第18話 D-1 大樹とロボット

 ノエルにリアル時間を聞いて真っ青になった私は、慌ててログアウトし、お布団へとダッシュした。

 

 お風呂は明日にしよ。だめだ─────


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 ここは何処だろう‥‥。


 あれ、私、お布団に入ってそのまま寝た気がするんだけど。


 私は何故か森の中を一人歩いていた。なんでこんな所歩いているんだろう。


 森の中は薄暗く、霧が立ち込めていて目の前以外は霞んでよく見えないし、森の中は静かで鳥や動物の気配すらない。


 あ───これは‥‥夢だ。

 

 普通、こんな森の中一人で歩いていたら、「どうしよう! まよっちゃったよ!」って焦るはずなのに心の中はとても落ち着いているのだから。


 そっか、ならそのうち覚めるかな。


 私は、無心で森の中を真っすぐに足を進める。この先に何があるか知らないのに、何故かこっちへ向かうのが正しい気がするのだ。


 やがて森を抜けると、広大な草原に一本の大きな大樹があった。

 

 森の木々とは比較にならないぐらいの大きな木だ。大樹の幹は、私が両腕を広げてもまだ足りないぐらいの太さで、横幅はゆうに50mは超える枝が両翼に広がっている。薄暗い霧の中にあるせいか大樹は巨大な黒い物体に見えて、少し怖い。


 森へもどったほうがいいかも‥‥。


 一瞬、そう思い振り返ってみた森はもっと気味が悪く、とてもじゃないけれど引き返す気にはなれない。だからといって、広大な平原のなか一人立ち尽くすにはあまりにも寂しく人恋しい。


 本当に誰もいないのだろうか?



 私は辺りをじっと見まわすが、霧のせいで視界がはっきりしない。

 

 しばらく、平原でじっとしていると、やがて大樹の下の辺りに、ほのかな光が二つチラリと見えた。


 誰かが明かりをもって、歩いているのだろうか? 光の方へ向かう事に若干抵抗があるものの、このまま一人でいるにはあまりにも恐ろしくなった私は、わずかな光を目指して大樹へと歩みを進めた。


 あれは‥‥なに?


 大樹の下には、はっきりとは見えないが黒っぽい何かが座っているのが見えた。形からして人のようだが、それにしては形がやや歪だ。



「そこに誰かいるの!?」

 

 自分の中から湧き上がる恐怖をかき消してしまいたくて、私は大きい声で、黒い何か、に声をかけた。

 が、聞こえるのは風に揺れた木と葉のこすれる音ぐらいで何ら反応はない。


 私は恐怖で足を震わせながらも大樹の下にいる、黒い何かへと近づいた。

 これは夢なのだ。だから怖がる必要はない。むしろこのまま覚めてしまったら、あの黒い物の正体がわからないまま終わってしまうし、それはそれで何だか怖──

「え? ───ロボッ・・・・ト?」



 森という大自然の中に存在する物とはかけ離れていたせいか、思わず言葉が漏れる。


 色が黒く忍者みたいだなとは思ったが、まさかロボットだとは。テレビでよくみるような全体的に角ばった感じではなく、どちらかというと人の体型に近く腰も細い。肩や腰、腕や大腿の部位には防御力を高めるためなのか、和風の鎧のようなものをまとっていたが、スラリとした体型から、動きは俊敏そうだ。

 

 それにしても、大自然の中にロボット。なんだか異様な光景だ。


「ねぇ‥‥ロボットさん、貴方は誰? ここって夢?」


 自分でも何を突然聞いているんだと思いながら、私はロボットに訊ねていた。

 しかしロボットには私の声が聞こえないのか、幹に背をもたれかけたまま暗い空を見上げている。

 薄暗い中で、話しかけても無言のロボット。無機質で不可解な存在を、何時もの私なら怖いと逃げ出すか、距離を置いて様子をみるかするはずだ。だが、ここが夢の中だからか、ロボットを怖いとは思わなかった。むしろ、どうしてそんなに寂し気に、空を見ているのだろうと心配になる。空が薄暗いせいなのだろうか・・・・まるでこの空は、このロボットの今の心の中を表しているかのように思えた。


 しばらくの沈黙の後、やがてロボットはすっと立ち上がると無言のまま私のほうへ向かってくる。

 人の瞳とは明らかに違う、機械的な目は霧の中でゆらゆらと光っていて、少し気味が悪い。私が最初みた光は、この目だったのだろう。


 ロボットは私のほうへと歩くスピードを抑えることなく、どんどんと近づいてくる───このままでは、ぶつかる!‥‥そう思った時だった。


 ロボットは私の体をすり抜け────────────森の方へと姿が消えていく。

 

 「え‥‥ちょっとまって! こんな所で私を一人にしないで」

 

 私はロボットの後を追い掛けようとしたが、もうロボットの姿は見えない。こんな気味の悪い所で一人でいないといけないなんて、夢なら早く・‥‥早くさめて!




