第17話 高らかに叫ぼう、我ら仲間であると。

 


「すまねぇ、身体が、動かなかった……」

「こ、怖くて、指一本動かせなかったフゴ……」


 圧倒的強者を前にすれば、抗う事すら許されない。手を脚を、神経を動かす事すら禁止され、残るのは死を待つ時間を感じる感性だけだ。

 それを感じたのは、どうやら僕だけではなかつたらしい。


 後ろに控えていた鬼丸とフゴタは汗を大量に流しながら、青い顔でこちらに近寄る。

 そして視線が行くのは地面に横たわる人物ーーブヒタだ。

 憔悴仕切った彼の状態は芳しくないどころか最悪、予断を許さない状態だった。


 状況の把握よりも先にブヒタの状態の安定を急いだ僕達は、すぐに即席のタンカーでブヒタを家へと運び、治療の知識がない僕らに代わり醜小人ゴブリンによる治療を施して貰った。

 そして、斯く言う僕はワイズの元へと向かい、ナオネの時に見せた治療を施して貰えないか、その相談をしにいったのだが、


「無理だね、率直に言えば」

「そ、そんな! ブヒタの容態はもう危険な状態なんです! あの触手のヌルヌルでなんとかして貰えないんですか!」

「だから、“”とは言っていない、傷を治すことが、“”だと言っているんだ」

「え……」


 古くカビ臭い、だけどどこか懐かしい匂いを充満させた本の海。

 そこに悠然と何の加工もされてない木の椅子に座る青頭。

 ワイズは頬杖をつきながら、溜息混じりにそう言った。

 驚きを隠せず唖然としていれば、彼は続けて、


「確かにワタシの粘液には治癒効果はある。だがそれは、擦り傷などの軽傷のものに限っての話。彼の様な重症患者には気休め程度にしかならんな」

「そんな……」


 彼の粘液こそが、頼りであったのに。

 その希望をいとも簡単に砕かれてしまっては、一体どうしたら良いのだ。

 頼みの綱であり、最後の希望。森から採取した傷薬や止血剤では到底止め切れる様な傷ではない。

 それこそ、魔術の様な力が無ければ……。

 魔術の……様な?


