第9話 闘気滾る燃えし猪

 

「だ、誰か助けてよォォ!!」

「ハハハッ! 無様だ! キング!」


 棍棒振り回し追いかける鬼に対し、完全に逃げ腰となってしまった僕。

 素手の状態でもまともに相手にならないというのに、更に武器まで持たれてしまったのでは勝ち目など一部たりともない。

 先程までの気迫はどこへ行ってしまったのか、四つん這いで、震える腕と脚を生きる為に動かし地面を無様に這いずり回っている。

 後ろから迫る熱気が鬼気が、全身から汗が噴き出し、鼓動を不必要なまでに刺激する。

 彼から出る足音が、視界に映る棍棒が、加速度的に恐怖を増大させて行く。

 戦わなければならないーー逃げなければならない。

 だが、どちらも封じられ、残された道は。


 1.戦う

 2.助けを呼ぶ←

 3.逃げる


「誰でもいいから助けてくれよォォォォ!!」

「ああ……なんだ。見ててだんだんイライラしてきた。そろそろ、決めるか」


 首を鳴らしながら、ゴミを見る様な目を向ける鬼丸。

 もう、思考なんて仕事を放棄した。

 残されたのは、ただ目の前の鬼から逃げ延びる為に、力の限り叫ぶことだけ。

 戦う意思も、逃げる脚も、言う事を聴かない。

 ただ感じた痛みから、逃げる為に生贄を探す。

 代わりに受けてくれる身代わりを、鬼に捧げる生贄を。

 必死に叫んで、熱気に肺を燃やし焦がされても、声が出なくなるまで叫び続けた。

 切られた肩を抑えて、震える脚は使い物にならず身体を拗らせ、芋虫のように前に進む。

 だが、その抵抗は虚しく、鬼はその棍棒を振り上げて、言った。


「ーーさて、鬼ごっこも終わりだ。いや、おれは鬼だな? ごっこじゃ、ない。鬼の追いかけっこ。鬼かけっこは、終わりだ。

キングーー、お前の負けでな」


 その言葉と共に、身体を蛇の様に炎が這い回り、遂には手に持つ棍棒へと収縮を始める。

 そして、更にそれを助長する様に鬼丸は呪文……というよりも、棍棒の真の機能を、ここで初めて見せた。


「ーー《旋回》」


 言葉と共に棍棒が音を立て変形する。

 変形すると言っても、棘ある四断層がはっきりと目に見える様に分かれた物だ。

 そして一番上の棘四つは右に、その下は左に、その下は右、その下は左と、順々に反対へと回転を始め炎を巻き込み爆炎を放つ。

 そして生まれた爆炎に赤い閃光が迸り、そのままその棍棒は全力の力で、振り降ろされた。


「《鬼闘爆炎噴撃オーガ・エラプション》!!!」


 地面に触れ、ひび割れた地面が何と無くいつもと少し違うのは、感覚で理解した。

 それが人の感なのか、生き物の感なのか、はたまたキングの感なのかは定かではないが、危険な事だけは理解した。

 ヒビは物凄いスピードでその範囲を広げていき、極小の隙間から光を放ち唸らせながら動けぬ豚へと迫る。

 足腰立たない僕に逃げる術などなく、寧ろ避け方もわからず、僕はその攻撃をーーまともに受けた。


 形容するなら火山。

 噴き上げられた爆炎によって岩盤は爆散、大地に根強く生きていた大木など、紙のように吹き飛ばした。

 迫り来る爆炎を直撃したこの身は理解が一瞬遅れ、光景を目で見て実感した時、全身が焼き尽くされる痛みを超えた、細胞が焼失していく果てしない喪失感に絶叫。

 叫ぼうにも既に辺りの酸素は燃料として消費され、僅か。それでなくとも何千度と熱された空気をまともに吸う事など出来ず、肺すらも自身の仕事を放棄する。

 うつ伏せに地面に放り投げ出され、意識はもう殆どない。

 霞む視界に映るのは赤き鬼。

 大きなツノに笑う顔。

 狂気的に見えるそれを、怖がることすら出来ず、意識は闇へと落ちていく。


