第7話 神様の気まぐれはちょっとの範囲

 

「これは……一体、なんだ?」


 身に覚えのない機械。

 前世でも腕時計なんて洒落たもの、付けている筈もなく、ましてやこの異世界に来て機械的な何かを見たのは、これが初めてであった。

 いつ、どうやって、これが付いたのか。それは僕にも計り知れぬところであり、興味が尽きないのは僕だけではないようだ。


「知識の館に住む管理人として……この世界の知識は、粗方把握してると自負していたのだが、どうやら認識を改めなければならないようだな。

 今、目の前にあるこれを、ワタシはなんと呼称すれば良いのか、全く分からない」

「そりゃ、これ多分この世界のものじゃないんで……。ワイズさんにも分からないと思いますよ」

「この世界……?」

「あ」


 僕が異世界からやって来たという事実は伏せている。

 それは侵略者とか、破壊者とか、そういう曲解が起きてもおかしくない。

 解剖なんてよくある話。

 異世界人だとバレて何も起きていないのは作り話の類故であって、現実に起きてくると、それがどういった意味を帯びるのか、考えるだけでも悪寒がする。

 だから、今、不意にワイズに言ってしまった“違う世界”の単語も然り。

 まるでPCに詳しくない奴が架空請求にかかり、親に相談するかしないか迷った時の様な、そんな焦り。

 焦りに焦って固まっていれば、


「ああ、成る程。異世界からの贈り物ということか。なれば、ワタシが分からないのも仕方なし。逆に興味が出て来たよ」

「あ、え……っと、え? 疑わないんですか?」

「何を疑う必要があるというのかい?」

「だって……、異世界だなんて突拍子も無い話、何で信じるのかな、と」

「君が、なぜ“知らない”のか、知らないけれどね。この世界で異世界という単語はさして珍しくない話だよ。悪い意味でも、良い意味でもね」


 それなりに気になる単語が出てきたのだが、今、彼はそれを話すつもりはないらしく。

 ずずっと、口無い顔で珈琲を啜り喉を潤し、「それはそれとして」と話を切った後、彼は眼を輝かせて言った。


「その腕に付けたそれの機能を知りたいね。調べて見たところ、“解析アナライズ”という呪文によって発動する魔術術式が組み込まれているらしい。とりあえず、呪文を唱えて見てくれよ」

「え! いつの間に調べたんですか?」

「ここはワタシが作り出した空間。言わば腹の中みたいなものだ。いるだけで、解析くらいして見せるさ。猛猪王キング・オークのーーくん」


 くくく、といやらしく笑うワイズ。楽しげで、愉快そうで、嘲笑している様で腹立たしい笑いではあったが、何よりも彼から溢れんばかりの圧迫感が、反論をする事を、質問すらさせる事を拒絶させた。

 花が散り、色が消え、枯れ果て行く大地を眺めながら、この白い丸机と椅子が残り、たった二人断崖絶壁の中で話をしている空間。

 と、認知してしまえば、一気に動悸が身体に救難信号を送り付け、机に寄り掛かかる。

 ふと眼を上げれば、笑うワイズを残し風景は変わらぬままだ。

 またも何かをされたのか。


「分かりました……。とりあえずは、アナライズ、って言えば良いんですよね?」

「その通り。だが今、証明された通り言うだけじゃあダメだ。多分対象が必要。ワタシにでも向けて言って見たまえ」

「良いん……ですか?」

「ああ、良いとも。さぁ……腕をこちらに向けて」


 この機械が一体何の機械かも分からないのに、ワイズは本当に、本当に嬉しそうに僕の太い腕を取り、自身に向ける。

 知識を求める亡者。

 知識を持ち、知識に従い、知識に溺れた、知識人。

 それが“ワイズ”なのだと、なぜか今、悟った。


 そして、腕に付いた機械をワイズに向けて、呪文を唱える。


「《解析アナライズ》」


【名前:ワイズ

  種族段階三:大怪海シュレ・クラッケン

  魔物段階三:魔将

  推定危険度:B+

  魔術属性:六属性

  魔術系統:放射のみ

  特性:水属性耐性、暗闇耐性、打撃耐性、水性会話、ぬめり、魔術の伝道師、完全記憶

 説明:海洋種、烏賊魚クラッケルが進化した姿。魔人となった事で陸に上がれる様になり、今では海に戻らず陸地にて知識を集めている。なぜ、知識を求めるかは誰にも分からない。】


 ……は?


