第11話 過去の記憶

 


 俺はフゴタ。

 下っ端の豚男人オークフゴ。


 突然だけど、これからオークの話をしたい(フゴ、これからフゴは割愛する)。


 オーク一族は人属の奴らに追われてここに居ついたと聞いた。

 なぜ、人属が俺らを襲うのか、追い出そうとしたのか、バカな俺には分からない。

 でも、そんなことは今はどうでもいい。昔は兎も角、今の俺らは結構幸せに暮らしてた。


 この迫害の森は生き辛そうに見えて意外と生きやすい。

 確かに魔物は沢山いるけれど、大して強い者が多いわけではない。

 ちょこっと面倒な巨鬼人オーガや少しばかり強めの魔物がいるくらい。

 特別強い魔物がいるわけじゃないから、苦労はしなかった。


 そんなある日、俺ら豚男人オーク属の中に猛猪王キング・オークが生まれた。

 今まで俺らの中で一番威張ってたやつだった。嫌な奴ではなかったが、少し鬱陶しかった。

 やれ、俺の食べ物もってこいだ、

 やれ、俺の肩を揉めだ、

 やれ、俺の歯を磨けだと、面倒臭いことばかり頼んでくる。

 だけど、キングは強かったし、体調が悪くなった時なんかは優しくしてくれた。

 自ら食べ物を探してきてくれて、薬を薬草をすりつぶすところから始めて作ってくれた。

 根はいい奴なんだ。

 そう、思った。

 そんな奴がリーダーでこれからもバカみたいなことやって、そのまま死ぬ、なんてことを考えたこともあった。


 だが、今から約一ヶ月前、事件が起きた。

 人属が攻めてきた。


 この迫害の森の東は海に面している。

 海には海岸があるけれどそんなに大きくはない。

 中型の船が一隻とまれるかとまれないか、くらいの大きさだ。

 だから警戒なんて微塵もして無ければ、ただの釣りスポット。

 そこに、偶々山菜を採りに来た俺が居合わせた。


「ここになら! 我らが海賊王がいらっしゃるかもしれない! ぁぁぁ海賊王よ! 貴方が定めた海帝が一人、リヴァイアがまかり越しましたゾぉ!!」


 リヴァイアと名乗るそいつは、青色の前の唾を上に折った二角帽子をかぶり、全身青と黒で包んだような服装だった。

 腰には剣をぶら下げたリーダー的存在。

 格好が明らかに他の船員とは違うから、勝手にリーダーと決めつけたけれど、船から降りて来た数人の反応で、彼が中心な事は確認できた。


「ルイナ大陸最東の森、迫害の森は人が入れない禁制の場所! ここなら我らの船長も見つかるのではないでしょうか!!」


 数人いる一人が、敬礼をしながらそうリヴァイアに言った。

 すると、眩しいくらいに顔を輝かせてリヴァイアは言う。


「おぉぉ。我らが王。海賊王が、この地にいるかもしれない……。ならば! 今すぐに捜索を開始せねば! 何としても他の二人に出遅れるわけにはいかない、この私こそが、王の側近にして至高の右腕なのだから!!」

「その通りです! サーリヴァイア!!」

「違う! 私を呼ぶ時はリヴァイア“タン”だ! リヴァイアタンとそう呼べ!!」


「「「タン……?」」」


 全員が揃って首を傾げていれば、


「スキュラに名前の語尾にはタンを付けるのが敬称と、そう習ったのだ! ならば私の名はサー・リヴァイアタン! サー・リヴァイアタンだ!」


「なるほど、皆せーの!」

「「「サー・リヴァイアタン! サー・リヴァイアタン!!」」」


 片脚で足踏みしながら、敬礼をする船員達。

 どうやら隠れている俺はまだ見つかってない様だけれど、早くキング達に報告をしないと……!