 ーー誰か、助けてくれよ。




 1.戦う

 2.助けを呼ぶ

 3.逃げる

 4.✝︎



 黒い空間に、ただ何の理由もなく漂う一人の男。

 彼はつい先程まで、脚で歩き、会話をして、生きていた少年だ。

 二人の子分に支えられ、共に働き喜びと苦しみを分かち合う、しっかりと生きていた人間だった。

 だが、その命はもう潰えかけている。

 ここはーーーーーーーーーーーーーー。


 黒い空間と言われた時、人は何を想像するのだろうか、とただ訊かれれば、大抵の人は電気を消した部屋と答えるだろう。

 それは本質を知りえていないからである。

 もし、それが、どす黒い感情を渦巻いているのなら?

 恐怖、嫉妬、怒り、悲しみ、痛み、劣情、傲慢、etc……。

 そうなればまた選択肢は増えるだろう。

 地獄の一部や、監獄の牢屋や、死ぬ瞬間の心の奥、なんて人もいるかもしれない。

 だがそれを差し引いても、僕の答えは変わらずに、きっとこう答えるのだろう。


 ーー自室と。


 あれ程にジメジメとして、暗くて、怠惰な空間はない。

 文句は言われず、生活に必要な物は勝手に運ばれ栄養も運ばれ、コミュニケーションを取るのは顔を知らない相手ばかり。

 そんな日常を送っていれば、人間はどうなるのか。

 勿論、腐敗の一途である。

 腐りきった卵よりきっと酷い臭いがする筈だ。

 なに? 人を救ったじゃないか? だって?

 それはおかしい話だ。

 確かに、異世界に行く前に僕は“彼”、剛田筍を救った。

 それははたから見れば救出の一環に見えたかもしれないし、僕としても、心の内では救っていたつもりでいたかもしれないが、その実、人間には心の裏と表があるもので、表では先生の言葉だなんだと詭弁を垂れて救ったのだろうが、その奥深くドロドロに煮詰まった焼太郎の根本は、この世界で生きるのが辛かったから、一人で勝手に死にたかったのではないか。

 なんて、事を発案したりして。

 でも強ち間違ってもいなくて。

 結局は自己満足の自己欺瞞。

 僕は永久にーーーー腐ったまま死ぬのだ。



 ホントウニ__

 ホントウニソウナノデスカ?



 声ではなく、白い文字だけが目の前に映し出される。

 キーボードで打った文字の様に一文字ずつ丁寧に現れ、目の前に文を作る。


 そう、僕は永久に変わらない。

 変えられない。

 暴力に泣き、親に甘えて、一生変わらず泥沼に埋もれて溺死する。

 怠惰に甘えに逃げに後悔に。

 凡ゆる負の感情を織り交ぜた泥濘に、身を包み温み、穏やかに、安らかに、一人で死を死を迎える。



 アナタハ__

 アナタハ、カワリタクナイノデスカ?


 面白い事を訊く。

 変わりたくないか、と訊かれるなら勿論変わろうとしたと答えるのが僕の定石だ。

 何せ三年剛田達の虐めに耐え、高校に上がっても一年虐めを受けてもめげなかった。

 友達も作ろうとしたし、事態の悪化を防ぐためなんでもやった。

 でも、変わらなかった。

 どんなに願っても、考えても、行動してもそれが実らず。

 実るのは皆才能ある者や顔が良いイケメン達だ。

 そんな人達と真正面からぶつかっても、勝てるわけなんてなかった。

 だから、僕は逃げたんだ。


 __

 アキラメナイデクダサイ。

 キボウヲ__

 キボウヲ、ステナイデクダサイ。



 なんだよ……。

 なんなんだよ、お前は。

 お前は一体誰なんだよ!!

 僕だって諦めたくなんてなかったよ!

 でも……でも無理だったんだ!!

 この体型が……この顔が、この性格が世界には合わなかったんだ!

