第21話 F-11 ノエルの奇妙な友情方法

 喫茶店でルーちゃんと雑談し「またね!」と互いに別れの挨拶を交わすと私は家路へと向かった。

 時刻はもう夕方辺り。天気予報では雨らしきことを言っていたが、大外れで雲一つない。だが、慌ててルーちゃんの家に行ってしまったので、家に傘を置いたままだったから、それはそれでよかったのかも。


 そういえば、お店でルーちゃんは、何故かノエルといて大丈夫か? と聞いてきたけれど、どうしたのだろう。最初は冗談かなぁ~と思ったけど、流石に、ノエルのステータスやIDを見せてといわれ、あれ? 冗談じゃなくて本気? と驚いてしまった。

 

 まぁ、変な事をされたか? と言われれば否定できない。でも、あれは私にも責任がある。今後、ノエルが混乱しないように気をつければいい。嫌だとはっきり言えば、強要してはこないだろう。


 だから大丈夫だよ~といったけど、納得してもらえなかった。ノエルと二人になったらダメ、とか、必ず戦闘も一緒にいこうって、なんだか大袈裟だ。


 ノエルの件よりもBCIGのシステムを利用すれば、脳内で考えている事まで、わかってしまうというほうが怖いよね。私と同じ経験があるプレイヤーはいるのかな? もし、いたら大問題になってるか。あれ? もしかして、こっちのほうを相談したほうがよかったんじゃ、と後になってから気が付く辺り、私、どんだけ能天気あほなの。


 などと考えながら自宅へ帰ったら、放置していた家事が目について思わずため息が出た。けれど、自分の事ぐらいはちゃんとやらなきゃ。


 私はパタパタと用事を済ませ、終わった~! と思ったころには夜の9時。

 今回はちゃんと入浴も済ませたので、朝起きて、慌ててお風呂に入るという失態をおかすことはないはず。後はゲームをちょっとだけやって、今日こそは早く寝よう。



 私はパソコンのスイッチを押すと、ログイン前にまず攻略サイトを検索する。


 基礎知識が、わかっていれば、ノエルが不安になる事も少なくなるはず。

 


 早速、幻想科学世界の戦闘方法について検索したら、情報量の多さに驚いてしまった。兵士だけでも多数あり全部よんでいたら朝になってしまいそうな勢いだ。

 とりあえず深読みは諦め、戦闘は剣と魔法の基礎項目を軽く読み、妖精の森の周辺の敵についてやマップ、アイテムの名称と効果など、頭に入れながら記憶することにした。


 精霊の森の近くには高レベル帯のダンジョンがあると聞いていたから不安だったけど、どうやら私の小屋の周囲──グイード村周辺の敵は低レベル帯のモンスターのようだ。


 よかった、これなら小屋を出てすぐ死ぬ事はないかな。


 まぁ、調べたからといって私がうまく立ち回れるか? と聞かれたら違うけれど、知らないよりはいい。ゲーム音痴なのだから、補正知識ぐらいはないと。VRMMOだし、迷惑をかけたくない。



 次は職の選択方法。

 

 私は前衛をやるつもりだけれど、兵士になるには教会にいって‥‥‥洗礼を受けないといけないらしい。


 つまりあれだ、「神様、私、兵士やります!」って宣言したら、兵士の初期スキルを取得できるようになる。


 そして、スキルをどう発動するかは、イメージらしい。今までゲームでやった事ない操作方法だ。


 コントローラのボタンをイメージして動く方法と、スキルの動きをイメージして動く方法。人によってはその両方をうまく駆使してやっているのだとか。格闘ゲームが強かったり、運動能力が高いとスキルの動きはイメージしやすいらしい。

  

 それってゲームで早い動きをみるのが上手かったり、剣道経験者だと騎士の動きとか、イメージとかしやすいってことなのかな。


 いいなぁ~。私、運動関係駄目だからコントローラを使ったイメージで動くほうがいいのかな? でもバーチャル世界でコントローラを使うイメージって上手く想像ができないんだけど。


 神様~~! 両方できない人はどうしたらいいでしょうか? と問いたくなる。この間歩くことすらまともにできず竜にふまれそうになったし。


 なんとかできないものかと、色々検索して調べてみたが、途中で力尽き口から魂が出そうになった。


 ───う~ん。やはりイメージで動くせいか、人によって解釈が違ってて、攻略方法が統一されていない。これはさすがにやってみないとわからないなぁ。


 最後は痛覚について、だ。


 調べてみると、ダメージによる痛みは全くない事が分かり安心した。ただ、ダメージを受けたときに振動が走ったり、異常状態時には動きづらくなる事はあるらしい。


 まぁ、よく考えてみると本当に痛かったら、さすがにゲームとしては不味いよね。


 ただ、リアリティを出すために、出血などのエフェクトは選択できるようだ。検索結果でひっかかった画像をみたけどちょっと引いた。さすがに年齢制限があり、PVPでは完全に出血表現に規制がかかっている。対人はいくらなんでもまずいという事だろう。


