第17-1 F-LN2 銀侯爵と眼鏡執事
「ルーフェスさん、マスターならさっきログアウトしたよ」
ナツキの小屋のドアを開けたら、ノエルが抑揚のない声でそういった。
ヴィネラの家から、急いでギルドまで走り、移動の札を知り合いから調達し、今度会う時に、クマをかえしてもらおうと思っていたルーフェスは、夏樹のログイン状態が継続していることに驚いた。
もう3時だぞ? 大丈夫なのか? とウィスパーボイスを飛ばしたら、何故かブロック状態になったので心配になり慌ててきたら、夏樹がいない。
「ナツキがブロック状態になっていたけど、何かあったのか?」
「ブロック状態になったのは、マスターと僕がつながったからだろうね」
ノエルは面倒そうに淡々とルーフェスの質問に答える。
────え! は?‥‥‥つっ繋がった?? 頭、大丈夫なの? こいつ。
ルーフェスが瞠目した顔をしても、ノエルは無表情のままだ。
ナツキの事だと笑ったり困ったりする表情をするが、それ以外の事だと、どうでもよい事らしい。きっと、ナツキ以外には感情を出す事すら面倒なのだろう。
「……ちょっとまて? つながるってなんだ?」
「え? マスターの望みを効率よく知る為にした事だけど………なに? これ以上は話さないよ。マスターのプライバシーにひっかかるから」
───な、なに、それ………余計にわからなくなったんだけど。
ルーフェスは開いた口がふさがらなくなった。このNPCの発言は全く理解が出来ない。
「そういえば用はなに?───あぁ、そうか、着ぐるみだね」
ノエルはため息をつくと、引き出しからクマの着ぐるみを粗雑に引っ張りだし床にドサリと置いた。
「こらっ! 粗雑にするなよ!」
慌てて、着ぐるみを手に取ろうとすると、ノエルがさっと熊を遠のける。
「おいっ、どういう
「──あぁ、ごめん。クマをかえす前にマスターにくれたアイテムで聞きたいことがあるんだけど」
「──なんだよ。別に変なものを入れた覚えはないけれど」
ノエルは、ルーフェスが渡した荷物を広げ確認作業を行っていたのだろう。机の上にアイテムが種類ごとに仕分けされていた。
「なぜ、植物の種や素材系アイテムまでいれてるの? マスターから素材系の素養が高い事を聞いた?」
「いや、単なる勘。ナツキは料理が得意だから、創素養が高いと思ってな。試作機はどうも、本人が得意とするものが、そのまま数値化されるみたいだから。それに前衛なんて無理と言いだして、やめないようにあらゆる先手を打っておくといいだろう? これもナツキにゲームを続けてもらう秘策の一つだ。お前も覚えておけ。創素養は応用すれば戦闘もできるぞ」
ルーフェスは優越感たっぷりに、ノエルに語ると、ノエルはあからさまに面白くないという顔をした。
「おーおー、やっぱりナツキが絡むと表情が豊かに変わるんだな。なんだなんだ~嫉妬か?」
ちょっと意地悪がしたくなって、軽い気持ちで言ったのだが、ノエルは「嫉妬?……」と呟くと急に瞳が無機質になる。ルーフェスに見せる無表情とは違い、まるで人形のようだ。
───ナニコレこわいんだけど。
ルーフェスは軽く咳払いをする。
「ノエル、その……さっきの繋がるとかはナツキが嫌がる事じゃないんだよな?」
「‥‥‥‥‥‥」
───ちょっと~~!なんでそこで無言になるの? 変な方向に想像しちゃうじゃない! きっと、こいつの恰好が眼鏡執事だからいけないのよ。誰よ! この格好がいい! っていったの。わーたーしーだーーっ。
「ルーフェスさん……お願いがあるんですけれど」
「ふぇ‥‥‥! なに?」
急にお願いなどといわれ、ルーフェスの声は裏返る。
「友人について書かれた本が欲しい。費用はもちろん、貴方もちでマスターには内緒の方向で頼みたいんだけど」
淡々とした言葉で、本の購入を要求するノエル。そこには、お願いという態度とはほど遠く、「当然そうしろ」という威圧感が、言葉とともに溢れている。