 と思い、少しずつ後ろにバックする。


「にしても、ここに知的生命はいるのだろうか。どう思う!」

「木が邪魔で分からないので、伐採するのが最適かと!!」

「そうか! じゃあぶった斬るしかないな!」


 余りにも稚拙な会話なことは俺でも分かった。

 この時点で俺は油断していた。

 いつも逃げて、まともに戦闘をしないと豚男人オークとはいえ、俺らもそれなりな数と力がある。

 キングに至っては俺らの中で一番強いのだ。

 あんな馬鹿そうな奴らに負けるわけがないと、そう括っていた。


 乗組員と思われる十数人が綺麗に敬礼をしながら、声を揃えて言う“伐採”のその言葉。

 中心に立つリヴァイアは微笑みながら、手を挙げて皆に笑顔を振りまいている。

 だが、こんな奴らの話に構っている暇はない、早くキング達の元へ行かなければ。

 そう思い踵を返し、俺は走り出した。


 バキバキバキバキ、

 ズッズゥゥゥウン。


 ーー生命を、断ち切る音がした。


 一つの風を切る音が後ろを通り過ぎたと思えば、そこから続くのは何かが次々と耐え切れずに吐き出す悲鳴の如き轟音。

 無視することもできない強烈な音の連鎖が、次に次にと近づき始め、音が最高潮に達した時、地面を揺らす程の衝撃。


 その嫌な予感が、思わず俺の顔を振り返らせた。

 そこにある悪魔の顔を見ないで済んだかもしれないのに。


「《深海すら断ち切る刀タイダル・バッサー》」


 手に持つは大剣。

 その一振りでゆうに三十メートルはあってもおかしくなく、それは人間が小さく見える程。覇気を纏い、水滴を飛ばす大剣。

 まずそれを奴が持っているのも不可解だし、奴が先程まで持っていなかったという事実も不可解だけれど、それよりも俺には、目の前の光景の方がだった。


「な、なんだこれ……フゴ」


 眼前、広がる風景は清々しい程の青。

 後ろに控えていた筈の森を構成する逞しい木々はリヴァイアの一撃で、一直線に全部薙ぎ払われてしまったのだ。


「かぁぁいぞぉぉくおぉぉぉううう! イーバル、ブラッッッァァドイーグル! は、おられませぬかァァア! もしくはぁ、その所在をご存知の方ァァア! おられませぬカァァァア!?」


 手に持つ大剣は見る見る大きさを縮め、リヴァイアは肩に乗せる。


「海帝サー・リヴァイアタン! 叫ぶより歩いて捜した方が早いかと!」

「そっか! そうだな、歩いて捜すとしよう!」


 あんな……、あんな魔物よりも禍々しい、“怪物”がもし仲間に出会ったら、一人残らず皆殺しになってしまう。

 キングとてあんな化け物を相手にするのは無理だ。

 速く……速く帰らないと……!!


「海帝サー・リヴァイアタン! あそこに魔物が!」

「なに!」


 ーーまずいッ!

