第29話 螺旋対面

 

 その日の夕方ーー街中の路地裏にて。


 昏く人通りも少なくなり、賑わっていた大通りには、子供を連れ帰宅する親や熱愛振りまくカップルなどが出歩き、店を出していた商店などもテントを畳みそそくさと帰り始める時間帯。

 鴉に似た鳥が「カァー」と鳴きながら、日が暮れた事を教えてくれる。


 そんな路地裏でリミル・ヴァージョ・アナッキーは、その取り巻きたる小太り容姿の貴族、アマンとモモンを引き連れて不機嫌そうに歩いていた。


「くそ。くそッ! クソがッッ!! なんで次席たるこの僕が、あんなドラ息子に負けなきゃいけないんだ!! 」


 どこかの家の四角い形状をした排気口を、思い切り蹴り飛ばす。

 魔鉱石マギーライトが入っている魔術道具マジックアイテムはどれも頑丈に作られている。

 なぜなら、魔鉱石マギーライトとはつまり大量の魔素の塊であり、燃料。

 それが何かの拍子に暴発でもすれば小さな石ころであっても、家一軒吹き飛ばすことなど造作もない話。

 故に、魔鉱石マギーライトを使用した武器の中で一番強いと言われ、かつて戦争でも用いられた最多の武器が爆弾であったりするのだが。

 魔鉱石マギーライトを一々消費しなければ使えないものなのでコスパが悪い。


 そのような裏事情のため、例え家庭道具に至っても、強度はかなり頑丈。

 鉄槌で殴ってもビクともしないように、対物理に特化した鉱石、“メタキライト”を鉄に混ぜて作り上げられた外殻を持っている。


 詰まる所、リミルが蹴った衝撃は箱に傷一つ付けることなく、彼に全て返り、痛そうに蹴った片脚を上げながら、叫ぶ。


「い、いでぇぇ!!」


 因果応報、頑固一徹とはよく言ったもので、彼にはその言葉がよく似合う。

 完全に自分の所為であるにも関わらず、後ろでその様を見て笑う二人を見たリミルは、顔を真っ赤にして、


「元はと……。元はと言えば、お前らが逃げた所為だぞッッ!! 決闘の時だけのこのこ帰って来やがって! この無能ガァッッ!!」


「「ひ、ひぃぃ!!」」


 どこから取り出したのか、手に持つ短鞭で大きい的となったアマンとモモンを執拗に叩く。

 彼らもその暴力に怯え、身体を丸めて耐えるしかない。

 逆らおうものなら、彼の固有魔術でのされてしまうからだ。


 貴族的位も下な二人には只々、この無意味な暴力を黙って受け続けるしかない。

 最近まではその対象が全てキングに向いていた為、一緒になって暴力を振るっていたがそれもたった数日の幸せ。

 彼らも彼らで因果応報なのだ。


「くそッ! くそッ! クソクソクソクソクソのクソガァッッ!! 僕は天才なんだぞ!! 誰よりも天才で最強で、神になる筈ダァ! なのに……だというのにあの男は……!」


 奥歯を噛み締め受けた屈辱は、まるで映写機に再生されるようにカタカタと音を鳴らしながら、脳内に投影される。


『覚えておけ。ボクはーー神を“百体”殺す男だ』


 悠々と言い放ったモードレッドの言葉。

 彼が言っていることは一見、無知蒙昧な馬鹿の妄言と取れる。

 だが彼には力があった。

 神を倒せるとまでは行かずとも、そこに至ろうとする為の努力が結んだ力があった。

 対するリミルは努力もせず、ただある強大な才能を振りまくのみだ。

 それで周りが動いてしまうのだから、しょうがないと言えばそれまでだが。


 それでもリミルは直感で悟ってしまったのだ。

 あの男ーーモードレッドには勝てないと。


「くそッ……くそォォォォッッッ!!」


「や、やめてくれよリミル。痛い!」

「頼むリミル。もう、これ以上……」


「煩い……煩い。うるさいんだよッッ!