「そうだ! ワイズが使えなくても治癒魔術を使える人を探せば良い。この近くに町とかはないんですか!?」

「ないこともない。東に向かえば人間の町があり、そこはこのルイナ大陸最大の町だ。きっと最高の治癒術師もいるだろう。だが……」

「だが?」


 木の椅子をくるくると根元から捻りながら移動して、反動の利用で逆回転により物凄いスピードで回転をし止まった後、彼は指を三本立てて言った。


「一つ、時間がない。二つ、迫害の森に人間は基本入らない。三つ、敵である魔物を助ける者はいない」

「ーーーー」


 心の中で密かに感じていた事を、見事に全て言い当てられて、黙る僕。

 言いたい事を言ってスッキリしたのか、またも溜息をついて、指を一本立てる。


「まあ、一つ目なら何とか……ならないこともない」

「な、何だって!!」


 驚きのあまり大声を張り上げる僕。

 腹から出てきた轟音に本が二、三冊落ちる、が、それよりも影響を受けたのはワイズだ。

 無い耳を抑えながら、眼を思い切り瞑って、堪えている。


「ここは声が響く……あまり大声は出さないでくれ……」

「ご、ごめん……なさい」


 だが今は一刻の猶予も無いのだ。

 反応を取っている暇も、世間話もしている暇は無い。


「そ、それで! 方法って一体!」

「説明するより実践する方が速いだろう。さ、外に出るぞ」

「え、ワイズって外に出ても良いんですか?」

「別にワタシが引き篭もっているだけの話だ。特別でちゃいけないことはないという事は無い。まぁ……、“離れる”事も無いがな」


 気になる言い方ではあったが、特段その事について言及している暇も、彼も話すつもりもない様子だったので、ワイズが言うまま扉を開ける。

 扉を開ければ、そこは集落のすぐ横。上手い具合に建物が建っていない場所に現れるこの館の仕組みも気になる所だ。


 集落の落ち着き具合はしっかりしたものだった。衝撃や突風により壊れたログハウスを鬼丸が手分けして作業に当たらせている。

 さすがに僕よりもリーダー歴が長いだけの事はある。


 悠然と歩くワイズを急かしながら、ブヒタが横たわる家にまで案内。

 玄関にある葉で出来た暖簾を上げれば、目の前にいたのは横たわり唸るブヒタに、涙を流すフゴタ。


「これは……酷いな」


 と、ワイズが零した言葉で漸く気づいたのかフゴタがその眼差しをこちらに向ける。


「そ、その人が……ワイズ、さんでフゴか?」

「あぁ、確かにワタシがワイーー」


 震える声で問いかけるフゴタに対して、ワイズが答えれば次の言葉が来る前に、そのボロボロのローブに駆け寄りしがみつき、あまりの悲しさに歪み涙で濡れた顔を引きつらせながら懇願する。


「お願いするフゴ! ど、どうかブヒタを……助けて欲しいフゴ! こ、こいつ、こいつは俺の、俺の最後の家族何フゴ……弟みたいなもんなんだフゴォ!!」


 最後の家族。

 確かに僕は一度死んだキングから生まれた第二人格。

 言い得て妙なものだ。酷く、悲しい言葉ではあるのだけど、それを否定する事は僕には出来ない。


 身を捩り、鼻水を撒き散らしながら、叫ぶフゴタに優しく手を当てるワイズ。


「期待には答えられないが、そこまでの道のりくらいは、作ってあげよう」

「そ、それはどう言う……」


 泣き噦るフゴタを部屋の壁際へと下がってもらい、僕とワイズがブヒタに近寄る。

 すると、手を翳しながら詠唱を始める。


「時の女神に申し奉る。

 我、計画するは同期。

 我、執行するは停滞。

 我、今此処に滞在する全ての知識を内包する賢者なり。

 光普く魂の奔流。

 流される、時間。

 運び行く、無念。

 儚き夢を食い潰す山羊の如き悪辣。

 扉を閉じる。

 今閉じるは汝の生きた証。

 我が言霊にてその動きを止める。

 《矛盾は万丈の時間にてパラドックス・エスパシオ》」


 何処かで聞いた事があるような詠唱により顕現するのは、僕では読み解く事の出来ない文字が描かれた幾つもの光輪。

 出現する長針と短針。不規則に回る二つの針がゆっくり、ゆっくりとその動きを見せ、動く度、光輪らの動きも遅くなる。

 それが十ほどブヒタの周りを回り始めると、喘ぐように苦しんでいたブヒタの呼吸は収まり、徐々にゆっくりとした落ち着いた呼吸へと変わっていく。

 そして、針が完全に重なった瞬間、周りを回る光輪は平行に重なり大きく光を放つ。ブヒタの呼吸は、それと共に完全におさまったのだ。


「な、なんだ。ちゃんと治癒魔術使えるじゃないですか……」


 と、一息つきながら安堵の言葉を吐き零す。

 ワイズには大事なところで少し謙遜する癖があるようだ。どれほど高等な魔術なのかは知り得る話ではないのだが、明らかに普通の魔術ではない事は目の前の輝きを見ればわかる。

