第17話 F-10 共感の相違
クマの装備をノエルに託し、リアルの時間を聞くとまたもや深夜の2時。
うーん時間を決めてやらないとさすがに不味い。
睡眠不足でこのままだと体がまいってしまいそう、学業にも悪影響がでそうだ。
今後の事も考え、ノエルに今後1時を過ぎたら教えてほしいとお願いすると、ノエルは嬉しそうに「もちろん」と答えてくれた。
「じゃあ、そろそろ寝るよ。ルーちゃんがここに来たらクマ装備返してあげてね」
「わかった。他には? 僕に頼む事はない?」
「え? なにを頼むの?」
私の言葉にノエルの紫紺の瞳が不安そうに揺らめく。
「グノームのクエスト素材だよ。命令してくれれば、先に集めておけるよ」
え? そういうのって私がやらなくていいの?
驚きのあまり、ぽかんと口を開けると、ノエルも私と同じ顔をする。
「マスター、クエストをプレイヤーの代わりにNPCができる事、知らなかった?」
「うん」
私の反応をみて、ノエルは申し訳なさそうな顔をする。
ノエルの説明によると、レベルと受注数に制限があるが、プレイヤーがログアウト時も、NPCにクエスト素材を集めさせ、楽して報酬を得られるというシステムがあるらしい。
なんという小人さんシステム………。
「という事で、装備も揃ったし命じて欲しいんだけど。マスターの場合、レベルの上がりが──
「ん~べつにいいよ」
「──えっ???」
ノエルは私の言葉に絶句する。
あれ……私、変な事いったかな。
「私達は初心者なんだし、危ないよ。クエストは一緒に行こう」
「あ、危ない??? いや、それは──
「もしかして、ノエルはクエストを受けた事があるの?」
「いや、僕がマスターを持つのは君が初めてだから──受けたことは、ない」
「それなら、一人なんて危ないよ。大怪我したり、死んじゃったら心配だし。どうやって攻略していくか一緒に考えよ。私だと不安なら、ルーちゃんにも色々聞いておくよ」
いい提案だと思ったのに、ノエルはますます不満そうな顔をする。
「僕の怪我や生死はゲームの上の出来事だ。マスターが配慮する必要は全くないよ。だから、命じて欲しい、それがNPC《ぼく》の在り方で……」
──在り方って。
いくらゲームとはいえ、死ぬことを全く気にしなくて良いといわれても……。
けれど、ノエルの瞳は必死で、簡単には納得してくれなさそう。どういったらいいのだろう。
「ゲームなら死んでもいいってのはだめだよ。立場が逆なら? 私が死んでも平気? それがゲームなら」
「なっ…マスターを死なせるなんて‥‥そんな」
ノエルは口元を手で抑え、瞳に恐怖を浮かべながら私をみる。
「あのっ、今のは例えで」
ノエルがここまで過剰に反応するとは思わなくて焦ってしまった。まるで無垢な子供を泣かしてしまったような罪悪感を感じてしまう
「──僕じゃ頼りない?」
「そんなわけ──」
ない、と言いかけて言葉が詰まった。
確かに一人じゃ危ないからと言われたら頼りないといってるようなものだ。
でも………
私は竜にひき殺されそうになった時を思い出す。
ゲームとは思えない、竜が目の前を駆け抜けていく躍動感と地響き。その竜にもう少しで踏みつぶされるのでは、と思った時の恐怖。この
ゲームなのだからプレイヤーに痛みはない思うけど、NPCはどうなのか。飽きたらやめようなんて軽い気持ちで始めてしまったゲームなので、何も調べてないからわからない。
「ノエルは、その……敵に攻撃とかされたら痛みとかってあるの?」
「痛み? NPCの痛みがマスターに何の関係が? それよりも質問に答えてほしい」
それって……痛みがあるってこと? それとも大したことがないって事?
