまでいっても鬼を貫き通す巨鬼人オーガ

 大きさは鬼丸の肩ほどまであり、余裕で僕の身長を遥かに通り越す巨大な棍棒。

 潤黒の質感が、視認しただけでもずっしりとした重量感を感じさせ、元から最強の破壊力を誇るその武器に鬼丸の身体から炎が流れ込み、轟々と唸る炎を纏う最強の武器が完成した。

 重量も生半可では無いのは見た目通り、持ち上げる際にも大きく音を立てながら、しかし軽々と持ち上げる鬼丸。


 そしてそのまま、薙いだ。


「ーーーーは?」


 愕然と眺める風景は、一振りで五本の大木をへし折った。

 この森の木はある程度太いものばかりの、かなりの年月を食った直径四十以上あるものばかり。

 それだけ太い幹を一振りで、一撃で、さも鉛筆でもへし折る様に、五つの命を断った。


 一刀両断ーーいや、この場合一棍五断か。

 上手い事を言ったつもりはないが、目の前の光景はまさにそれだ。


「本気を出してーー丸焼きだ!!」


 棍棒の脅威はさらなる悪化の一途を辿った。

 “丸焼き”の言葉を合図にして、棍棒に炎熱が灯る。

 ゆらゆらと揺らめく炎は吸い込まれる様な何かを感じるが、その何かとはーー。


「もーーもう嫌だぁぁぁあ!!」


 きっと、“死”だろう。

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