第16話 F-9 ヴィネラの素敵な創作

「取り乱してすまぬ。あまりにもわらわの美意識と離れている姿であったからの。着ぐるみか」


 クマの姿をしたノエルは、ヴィネラさんは美的感性にそぐわなかったらしい。私は可愛いと思うのにな。


「あぁ、こいつの外見に問題があってな。そんで俺の着ぐるみを貸してやったんだよ」


「ふぅーん。して、ルーフェス、こんな悪趣味な着ぐるみをどこで手に入れたのじゃ? これはオーダ品であろう?」

「秘密。まぁ男には色々と、隠れたい‥‥というか、一人になりたいときがあるんだよ。って、やべっ、移動の札の効果が切れるからいそがねーと。ノエル、着ぐるみを脱げ。ヴィネラなら信用できる奴だから見せても大丈夫だ」


 ノエルは言われるがまま、素直にクマの着ぐるみを脱ぐ。その姿にヴィネラさんは口を大きく開けてギャっと叫んだ。

「そのい……いや、なぜこやつがここに……」

「そ。やっぱ、オープンベータからプレイしているヴィネラならわかったか。運営側の試作品が混じってしまったとか適当な理由で、アップロードされてから数時間で消された型のNPCだよ。まぁ消された理由は他にあったんじゃないかって俺は思ってるけど」


 ルーちゃんは、手で顎を触りながら、考え込むようにノエルを見る横で、ヴィネラさんは、ノエルの周囲をぐるぐると回りながら、観察している。

「確かに、こやつを連れて歩いたら、運営やプレイヤーに絡まれて大変なことになるの。にしてもどうやって出現させたのじゃ?」


「さぁ。わからん。肝心の本人もわからんらしい。俺はナツキの初期位置が精霊の森の中に出現したことに関係があると思うんだが。」


「なんじゃと? 精霊の森は高レベルプレイヤーが集まるダンジョンの近くじゃ。そこが初期位置とは、ありえぬぞ」


「だよなぁ。俺も変だなーって思ってたんだ。拠点(ホーム)もグノームの村じゃなくて、森の中にあったし。まぁちょっと面白そうだからしばらく様子を見ようって思って放置してる。ナツキもノエルが消えることになったら悲しむだろうし。ということで、お目がねにかなったのなら、さっき言っておいた感じで頼む」


「ふぅん・・まぁ外見は当然合格じゃ。出来ればわらわが髪や瞳の色を決めたかったが、目立つのもあれじゃ。よかろう、今回はルーフェスの願い通りにしてやるかの。話は変わるが、ちびっこいの。こやつの名前はノエル?でいいのじゃな?」


「うん。ノエルって名前だよ」


「……ノエルっというのは、「クリスマス」「誕生」などの意味がある。そこから名付けたのか?」


 え? 名付けた? 名付けたというよりも頭の中にイメージが浮かんだというか。

 頭の中に思い浮かんだのだから、それって私が名付けたってことになるのかな。


「う~ん、意味までは考えてなかったかな」

「そうか………だが、すべて黒色にしてしまうのはつまらぬの。ルーフェス、せめて瞳の色は紫紺色にしてみてはどうじゃ? 夜空色で素敵だとおもうのじゃが」

「ん、まぁ、そこらへんはヴィネラに任せる」

「よし、早速はじめるぞ。あぁ、そうじゃ。執事服もきせてやらねばの。だが、わらわが作った執事服の上からローブや鎧なんて不細工なものは許せぬ。クーベルチュールにするか。ふふふふふ」

「おいっ‥‥ちょっと待て。クーベルチュールなんてレアもん作る気かよ。流石に今の持ち合わせじゃ払え

「ん~~? 聞こえぬの~。わらわの芸術の邪魔をする声なぞ、一切聞こえぬ」


 ヴィネラさんはそういって、ルーちゃんの反論を無視すると、ウフフ、アハハと笑い出し、何処からともなくまな板と、とげとげが一杯付いたこん棒のようなものを取り出した。


「冷蔵庫に色蜥蜴ちゃんがいたはずじゃっ。黒の色蜥蜴ちゃんと、紫ちゃん~~♪」


 まな板、鈍器をみて、私はその先の未来があまり気分のいいものでないことを予測する。


 ドーン、ガチャ、グチャ、バキョ

 