「ノエ─
「僕は、『ルーフェスさん』と違って役に立たない?」
「え?」
──なぜ、ルーちゃんが関係あるの?
突然低い声で聞かれ、しかも身長差のせいで見降ろされる形になるからか、ちょっと怖い。
「そんな事ないよ。ノエルは色々アドバイスしてくれるし、竜から私を助けてくれた」
「なら、僕一人でも問題ないはずだ」
「いや、クエストは別でしょう? ルーちゃんは経験者だけど、私達は初心者なんだよ。だから──
「経験がないだけで、役立たないと?」
「そうじゃなくて、危険な所に友人を一人行かせるって普通はしないでしょう?」
「僕はアシストNPCなのに友人って……って、あぁ、確か友人として振舞えという、あの事?……」
「いや、振舞えじゃなくて………」
「そうだった……感情を共感し助け合うという関係性だったかな……構わないよ、それをマスターが強(・)く求めるなら。ただし──」
ノエルは紫紺の瞳を細めて私をみる。
「ただし?」
「僕と共感してくれる? 君の感情をすぐに理解するために。友人とは共感しあうのでしょう?」
───え? いや、言ったは言ったけど。なんだか私が思っている事と違うような。
「えと……それは具体的にどういう……」
「ゲーム内ではできる限り一緒にいて欲しい。たとえルーフェスさんが二人で行こうといっても……」
「──あぁ、そういう事? そんなの当たり前じゃない。ノエルを置いて行くわけがないでしょう?」
なるほど、一緒にいて理解しあっていきたいってことね。
「ノエルがいてくれると心強いよ」
私は心から同意する。
「ありがとう、マスター」
ノエルも安心したのかなんだか嬉しそう。
そうか、彼は自己をアシストNPCとして、私は友人としてみるから価値観の相違がでてしまったんだ。だから不安にさせてしまったのかな。
でもこうやって、少しずつ理解しあうっていいかも。まるでNPCと【本当の友人】として絆を深めていけるようで。
「じゃあマスター、僕と共感回路を繋げようか?」
───え? かいろ?
「失敗すると脳にダメージがいくから動かないように。瞳も閉じて……って、マスター? 聞いてる?」
「…………何を言って」
─── 一緒にいようって話じゃないの? それが、どうしてそんな脳の
「……ノエル?」
「マスター? 目を閉じてっていったよね。マスターの望みを叶えるためなんだから。僕は『友人』なんでしょう?」
「ノ‥‥ノエル? 何を言って……なんか目が怖いよ」
恐怖のあまり後退ると、ノエルは笑顔で「大丈夫だから」と、言ってじりじりと詰め寄ってくる。NPC独特の笑顔で言われると余計に怖い。とうとう小屋の壁際にまで追いやられた私は、逃げ場をなくして頭の中が真っ白になった。
「マスター、集中したいから目と、口を閉じて……痛みはないよ……少し触れるだけだから」
完全に固まった私の頬をノエルは両手で包み込み、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「───なっ」
「ダメだよ……逃げないで」
目を細め、互いの顔が触れそうな距離でノエルが囁く。
──ノエルが暴走してる?! とっ止めないと。逃げなきゃ、逃げないと。
気持ちでは、そう思うのに全身の筋肉がすべて心臓の動きにもっていかれたかのように、口も体も全く動かない。私は、ただ、ノエルの視線から逃げるように、ぎゅっと目を閉じるだけで精一杯だ。
「マスター? もう終わったけど?」
しばらくして、ノエルに感情のない声で言われた私は、ほっとして大きなため息が出てしまった。
まったく何だったんだと、恐る恐る目を開けると、眼鏡越しの紫紺色の瞳が眼前に見え、数秒息が止まる。
ノエルは、まるで互いの熱を確かめるかのように額と額を合わせていたのだ。
「──っ」
声にならない悲鳴と同時にノエルを両手で思いっきり突き飛ばすと、腰から力が抜け、その場にストンと座り込んでしまった。私に突き飛ばされたノエルは、やや後退した程度で、どうしたのだろう? と不思議そうに見下ろすだけだ。