 直接的な暴力、浴びせ続けられる罵詈雑言の数々、影から来る助け舟など来ない嘲笑の囁き。

 それを笑って堪える辛さがお前に分かるのか!!

 笑って、媚び諂って、怒られないよう、機嫌を損ねないように自分を下に下に見積もって、そうして得た地位が舎弟さ!

 笑えるもんだ、最近のピエロだってまだマシな事をする。

 だというのに、それでも、僕は耐えきれなかった。

 そんな事態を起こした次は異世界だって?

 顔がイケメンになって、最強の勇者にでもなれると思えばクソみたいなオークに転生とか、目も当てられない。

 もっと!

 俺は無双して! 世界中の女の子にちやほやされて! 影の結社とかライバルとか魔王とかぶっ倒して有名になって奥さんを持ってッ!!


 そして……幸せに、なりたかった……。

 なんでも良いから、小さな幸せを……僕は。


 __アナタニ、シアワセハ、ナカッタデスカ?

 コブンフタリトノ、セイカツハ、タノシクナカッタデスカ?


 ……。

 そ、それは。


 __アナタニ

 アナタ二、トッテ、“勇者”トハナンデスカ?


 強くて、かっこよくて、万能の天才……。


 ソレ、ハ、強者デアッテ、勇者デハナイ。

 勇者トハ、“勇マシイ者”。

 困難二立チ向カウ勇気ヲ持ツ者ノ事ヲ、勇者ト呼ブノデス。


 ……。


 前世デハ辛イ思イヲシタ貴方モ、コノ世界デハ違イマス

 コノ世界ハ願望ガ具現化スル世界。

 貴方ノ願イハ、貴方ノ希望ハ、一体ーーなんですか?


 最後の言葉だけ、声が聴こえた気がした。

 優しい、女の人の声。

 これはーーたしかーー。


『ーー魔術とは自分の起源を世界に知らしめること。自身の想像を具現化するのが魔術だ。自身の願いを形にするのが魔術だ』


 なぜだろうか。

 ふとワイズの言った事を思い出す。魔術とは、自身の起源を世界に知らしめる事。


 僕……僕は。

 弱い自分を克服したい。

 もう後悔したくないから。


 ナラバ、叫べ。

 世界ハ、必ズ貴方二応エテクレル筈ダカラーー。


 1.戦う

 2.助けを呼ぶ

 3.逃げる


 ーー1.戦うーーーー2.助けを呼ぶーーーーーー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.逃げるーー2.助けを呼ぶーーーーー1.戦うーー1.戦うーーーー2.助けを呼ぶーーーーーー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.逃げるーー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.逃げるーー2.助けを呼ぶーーーーー1.戦うーー1.戦うーーーー2.助けを呼ぶーーーーーー2.助けを呼ぶーーー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.戦うーー2.戦うーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.戦うーーー3.逃げるー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.逃げるーー2.戦うーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.戦うーーー3.逃げるーー2.戦うーーーーー1.戦うーー1.戦うーーーー2.助けを呼ぶーーーーーー2.戦うーーー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.戦うー2.戦うーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.戦うー2.助けを呼ぶーー3.逃げるー1.戦うーーーー3.逃げるーーー3.戦うーー2.戦うーーーーー1.戦うーー1.戦うーーーー2.助けを呼ぶーーーーーー2.戦うーーー2.戦うーー3.戦うーーーー2.戦うーー3.戦うー1.戦うーーーー3.戦うーーー3.戦うーー2.戦うーーーーー1.戦うーー1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う1.戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う。



 ーーーーボクは、戦う!!