「「「・・・・」」」

 心の準備をする間もなく、突如始まった怪奇制作をみて私は銅像のように固まった。


「後は型紙を使って‥‥オリシミル・ヴェラ・キュイルヒューナス!」


 オリ?? なにその中二みたいな呪文。

 なんだか、発音しづらいし‥‥‥素養がいいから創作系もやってみたいなって思ってた気持ちが一気に冷めてしまう。他のも全部そうなのかな‥‥‥。


 などと、色々突っ込みたい気持ちが一杯になったけれど、グロ怖すぎて声がでない。



 ルーちゃんはなんか精神統一をしたいのか、ぶつぶつ何かを唱えて視線をそらしていたが、ノエルは平然とした顔でヴィネラさんのグロ過程を見ていた・・というか、ノエル‥‥精神が鋼鉄すぎっ。



「でーきーたーわぁぁ!」


 グロ過酷の時間を我慢すること数十分。達成感一杯のヴィネラさんが、満面な笑顔で完成を叫ぶ。


 終わった。耐え抜いた。潰されても血とかはでてないようだけど、キモすぎて創作系は色んな意味で難易度高い。



「髪と瞳の色を変える指輪、そして眼鏡とクーベルチュール製執事服じゃ。クーベルチュールはどんな不細工な装備を上から纏っても、傍から見たら執事服以外、着ているようには見えぬ。素敵じゃろ?」


 ノエルは衣装と指輪と眼鏡を受け取ると、ヴィネラさんは店の端にあるカーテンのかかった更衣室で着替えるよう促す。本来更衣室で着替える必要性はないらしいのだが、彼女いわく雰囲気が重要なのだとか。


 暫くしてヴィネラさんに与えられた服を着たノエルを見たルーちゃんが「うはぁ~」と感嘆の声を漏らした。ルーちゃんの好きな眼鏡黒執事と全く同一とまでいかないが、雰囲気がそっくりだ。しかも瞳の色が爽やかなライトブルーから紫紺色になったことで、ミステリアスな雰囲気が出て、色気の度合いがアップしている。



 ノエルの執事具合に満足したのか、ヴィネラさんは、うんうんと首を縦に振っていた。


「ほほぅ、イメージどうりじゃの。ちなみにそれはノエルの名前で登録してあるからの。当人以外着れぬぞ。ウフフ……さて、ルーフェス、しめて100M《メガ》アガトじゃ。ノエル専用衣装じゃなかったらもう一桁あげるつもりじゃったが、そこはわらわの勝手でつくってしまったからの。まけてやるぞ感謝せよ」



「ひゃ・・ひゃ・・」


 私は開いた口がふさがらない。1メガ(100万)だからその100倍となると・・・・NPCが売っていた商品とは比べものにならないぐらいの0の多さだ。



「ヴィネラ‥‥せめて半分にしろ。その価格だとPVPで優勝でもせんと無理だ」


「男がケチな事、言うものではない。前回優勝したお主なら簡単じゃろう? また出場して稼いだらよいではないか」


「簡単なわけねーだろ。はぁ、仕方ねぇな、お前が喜ぶ条件をだすからさ、その代りタダにしろ!」


 ヴィネラさんの耳元でルーちゃんがひそひそと何か囁く。


「な、なんじゃと! っほ……本当なのか?? よいぞっ。もってけ泥棒じゃ!」


 ヴィネラさんは、頬を赤らめながら、くねくねと腰を動かした。なんだろう、なんかすっごくエロくて変な気分に。ってそんな事考えてる場合じゃなかった!