「どうかしましたか? 何か起きましたか? 何が起きたのですか?」

「いや、何が起きたって……」


 ーー実際に、目の前で起こっているじゃないか。

 《解析アナライズ》の言葉を起点にして、腕の機械から宛ら、アニメによく出るVRMMOのゲームのステータス画面の様に、光の粒子が集まって形を成し言葉を成して、情報が目の前に現れる。

 書いてある事の殆どは、てんで意味が分からないのだが……。

 どうやら、ワイズには見えていないらしい。

 目の前で起きている事を、事細かに、ワイズに説明してみれば、彼は表情の読み取り辛いその顔で、少し眼を細めながら、唸る。


「それは……なるほど。厄介な代物だねそれは」

「厄介? 何が厄介なんですか? ただのプロフィールみたいに見えますが……」

「それはその情報の最も重要な部分が、ワタシに限り出ていないからだ。もし、他の魔物に対し使用し、弱点が出てしまうなら何と頼もしい機能だろうか。例え、弱点が出ずとも、相手がどのくらいの強さを誇っているか、一発で分かってしまう。宛ら歩く図鑑と言ったところか」


 歩く図鑑。

 それは僕が願ったポケモン図鑑と、全く同じ機能ではないか。

 喋りはしないが、それでも充分な情報が表示されている。

 見るからに、強さ、種族、使える魔術、それらがわかる。

 強さが分かれば、遭遇した時逃げるか逃げないかの判断が付く。

 種族をよく知っていれば、対処法もわかるかもしれない。

 魔術属性や系統と書いてあるところから、どのような攻撃が得意かを割り出す事も可能だろう。

 きっと、そういう意味で厄介なのだ。

 ならばまずは、書いてある事を知る必要が、ある。


「書いてある事を教えて貰ってもいいですか?」

「良かろう。何でも訊きたまえ」


 そうしてワイズから色々な事を教わる事が出来た。

 渋る事もなく、やはりここでも嬉しそうに、笑いながら教えてくれた。


 まず、魔物の種族段階だが、


 ・通常種

 ・上位種

 ・完全種

 ・超越種

 ・次元種


 と呼称される五つの段階があるらしい。

 通常種は言うなれば豚頭人オークや、醜小人ゴブリンの様な一番最初の原初の個体。

 強化種は猛猪王キング・オーク巨鬼人オーガと言った進化個体。

 そうして順々に強くなっていく事で最終的に次元種と呼ばれる最強の魔物が誕生する。

 現在では、五体もいるかいないか分からないそうだ。


 そして、魔物段階だが、これは四種。


 ・魔物

 ・魔人

 ・魔将

 ・魔王


 と分かれている。

 劇的な変化は魔物から魔人に変わった時が、一番大きい変化であり、魔物が人型になると魔人となる。そこから更に知性を深め能力が上がれば魔将となり、完全な人になれるようになれば魔王。