 そして何よりブヒタの反応が、如実に救う事に成功した事を物語っている。


「ーー治癒魔術では、ない」


「……え?」


 そう心の中で決めつけ安心していれば、顔無い顔で、達観とした様子で言ったワイズ。

 言っていることが、イマイチ容量を得ない。

 実際にブヒタは楽そうにしているし、先程まで荒れていた息もまるで死んだように収まって今では吐息さえ聞こえなーー、


「! ちょ、ブヒタ!?」


 その不可解な事態に初めて気づいた僕は駆け寄り、手を鼻近くへと持っていく。

 吐息は無い。

 吐息だけでは無い、胸に耳を当てて見れば鼓動は完全に停止しており、トクンの一つも聞こえやしない。

 そう、言うなればこれは、“死んでいる”。


「お前ぇぇぇえ!!」

「ーーッ」


 考えるよりも先に、僕の手は動いていた。

 思わず、隣に立つワイズの胸元を掴み壁際へと叩きつけた。

 ワイズの力があればいつでも振り解けたであろうが、逃げる素振りすら見せない。

 彼は大人しく目を瞑ったまま、されるがままの様子で、僕は怒りの言葉をぶつけた。


「まさか、まさか救う事はできないが別の方法って楽に殺す事だったとか言わないよなァッ!? そんな、そんな事だったら」

「落ち着け……。今、峠を越えたんだ。ゆっくりと話してもーー」

「ゆっくりとだァッ!? ふざけるな! 息もしてなければ心臓も動いていないんだぞ! 誰でも無い、お前の所為でだ、ワイズッ!!」


 心の底から湧いて出た言葉をありったけぶつける。真横に横たわるブヒタは目を開けなければ動く事もない。

 ただの死体になってしまったんだ。

 そう思うと目の前のワイズが憎くて憎くて仕方がなくて、居ても立っても居られなくなってしまったんだ。


「お前の! お前の所為でェッ!!」


 そうして粗方の暴言を吐いた所で、心の底まで見透かされた様な碧色の瞳を寄せて彼は言った。


「とりあえずーー落ち着け」

「……ィ」


 そのどこまでも碧い瞳に有無を言わせない力が感じられ思わず黙る僕。

 落ち着いたわけではないが、暴走はしていないところを感じたのか小さく息を吸って話を続けた。


「これは死んだわけでもないし、傷が治ったわけでもない」

「…………は?」

「これは、“時”を止めたんだ」


 その突拍子も無い事実に唖然とする僕と同じくフゴタも、僕が起こった理由などその他諸々含め状況が理解出来ていないのか、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 そして、理解が追い付かない僕らの様子をまるで予想していた様に、ワイズは言う。


「治癒魔術も治癒魔術師もいない中、傷を治す方法が短時間で見つけられない今、時を止めるという方法が最善だと考えた。この状態の彼は喋る事も出来なければ動く事も出来ず、そして害する事も出来ない。彼を幾ら殴ろうが、手に爆弾をもたせて爆破しようが本体には傷一つつかず、魔術を解いても後からダメージがやってくるなんて事はない」

「そ、それってつまり……」

「安心していい、この状態ならば彼は死なない」


 沖に行った波が勢いを増して返ってくる様に、どっと疲れが押し寄せて、尻餅をついて安堵する。

「よかった……死んでないのか」と心境の不安を零せば、ワイズは不敵に鼻で笑い、フゴタは疑惑の表情が拭いきれず、首を傾げる。


「あ、その、掴みかかったりして、ごめん、なさい」


 堪え切れない激情を発散させて、それが勘違いだったというのに謝らないなんて事はできない。

 しっかりと頭を下げて謝ればワイズは目を細めて、


「若さとは間違えるものさ」


 なんて事を言って、笑っていた。


 一先ず大きな問題が解けた所でワイズを含め、集落にいる全ての魔物を召集。

 これからの方針を固める為、元々リーダー歴の長い鬼丸や知識あるワイズを呼んだのだ。


「さて……現状の一番の問題であるブヒタの傷の面に関して、ワイズから話をして貰おうと思う」

「うむ」


 集落の真ん中に作り上げた簡易的な集会場。

 とは言ってもただ、焚き火の周りを皆で囲っているだけなのだが。

 その中で一際存在を放つ一人、ワイズが立ち上がり発言する。


「現状、ブヒタくんの容態は心配しなくてもいいと言える。何が起きようと彼が死ぬ事はない。術者であるワタシが死んでもな。ただし、時間は持って半年。それを過ぎれば彼にかけた魔術は解けて、彼はそのまま生き絶える。それまでに治癒魔術を使えるものをどうにかして連れてくる。これが彼を治す唯一の手立てだ」

「と、まぁ、そういう感じで。それに関しては僕とワイズが相談するよ。だけど、今次の問題なのは……」

「ーーナオネ」


 ワイズの発言に続いて僕が立ち上がり話を続ける、大事なこれからのポイントとも言える答えは、僕が発言するよりも先に明かされてしまう。

 そして、それを言ったのは、


「鬼丸……」

「だろ? リーダー」


 鬼丸だった。

 一際存在を放つもう一人の男、胡座をかいて立っていないにも関わらず、その座高は優に僕を越し、ワイズと同等もしくは高身長のワイズでさえも越しているかもしれない。

 腕を組みながら考え込む様に、彼は言った。


「ナオネがブヒタを襲ったのは確かだ。他に魔物の気配も、増しては人の気配もしなかった。そんな中で圧倒的存在感を放ち立っていたナオネが怪しいのは至極当然。どうするんだ? リーダー」

