第20話 R-9 音宮絵画展とナンパ男

「なーーつきっ こっち。早く早く」

 絵画の展覧会場に近づくにつれ、ルーちゃんはどんどん速足で歩みを進める。


 うん、嬉しいのも楽しみなのもわかるけれど、私とルーちゃんは足のコンパスの長さが違うのだから、少しは配慮をしてほしい。


 小走り状態でルーちゃんを追いかけると、音宮絵画展の入り口で、ルーちゃんが早く早くと手を振っていた。


 会場入口には、でかでかと幻想科学世界のNPCの絵が貼られていた。おそらくゲームの宣伝も兼ねた絵画展なのだろう。周りの客もゲームの原画を見たくて来たのか、入口の絵を指さしては楽し気に話している。


 中に入ると、ゲームの絵だけでなく、一般的な絵もたくさん飾られていた。風景画や人物画、静物画、天使や悪魔などが出てくる宗教画のような絵まである。ゲームのデザイン画の画風とは全く異なり、美術的な絵だ。ゲームの絵がメインだと思っていた私は、多種多様な絵がある事に驚いていた。


「フフフ・・・・夏樹よ、これでちょっとは、偏見を改めてくれた? 私だって一般的な芸術を愛する乙女だということを」


 ルーちゃんは、漆黒の長い髪をふわりと耳にかけながら、格好つけて私に話しかける。


「一般的、ねぇ………ゲームのイラスト集もっていわれても」

「ぐぉっ不覚!!」


 私のつっこみにルーちゃんは慌てて本を隠す。その行為に思わず声をあげて笑いそうになり、慌てて口元を抑えた。絵画展で大声はさすがにまずい。


「もぅ、ルーちゃんってば、そうやって、すぐ笑わそうとするんだから」

「まぁまぁ、折角だから絵の解説もしてあげるよ。ほら、あっち! あの大きい絵。音宮さんの絵の中でも代表的な絵の一つだよ」


 ルーちゃんはそういって、絵画展の中央に飾られていた大きな絵を指さす。


 あれは・‥‥木? 大きな大樹の絵だ。夢でみた大樹に何だか似てる気がする。

 

 だが、よく見ると全然違う。夢の中でみた大樹は、薄暗い霧の中にあり、全体的にどす黒く怖い感じだったが、絵の中の大樹は青空を背景に日の光のなかで輝いている。夢の大樹を『陰』とするなら、目の前の大樹は『陽』というべきか。


「この大樹の絵は、彼の代表作なのよ。幻想科学世界の人気のせいで世間的には、ゲームの原画のほうが有名になっちゃってるけれどね。ゲーム内でも大樹をイメージした場所がいくつかあるよ。今度、連れてってあげる・・・・って夏樹? どうしたの?」


「・・・・あ、ごめん。ねぇ、ルーちゃん、ゲームの大樹って、霧の立ち込めた薄暗い場所にもある?」

「ん? 霧の中にある大樹なんてあったかなぁー。なんで、急にそんな事きくの?」

「夢で、見た気がして‥‥」

「ぶっ。夏樹ってば、とうとう夢まで幻想科学世界に浸って。そのうちノエルまで出てきそうねっ」


 ルーちゃんは口元を抑えて笑いを堪えていた。


 むっ、いくらなんでも夢までノエルがでてくるほど、毒されてないよ。


「夏樹、ついでだから、ノエルの絵も探してみる? 幻想科学世界のNPCは多いから、ここには飾ってないかもしれないけれど‥‥」


「ううん、朝、テレビのニュースで、ノエルの絵が見えたから、飾られてると思う」


「本当? じゃ、せっかくだから探してみよう」


 ルーちゃんはそういって私の手を引きながら、速足でギャラリーを歩き出し、ゲームの原画絵が多数飾られている場所へと移動する。


 そこには、ルーちゃんと家でみたイラスト集のNPC達の原画が多数飾られていた。名前が付けられているキャラクターもいたが、大抵の絵の題名はNPC1、とか2とかナンバーリングがされている。彼ら自身には名前はない。名付けるのは、プレイヤーだからだ。


 ノエル、ノエルは何処だろう。

 

