第13話 F-6 俺の嫁

 ルーちゃんの声に、周囲の目が私に集まる。


 えーっと、王都かルーちゃんの拠点にいくものだと思っていたのに、何故ここに。

 

「ルーちゃん、ここって‥‥」

「ん? 王都にある、俺のギルトチームのチームルームだ。さっきいっただろう?」

「そうじゃなくて………部外者の私が、いきなりにここに来て良かったの?」

「え? そんなの気にしてたの?」

「だって……」


 なんか異常な視線を感じるんだけど。


 もしかしたら着ぐるみのノエルの姿が目立ってるからかな? とも思ったけど違う。皆はクマなどには目もくれず私を見ているのだ。


「ふふ・・ナツキ、すげー皆、こっちみてんな」

「どういう──

「みんなっ! 待たせて悪かったな。こいつが、俺の『嫁』こと、『ナツキ』だ。見かけたら助けてやってくれよな。タローが戻ったら、チームメンバーになる予定だから、よろしく頼むぜ!」

「なっ、ルーちゃん‥‥ど──う─と?

「くっそ~っリア充めっ」「え~ショック。本当の話だったの?」「彼女さ~ん、そいつやめて俺らと遊びません?」「ルーフェスさんの彼女ねぇ」

「─ん? ナツ──んか言─?」


 だめだ。ルーちゃんに問いただしたいのにチームメンバーの人たちがルーちゃんの周りに集まってしまって、声が届かない。


 しかも、「嫁」が公式に。


 おかげで、中の人が女子と思われしき集団から、殺意の籠った視線を感じて怖い。ルーちゃんはリアルでも両方からモテるから、ゲーム内とはいえ、本気になる人の一人や二人いても───あ、すでにいたわ、裕孝君。



 もし私が片倉夏樹だとばれたら。

 

 当人は関わる気はないって言ってたけど、ルーちゃんの写真を飾るぐらいの崇拝ぶりだから安心できない。なんせ「ルーフェスに触れていいのは、俺だけだ」の人だし、ばれたら色々と聞かれそうで面倒だ。


 まぁ、大人気のオンラインゲームだし、そうそう簡単にはバレる事は───まって、私の名前は「ナツキ」、そして声はそのまま。むこうは、私がゲームを始めたばかりという事も知っている(と思う)


 あ~これ、下手したらバレるかも。


 私は不安になって無駄だとわかりながらも視線をキョロキョロとして裕孝君らしきキャラを探してしまう。


 どうしよう。とにかくチームに入るのはまずい。それをなんとか「今」伝えないと。


 でもこの騒ぎの中、どうやって伝えたら……あ、ウィスパーボイスでやればいいんだ。



『ルーちゃん、私はチームに、はいらないよ』

『えっ、入らないの?』

『はいりません』

『あ~、嫁って言ったから怒ってる? リアルで彼女って事にしといたら、ナツキを独占して遊んでても自然だし、都合がいいから』

『なら友達とかでいいでしょ?』

『え‥‥だって、ナツキは、色々と無防備だから、私がいないと心配だよ』

『無防備って……たしかに私はすぐに敵にやられちゃうけど』


 むっときて言い返していたら、ノエルに「マスター?」と声を掛けられた。ずっと黙ったまま表情をころころ変えてたから、心配に思ったのかもしれない。


 どう説明したらいいものか? と、言葉をつまらせたら、熊のノエルの顔がやや上の方へと動いた。

 

 え? ……後ろの方を見てる?


 振り向くと、赤い鎧を身に纏った青年が、いつの間にか私のすぐ傍に立っていた。赤く長い髪を後ろに一つに縛っている彼の背中には、ごつい大剣が見え、なんだか強そうでちょっと怖い。


「マスターに何か?」


 剣呑としたノエル言い方に少しハラハラすると、相手の青年は一ノエルを見て「おわっ」と声を上げた。どうやらノエルの存在にきがついていなかったらしい。こんなに目立つ熊なのに。


「あぁ、ごめん。ちょっと声をどこか………あ、いや、俺は紅燕っていうんだ。君は彼女のNPCなのかな?」

「…………」


 ノエルが答えず黙ったままなので紅燕さんは、はははと言いながら固まっている。


「まだ会話能力が低いのか。ごめんごめん。ナツキさん? だっけ、この着ぐるみは君のもの?」

「ううん。私じゃなくてルーちゃんのだよ」


 と、会話していたら先程までチームメイトに質問攻めにあっていたルーちゃんが、ドタドタと私と紅燕さんの間に割り込んできた。


「ナツキに何を聞いてんだよ‼ 紅燕」

「いや、この熊を一昨日仮想書店バーチャルストアで見かけた気がして……」

「み、見間違いだろ? ナツキがNPCに着せてみたいっていったから、すっごく久々にだしてきたんだぞ。それ」


 え? 私、そんなこと言ったっけ?