「それは……僕に、何を訊いているんだ、鬼丸」


 彼が聞きたい事も言いたい事も知った上で敢えて確認を取る。

 それは、僕が考えていることが正しいなら、彼が言おうとしている事は……。


「ナオネを助けるのか? 助けないのか?」


「ーーーー」


 そう、彼が訊いているのは一度仲間と言った彼女ーーナオネを助けるのかどうか。

 幼く、寒さと痛みに震え、恐怖に人一倍敏感な少女ナオネ。

 あんな小さな子がブヒタを理由なく痛めつけるとは到底思えない。

 だから本来ならここは助けに行くべきーーなのかもしれないが。


「ダメだ。助けにはいかない」


「「ーーーー」」


 焚き火を囲む魔物達から不安の息が漏れる。

 想像した答えと、望んでいた答えと違っていたのだろう。

 答えた直後にざわめきが一気に広がった。そしてそれはフゴタも同様らしく、


「それはどういうことかフゴ!」


 と、胡座をかきながら地面を強く拳で殴った。

 続けて、彼は言う。


「ナオネは……ナオネは確かにブヒタを襲ったかもしれないフゴ! でも、でも! あんな幼い子をまたあんな悲しい目にさせたくないフゴ! もし望んで帰ったわけじゃないのなら、ここにいさせてあげたいフゴよ!」

「フゴタ……」


 たった一日だけの関係だが、たった一日だけの関係だったはずなのだが。

 その一日で一緒に遊び心を通じあわせたのか、もしくは何かを聞いたのか、いやに感情移入して片目から涙を流し、その不満を暴露する。

 気持ちがわからないわけでもない。

 だが、それでも。


「ダメと言ったら、ダメだ」

「なんでフゴ!! 理由を! 理由を教えて欲しいフゴ!!」

「それは……」


 言葉を選ぶ必要がある。

 だが、僕はリーダーで非情な決断をしなければならない時もある。

 深く息を吸い、吐いてから、目を開いてフゴタを見た。

 彼は怒りに、激情に任せ冷静な判断ができていない状態な様だ。

 僕は彼を説得しなければならない。


「まず、彼女は仲間を傷付けた。理由はどうあれ許されざる行為だ。それを許したとしても、この森を出て彼女を迎えに行くには、障害となるのは人間達だ。今は立ち入り禁止とはれているこの森にもし人間が入ってくる様な事態になれば、この森も安全とは言えなくなる。そんな危険を冒してまで彼女を助けに行くメリットがーーーー」


「ーーそんな詭弁を、聴きたいわけじゃあないフゴよッッ!!」


 光揺らめく炎の中から、一人の猛獣が僕に飛びかかる。

 ほぼ向かい側にいるフゴタは、火の中に飛び込み、そのまま僕にのしかかったのだ。

 馬乗りになり、その荒々しいまでの闘志を目に宿したフゴタが、涙を流しながら襟を掴み訴えかける。


「俺は! ただ! ナオネを助けに行きたいだけフゴ! 人間とか、傷付けたとか、そんなのどうでもいいフゴよ!! あいつは……人からろくにご飯貰えてなくて……、戦いの道具にされて、毎日毎日逆らったら殴られ蹴られ刃物で脅される。そんな毎日を送ってたフゴ!! まだ十歳の女の子がフゴよ!? 信じられないフゴ……」


 襟を掴んだ僕を上下に振りながら訴えかけるフゴタ。

 きっと、三人で遊んでいた時にでも訊いたであろう事を順々に語って行くフゴタ。

 確かに同情を買える。とっても悲しい話だ。

 ーーだけど、だからどうした?


