第10話 お前、オニだな
思えば、いつも攻勢に出ていたのは鬼だった。
部下を置いて逃げる王。
何とも無様で、情けない。
見るだけでも吐き気がするそんな男。
鬼にある日吉報が届く。
海からやって来た人間に
思わず鬼丸も身構えたが、人間はそのまままた海へと帰ったのだ。
皆で、その夜お祭りをした。
天敵でもない、ただの部族的に目障りな一族
その夜から、鬼丸は海の警備をしていた。
湾岸線に沿って毎日夜中の警護。勿論、
また、人間がやって来たら次は自分が退治しなければ。
仲間を守らなければ。
その想いで。
だが、見つけたのは一匹の
そう、あの憎っくきキングが生きていたのだ。
殺そうと思い、すぐ様
一人で倒して来るからその姿を見ていろと、胸を張って出て来てみれば、一体、どうして、
ーーこうなった。
---
燃え盛る炎は全て僕によって吸収され、残ったのは灰と、瓦礫と、大量の血を吹き出した銀髪の
戦闘は辛くも僕が勝利を収めた様で、鬼丸は地に伏してピクリとも動かない。
正直、必死過ぎてどうしてあそこまで身体が動いたのかはよくわからない。
少なくとも、僕自身、空手の様な武術を習っていた事はないし、運動神経が特別良かったわけでもない。
キングにその才能があったとしても、まだこの世界に来て数週間だ。
慣れるのにも時間がいるし、動きを僕が知らなければ出来ないはずなのだが……。
もしかしてあれだろうか。
記憶はなくても身体は覚えている、的な、あれなんだろうか。
生前、そういう科学的に証明できない事は、あまり信じていなかったがーーとはいえ異世界とかはあってほしいと願っていたーー異世界に来た時点で、神に会ってしまった時点で、そのプライドは捨てざるを得なかったので、案外と幸運な事に身体が動いたのかもしれない。
まぁ、それにしたって動きすぎな気もするのだが。
にしても、本当に動かない。
二度の斬りつけは、刀さばきが慣れていないとはいえ、すっきりと勝手に斬れたから、素人でもかなりの傷の筈だ。
もしかしたら、死んでしまったかもしれない。
それに、森を赤に彩る鬼丸の血。
辺り一帯は彼の地の臭いで充満し、勿論、嗅覚が鋭い僕も如実にその影響を受けているわけで。
今更になって、吐き気が戻って来た。
……う。
「カシラ!」
「カシラ、マモレ!」
「な、なんだ?」
と、木の陰にこっそり吐こうとした時、もっと奥の木の陰からわさわさと、それはもう大所帯な具合で、緑の体表の小人達が鬼丸の周りに群れ始める。
皆駆け寄って、身体を触って身体の具合を確かめている。
……あれは、もしかして。
と、思わず図鑑を翳して《
【名前:無し
種族段階一:
魔物段階一:魔物
推定危険度:C-
魔術属性:様々
魔術系統:様々
特性:
【雑食:なんでも食べる。全てを吸収し、栄養にする事ができる】
【小道具作り:手先が器用であり、人間の真似をして色々な道具を作る】
説明:単一種であり、オスしか生まれず、多種族に種付けをする事でその種を繁栄させてきた。森、山、などの陸地に住み集団で生活する。大体の場合集落などを作りそこに篭り多種族の女をさらい孕み袋にするが、迫害の森に住む彼らは至って義理堅い。それはリーダーについているものの違いなのだろうか】
やはり
《
皆どれも似た様なものだから、だろうか?