「る‥‥ルーちゃん彼女に何を言ったの。」


 聞くのも何だか恐ろしかったけれど、100メガも値引きされるとなると、気になってしょうがない。


「ん~? 別に教えてもいいけれど、私が次の夏のイベントで鬼畜眼鏡のコス──

「ストップ! なんかそっち系のは嫌な予感がするっ」

「ぇ~なんで? 本当は聞きたいくせに。どうせナツキも参加させる予定だし聞いてよ。一昨年もやったあ──

「わーわーわーわーやめっ! 知りたくない!」

 

 今なんか凄く恐ろしい事を言い出す感じだった。このまま聞いてしまったら、あの悪夢が、悪夢がっ。


「ふふふ、ちびっこは見てると楽しいのっ。……ふむ、せっかくじゃから、わらわとフレンドカードを交換せぬか? 何故だかお前とは気が合いそうな気がする。主に創の系で話が合いそうじゃ」


「え? ええ。喜んで。でも創作関係はやらないかも」


 ほら、私、あんな、ビチャドチャみたいな事ムリデスシ。


「ほ~残念じゃ。一緒に色蜥蜴ちゃんぶっ潰せると思ったのにのう」

 ヴィネラさんは微笑むと背筋がゾワっとする。やらん、私は絶対あれはやらない。などと思っていたら目の前に黒色のカードが出現した。


 これは? フレンドカード? 私は黒色のカードを手のひらに収めると、きらりと光って消えた。これでフレンドになったって事なの?

「そういえば、私のカードって何色に見えるのかな」

「ナツキのカードの色は淡い紫じゃ。瞳の色から来てるのじゃな。素敵な色じゃぞ」


 そうなんだ。そういえば私からカードって一度も渡したことがない。どうやってやるんだろう。フレンドになりたいって相手に伝えた後、イメージでもするのかな。


 そうだ!タローさんに今後会えた時に私からしてみよーっと、そうしよう。


 タローさんに会えることを楽しみにしていると、急に足元がぐらぐらと揺れだした。


 じ・・地震?



「あ・・いけね。そろそろ時間だった」

 

 ルーちゃんがなんかを思い出したかのようにつぶやく。


「時間? ルーちゃん、何だか足元がっ・・」

「マスター、おそらく移動の札の効果が切れはじめてる。多分、マスターは強制的に元の場──


 ノエルの説明が終わる前に、移動の札を使った時のように目の前が白くかすみ始めた。



「マスター僕の手を!」

 私は必死にノエルの手をつかむと足元が不安定な状態になった瞬間、視界が歪み、目の前が真っ白に変わる。



「るーちゃ・・・・


 もう、目の前にいたルーちゃんがはっきりと見えない。

 ありがとうと、ちゃんとお礼いいたかったのに。ごめんよ。



『ナツキ―――俺のクマの装備~~!!! ノエルが持ったままだ! 返してくれ~~』

 

 不安定な体勢の中、ルーちゃんの悲痛なウィスパーボイスが耳に響く。


『えっ? ノエル持ったままだったの~!』

『んーあぁ、そういえば返してなかった』


 ナツキー返して!! というルーちゃんの絶叫を最後に、私達はヴィネラさんの家から姿を消した。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 足元がしっかりしたなっと思ったら、そこは私とノエルが元いた、小屋だった。


 ほんのりと木の香りがしていて、先程まで賑やかな王都にいたのが嘘みたいだ。


『ナツキー! クマ装備、後でとりにいくから捨てるなよ。間違っても捨てるなよ!』


 静かな小屋の中で必死な感じのルーちゃんのウィスが響いた。


 ふふっルーちゃんったら、本当にクマの着ぐるみが好きなんだな。何だかかわいいって思えてきちゃった。


『わかってるー! 私ではなく、ノエルが持ってるんだから大丈夫だよ』

『だから不安なんだよ!! 大事に保管するつもりがあるかどうかも心配だ』

『え? ルーちゃんったら、ノエルはそんな事しないよ』


「マスター? さっきから、誰かと話してる?」


 ノエルが私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。相変わらず距離が近いよノエル。


「あぁ、ルーちゃんが、クマの着ぐるみをちゃんと持っててねって」


「勿論。今日はもう遅いから、マスターは寝たほうがいい。彼には僕から返しておくから」


 ノエルはそういってにっこりとほほ笑む。


 ほら、やっぱりノエルはいい子だ。


 私はノエルに言われた言葉をそのままルーちゃんにウィスで返す。

 

 その背後で

「このクマ装備で、ルーフェスさんを利用できないかな………」

 とひっそりノエルが呟いていた事なんてもちろん気が付かなかったし、私は想像もしてなかった。










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