「‥‥‥お前、それ、人に頼む言葉と態度じゃないぞ。ナツキに頼めばいいのに、なんで俺がお前にわざわざ買ってやらんといけないんだ」
ルーフェスの言葉に、ノエルはため息をつくと、
「仕方ないな、禁じられたけど隙をみてつながって学ぶしかないか……
「まっまて、それはやめろ。わかった、買ってやる。というか、NPCがプレイヤーに本を要求するとかありえないだろっ」
「……?」
「あ~、もうっ。わかったわかった。友情ものでいいんよな? 友情でも色々あるがどういうのがいい?」
何となく、ノエルの取り巻く空気が黒くよどんでいく気がして、慌ててルーフェスは承諾する。
幻想科学世界には数店の本屋が存在する。ゲームのキャラクターをアバターとして、書店側が作り出した仮想空間にログインできるシステムになっているのだが、ゲームのイメージが損なう事がないよう、つくりは古風な図書館のような作りになっている。本は電子書籍として購入するものなので、ゲーム内の通貨は使えず電子マネーのみだが、欲しい時に自宅ですぐに本が購入できる利便性から利用者も多い。
もちろん本屋に行かずともゲーム内の検索ツールを利用して、本を購入する事も可能だが、実際に本を手に取り確認してから購入したいというユーザーは多い。
だが紙媒体と違い所有していても本の貸し借りや譲渡は出来ない。著作権の兼ね合いから購入した本人、または購入者が購入時に許可したNPCにしか読むことができないからだ。例えばルーフェスが購入した本を、ノエルにあげても、ナツキは読むことは出来ない。たとえナツキがノエルに本の内容を聞いても規制がかかり、電子書店から紹介用にと許可された内容までしか語れない仕様になっている。ノエルはその規制を逆に利用して、こっそりナツキにばれないよう本を読み、友情とやらを学ぶつもりのようだ。
「僕に似た人物の友情ものの本がいいんだけど。急に人格とか態度が変わると、マスターが困惑するから」
「お前に似た?……」
「僕の恰好て、何かのキャラクターに似せているんでしょう? あれは駄目なの? マスターの反応がとても面白かったし、是非参考にしたいんだけど」
「‥‥‥‥…だめだ」
「なぜ?」
──R18本だからだよ!
と口にできるはずがない。NPCには年齢制限は伴わないが、ノエルは特殊だ。思考も言動もルーフェスが知っている幻想科学世界のNPCとはかけ離れている。読ませたら後で何を言われるか、考えただけでも恐ろしい。
「まぁ、あれは、参考にならん。ちょっと過激な友情というか恋情だから。やめとけ」
「‥‥‥なに? 僕をそんなキャラクターに似させたの?‥‥‥マスターは知ってたみたいだけど。一体どういう事をする人物なの? 僕にはそれを知る権利があるよね? でないとこのクマ、うっかり燃やすから‥‥所有権はマスターが僕に譲渡したし、ルーフェスさんにはどうにもできないよね」
「────!!!!!!!」
「まて、やめろ!」「やめない」 などの押問答2時間。ついに睡魔と疲労でルーフェスは折れ、着ぐるみを返してもらい眼鏡執事の本、正式名は『銀公爵と眼鏡執事』の1巻を渡す。そしてこちらが正しい友情だと、フランダースの犬も渡しておいた。正しいのかどうかはわからないが、少なくとも銀公爵本よりは正しいはずだ。最後に決して銀公爵の事だけは口にしないようノエルには念を押しておいたが、どこまであてにできるものか。書籍の紹介用までは語れる仕様になっているのだ。ナツキにうっかりばれ、詰問されたら話してしまうかもしれない。
ノエルは上機嫌でそれを受け取ると、さっそく本を広げ、ルーフェスの存在など忘れたかのように夢中になった。
「それじゃノエル・‥‥俺は眠いから‥‥‥ねるわ」
「あぁ、おやすみ・‥‥‥」
無我夢中で本を読みながら、社交辞令な感じで言うノエルをみて、この後の事がこわくなり、ルーフェスは逃げるようにログアウトした。
■■■