 この魔物段階の変化は自身で認知する事ができ、これは種族段階の“進化”ではなく、こちらは“変化”に当たるそうである。

 魔術を使う為の魔素の循環効率が一番良いのが人型であり、それを魔物が真似知恵を得る為魔人化と呼ばれているそうだが、魔人もそう多い種類ではないそうだ。

 魔王と呼ばれる者に至っては今現在は三人が確認されているらしい。

 種族段階の進化で変わるのは、特性と魔術の力魔力。

 魔物段階の変化で変わるのは、魔術属性の個数増大と、魔術の扱いに、更に知恵まで追加される。

 もちろん、進化でも知恵を得るものがいないわけではないが、人の様に感情を持つのは変化だけだそうだ。


 次に危険度。

 魔物には危険度指定がされており、


 D:無害級ハームレス

 攻撃性は認められず、人属が暮らすにあたり作物被害など環境への影響はしばしば見られる。

 ほとんどが愛玩用ペットとして扱える。


 C:微害級ワーヌ

 対一人に対して、殺傷性が見られる。

 集団でかかれば、問題なく倒せるレベル。

 調教をすればペットとしても扱える。


 B:危害級ダンゲア

 対集団に対して、殺傷性が見られる。

 戦闘技術を持たないもの、魔術師ではないものが挑むにはかなり危険な相手。

 村一つを壊滅させれるレベル。

 ペットにはできないが、守護獣として、魔術で使役はできるものもいる。


 A:悪害級アヴォイ

 街一つを壊滅できる力を持つ。

 こちらも個々によって様々だが、一人で倒すことは無謀に近い。

 こちらも守護獣として使役可能だが、それ相当の魔力技術を持ったものでなければ使役は不可。


 S:災害級ディザスター

 一つの大陸を滅ぼせる力を持つ。

 まず世界に数体しかいないとされ、滅多に出てこない。

 出てきても、知性があるため戦闘を行うものは理由ない限り行わない。

 使役は不可。


 Z:神害級アポカリプス

 場合によっては世界の環境を作り変える程の力を持つ。が、今までZ級と判定された魔物は一体のみであり、それ以降は確認されていない。

 現在、一体でもいるのかすら不明であり、もし現れた場合、全ての大陸の国が総力で攻略戦に出るほど危険な敵。

 使役は不可。


 と、分かれている。

 因みに“+”とついたのは真ん中だという事らしい。


 魔術属性は火、水、土、風、光、闇、無属性と分かれており、ワイズはその六つを使える。

 因みに僕は火のみの様だ。

 これが成長に連れて増えるのか、それとも増えないのかは進化や変化をしないと分かりかねるとの事。

 とりあえずは先に発動をしたいのだが……。


 そして魔術系統。


 放射は、銃の如く作り上げた術式、呪文から遠くに魔術を飛ばす技。

 火の玉だったりや灰狼グレイフォックスの風の刃の様なものだ。


 使役は、こちらも上記と似ているが性質が違う。離れた場所で効果を持続するものが対象となる。

 さらに操る訳だから、《火炎》を自動追尾できるようになれば使役になるのだろう。


 付与はその名の通りその魔術の効果を付与するもの。


 変幻、魔術の特性を変化させるもの。

 水を氷に、火を熱に、的な感じだろうか。

 あとは形作る。

 火の矢を作ったり、風の剣を作ったりだとかそんな感じである。


 そして、これは無属性のみだが強化。

 強化は物質の強度を高めたり能力を高める事が出来るらしい。


 最後に、特性だがこれは魔物であれば誰もが持ち、進化していくごとに獲得していくゲームでいうパッシブスキルの様な物である。

 例えば、ワイズの場合は、


【水属性耐性:水中での呼吸が可能で、水属性の魔術に耐性を持つ】

【暗闇耐性:暗い場所でも目が見える】

【打撃耐性:打撃系の攻撃を喰らっても受け流し、最小限のダメージで済ませる】

【水性会話:水中でも会話が出来、水棲生物とも会話ができる】

【ぬめり:たまに打撃攻撃を滑らせる】

【魔術の伝道師:魔術に対しての理解が早く、知能指数が高くなる】

【完全記憶:見たもの聴いたものを、覚えたいと思った時、例外なく記憶する】


 といったものの様だ。


「だが面白いな。ワタシは確かに元々が海で生活していた魔物。水中で息もできれば、話も出来る。だがそれを耐性などという言葉で表したのは初めてだな……人間界の言葉だろうか。興味深い」