 一体いつから僕に逆らうようになったんだお前ら! 僕の子分なら子分らしく、しっかりと働きやがれェッ!」


 吐き散らす自身の無能さに対する不満。

 それを受ける二人も、彼についていくしか生きかたを知らない。

 以前のキングと同じように、彼らは我慢する事しか出来ないのだ。

 これが、なのだから。


 リミルの聴き難い叫声と、アマンとモモンの痛みに耐える呻き声が支配する路地裏で、一つの足音が、甲高く響く。


「あん?」


 それを聴き逃す事なく、夕焼けに照らされ、なんとか足元が見える路地裏入り口に立つリミルは、更に奥。闇が支配する人の姿すら見えない路地裏奥を見た。

 カッ、カッ、と音を立てて迫る一つの靴音。

 共に、奇妙な笑い声まで聞こえて来るのだから、口に出来ない恐ろしさがリミルを襲い、思わず生唾を飲む。


「随分と楽しそうッなことァ、してるじゃねェか……」


「けひひ」と下卑た笑い声を添えて聞こえて来る男の声。

 リミルは必死に脳内を駆け巡り、該当する人物を捜すが、心当たりある声では無い。

 つまり初対面の人間。


「ここら一帯は俺らの縄張りでよォ。あんま、はしャがれるのは困んだよ、色々と。問題が起きたら今はまずい時期なんでなァ。他ん場所でやってくれや」


「……!!」


 オレンジに焼ける光域に、姿を見せた痩せた男。

 緑のモヒカンを主張させた頭に、身体を装飾する銀の鎖や黒のズボン。半裸に羽織る黒の半袖はボロボロで何日も洗っていないように見えた。


 それよりも気になるのは、服の下の身体だ。

 痩せた身体でありながら、しっかりとついた筋肉。上を被る皮膚はいくつもの傷がついた歴戦の戦士の証。

 特に左頬に付いた四本の抉られたような傷は、一体どこの戦闘で付いた傷なのか分からないほどに悲惨。

 生々しく残る傷跡達は、リミルのような貴族階級の者からすれば、付くことがない汚らわしい痕跡であり、醜くも見え、悪寒さえ呼んだ。

 ーー汚い。

 それがリミルが最初に彼を見て思った感想だった。


「ああん? どうした。まさか……俺のこの傷見てびびッてんのかぁ? これだから貴族は綺麗好きで嫌だぜ、全く。少しは汚れる事も覚えた方が良いッてんだ」


「お前……ここらのチンピラか? だったら金をくれてやる。さっさと失せろ。僕は今、非常に気分が悪いんだ」


 そう言って、制服の胸ポケットから取り出した袋をモヒカンに投げつける。

 胸に当たった袋はそのまま地面に落ちて、金音を立て、その中身を晒す。


「金貨十枚だ。チンピラなら破格の値段だろう? ほら、だからさっさと消えろ」

「おッ。金くれんのか。なら有り難く貰ッてやるぜ。ケヘヘヘ」


 そう嬉しそうに、モヒカンが袋に手を伸ばしたーーその時だった。


「ーー下衆な平民が、僕の金に触れるんじゃないよォォッッ!!」


 完全な不意打ち。

 しゃがみこみ視線が袋に集中した瞬間を狙っての、壁の強襲。

 透明な壁は、無防備なモヒカンの元へと滑り込み、思い切り吹き飛ばす。

 そう誰もが思えたその瞬間。


 バチィン!!