 ---


 炎の柵が獲物を囲み、今ではその獲物はピクリとも動かない。

 だが、死んだわけでもない。

 その息は微かに残っている。

 その虫の羽音にも似た息を、狩り人たる赤い鬼は感じ取り、頬を掻いていた。


「完全にやったと思った。んだがな」


 《鬼闘爆炎噴撃オーガ・エラプション》は、鬼丸が持つ魔術の中でも奥義としているB級魔術。

 直撃を食らった生物は例外なく木っ端微塵になるか燃え尽きて死んでいたが、目の前にいるキングはなぜか原型を保っている。

 所々から血が滲み出ていれば、毛が燃えて一部分禿げていたりと満身創痍なのは明らかなのに、なぜか死にはしなかった。

 つまりはそれだけの力をキングも持っていた事であり、キングをどこかで侮っていたという慢心が生んだ結果かもしれない。

 ならば、今、動かない今。

 確実に仕留めるが、吉である。

 そう判断した鬼丸はズシンズシンと足音を立て近寄り、倒れるキングの元にまで来る。

 そして、叩き潰さんばかりに棍棒を振り上げて、その時を待つ。

 躊躇や同情などではない。

 ただ、鬼の持つ感が、攻撃させる事を一瞬止めたのだ。

 なぜかは分からない。

 だが、目の前にいるキングは虫の息。

 今更何ができようでもない。

 そう自分に言い聞かせ、鬼丸は振り上げた棍棒を、思い切り振り下ろした。


 地面に着弾と同時に爆発。

 それは火薬や魔術などの力でなく、純粋なパワーによる影響だ。大きく煙を撒き散らし、破壊の証を辺りに残す。

 破壊の矛先を当てられた者の形など、残るわけはない。

 叩き潰され、圧迫に皮の袋が耐え切れず、内蔵を撒き散らし木っ端微塵は必至。


 ーーのはずだった。


「ーーーーッンぁッ!?」


 大振りした鬼丸の脇を煙の中から何かがすり抜けていく。

 疾走ーー目で追う鬼の目には確かに映る丸い影。

 確かに叩き潰したその影は未だ残る木々に身を隠し、その姿を晦ます。

 火で光源が生まれているとはいえ、暗い森の中には変わりない。

 逆に火が放つ眩いまでの光が、飛び出した者の姿を隠していた。


(クソゥ、速すぎる……見えねぇ)


 更にその者の脚は尋常じゃなく速い。

 乱列する木々の間を風のように通り抜けるほどの、脚力と体幹を持っているのだ。

 今までもその脚の所為で何度も逃げられてきたのだから。

 と、陰を目で追えず、髪をくしゃくしゃにこねくり回していたーーその時。


「ウォォォォ!!」

「ーーなにぃッ!?」


 飛び出した影ーーキングは、眼前。

 鬼のすぐ目の前にまで跳躍、身を空中で捻りながら三回転の遠心力をかけた渾身の拳が、顔面に突き刺さる。

 腰に受けた拳は筋肉で跳ね返したが、ほぼ骨の顔を直で受けてしまっては流石の鬼丸も痛みを感じないわけにはいかない。

 豚頭人オークというその巨体を活かした、重さを乗せての重量パンチは、鬼の身体を仰け反らせ、遂には転倒という結果に持ち込む。


「ぐぉ、グォォ……顔が、痛え。鬼の目にも涙涙涙の滝流れ、だ……!」

「フゥ……」


 パンチは効いた。

 速さで翻弄できる。

 あと必要なのは決め手の“魔術”。


『自身の想像を具現化するのが魔術だ』


 想像する。

 鬼の手に持つ棍棒にだって負けない最強の武器を。


『自身の願いを形にするのが魔術だ』


 願う。

 今までの弱い自分を越えられるように。


『必要なのは己が実現する心の叫び。さぁ、考えるのだ』


 考えた。

 僕が、どうしてこの世界に来たのか。

 僕はあの自室くらいへやで、何になりたかったのか。

 何になりたいかなんて分からない。

 ーーでも、確かなことは一つある。


「僕は、弱い自分を断ち切るそんな強い剣が欲しいィッ!!」


 今までの自分を捨てるため。

 斬り捨てるために、自室くらいへやで惰眠を貪った醜い豚を調理出来る様な、強い剣が僕は欲しい!!