 と、首を傾げながらワイズは言った。

 もしかしたら、この図鑑に表示されている言葉は僕に分かりやすくする為に、この様な表示になっているのかもしれない。

 実際に特性に関しては、ワイズに聴いたのではなく、知りたいと思ったら勝手に画面が空中に現れて説明してくれたのだ。

 まぁ、後にも先にも、これ以外の機能は多分無く、本当にただの図鑑なのだと分かったのだから、きっとこれが女神からのプレゼントなのだろう。

 時間がかかるとは言っていたけれど、このタイミングとは。

 にしても、長ったらしい説明も終わり、退屈した時間を送ったところで、新しく珈琲をカップに注ぎながら、ワイズは言った。


「さて、その奇怪な代物についての質問は終わったし、ワタシもとりあえずはここで議題を終わらせようと思う。大分それが何か理解したのでな。だから、本題に戻りたいが?」

「本題……? ってなんの話?」

「君はその代物の訊きたいことがあってきたわけではないのだろう? 何が知りたい」


 何が知りたかったのか。

 それを記憶の海を必死に掻き回しても、検索にヒットする内容は出てこない。

 何せ、魔術特訓を夜中ぶっ通しで行い、その疲れ果てた果てに突然と姿を見せたのが、この知識の館。

 自身が何を願い、何を思っていたのか、逆にあり過ぎて何から質問すればいいのかなんて、頭が回らない今の状態で分かるはずもない。

 だが、先ほどの説明で、粗方魔物については知る事が出来た。

 これは充分な収穫と言えるだろう。


「でも、もし特別聞くとしたら……、今の僕ってこの世界的に見ればどのくらい強いのかって、分かったりしますか?」

「どチンカス」

「へ?」

「だから、DO☆チンカスだ」


 あまりにも似つかわしくない用語が出てきた為に、面食らってしまったが、彼は冗談や嘘を言っているわけではない様で、至って真剣に言っていた。

 真剣にどチンカスと言われても困るが。

 正直、言葉には敏感なので傷付くのだが。


「うう……」

「嘘偽りを言ってもしようがないだろうさ。どうしても気になるなら、自分自身をその機械で見てみたらどうだ? 使い方をしっかりと知る事が出来たのだから、自分の事をちょうど知れる機会だと思うが。ま、ワタシから言っても良いのだが、そちらの方が君にとっても分かりやすいかもしれん。どうしても分からないなら、その後訊きたまえ」

「あ、そっか」


 腕についた図鑑を見る。

 もし、これが全ての魔物について記録された万能図鑑ならば、充分にこの身体の事も知れる筈だ。

 逆に図鑑を埋めていく旅に持っていくタイプの図鑑なら、載っていない事もあるかもしれないだろうが、見るからにレア物のワイズの情報が一発で出ているのだから、多分元から情報が入っているタイプの筈。

 もしワイズの様な魔物がうじゃうじゃいるなら、それはそれで驚きであるし、この身が、伝説級の魔物とも思えない。

 ならば、試して見るが吉だろう。


 自分自身に機械を翳し、呪文を唱える。

 するとワイズかと同じ様に目の前に情報が提示された。


【名前:キング

  種族段階二:猛猪王キング・オーク

  魔物段階二:魔人

  推定危険度:C+

  魔術属性:炎属性のみ

  魔術系統:付与、変幻

  特性:

鉄毛ボディ・アーマー・ヘア:斬撃に対して強い耐性を持つ。硬い毛から柔らかいものに変化して衝撃耐性をつける事も可能】

【氷属性耐性:寒さに対し強くなる。氷魔術への強い耐性を持つ】

猪突猛進ボア・フリーダム:走るのが早くなり、障害物に当たっても始めに当たったものなら難なく吹き飛ばす。通過出来ないものもある】

【嗅覚強化:嗅覚が鋭くなる】

【女神の加護:ちょっと幸運になる】

 説明:記憶を無くした元オークの王。オークの数が減少した今では、二人の子分と共に迫害の森にて暮らし、順風満帆な生活を送っている。重大な秘密を抱えているが、それは秘匿されている。最近の悩みは魔術が使えないこと】


 ちょっと幸運になるってなんだ。

 よくある異世界物のスキルなどでは何十個もスキルがついて、チートだなんだと言われていたりしたが、人生そこまで上手くいかないようである。


「どうかね。満足いく結果だったかね?」

「まぁ、それなりに……知りたい事も知れたので」

「ほほぉ、それは一体ーー」


 と、その瞬間だった。

 静寂を貫き通し、そよ風による葉のスリ音しか聞こえなかったこの世界に爆音が轟いたのは。


「「!!?」」


 強い衝撃による揺れと共に、世界がブレる。

 まるでテレビの砂嵐の様に世界にノイズが走ったと思えばすぐさま立て直し、最初の宇宙の風景に戻る。

 衝撃だけではない、何かの叫び声の様な物も響き明らかな異常事態を示していた。


「こ、これは一体……何事ですか?」


 怯えと焦りの表情と共に、ワイズを見れば至って冷静な面立ちで(ほとんど表情は分からないが、雰囲気的に)、椅子に座りながら珈琲を啜っている。

 カップの中身を飲み終えたのか、一息ついて、僕の方を見ると彼は細い目をしながら言った。


「どうやら、今日はここまでの様だね」

「! どういう事ですか?」

「君に、少し荒っぽいお客さんのようだよ。鬼の形相で……いや、正しく鬼なのだが、迫ってきている者がいる。この館は森の異変と同期していてね。破壊活動が行われるだけでこちらにも異常が生まれるのさ」

「荒っぽいお客って……。まだ僕はフゴタとブヒタしか知り合いなんてーーあッ!?」


 そうだ。

 そういえばそうだ。

 僕は転生者ではあるけれど、まずこの身体はつい先々週までは違う意識が、違う人生を送っていたのだ。

 であれば、それに関わっていた人間魔物がいてもおかしくはない。それどころか、そう考えるのが普通である。

 ならば、そのお客というのは前のキングを知る者ということにーー!