 と、音を立てて壁は消滅。

 まるで、モヒカンに当たる前に何かに掻き消されるように、壁は消えた。

 その突然の事態にリミルは唖然とし、声も出ない状況だ。

 確かに無防備な状況を狙った完璧な不意打ち。

 卑怯と呼ばれても勝てばいいと腐った精神を持つリミル的には、絶好のタイミングであり、避けるにも防ぐにも時間は足りない。

 判断は追いつかない。

 距離にしてもたかだか数メートルだ。

 もっと離れていれば、視認してからの行動も取りようがあるかもしれないが、今の壁での突撃は撃たれた銃弾を見ないで避けるようなもの。

 普通の人間ではまず不可能。

 そこから導き出される答えは一つ。


「お前ーーーー魔術をッッ!!」


 しかもただの魔術ではない。

 B級魔術さえ止める事が可能なリミルの壁を、真っ正面から打ち砕く何かを持つ男。

 それが固有魔術なのか、単なる属性魔術なのかは定かではないが、破られたのは確か。

 一気にリミルの警戒度は跳ね上がる。

 その雰囲気を察したのか、下でうずくまる二人の注意もモヒカンへと向かう。

 未だ、しゃがみこみ袋を取ろうとしているモヒカンに。


「おいおい。今何したのか、分かッてやッたんだよな? 貴族様ァ」


「「「!!?」」」


 顔は下を向いたまま発せられた声の調子は、先程までの軽快な雰囲気とは違い、怒りーーいや、愉悦を孕んだ物言いだった。

 心底嬉しそうに顔を上げ、笑うモヒカン。

 その迫力に気圧され、声が出なくなった三人。

「ケヒヒ」と笑いながら、モヒカンは続ける。


「売られちまッたもんは仕方ねェ。買うぜ?