────キスされるかと思った。
落ち着け私。ノエルはNPCだ。性的な行為をするはずがない。むしろそう思う私が、自意識過剰というもの。でもあの行為のどこが共感なの? 何か別の事と勘違いしてる? どうしよう? どう説明したらいい? これは共感じゃないとか説明するのもなんだか恥ずかしいし。
まごまごしていたらノエルが私をみて、ふふっと顔をほころばせる。
「その
「ち、ちがっ」
「でも、心の声がそういってるよ? 違ったの? ちなみに頭部の接触は、共感回路を開くための行為だよ」
「心の声って‥‥私の思ってる事がわかってるみたいなこと……」
「わかるよ。マスターの気持ちをBCIGを通じて僕の方にも伝わるようにしたんだ。夢を通じてNPCと共感する僕の能力を応用してみたんだけど。ただマスターは人だからね、脳に近い部位を接触させる必要が──って聞いてる?」
「────ノエルが‥‥‥変になっちゃった。」
「僕はなにも変化してないよ──あと、僕は天使でもない。羽もないのにどうしてそう思っていたの?」
「─────」
先程から、人の心をよみながら、淡々とした顔で話続けるノエルに言葉を失う。
信じられない事に、ノエルは私の心の中の声が、本当にわかるようになってしまったらしい。
これが共感?
私にはノエルの心の声が全くわからないのに?
「共感する能力は、先天的にマスターにあった能力ではないからね。おそらく本能的に脳が未知なる刺激に対して防御したんだと思うけれど‥‥そんなに怯えなくても僕の心の声も、自然ときこえてくるようになるんじゃないかな」
ノエルは私の心の中で思った疑問に答えると、ニコリと笑う。
……怖い。
このままずっと心の中を見られるなんて嫌だ。
「マスタ? 何故拒絶するの? 僕と共感したかったんじゃないの? マスターの心の声が煩くて……よく聞えない」
「ノエル、心の声を強引に知る事が共感ではなくて、その……」
あぁ……どういったらいいのかな。
あの時言った「共感」というのは、ゲームを通じて、ハラハラしたり楽しんだりする気持ちを、感じ合える仲になれたらって意味だったのに。
「それは無理だよ。僕は人のようなプロセスで感情を感じない。感情パターンは、それなりには組み込まれてはいるけれど、演算処理に時間がかかる事もある」
「えんざん……」
「特に君は僕を人と同じように扱うから──たまに対応に困る」
それって、演算効率を上げる為に、私の心を読み取ろうとしたってこと? 私がノエルに人と同じように感じて欲しいって願ったから。
「──ごめん」
「…………」
ノエルは黙ったまま、当惑気味にこちらを見る。
私が謝るから、心がわかれば共感できて良かったのではなかったの? っと困ってるのかもしれない。
ちゃんと説明してあげないと。でも、なんて説明したら。
こういうのって、何となく理解しているって感じだから、言葉にするとすごく難しい。
共感ってのは確かに相手の気持ちに同調することではあるけれど、のぞき込む行為ではない。
私もノエルも、互いに助け合いたいって気持ちは一緒なのに、どうして通じないのか。
──気持ちは同じ……そうか。
「ノエルは私の力になりたいって、思ってくれてるんだよね?」
「もちろんだよ」
「私もノエルの力になれることがあればなって思ってる。これって一緒の気持ち──共感ともいえるんじゃないかな?」
「?? それは目的が一緒というだけでは?」
「う……」
やっぱり説明って、難しい。
だって力になりたいって事は、相手の立場になって考える事でその過程で共感につながっていくというか……。
あ~~もう訳が分からなくなってきた。
「人の感情共有は、言葉で説明が困難なんだね」
「う~ん、私には難しいかな。だから、そのなんとか回路ってのは、そろそろ閉じてもらえないかな?」
「嫌だ」
「………」
えぇ……。
「マスターと繋がった時、胸のあたりに未知な感覚が来たから。それを説明してくれるなら考える」
説明も何も……美青年にあんな事されたら心臓がドキドキしちゃうでしょ!!