「ここに来て、前の知り合いがやって来るなんて、一体何の用があって……」

「心当たりがあるようだね。厄介ごとは勘弁だよ。すぐさま出て言ってもらおう。話はまた日を改めて来るといい。いつでも話なら聞くし、教えるよーーではね」

「ちょ、ちょっと待ってください! 一つだけ! あと一つだけ教えてください!」

「ん、手短に」


 未だ轟音が鳴り響き、館を揺らしている。

 それに呼応するように、停滞していた星の光も荒れ狂う様に赤い流星へと変わり、その異変を中にいる者に教えている。

 指を鳴らす構えに入ったワイズはその形を変えずに、言葉を待っている。

 もし、この騒動を力付くで起こしている者がいるならば、戦闘手段のない僕が言ったところで美味しいチャーシューになるのは目に見えている。

 ならば、最後にそれだけでも教えて貰わねば話にならない。


「魔術はどうやって発動するんでしょうか! 僕何度練習しても上手くいかなくて、どうしたら!」


 必死に質問した。

 まるで、タイムリミットが分からない時限爆弾の様に、目の前に置かれた彼の指鳴らしの姿勢が、急かす様に焦りを膨大にさせる。

 その言葉を聴くと、眼を細め、小さく息を吐きながら彼は、昔の事を思い出すかの様な語る雰囲気で言葉を継いだ。


「ーー魔術とは自分の起源を世界に知らしめること。自身の想像を具現化するのが魔術だ。自身の願いを形にするのが魔術だ。

 攻撃にしろ、護りにしろ……それは己が願いを骨子とした錬成である。魔術とは神の御業を人が真似をした願望の実行手段。本質的には詠唱は要らない。必要なのは己が実現する心の叫び。さぁ、考えるのだ」


 前に出された指鳴らしの引き金が引かれ、その破裂音は小さく鳴り響く。

 それと共に視界は狭まり、宇宙は消えワイズは消えて、絶対的な闇が世界を支配した時、耳の片隅に聞こえる声があった。


「君のはーー、一体なんだ?」


 その言葉を最後に、視界は森へと戻り、現実世界へと戻される。

 場所は墓から海へと続く切り拓かれた道だ。

 館はもう既にその影もなく、あるのはただーー圧倒的な熱。

 咽せる程にまで高められた温度は森が焼かれたことによる副作用であり、それを起こした本人は案外近くにその影を見せていた。


「キングゥゥゥゥァァァ!!!」


 痺れる程の衝撃を持った怒号が朝焼けの森に響き渡る。

 怒号だけではない、共に放たれている炎球が木々を燃やし焦がし打ち倒し、森の原型を次々と破壊し尽くしている。

 太く長い歳月をかけ作り上げた太い幹が、ミシミシ音を立てて倒れていく。

 そしてその音は、鈍重な足音と共に僕の方へと向かっており、それと共に影の大きさも姿もはっきりと映し出され始める。

 太く捻じ曲がる赤いツノが一対。

 白銀の髪を揺らし、その巨体は三メートルにも及ぶだろう。

 鍛え上げられた逞しい肉体は、盛り上がった筋肉の膂力が視界の端に映るだけでも、戦慄を覚えさせる圧倒的存在感。

 腰にはボロ布を一枚だけ巻いた、彼の姿はまさにーー。


「ーー鬼……なの、か?」


 伝説や童話に出て来る“ソレ”と同義であり、想像と全く同じ姿。

 剥き出した牙を、煌めく炎で輝かせ、主張するその姿には等しく恐怖を抱かせる。

 そう、もし前世での知識の鬼と違う点があるならば、それは想像以上に、


「見つけた、発見だ。鬼を欺くとは……お前ーーオニだな?」


 ーー恐ろしかった、というところだろうか。

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