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 ──ピピピ! ピピピ! ピピピ!



「わぁぁぁぁ」


 私は叫びながら飛び起きた。今日は日曜日だっけ、ああ、学校はお休みだ。

 ‥‥頭が痛い。夜更かしすぎたなぁ。

 なんだか変な夢だった。あのロボットはなんだったんだろう。


 私は目覚めの為にシャワーを浴びようと浴室へとむかうと、浴室の鏡にうつった自分をみて驚いた。

 なんと血色の悪い顔なんだろう、今日こそは早寝しよう。


 入浴を済ませると、私は半分寝ぼけながら目玉焼きをやいた。冷凍してあったパンをオーブントースターで焼いた後、パンの上に目玉焼きをのせて食べる。そして、眠気覚ましにブラックコーヒーを入れると、テレビのリモコンのスイッチを入れた。



《おはようございます。本日のお天気は、夕方までは良いお天気なのですが・・・・


 テレビの天気予報をボーとしながら聞く。今日は晴れで夕方からは雨が降るらしい。ルーちゃんのパパに新しい折り畳みの傘を入学祝にと貰ったから、使ってみようかなぁ~と、ぼーっとしながらアナウンサーの声をきく。最近の天気は異常気象が進んでいるのか、天気の変化が激しかったり予想と違う結果になることが多い。おかげで洗濯物がずぶぬれになってしまった事もある。


 と、そんな事を考えながらコーヒーを口元へと運ぶ。


《次のニュースです。昨日、都内にて音宮絵画展が開催されました。最近大ヒットした幻想科学世界のキャラクターデザインの原画をはじめ、多数の絵画が展示されており・‥‥


 音宮さんの絵画展かぁ。ルーちゃん行くのかなぁ。


 テレビの画面をぼーっとみてると、ノエルらしき絵がチラリと映り鼓動が跳ね──同時にそんな自分が虚しくなる。


 いくら恋愛経験が皆無とはいえ、架空ゲーム人物キャラクターに動揺するなんて頭が沸いてるとしか思えない。別に、ノエルを恋愛対象いせいとして見ているつもりはないけれど、ああいう事された後だ、次会った時に普通に話せるのかな。


 などと、ぐだぐだ悩んでいたら、途端けたたましく携帯の音が鳴った。着信元はルーちゃんだ。


 


『夏樹。おはよ~! ねぇ? 体調大丈夫? なんかゲームで困った事はない? 今日、私の所にはこれそう? 大丈夫?』

「え…困った事?(といえばノエルの事だけど……キスされると勘違いしましたなんて悲しくて言えない)特に大丈夫だよ? ルーちゃんの所? あぁそっか、今日は日曜だった」


 私は日曜日はルーちゃんの家に行ってるのだ。

 

 だが、たんに遊びに行くわけではない。


 ルーちゃんのパパより、娘は顔と頭と性格は良いが、家事が壊滅的なのでゴミ屋敷にならないよう面倒を見て欲しい、と言われているのだ。ルーちゃんの家はお金持ちなので、家政婦さんを雇えばいいのだけど、どうもルーちゃんは自分の趣味を見られるのが嫌らしく、家事ができて自分の趣味をさらけだしても大丈夫な人=私、となったわけだ。


 まぁそのバイト代替わりということで私は、ルーちゃんのパパが所持するマンションに、かなり安値で住まわせてもらっている。このマンションは、本来、私みたいな学生が借りれるような家賃のマンションじゃない。都内の駅から近いマンションの為、家賃が結構高いのだ。さすがに申し訳ないと断ったのだけど、何故か逆に懇願され、厚意に甘えさせていただくことになった。本当、ルーちゃんパパには頭が上がらない。


『‥‥その感じだと、昨日夜更かしして、今もボーとしてるわね。まぁ、問題がないんならいいんだ。てことで、家で待ってるから。ちなみに、すっごく散らかっているから覚悟しておいて。それじゃあ、ご飯、ご飯を切実に私はまっているよ!』


 るーちゃんは自慢げに、家の散らかり具合を語ると電話をきった。

 

 さてと、急いで行くとしますか。



 私は身支度を整えると、玄関のドアを開けて外へとでた。



 

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