 今の所、私は年齢制限対象になっているので、規制がかかっている。今後外れても、設定はオフにしておきたいな。


 


 とまぁ、基礎的知識を手に入れ、さて行くかとログインボタンを押そうとすると、マウスに乗せた手がピタリと止まった。


 まさかノエルの事が、無意識にトラウマになってる? 


 確かに怖かったけれど、あれはノエルが人の心を理解しようとしただけの事で──でも、どんな顔して会えば……いや、ログインすればノエルはいつも通り挨拶してくれて、今日はどうするか? と聞いてくるだけだ。だから私も普通にすればいい。そう、それだけ。


 変に意識したらかえって不安にさせてしまうかもしれない。


 私は両ほほを、パシンと叩いて気合いをいれると、BCIGを装着し、ログイン画面をおした。


 いつも通りに普通にしたらいいんだ。まずは瞳を閉じて心を穏やかにして、ノエルにあったら、戦闘に行く準備をしようと言って──それからグノームの村にいくでしょ、それから……


「──スター?? 一人で何をいってるの?」


 え? やばっ、私、無意識にしゃべってた?  

 

 というか、頬に何かが触れてる感触が………椅子に座ってるだけだよね? 奇妙に思いながら、私は目を開け──

「──ノ……エル?」

「なに?」

「おかしい」

「なにが?」

「────」


 ──人の顔を両手でホールドさせて、眼前で話しかけるとか、おかしい!!!


 と叫ぶつもりが、口を金魚みたいにパクパクするだけで声にならない。

 

「?」

 声にならない私の声を聞こうとして、ノエルがさらに顔を近づけてくる。


「いやっ」


 思わず勢いで手がでてしまった。


 しまった、ノエルを突き飛ばしてしまったっと思ったら、ぐらりと反動で椅子ごとひっくり返る。

「危ない!!」


 ノエルがすかさず抱きかかえてくれたおかげで、頭への直撃はさけれたものの、予想外の密着状態に思わず「ぎゃっ」と声がでた。

 逃げるように這い出る私に、ノエルが申し訳なさそうに「ごめん……」と呟く。


「ちが、違う。ノエルは悪くないよ」

「でも、僕を見てさけんでたよね?」

 

 ノエルは訝し気な顔で凝視する。


「……(普通あんな事されたらびっくりするでしょ~っていってもわかるのかな)」

「もしかして僕の心の声が聞こえてる? だから怖くなった?」


 え、あれってまだつながったままなの? というかそのままで大丈夫なんだろうか。


「いや、心の声は聞こえないけど」

「そう……人と僕らとは違うからやはり無理なのかな。それはそれで都合がよか──

「都合?」

「いや……なんでもない」

「それよりも、ノエル! 顔と顔を近づけて話すのは、やめようね」


 いい加減、心臓に悪いから。


「──何故? 友情って体を摺り寄せたり、なめたりするものではないの?」

 

「─────」


 ───ん?  

 

「なんか今ものすごい単語を聞いた気がしたんだけど、げ……幻聴かな?」

 

 勘違いか、私の聞き間違いだよね? そうだと言ってほしい。


「幻聴ではないよ。『友情』のやり取りの中でそういった記述があったから」


 無垢な顔で話すノエルに一瞬「そうなんだ」と騙されそうになったが、おい、ちょっとまって、なめるはおかしいでしょ。


「……記述って?」

 

 何となく恐怖が沸き上がり、ノエルを問い詰めると、しぶしぶ「フランダースの犬を読んだ」とだけ呟いた。どうやらノエルは本から友情について知識を得ようとしているようだ。他にも読んだらしいのだが、入手方法を頑なに教えてくれない。



 

 だが何故、フランダースの犬。


 私が『ネロ』で、ノエルが 『パトラッシュ』ということなのだろうか?

 

 まさか私のほうが犬……? 犬のしつけ方(=マスターのしつけ方)と勘違いしてたりする? 


 怖い。私が友達でいたいとかいったから、ノエルが変な方向に迷走しちゃってたらどうしよう。


 とりあえずノエルには、人と犬の友情よりも、人と人との友情を参考にした方がいいと諭すと、なぜかもっと困惑した顔をされた。なぜだ?