「……しかし、こんなに目立つものを、見間違うとは──

「あ~!!!! そんな事どうでもいいだろう?」

「む、いいたくないならいい。君の彼女に詳しく聞くから」

「なっ、ダメだ」

「何故だい? 彼女と親睦を深めてくれといったのは君のほうだろう?」

「とりあえず、お前だけはナツキとはあまりかかわらないでくれ」

 

 ルーちゃんの言葉に紅燕さんは怪訝な顔をする。


 どうしたのかな、ギルドメンバーには、いつも気を配る方なのになんかイライラしてるし。仲が悪いのかな。


「俺が君の彼女になにかするとでも?」

「その……断れないナツキはお前にとって恰好の餌というか……」

「恰好の餌? なんだよ、それ」


 うん、私も紅燕さんと同じく気になる。


「……とにかくお前は重いんだよ。暑苦しいというか──わかるだろう?」

「暑苦しい……赤い装備だからか?」


 紅燕さんの反応に、ルーちゃんは盛大にため息をつく。


「そうじゃなくてだな、一部のプレイヤーからクレームがきてるんだよ」

「??───心当たりはないが、俺はいつの間にか、皆に迷惑をかけていたんだろうか?」

「お前に悪気がないのはわかってるんだが、その……一部の女性プレイヤーからしつこいと……」

「むっ。まるで俺が品のない行為をしたかのように言うが、そんな事をした覚えはないぞ!」

「無自覚もたいがいにしろ! 己の行動を振り返ったら一目瞭然だろう?」

「覚えのない事を次々と……第一品性のない行いをしてるのは君の方では? ハーレムプレイしていると、もっぱら有名だよ」

「は? 元々このゲームは女性キャラの割合が高いから、自然とそうなるだけだろ?」

「どうだか。俺からみたら周囲からルーフェス様と騒がれてる君の姿は異常だよ。崇拝者でも集めたいのかい?」

「なんだと!!!」


 段々と二人を取り巻く空気が緊張感漂うものになってくる。


 周りの人がとめてくれないかと期待したが、ギルドメンバー達は、二人のやり取りを止めるどころか、またか……と、ぶつぶつ呟くだけで傍観しているだけだ。


 でもルーちゃんと付き合いが長い私としては、本気で怒っているのが解るからやばい。


「紅燕! てめぇに前から言おうと」「俺も前から、君には思っていたことが──」

「ルーフェスさん、移動の札の効果が切れる前に、さっさとアイテムを渡してほしいんだけど」

「「───」」


 突如、空気を読まず、くま姿のノエルが二人の会話をぶった切る。


 一瞬の沈黙の後、ルーちゃんは我に返ったかのように、ふぅと息を吐いた。紅燕さんも気まずくなったのか「少し、頭を冷やしてくるよ」と移動の札を使いどこかへと姿をけしてしまった。


「──すまん、ノエル、ちょっと頭に血が上っていた……ありがとうな」

 

 ノエルは、何のことかわからないという顔だ。どうやらわざと、ああいったのではなく、たんに目的を早く遂行したかっただけらしい。


 ルーちゃんはノエルの反応に苦笑しながら、ギルドのカウンターにいるNPCらしき美人なお姉さんに、何やら話しにいった。周囲が私達をみてヒソヒソと話す中、「マスター、よかったね」と会話を投げかけてくるものだから、余計この場に居辛い。


 


 待つこと数分。


 ルーちゃんが私の目の前に来ると、何やら目の前に文字が出現する。


「これは……」

「ナツキ!それ、[YES]を選択して、そのまま受けとってくれ」


 え? イエス? そうは言われても私の目の前に左右に並ぶ文字は英語でも日本語でもない。


 多分どっちかが、YESでどちらかがNOだろうけど。


「文字がよめなくて」


「は? ナツキのは表記が違うの? どうなってるんだ?」

「マスター、選択ボタンの表示がでているのなら、左側のボタンを選択してみて」

 

 ノエルが、すかさず教えてくれる。


 ──よし左だね! 


 すると耳元で鈴のような音が鳴る。

 

 ん~よくわからないけれどこれでアイテムが追加されたのかな。



「お、上手くいったな。兵士の初期装備一式と、ついでにノエルの装備や回復アイテムもろもろを入れといた。圧縮してるから、拠点ホームに帰ったら開けてくれ。俺は双剣士なんで騎士職はあまり詳しくないけど、そっちを目指すなら同じ職の奴に聞いてやるから遠慮なく言えよ。とりあえず頼むから、兵士から最低でも騎士か戦士になれるように頑張ろうなっ! 俺も協力するから」


 ルーちゃんはそういって念を押すかのように、私の両腕をガシっとつかんだ。瞳には、「今更やめるとか、許さない」という束縛的な威圧感があふれていて、思わず後ずさってしまう。


「ウン‥‥ソウダネ。あっそうだ! 王都がどんなところが早くミニイキタイナー」

 

 熱意が怖すぎて、視線がどうしても違う所にいってしまう。


「──そうだな、さっさとデートに行こうか? もちろん途中で逃げたりしないよなぁ?」


 うぐ……怖い。


 あと、その誤解をうけるような発言は、いい加減やめようよ。


「それじゃ! 俺らは町へ買物デートいってくるわ。てことで、今日は討伐とか参戦できないからよろしくなっ」


 ルーちゃんは私の肩をがっつりつかみながら、ギルドメンバーに手を振るとチームルームの扉を開ける。


「のろけの土産話はいらねーからな」

 

 そんな声が上がる一方で、一部からの冷たい視線が辛い。

 

「あの銀髪女、何者なの……ルーフェス様の彼女って本当なのかしら」

「……わからない。でも彼女と決めるのは早計。それよりも、あぁ……主様の背後に、こっそりついて行きたい。でもこれは任務外。怒られる、でも怒る姿も素敵で好き」

 というなんだか一部とても怖い言葉を背後に、不吉な予感を感じながら、ギルドの建物をでたのだった。









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