 手を構え、心からの叫びを上げた。

 空気は震え、大気が鼓動し、まるで世界が答えるかの様に周りに現象として現れ始める。

 鬼が放った炎が、掌に収縮し、その形を成していく。

 太い刃だが、その刀身は十五センチほどの短い短剣。

 刃の部分が持ち手まで伸びたその黒刀の名はーーーー。


『君の起源はーー、一体なんだ?』


 ーー僕の起源は、きっとーー


「闘剣ーー“焼肉狩包丁やけししかりぼうちょう”」


 魅入る程カーボンがかった漆黒の刃には、この世界の文字と思われる五つの文字が描かれている。

 炎より現れたその包丁こそ、自身という豚を料理ーー即ち断ち切るために用意された僕の為だけの“剣”。

 僕の願いの象徴。

 前世には無かった戦う手段。

 戦う為のーー力。


「ヌン! 言ったはずだ! 鬼に金棒、豚に包丁! 弱い者が弱い武器を持ったところで、答えはじゃく! 圧倒的じゃく! 強者たるこの巨鬼人オーガ鬼丸には勝てないのダァ!!」

「弱い+弱い=弱いなんてーー、一体誰が決めたんだぁぁぁあ!!!」

「ーーーーッぬ!?」


 ーー地面が砕け散る程の跳躍で、鬼丸に斬りかかる。

 真っ直ぐにおろされた刃の軌道上には太い棍棒が阻み、甲高い音を立てて両者拮抗状態に陥る。


「例えお前が百や、千や、万の力を持っていたとしても! 一を百回! 一を千回! 一を万回足せば、必ず追いつく! 僕はそれだけの後悔をーー前世でして来たんだ!!」

「な、何の話をーー」


 棍棒が前への支えを失い、鬼丸はバランスを崩す。

 それは焼太郎が刃を離した事による結果だ。

 刃を離し、近くの木を蹴り飛ばし、他の木へ跳躍、それを繰り返し、高速で鬼丸の背後へとさし迫り、思い切り斜めに斬りつける。


「なッーーぐ、ぐぉぉぉおお!!?」


 肉を斬った事による大量の鮮血が、顔に、胸に、腹に、手に脚に振りかかる。

 全身血塗れになる事など、前世で体験したことあるはずもなく、本来ならば卒倒者だが今の焼太郎にはそちらに気を回す余裕もない。

 その眼は闘志に滾り、考えているのは目の前の鬼を倒すこと、それのみ。

 背中に受けた強烈な痛みに、耐え兼ね思わず鬼丸は膝をつく。

 その隙を逃さずもう一度身体を翻し、斜めからの袈裟斬りを仕掛ける。


「ーーーーッ!」


 鬼はすぐさま振り返り、棍棒でまたも命を刈らんとする刃を、止める。

 ギリギリと音が鳴り、上から来る重量のかかった刃に鬼は思わず舌打ち。


「ぜっっっっっっ、たいにぃぃ!! 負けないぃぃぃぃっっっ!!」

「ぐ、ぐぉ!」


 どこからこれ程の力が来る。

 鬼は攻撃を阻止している間、そんな事を考えていた。

 先程まで泣き叫んで仲間を、無様に這い蹲りながら呼んでいた男の姿とは思えない、一端の一人の戦士が目の前にはいた。

 負けるわけには行かない。

 鬼丸にも、醜小人ゴブリンという仲間がいるのだ。

 ここで引き下がるわけにも行かない。

 だが、想いが勝ったのは、


「キィィィィレェェェェェロォォォォォオオオ!!!」


 ーーキングだった。


「ーーな」


 絶句した。

 先程まで拮抗しており、しっかりと敵の刃を捉えていた自身の棍棒が目の前で真っ二つに分かれているのだから。

 黒剣は赤く発光し、触れずともその熱が何千度と熱いのは分かった。

 そう、棍棒が斬れたのは単純に、キングの出した熱に棍棒が耐えきる事が出来なかったのだ。

 炎など一切出ない、剛熱だけを発する刃。

 それが、今、鬼丸の身体を斜めに、叩き斬る。


「闘技ーー“死死屍豚シシカバブ”!!」


 今、迫害の森に、再び赤き彩が訪れる。

 季節外れの、紅の血色にーー染まる。

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