「カシラ、オキロ! カシラ!」
「…………ーーーーお」
数十体の
どうやら、死んでいたわけでは無く、気絶していただけだったようだ。
「お前ら……。キング、こいつらには手を出すな」
「凄いな……まだ息があるんだ」
「おれは、魔術の影響を抑える皮膚を持っているから……魔術での攻撃は効果が薄い」
「ああ、魔術……耐性か」
やはりぶっ壊れ性能だった。
魔術で作り上げたとはいえ、刃物で二回も叩き斬られ、大量の血を流しているのに、気絶で済むのだから。
もしこのまま、鬼丸が強くなっていったらどうなってしまうのだろう。
まぁ、単純に、僕の魔術のレベルが低かったという可能性もあるが。
倒れた身体を無理やり起こして、大木に寄りかかる鬼丸。
さすがに辛いのか、息は切れ、顔は青ざめていた。
「頼む……こいつらには手を……出さないでくれ」
頼む、ともう一言加えて念を押す。
確かに、もう殺す必要は無いし、僕には生憎と殺人衝動なるものも無い。
だが、その様子をみる
「カタキ! カシラノ、カタキ!」
瞬く間に囲まれて、逃げ道は塞がれる。
敵の数は二十体はくだらない。
みただけならばそれ以上いるのだ。
鬼丸の事を散々言ってはいたが、残念ながら、僕も充分虫の息だ。
さっきはアドレナリンでも分泌されていたのか、疲れを感じなかったが、今では痛みから疲れから何から何まで、どっとのしかかってきている。
「ーーーーやめろォッ!!」
「「「!?」」」
朝焼けでやっと明るくなってきた森の中に、モーニングコールとしてはあまりに野蛮な怒号が鳴り響く。
それは
「おれは、負けた。子分のお前らは、勝者に付き従うのが……ルールだ。そいつが今からお前らの、カシラ、だ」
「カ……カシラ」
どれ程の葛藤が彼らにあったか分からない。
涙を目に溜める者もいれば、拳を強く握りすぎてプルプル震えている者もいる。
そんな葛藤も、数秒で済ませ、すぐに構えていた武器を下ろし、跪いた。
「新タナカシラ。コレカラ、ゴブリン、カシラノ、シタツク」
「ダカラ、ドウカ、元カシラ、スクッテホシイ」
跪きながら、懇願する
それを見た鬼丸は鼻で笑いながら言った。
「バカが……。今まで何度もおれらは襲って来た。さすがに都合が良すぎる。そんなの、鬼も笑って笑いて笑われて終わり、だ」
鬼丸は「だからよ」と苦しい微笑みを見せながら、続けて。
「おれの命一つで
と、大木にもたれかかる巨体を前に傾け、お辞儀をする形で首を差し出す。
それに呼応して、
……。
正直、殺されかかりはしたけれど、結構真面目に死にかけたけれど、僕は彼らを殺そうとか、そういう物騒な事はもう考えていなかった。
いや、本来であれば殺そうとするのが正しいのかも知れないけれど、今現在、ほぼ一心不乱に戦っていた先程までと違って確固たる意志がある今、自分の意思で命を殺す事など僕に出来るわけもなく、というか寧ろ、戦いの傷が癒えていない今、身体を動かすのすら億劫なわけで。
「殺さないよ……別に」
「「「!?」」」
と、答える事しか出来ないのだ。
勿論、彼らの反応は面白いほどに動揺したもので、逆にこれくらいの反応を貰えたのは、少し微笑んでしまう。
「身体動かないし……。もう歩くのすら辛いんだ。蟻を殺す力もないよ」
「……ここでおれを逃したら報復に来るかもしれないのだぞ?」
「ならまた返り討ちにするさ……。何度でも、ね。それにさっき鬼丸、自分で言ってたじゃないか。“負けた奴は勝者の下に付く”って、その信念、言ったそばから曲げてもいいのか?」
「そ、それは……」
重たい身体を無理やり持ち上げて、お辞儀をしたまま顔だけ上げる鬼丸の元へと向かい手を伸ばす。
「だからさ、僕と、友達になってくれよ……鬼丸。これから一緒に力を合わせない? だめ、かな?」
「…………お前。ーーーーは、ははは、ハッハッハッハッハァッ!!」
「……ん?」
単純に、仲間がフゴタとブヒタしかいないから、人員が欲しくて言った言葉だったのだが、何かおかしなことを言っただろうか?
姿勢を、元の大木に寄りかかる形に戻し大笑いする鬼丸。
それはもう清々しい程の笑いっぷりで、見てる方もなぜか気分も良くなるぐらいだ。
「これは参った……敵わない、な。キングには」
涙が溢れ始めた眼を手で抑えながら、心底嬉しそうに、そう、鬼丸は零した。
一頻り涙が出たところで、それを手で拭い、まるで自分自身浸るように笑いながら、彼は言う。
「ーーお前、オニ、だな」
そんな洒落た事を言う銀髪の鬼に、思わず僕も笑い出し、その場に尻餅を付く。
「何言ってんのさ……鬼は君だろ?」
「ははは、それもーーそうだな」
結局、その後、殺さないお前は変だとか、
殺さなかった理由が命を奪いたくない、とか、身体が動かない、など色々理由を上げはしたが、一番の理由はやはり部下を守ろうとするその姿勢がどうにも悪い奴には見えなくて、友達になりたいと思ってしまったのが、実は理由だったりするのだ。
こうして鬼丸との戦いは終わり、この日から僕の仲間が増え、大分大所帯になったのだ。
-
鬼丸を仲間に加えたことによって一番の苦労をしたのは、フゴタとブヒタの対応であった。
彼らはキングの頃の記憶がない僕と違って、虐げられてきた記憶があるのだからかなりの抵抗を見せたが、数日もすれば仲良くなっていた。