「それでも、僕はこの集落の皆の安全を取る」

「ーーーーッ!!? こんのクソキングがァァァア!!」


「ーーーー」


 襟を上下に振った勢いで投げられ、空中で頬に一撃拳を喰らう。

 力に任せ振られた鉄拳の威力は凄まじく、跳んだ僕の身体は木にぶつかるまで地面に落ちることはなく、派手に背中から木に殴打した。

 初めて受けたフゴタの拳は硬くて痛くて、とても心に響いた。

 だが、それだけだ。


「見損なったフゴよ……お前。お前なんか、キングじゃないフゴ。ここで絶交フゴ。お前なんかァァァア!!」


 振り上げられた拳は、空中でその勢いを殺される。

 その拳を掴んだ鬼丸によって。

 怒りの対象は僕から鬼丸へとすげ替わり、フゴタの目の前にある鬼丸の鍛え上げられた肉体に、ジタバタしながら手当たり次第、攻撃を始める


「邪魔をするなフゴ! 離せフゴ!!」

「リーダーの命令だ。従えフゴタロウ」

「煩い! あんなのもうキングでもなんでもなーー」

「従え!! フゴタ!!」


 幾ら殴られてもビクともしない鬼丸。

 そんな鬼丸に絶えずいわれなき暴力をふっていたフゴタであったが、彼の一喝により動きは止まり、静寂が生まれる。


「リーダーの言うことに従わなければ下が崩れて瓦解する。見ろ」

「……フゴ」


 そうして向けたフゴタの鼻先には戸惑う醜小人ゴブリン達と灰狼グレイフォックス達。

 こちらで殴り合いが始まった時から止めるべきか、しないべきかを話し合い結局答えが出せずにいたのだ。

 その中で達観とした様子のワイズは我関せずといった様子で、こちらを見守っている。

 が、顔無い顔で、どこか楽しげに見えるのは、気の所為なのだろうか。

 昔は“知識の魔人”とも言われていたらしいし、こういう感情のぶつかり合いも、彼にとっては鑑賞対象なのかもしれない。


「おれら上の者が、ゴタゴタしたら意味ないだろ。それにキングの言うことは正しい。ここは言う事を聞くべきだ」

「……くっ」


 その言葉を聞いて理解はしたのか、フゴタを筆頭に醜小人ゴブリン達と灰狼グレイフォックス達は鬼丸の誘導で自分達の家へと帰って行く。

 僕一人を置いて。

 そして、最後の最後振り返ったフゴタの顔が、心底軽蔑した、ゴミを見るような目付きだったのが、一番ショックだったのは、言うまでも無いだろう。



 --



 朝になる一時間程前だろう。

 魔物も動物達も、徐々に起き始め、鳥の鳴き声が聞こえ始めていた。まだ陽の光など届かず、薄っすらと空が明るくなってきたその頃。影は動く。

 一人影は森の中を地面に顔を付けながらクンカクンカと匂いを嗅いで、目的地へと向かう。

 かなり無様な姿であるが、これ以外に彼が目的地へと向かう方法はないのだ。

 見られる他人もいないのだから恥ずかしがる必要もない。


 ま、僕なのだが……。


 そう、思っていた矢先、僕は何かの気配を察知した。

 後ろから聴こえた枝を踏みつける音、振り返ってみれば、木からはみ出た身体三分の二。

 真ん中しか隠れておらず、巨躯たるその身体は、腕から脚に角までも隠しきれていない、間抜けな格好を晒していた。

 僕は溜息をついて、心当たりある人物の名を呼ぶ。


「……鬼丸……何してる?」


 と、呼べば三メートル程もある巨体、赤い皮膚を持ち銀髪の立派な角を持った鬼丸が、照れ臭そうに頭を掻きながらその姿をあらわす。


「やっぱばれたか」

「いや、隠す気あった? あれ」


 明らかに見つけてくださいと言ったような隠れ方。寧ろあれで見つけられないならアホもいいとこ。幼稚園児にだって鼻で笑われるレベルだ。


「さて、次はおれが鬼だな。さぁー隠れろー!」

「ワァータスケテー。ってなんのコントだ。お前は元から鬼だろ」

「なっはっはっ。確かにそう言えばそうだった」


 僕は元々隠れんぼも隠れ鬼もしていたつもりはない。

 勝手に彼がやっていただけだ。

 彼の矛盾を教えるように身体をコツンと叩けば、頭を上げながら大笑いする鬼丸。