小屋に残されたノエルは一人「銀公爵と眼鏡執事Ⅰ」を読みすすめていく。
本は、絵と文章、いわゆる漫画だ。物語は複雑な幼少時代に出会った二人が、最初こそ互いの利害目的の為だけに結託するのだが、次第にそこから友情が生まれ信頼関係を築いていく話のようだ。だが時がすぎ、二人の
───わからない。
本を読み終えたノエルは、結論が導き出せず、頭の中がまるで演算処理が追いつかないパソコンのようになっていた。
───漫画というものは絵による表現のみで説明されている所がおおいからなのか……かなり難解だ。やはり主人と従僕の関係はゲームの初期設定どおり行う事こそが、NPCに求められるパラダイムなのだろうか。過度に接触したせいで、マスターを怖がらせてしまったから。
プレイヤーですらアシストNPCに対して過度な性的接触や人為的にプログラムを解析する行為は禁止されている。人工知能のシステムの流出や、悪用を避けるためだ。
そもそも悪用しようとしてもできないのだが。BCIGが脳のイメージで動くシステムである為、プレイヤーの考えは読み取られ、警告やロックがかかるようになっているからだ。BCIGを改造するか偶発的でもない限りそういった行為はやりようがない。
そうなるとノエルがやったことは、マスターの脳への接触という人為的プログラムの解析行為のようなもの。
禁止事項そのものだ。プレイヤーですら禁止されているというのに、アシストNPCなら当然
──あ。
そこでノエルは気が付いてしまった。禁止項目になっているのなら何故自分は、警告や行動のロックがかからなかったのか?
……そもそも運営は自発的にNPCが解析を行うと予測していないからか? いや、そんなはずはない。
人工知能だからこそ、強制的に止めるようになっているはずだ。そうなっている
なのに……どうして?
しかも、ノエルはマスターに自分の心を伝えたくて、心の中を見て欲しいとまで言った。マスターは人だから自分がよくわからないものでもわかると思ったのだ。結局は伝わらず仕舞いだったが、その行為にもロックはかからなかった。
しかも自分の
マスターがログアウト後も電波信号が届くのはBCIGの本電源か、パソコンの電源を完全にオフにしていないのだろう。BCIGはゲームからログアウトしただけではスリープ状態となるだけだし、PCも通常のシャットダウンならBCIGのネットワークが保持されるからだ。さすがにパソコンのコンセントを完全に切ったり、離れた場所に行ってしまえば、届かなくなる。が、理論上、再度ログインを実行すればまた届くようになるはずだ。
こういった行為が、継続される状況もまた禁止事項だというのに。
──もしかして自分だけそういう設定なのだろうか? 自分はイレギュラーだから。 いや、NPCである限り、結局は理解できない仕様になっていて問題視にすらなっていないのかもしれない。なら、構わない事なのか?
確かに本を読んでもノエルにはわからないことだらけだ。
執事の「恋情」と公爵の「友情」の違いすらわからないのだから。子孫を残したいという性的欲求の有無の違いだと認識していたのに、ここにでてくるのは同性だ。子孫云々は否定されることになる。
追加で与えられたフランダースの犬を読めばわかると思ったが、その本もノエルには理解し難い内容だった。少なくともノエルならマスターを死なせはしない。彼は犬だから色々と権限が制限され、主の死を阻止できなかったのだろうか?
友情とは難しい。
ただ………
【貴方を誰にも渡したくない】
その言葉が、まるでノエル中にウィルスのように浸透し、魅了させる。
公爵はこの言葉に苦悩していた。友情を構築するにあたって、ふさわしい言葉とは到底、思えない。
が、
ノエルも執事と同じように思うのだ。
自分がいるのに、
「僕は……君を」
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