キングである僕が、親しく接しているのを見て蟠りを無くす事に努力したらしい。
結局、どちらも生きるのに必死だったわけで、
そういう切り替えの速さは人間と違って羨ましいと、少し感じたりもした。
鬼丸は持ち前の力で集落の形成に尽力、更には僕の格闘術や、短剣 (というより包丁)の特訓もしてくれた。
今では穴蔵の生活から、大分広がり一つの村のようになっていた。
森の木をなるべく切らず逆に活用し支えとしてログハウスを建てたりなどして、今では
「ーーって感じなんですよ。今の所」
「ふむふむ、実に興味深い。村の事情云々は森の変化であるから、ワタシが認知出来ぬ話ではないが、何より、鬼丸を救った君の心の在り方に興味が惹かれるよ」
と、口無い顔で珈琲をズズッと啜る青頭の眼だけ男、ワイズは言う。
一応、ワイズも鬼丸に関して無関係な話ではなかったので、もう一度この知識の館にやってきた。
相変わらずの景色変化で、今回のテーマは空飛ぶ紙飛行機。
丸机と椅子二つが丁度乗るくらいのデカイ紙飛行機の上に乗りながら、午後のティータイムを嗜む二人であった。
そう、今回は僕も、彼が飲んでいる珈琲を飲ませて貰っている。
珈琲の美味しさの違いなんてもの、まだこのエスプレッソなる珈琲しか飲んでいない為区別などつかないが、僕は好きではない。
入れて貰った手前、不味いと言う気にもならず、愛想笑いをしながら飲み干せば、
「お、もう飲みきったか。気に入ったようでワタシは嬉しいよ。さ、もっと飲みなさい」
「あ、いや、もう結構だったりして……」
「ん? 遠慮は要らんぞ。大量に仕入れているから無くなる事はまず無いからな」
と、珈琲無限ループが発生し、飲み切る度に注がれてしまうという、どうにも辛い状況に陥ったのだ。
途中でお腹いっぱいですと言って回避はしたが、なぜかワイズは悲しそうに「そうか……」と言っていたのが、少しだけ気になった。
「して、今回は報告だけ、では無いのだろう? 何を聞きにきた?」
「二つです。魔物である鬼丸と魔人である僕、大して力の差が無いように感じた理由と、魔術の呪文について、聴かせてください」
「良かろう」
そう、魔物段階では魔人と僕は表記されていた。特に他の魔物との違いはよくわからなければ、強さも実感できたわけでは無い。
辛くも勝利を収めたと言ったところだった鬼はとの戦い。
魔物と魔人の差が未だによく分からないのだ。
「魔物段階に関しては、種族段階よりも強さは実感しにくいだろう。だが、大体は種族段階が上がれば魔物段階も上がるのだ。君もそうだろう? して、魔物段階である魔人。これは前も言ったが魔術に必要とする魔素の運用がかなりしやすくなっているという事と、感情の増幅、または欠落、どちらかが顕著に現れる」
「感情の増幅? でも、魔物の鬼丸も結構情緒豊かだと思うんですけど」
「あいつは特別だ。魔物でも人間と同じ様に感情を持つ者はいる。衝撃的な体験をしていたりすれば、な。君の子分であるフゴタとブヒタなどはその例としてはとてもいい。同族を目の前で皆殺しにされているのだ。知能指数もバカ上がりしただろうね」
雲の上で浮かぶ、遊覧船の様な気持ちを味あわせる紙飛行機の上で、珈琲片手に雄弁と語るワイズ。
一口、喉を潤した後、続けて言う。
「ワタシもそうだ。ワタシに関しては知識を満たそうとする感情の増幅。俗に、知識の魔人などと昔は言われていたが、この森に隠れてからはその名も雲の中だ。今、ワイズの名を知る者は外界にはいないだろうな」
「じゃあ、僕も何かの感情が無くなってたり増幅したりしてるんですかね?」
「その筈だ。魔人では特にね。魔将、魔王と上がるにつれ薄くなりはするが、逆にワタシは更に濃くなった気がするしね。君が何の感情の増幅または欠落に至っているかは、測りかねるが、ま、時期に分かるだろう。心の中まではワタシも覘けやしないからね」
と、何でも聞いてくれと豪語した手前、分からないことがあることを少し恥じる様に、遠い目をしながらワイズは言う。
ならば、これからも感情の変化を探していく必要がある。
とはいえ、自分自身でその事に気付く事が出来るのか、曖昧なのだが。
ワイズが認識出来ているのだから、多分僕も認知出来るとそう信じたい。
「さて、魔術の件だったね。何が知りたいんだい?」
「だから、名前ですよ。魔術の呪文の名前。勝手に出てきたんです、心の底からポッて具合に」
事実、“
「だから前も言ったろう。君の心が作り出した君の始原の言葉なのさ。共通する点がないわけじゃあないだろう? 他にも人によっては動物の名前、天候、色、現象、と色々な物が呪文名に反映される。基本魔術は皆変わらないがね。やはり心から産まれた
「アルケマジー?」
「さっきの、包丁の名前とか、だよ」
それがどれくらい特別なものかはわからないが、兎に角強い魔術ということは分かった。
結局、僕に起因するものは“豚”や“猪”となるわけだけど、どこか悔しいところが無いわけじゃあないけれど、ま、昔も今も付き合っていく事になる言葉なのだとしたら、もっと仲良くなれる様に努力しなければいけないな、とまた、いつの間にか注がれた苦い珈琲を口にしながら、僕は思ったのだった。
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