 だが、笑いが治った鬼丸は、至って真剣な表情を見せる。

 その手に棍棒を顕現させて、肩に担げばまた口が開く。


「助けに行くんだろ。リーダー」

「まぁ……あんな幼い子をこのまま見捨てるわけには、やっぱり行かないよね」


 まさか見透かされていたとは、思ってもいなかったが、そこらへんは元リーダー。

 分かってしまうのだろうか。


「お前の考えることなんざすぐ分かる。あめぇやつだからな」

「甘い奴かぁ。結構厳しく言ったつもりだったんだけどなぁ」

「無駄無駄。まだまだ甘さが抜けてねぇよ。あそこは殴ってでもフゴタロウに言うこと聞かせねぇと」

「え、やっぱり殴った方が良かったのかな。でも演技にしても、殴るはちょっとやり過ぎな気も……」

「バァーッカ。だから現実味が出るんだろ。そこは一発ガツンとやんねぇと、意味ないってもんさ」


 実際、フゴタ達にあんな事を言ったがその実、僕一人でも助けに行くつもりだった。

 ブヒタをあそこまで痛めつける力を持ったナオネ。

 そんな中に醜小人ゴブリン達や灰狼グレイフォックス達を連れていけば怪我人が増える一方だ。

 ならば連れて行かず少数で奪還するのが最善。そういう判断だ。


 僕が行ってどうこうなるとも思ってなかったけれど、鬼丸が来たなら正面突破でもなんとかなるかもしれない。

 ワイズには声をかけたが、面倒ごとは嫌と断られてしまった。

 一番期待した戦力だったのだが、残念だ。


「ま、待ってくれフゴーー!!」


「「フゴタ (ロウ)?」」


 と、二人で歩いていればまたも後ろから物凄いスピードで走ってくる一匹の魔物、フゴタ。

 手に醜小人ゴブリン特製の槍を持ち、戦闘準備万端で、気合が形に現れており頼もしい限りなのだが……。


「っとととと!! 止まらないフゴォー!!?」


「う、うああぁぁぁ!!?」

「危ない奴だ」


 全く止まる気配のないフゴタを、逞しい身体全体で受け止める鬼丸。

 筋肉の壁にぶつかったフゴタは逆に弾き飛ばされ、鼻を押さえながらダメージを受けていた。


「いてて……」

「大丈夫か?」

「ーーキング……」


 手を指し延ばせば、鼻を押さえたまま、目を逸らし下を俯くフゴタ。

 多分、先程の喧嘩が原因だろう、何と声をかければいいか模索していれば、先にフゴタの方が口を開いた。


「許してほしいフゴ……。その誤解というか、キングの真意を気付くことが出来なかった俺を……許して欲しいフゴ」

「フゴタ……」

「絶交って言ったフゴが……あれは嘘フゴ! キングはやっぱりキングだったフゴ……だからーー」


 顔を上げ、泣きじゃくって真っ赤になったフゴタの鼻に小さくパンチをかます。

 するとフゴタは別に痛くもなかろうに「フゴっ!」と驚いて、後ろにこける。

 それを見た僕と鬼丸は大笑いをして、更にフゴタは困惑の渦へと押し込まれる。

 そんな彼に手を指し延ばし、僕は言う。


「これで、後腐れなしだ!」


「フゴ……」


 その言葉で漸く本意に気付いたようで、また涙が溢れ、鼻水を撒き散らし始めるフゴタ。


「申し訳なかったフゴォォォ」


「はいはい……。さ、これでナオネお迎え班結成だ。行くぞ、鬼丸、フゴタ」


 涙鼻水たっぷりの顔面を僕の服で拭い取るフゴタ。

 気持ち悪いし汚いし最悪だが、この場はこれで良しとしよう。

 嘘をついたせめてもの罰として甘んじて受け入れよう。


「おうフゴ!」


 一通り泣いて落ち着きが来たのか、立ち上がり真っ赤な顔で鼻息を荒げ応じるフゴタ。


「ハハハ、待ってろちびっ子」


 嬉しそうに笑いながら、しかしその手に持つ棍棒に力が入り、信念が形となって顕現し、荒ぶる様に棍棒で揺れる炎。


 これ程までに頼もしい仲間はいない。

 一人心細い気持ちではあったが、後からこうも仲間が付いて来てくれると感慨深いものがある。


 待っていろ、ナオネ。

 今、助けに行くぞーー。


 

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