 私とルーちゃんはきょろきょろと辺りを探し回った。人が多いせいか探すのが難しい。背が低いって損だ。


「あ、あった、夏樹、ほらあれ!」


 ルーちゃんが声をさす方向を見ると、そこには、森を背景にノエルが描かれていた。


 絵の題名は「NPC501」。


 金髪に空色の瞳のノエルが微笑をたたえて立っている。ノエルはゲーム内で一度存在したにもかかわらず、消されたキャラのせいか、その絵を眺める人が他のNPCの絵よりも多い。


「ノエルは綺麗だなぁ」

「確かに、見た目は最高に素敵なのに、中身がなぁ……残念というか」


 ルーちゃんは、ノエルの絵を称賛する私を半ばあきれた顔でいう。


 もぅ、ルーちゃんってば、ノエルに対する偏見が酷いよ。確かにノエルは、ちょっと好奇心が沸くと、あらぬ方向に突き進んでしまう事はあるけれど、その根本はマスターの役に立ちたいと必死なのだ。ルーちゃんに、ノエルへの誤解をとかなくては意気込んだ時だった。


「アハハ……君、いいね」


 ルーちゃんの真横で、背の高い黒髪の男が笑いかけた。モデル体型のルーちゃんよりもはるかに高い。190cmはあるだろう。日本語を話しているが、顔つきは東洋人のそれではない。おそらく外人だ。紫色のミラーグラスから覗く切れ長の瞳は、興味津々にルーちゃんを見下ろしている。


「なに? あんた?」


 ルーちゃんは、警戒心一杯の顔で青年を睨み付ける。


「いや、面白いことを言うんだなって思ってね」


 青年はルーちゃんの警戒心のこもった瞳など、なんのその、という感じで、蠱惑的な笑顔で答える。



 あ……もしやナンパ? 


 ルーちゃんと出かけるとよくあるのだ。


 ルーちゃんにナンパを仕掛けてくる男性は大抵、顔がよくて自分に自信がある人か、女性慣れしている人が多い。今回のはその両方を十分に備えた強者のようだ。髪を綺麗に後ろに流し整えて入るものの、質の良いジャケットの胸元が、ややはたけていて、色気が半端なく目のやり場に困る。ノエルを天使のような美しさととらえるのなら、彼は悪魔的といったらいいだろう。


「……悪いけれど、あんたと話しても私は面白くないんで」


 ルーちゃんは、色気青年の眼差しをゴミを見るかのような冷たい目ではね返した。

 

 さすがルーちゃん、美青年に声をかけられても全く動じないとは。孤高の美少女みたいでかっこいい。私だったら緊張して何も言えないよ。


 だが青年は、冷たい眼差しにおくびれるどころか「へぇ……珍しい反応だ。ねぇこの後どう? お茶でも」と何だか嬉しそうにお茶まで誘ってくる。


 その態度にルーちゃんはあからさまにイラっとした顔をすると、私の手を強く引き、逃げるように会場を後にした。




「ったくなんなの、あいつ。折角楽しく音宮様の絵をみてたのに! 珍しい反応? お茶? きもっ!」

 

 ギャラリーを出ると、ルーちゃんは数分間、色気青年の文句を言い続けていた。およそ美少女が口にするとは思えない汚い事まで呟きだしたので、周りに聞かれていないか、背すじに冷や冷やしたものを感じながら、私はただひたすら彼女の言葉に耳を傾けていた。


 しばらくして、ルーちゃんは高まっていた熱が冷めたのか、

「───あ~ごめん、夏樹。折角楽しんでもらおうって連れてきたのに、文句ばっかりいってしまって」


「大丈夫だよ。ノエルを見れて私は十分満足したし。で・・・・この後どうする? ルーちゃんはもっとゆっくり見たかったでしょう? チケットの半券があれば、再入場できるけど、しばらくしてから戻る?」


「いや‥‥いい。またあいつがいたら次は殴りたくなるから。全く、男ってどこでも見境ないな。夏樹も気をつけてよね、可愛いんだから 私が男だったら絶対ナンパしちゃうよ!」


 大丈夫! 一度もナンパされた事ないから。ははははは………(涙)。


「あはは……ないない。ねぇ、気分転換にお茶しにいかない? さっき可愛いお店をみつけたんだ」

「本当? そいじゃ、そこいこ~。ケーキとか食べたい」


 すっかりご機嫌がなおったルーちゃんと一緒に、あの後、私はお茶を楽しんだのだった。

















 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る