第19話 R-8 ルーちゃんの家
近隣のスーパーへ食材を買うと、ルーちゃんの家へとダッシュする。
ルーちゃんの家は、駅近くの高級マンション。彼女はそこに一人で暮らしている。
豪華なエントランスを抜けると、24時間コンシェルジュがいて、屋上階にはスポーツジムと温泉までついているという‥‥世の庶民から敵視されそうな豪勢なマンションである。しかもゲストルームまであり、客人にホテルのようなお部屋が用意できるというオプション付きだ。
私はそのマンションのカードタイプの合鍵をルーちゃんのパパから預かっていて、必要時ここに来る。警備が厳しく、エレベーターに乗る時も、カードキーをかざさないと行きたい階に止まってくれない。ちなみにお客さんが来たときは、コンシェルジュが案内をするのだそうだ。ルーちゃんはそこの52階に住んでいる。
玄関前につくと、私はドアの脇にあるドアフォンのボタンを押した。無言で入るのはなんとなく失礼かなと思い、私はいつも玄関の鍵を開ける前にドアホンを鳴らすことにしているのだ。
《あーっ夏樹。きたきた。おなかすいたー。なんか作って! 夏樹の作り置きが尽きちゃってつらかったんだ》
ルーちゃんのインターフォンの声を合図に玄関を開けると、そこにあるゴミの山に私は驚いた。ゴミ山の向こうにはショートパンツとTシャツ姿の悩まし気な美少女が申し訳なさそうに突っ立っている。
「るーーーーーちゃぁぁん。いつもゴミぐらい捨ててっていってるでしょ! 24時間いつでもすててOKのゴミ箱が廊下の突き当りにあるのに、なぜ捨ててないの」
「うう‥‥だってぇ面倒で。ごめんね夏樹ちゃん」
「だめ。今度、ルーちゃんのパパに言うから」
「やめてぇぇぇ。パパにばれたら一人暮らしなんてやめて帰ってこいっていわれるぅ。というか、夏樹が私と同棲したらいいと思うのよ。ほら、そのほうが私も夏樹に怒られながらもゴミを捨てに行くと思うし。私が毎日出来立てのご飯が食べれるし。あれ、私、リアルでも嫁ができて幸せに──
「ダメ! ルーちゃんと生活すると、いつまでたっても私に依存するってパパにいわれてたでしょう? 家事は助けるつもりで毎週きてるけれど、まったく何もしてないとは‥‥」
「うう‥‥反省します。だから今回だけ」
ルーちゃんはそういって拝むようにしてひざま付いた。
「もぅ‥‥仕方ないなぁ。でも今回だけだからね。ご飯は作ってあげるからゴミ捨てはしてきなさい!」
「ははーっ仰せの通りに」
ルーちゃんは大げさに言うと、ゴミを抱えて慌てて玄関をでた。
さてと、ここからが私の本領発揮ですな。
私は両腕の袖をまくると、自前のエプロンをして早速掃除に取り掛かった。
食材を冷蔵庫へと突っ込むと、掃除機をかけ、机の上の汚れをふき取り、洗わずほったらかしの皿やコップを洗う。最初は無心で掃除をしていたのだが、次第に居心地が悪くなる。
ゴミ捨てから帰ってきたルーちゃんが、ソファーに座りながらニヤニヤして私を見るからだ。
「……ルーちゃん? さっきからなんでニヤニヤしてるの?」
「ん~? 夏樹と一緒に暮らしたらこんな感じなのかなって思ってた。ママが死んじゃってパパと二人ぐらしの時は、料理は家政婦で、パパは仕事ばっかり。愛に餓えた生活が続くと、嫁が欲しくなるもんでしょう?」
ルーちゃんはそういってため息をつく。美少女がため息をつく様はかなり絵になってるけど、言ってる内容が残念すぎる。
「そこはルーちゃんがお料理して、パパを喜ばせてあげればいいじゃない」
「ぇーーーーメンドイ」
めんどいって‥‥ルーちゃんは私と違ってなんでもそつなく出来るのだから、料理やお掃除だってやる気になればきっと私より上達してしまうくせに。どうしてやらないのだか。
「そんな事いって、将来困ってもしらないんだから。私みたいに必要に駆られてからじゃ大変なんだよ!」
そもそも私は料理も掃除も元々得意だったわけじゃない。最初はご飯も掃除も失敗ばかりで何度も落ち込んだ。でも私がやるしかなかった。母の家事が壊滅的というのが主な原因だけど、何より私のせいもあったから。
「困ったら夏樹に頼るもん。だから夏樹はその分私に色々と甘えていいんだからね。勉強やゲームだったら、私に任せなさい」
と、ルーちゃんは誇らしげに私に語り掛ける。
勉強はともかくゲームって。まぁ、その通りなんで言い返せない。大学受験の時にすっごく助けてもらったしね。
と思いながら、黙々と料理を作り始める。私が彼女にしてあげれる事はこれぐらいだから。
ルーちゃんは、作り置きを作ってあげないと外食ばかりしてしまう。放置しておくとゲームの時間を稼ぐため出前がメインになり、ピザなど明らかに体に悪いものをすぐ頼んでしまうのだ。
ほっといたら太って反省するかな~と思っていた時期が私にもあった。
だが神様はどういうわけか、この美少女の体型を維持する事を望んでいるらしい。ルーちゃんのナイスバディーが崩れたところを見たことがない。しかも食べたぶんは胸の肉に変換するという謎現象は、もやは私の親友の七不思議のひとつといっていい。
やがてルーちゃんは私を観察するのに飽きたのか、テレビを見始めた。見ている番組は録画していたアニメだ。最近のアニメは深夜にやっているから録画をして見るらしい。怪しげな物を見ていることもあって、聞えてくるセリフのせいで、包丁があらぬ方向へと向かって怪我をしそうになることもある。最近のアニメ、恐るべし。
「ねぇ、夏樹、そっちおちついたらさ、今日、一緒に出掛けない?」
「え? ゲームじゃなくて?」
ルーちゃんは大抵私が来ると、ゲームか一緒にアニメ鑑賞しようというのだが、一体どうしたというんだ。
「ちょっと、何? その顔。私だって、たまには夏樹と外にでて遊びにいきたいって思う事もあるのよ」
「それは‥‥秋葉原? 同人関係のイベント? 本屋?」
「夏樹・・・・なんだか酷くない? そういえば、今までの外出先がそこしかなかったか!」
ルーちゃんはそういうと軽快に笑う。
「それで? どこに行くの?」
「じゃじゃーん」
ルーちゃんはそういうと誇らしげに何やら紙切れを私に見せた。
「何それ‥‥アニメの映画のチケット?」
「……夏樹はまず、私が、アニメばかり見ているという先入観をなくすことから始めようか? これは音宮さんの絵画展のチケットだよ。今週一杯開催しているから今日一緒に行こうと思って」
ああ‥‥そういえばニュースでいってたような。たしか、ノエルの絵もあったよね。
「うん。行きたい!」
「お~! そいじゃ、さっそくご飯食べてからいこ~。ではお手伝いをせねばな。すこしでも早くお出かけしたい!」
ルーちゃんは急にやる気になったのか、作ったおかずを菜箸をつかって器用にタッパーに詰めていく。なんていうか、手際がいい‥‥私がやらなくても、練習すれば料理ぐらい上手に作れそうだ。
だが、我が親友は私の驚愕の視線など気が付かず、上機嫌で作り置きのおかずを片づけると、遅い朝ごはんを美味しそうに頬張っていたのだった。
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