 折角貰ッた金だ。金貨十枚で買ッてやる」

「ーーひ」


 リミルの胸元に、先程自身でプレゼントした金貨十枚入った袋がなげつけられる。

 ぽとっと袋が落ちたと、認識したその時ーーモヒカンは眼前にまで迫っていた。


「ヒィィィィッッ!!」


 底知れぬ恐怖がリミルを襲い、脚先から氷でも詰められたように、頭のてっぺんまで凍るような寒気が襲う。

 リミルは自身でも驚くほど速いスピードで壁を張る。

 反射による認識より速い能力の行使は、リミルを覆い彼を守った。

 モヒカンの腕に張り付いた強烈な風の螺旋から。


 ガギギギギと、音を立てて壁の前で止まる拳。

 モヒカンはその透明な壁に、気づき感嘆とした吐息を漏らす。

 だが、当たったところから彼の手を覆う正体不明の竜巻に、壁はどんどん削られていく。

 それに気づかないリミルでは、無かった。


 ーー故に。


「ぐ、クソがッッ!!」


「ーーえ?」


 怒鳴り声を聴いたと思った直後、モモンの身体は浮き上がり、その目の前には竜巻を纏った拳がーー、


「ぶぁ」


 そう認識した時には、旋回する拳がモモンの贅肉を巻き込んで、巨体を大通り先まで吹き飛ばし、一軒家へと叩き込む。

 その拳の威力はただ殴るだけより、恐ろしく強化されており、現にモモンが飛び込んだ一軒家は半壊し、住人もろともモモンは伸されていた。

 直接当たった腹部の制服は、まるで大砲でも受けたかのようにぽっかり穴が空き、モモンは白眼をむいている。


「仲間盾にするたァ、お前も悪い奴だな」

「し、仕方ないだろう!? あんなの食らったし、死んじゃうじゃないか!!」


 モードレッドにより受けた死の恐怖。

 生が脅かされる破壊の一撃。

 今度はメメントモリの外だ。あの時は術式による加護があったが、メメントモリの外である今、その加護を得る事は出来ない。

 つまり、死ぬような怪我をしたら、本当に死んでしまうのだ。


 鼻水を垂らしながら涙目でリミルは訴える。


 だが、それを気にせずモヒカンはその歩を進める。


「喧嘩を売ったのはお前だ。金も払ッてやッた。しッかりと買えよ。貴族の坊ちゃん?」


「い、いやだ……いやだァッ! アマン! 身代わりになれ! 金ならいくらでもやるぞ!!」

「だ、誰があんたのために身代わりになるもんか!」

「な、なにぃ!?」


 人間の醜い部分が如実に見え始める時、それは死が近づいた時だと、モヒカンは思った。

 目の前にいるのは自分の事しか考えていない貴族たち。


「ケヘヘヘ……」


「「え?」」


  面白いほど、彼らが自分の思っていた種族に酷似していた為、思わず漏れ出す笑い。

 そんな醜い、“貴族”という人種を、根絶やしにする為、彼の拳はーー嵐を纏う。


「ただいまァッ!! 晴れの天気が続いていますがァあッ? これから嵐が来ると思われますがァッ!! 荒れた天気になりますのでェッ! ご注意くださいィィッッ!!」


 心のカケラも篭っていない敬語で、大仰に振る舞うモヒカン。

 舌で唇を濡らし、状況を理解していない貴族二人を一瞥し、笑みを浮かべた後、


「大時化ダァァァッッッ!!!」


 実際にゼオムの町で“台風”が観測されたーー。


 --


「いやぁ! 素晴らしいものが多過ぎて、沢山買ってしまった! ボクは満足だ!」

「いや……買いすぎでしょ」


 陽は暮れ、商店は次々と閉店し、息苦しく感じられた人々も今では少ししかいない。

 こう見ると哀愁漂う何かを感じる。

 どこか、未だ残っている昭和の匂い漂う商店街の夕焼けのような……。

 まぁ、西洋風景なんだけれど。


 そんな道の真ん中でジャラジャラとした金属類を沢山身につけるモードレッド。

 ネックレスに腕輪に王冠に指輪にetc……。

 王族だから金使いも荒いのだろう。一応止めてみたが、効果は無し。

 本人が気に入っているなら、まぁ、それでいいだろう。


「さて、アリオスを捜す手筈だな。まず先にボクは荷物を置いて来ることにする」

「うん、分かった」


 気を取り直して、陽が暮れて来たので捜索を始める。

 了承はしたけれどモードレッドは一体どこに荷物を置いて来るんだろうか。

 まさかメメントモリまで車を走らせるのだろうか。


「とりあえず。僕は僕で捜し始めるとするかーー」


 そう気を取り直した時だった。

 周囲の空気がどこか一点に集まる感覚。

 そんな感覚に違和感を感じ、先を見れば、突然、強烈な竜巻が町から噴き出した。


「な、なんだ!?」


 目の前に、突如として現れた竜巻。

 その竜巻はどうにも自然発生したものには見えず、特に地面から噴き出したのを考えれば、異常である事は疑いようがない。


「行って見るか……!」


 走り出し、向かう。

 竜巻の元へと。



 そして竜巻が起きた町の中ほどまで走り込み、その惨状を、見た。


「なんだ……これ」


 家々は根こそぎ倒され局地的な地震でも起きたかのように、家が崩れている。

 鎧を着た人達が、負傷者を救い出し、魔導車に乗せていっている。

 傷だらけで気を失っている人や身体から血を流す人と様々だ。


 その中で、怪しい動きをする黒ローブの二人組み。

 瓦礫を退かしては負傷者を見つけても救い出そうとせずに、瓦礫を退かし続けている。


「おい! 何やってるんだ!」


「「ーー!」」


 思わず肩を掴んで、糾弾でもしようと思えば、すぐさま逃げていく。

 何を探していたのかは知らないが、あの怪しい行動。

 もしかしたらこの竜巻関連かもしれない。


「待て!!」


 そう思い追いかけていけば、町の路地裏に入ったところで二人は止まる。

 辺りはすっかり暗くなり、夜になった。

 路地裏には光は届かず、月の光がほのかに射して、黒ローブ二人を映し出す。


「貴様……メメントモリの生徒のようだが何の用だ」

「何の用も何も。君達が怪しい行動をしてたから、追っかけたまでだよ。あそこで何をしていた」

「別に、ただの探し物だが」

「探し物にしても、倒れている人ほっといて物探しなんて大分大事なものなんだね。なんだ、エンゲージリングでも失くしたのかな」

「チッ、面倒だな」


 徐に胸元から取り出すのは黒色の刀身で、ぐにゃりと捻じ曲がった形態をしている不気味な短剣。

 仲良くペアで持っているのか、二人共全く同じものを出して来る。


「ちょ、ちょっと待ってよ。穏便にすませようよ」

「残念だが、我々とて暇ではない。障害になりそうなものは、消すのが得策」

「消すって……」


 少しずつ近寄る黒ローブ達。


 戦うべきだろうか……。


 いやダメだ。まだ僕の身体での戦闘に慣れたわけじゃない。

 斬撃が効きにくいキングであれば話は別だが、今ではふにゃふにゃの脂肪しか付いていない僕の体つきははっきり言って邪魔だ。

 逃げるのが一番だが、逃げようにも足が遅い。


 そう、僕が判断を決めあぐねているその時、


「お前らーー何やってんだ?」


 凛とした声が路地裏に響いたのは。

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豚だ豚だと罵られた僕は、転載しても豚だった件について 武藤 笹尾 @mutosasao

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