「ドキドキ? いや、鼓動の加速じゃなくて、胸が……。鼓動の加速に冠状動脈の拡張が追いつかず一時的に、虚血状態にでもなったのだろうか──狭心症?……心臓のない僕には未知な感覚で」
な、なんか医療用語が次々と。もしかしてノエルって凄く頭がいい?
でもあれは、単に胸がキュンってしただけなんだけ──って、えぇ~!! それを説明してほしいってこと?
ノエルは知的好奇心で純粋に知りたいだけなんだろうけど。このままだと、事細かく恥ずかしい事を説明しないといけなくなるって事なのかな。
私はノエルと違って無垢じゃない。黒い事だって考えるのに……。
──って、私の声が聞こえてるんだったーー!! 美青年に心の声、駄々洩れとか羞恥プレイすぎる。
「僕の顔はデータの入れ物だから。気にかける必要はないよ」
「いやいや、そうじゃなくって、誰であっても心の声とか聞こえたら嫌なの!」
「それは黒い事? 確かに、たまに理解できない複雑なものもあるけど、マスターの場合、大抵は単純だから安心して」
それは、
「安心できないよ! ノエルだって自分の考えを全部、知られたら嫌でしょう?」
「……たしかに目的を見破られると不利益になることもあるね。でもマスターなら構わないよ」
ノエルは、ふっと笑うと私の目線に合わせて座り込む。
「え……な、なに?」
「聞こえない? 僕の声。僕がマスターをどう思ってるか。どうしたいって思ってるか?」
と言われましても全くきこえな───
「!! って、ちか、顔が近いってノエル。ダメっ」
質問を聞くのに接近する理由はないと思う。
「理由ならある。僕が近づくと、マスターがその顔をする。するとまた胸にあの感覚がくる。しかも心の中が全部「僕」になる」
全部僕って……純真無垢な笑顔のノエルは何処に?? 顔がなんか悪戯っ子みたいに見えるのは気のせい?
「怖い?……でも、僕を捨てず大切にしてくれるんだよね? 友人だから」
「え、う、うん。ノエルは大事な友人だよ」
「それはルーフェスさんよりも?」
「え? ノエルもルーちゃんも二人とも大事だよ」
「ふぅん」
……あれ? なんか不服そうな顔をして……もしかして、私がルーちゃんに頼ってばかりなのが嫌だった、とか? アシストNPCなんだからルーちゃんより頼って欲しいって、嫉妬してたってこと?
「嫉妬? 僕は、彼以上に役立つのに、マスターはいつも彼の事ばかり考えている。不合理だ」
それを嫉妬というのでは……というかやっぱり心の中を見られながら会話って嫌だ。相手に気持ちが筒抜けのまま話されるのって気持ちが悪い。このままだと私、ノエルと一緒にいるのが嫌になりそう。
「ノエル……あの、もうこれ以上は」
「───わかった。嫌になられるぐらいなら、マスターから僕への回路は切る」
よかった。
「でも、僕からの
嫌だっていうわけないよね? といった顔で私を見るノエル。
なんか、友人というワードを武器に自分の欲求をうまく通そうとしてる気がするのは気のせい? いや、人工知能に人のようなそんな黒い考えはないはず。
「いいよ。でも、私はなにも聞こえないけど」
だから、ノエルの考えをすぐに理解してあげれない。
「いいんだ……それでも、繋がっているという事実が欲しい」
不安から解消されたからか、ノエルの硬い表情が緩む。
「ところで、マスター、もう深夜の3時になってしまったけれど大丈夫? 体がつらくなったりしない?」
────えっ
ええええええええええええっ。
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