 気を抜いた、一瞬で見つかってしまった。

 脚が千切れると錯覚する程に、全速力で脚を回転させ、その場から疾走。

 豚男人オーク属はそのずんぐりむっくりな見た目に反して、走りが速いのが特技の一つ。

 いつしか声も聞こえなくなっていた。


 逃げ切ったのだ。


「ハァ……ハァ……やった……?」


 もう人影も見えなければ声も聞こえない。

 ーーだが、


「……うそ」


 辺りを見回せば、その場所はあまりにも根城の洞窟から離れた森の奥。

 走って走って走りすぎて、あまりの恐怖に目的よりも逃げ切ることをーー自身のことを優先してしまった。


 全速力で走り、戻ればーーもう遅かった。


「は」


 地獄。

 この光景をそう呼ぶのに、それほどふさわしい言葉はないと思った。


「おお、さっきの豚男人オークくんじゃないか!」


 リヴァイアは立っていた。

 血塗れで、

 豚男人オークの死体の上に。

 ーー仲間の、死体の上に。


「お、おぁぁぁ」


 恐怖ーー。殺気が無く、笑顔で笑いかけ足音もぴしゃぴしゃと立てて、近寄るリヴァイア。

 仲間の命を絶った手に持つ鮮血滴る剣。


 思考は止まり、身体を支える脚は力を無くしその場で座り込む。

 そうして俺は、怯えた表情でリヴァイアを見続ける。

 視線を逸らすことは許されない。

 もし、視線を逸らせば、その間に命が消えているかもしれないから。


「別に争う気はないのだ。ただ、私は訊きたいのだ! 海賊王の所在を、私は知りたいのだ!」

「お、俺は知らないフゴ」

「ふご? なんだそれは」

「う、生まれた時からの口癖フゴ」

「ほう! 面白いな! 私も何か語尾をつけた方がいいと思うか? ……、って誰もいないのか、他にはないのか!」

「ぶひとか、でぶ、とかふご」

「ほうほうほう!! 面白いな! この話が知れただけでも儲けもんだ! 貴様が知らぬなら帰ろう、きっとこの森にはいないのだろうからなぁ、ーーてことでサラバ!」


 嵐を体現した様な男はそれを機に、海の方へと切り拓かれた一直線の道を走り去ってしまう。

 紅く染まってしまった森を残して……。


「そ、そうだ……、き、キングは」


 笑う膝を鞭打って、立って、歩いた。

 鼻を使おうとしても周りが、血の臭いが辺りに充満しすぎてさすがに嗅ぎ分けられない。

 だが、それでも俺らの王を捜さなければならない。


「お、お前ら……」


 見知った顔が落ちていた。

 見知った腕が落ちていた。

 見知った足が落ちていた。

 見知った体が落ちていた。

 見知った顔は誰一人息をしてなかった。

 見知った森はその姿を消して、見た事もない様な、血を吸う魔の森へと変わっていた。


「ど、どうじでぇえぇぇ……」


 分からない。俺の所為だったのか。

 俺が先にしっかりと伝えていればどうにかなったのか。

 もっとしっかりと心を持ち、その様子をキングに伝えていれば。

 いや、何も変わらなかった。

 森を薙ぎ払うことのできる男相手に何ができるのだろう。

 変わったかも知れないけれど、でもそんなものは今更言っても遅い。

 もう、今流れている時間は止められないのだから。


 ふと鳴き声がした。

 ブヒブヒと、鳴き声がした。


「お前……」


 血塗れになった森のすぐ近く、少し荒らされた跡があった。

 土は抉られ、木には幾つもの切り傷や燃えた後、切り倒されたものもある。

 此処で戦闘が行われたのだ。

 先の光景のような一方的な虐殺ではなく、一対一の闘いが。


 一人の豚男人オークが、一人の豚男人オークの上で泣いている。


「ブヒタ……」


 よく見るとブヒタだった。

 ブヒタはオンオン涙を流しながら、横たわる仲間を揺さぶっている。


「キング……」


 紛れも無いキング。

 間違えようの無いキング。


 ーーだが、その顔は真っ二つに割れていた。


 泣いた。

 泣きまくった。

 察してはいた。

 きっとキングも生きていないだろうと。

 だが、予想するのと現実を直視するのとでは話が違う。

 勝手に涙は溢れてきた。

 うぉんうぉん泣いた。

 ブヒタと共にうぉんうぉん泣いた。

 走馬灯のように蘇るキングとの記憶。

 決して楽しいものばかりじゃなかったけれど、それでも一緒にいて良かったと思った。

 そのキングにもう会えないと思ったら、あの憎たらしい声を聞けないと思ったら、勝手に涙は溢れてきたのだ。


「ーーすいません、誰か僕の上にいるのなら、退いてくださいませんか……?」



 その声を聞くまでは。

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