「そっそれよりも、ノエル! ルーちゃんがくれた装備とか一式を確認したいんだけど。ほら、私ったら昨日、確認もせず寝ちゃったから」


 深く考えるのはやめよう、なんか怖い。


 私が強引に話しの方向を変えると、ノエルは、「ああ、そうだった」と上手く思考を切り替えてくれたようで、小屋にある荷物の箱みたいなところから小さな箱を取り出した。前もそうだったが、やはり、NPCの性なのか、ゲームを効率よく進めることを、心情より優先してしまうようだ。


 とりあえず、パトラッシュの友情方法は全力回避。


「マスター、ルーフェスさんがくれた一式は、兵士の基本装備、剣、盾、回復薬、札数枚、そして種とか食材の元などかな」

「種? 携帯食なのかな?」


 そんなのあったかな~と戦闘用最低基本知識マニュアルの記憶を引き出すが思い出せない。


「これは、携帯食ではなくて、食材を作ったりするときの素材アイテムだね。まぁ広義の眼で見れば、ヴィネラさんと同じかな」


「・‥‥えっ、あの、恥ずかしい呪文とかいうやつ?」


 私は色蜥蜴の惨殺シーンを思い出して、気分が悪くなった。年齢制限で出血とかはなかったけれど、音はリアリティがあったのだ。しかも呪文がややこしいうえに恥ずかしい。


「あれは、ヴィネラさんが自分の創作をイメージしやすいように、言ってるだけだよ。本来は呪文なんてものはないけど」


「そうなんだ、よかった」

 でも、あれ、自作だったのか。それはそれで……ワスレヨウ。


「マスターがもし、戦闘に疲れたら、小麦をつかってパンをつくったり、種を植えて薬草をつくったりしてもいいかもしれないね。マスターなら上手にできると思うよ」


 へぇ・‥‥戦闘よりそっちのほうが‥‥‥と思う気持ちを抑える。


 料理のほうが楽しくなっちゃって、戦闘をやめちゃったら、ノエルが素材集めを一人ですると言い出しそうで心配だ。


「ありがとう、ノエル。でもちゃんと戦闘も頑張るから安心して。ルーちゃんは・‥‥と。ログインしてるみたい! よかった~。一緒にいってもらえるか、聞いてみよっか? 実は一緒に行こうって約束してるんだ」


「‥‥‥…そうなんだ」


「ノエル? どうかし……」


 しまったぁぁぁ。


 ノエルはルーちゃんよりもマスターの役に立ちたいって思ってたんだった。また不安にさせてどうするんだ。ルーちゃんには悪いけれど今日は断わろう。

「ノエル、二人でいこう! 私、『ノエル』に色々教えてもらいたい!」


 私の言葉に、ノエルは一瞬目を見開くと、首を横に振る。


「彼もいたほうがいい。クエストについてはルーフェスさんに色々と教えてもらおう。そのほうがマスターの安全性も高まるしね」


 そう言って微笑むノエルは、何となく無理をしている感じがする。


「……でも、ノエルはいいの?」


「いいよ……マスターからルーフェスさんを呼んでくれる?」


「え?‥‥‥あ、うん。まっててね」


 急かすようにノエルにいわれて、私は慌ててルーちゃんにウィスパーボイスを送る。ルーちゃんはギルドの仲間と討伐にいってたようで、『しまった、ログインしてたの気が付かなかった。すまん、すぐさま、そっちいく』と妙に気迫のこもった答えが返ってきた。討伐中で気がたってるのかな。


 さすがに悪いので討伐優先でいってきてと言ったら『ダメ! 危ないからノエルと二人で行かないで』と何故か怒られた。どうしたんだろう。私の戦闘スキルってそんなに不安なのかな。───いや、不安だな、そうか、成程。


 


 ノエルにその事を告げると、「なら、ルーフェスさんと合流するまでに職の洗礼をうけておこうか」となった。

 

 そうだね。戦闘に行く前に色々と細かな用意は済ませておかないと、ルーちゃんに申し訳ないし。防具や武器も職の洗礼をうけてからでないと装備できなかったはずだから。


 ちなみに、ノエルはすでに職の洗礼が済んでいるらしい。てっきりプレイヤーが決めると思っていたけどそういう設定なのかな。装備もすでにルーちゃんからもらった魔法職専門のローブを着用しており準備万端だ。見た目は執事服にしか見えないけど。ヴィネラさんのクーベルチュールすごい。



 早速、出発! と小屋のドアのノブを握るとドキドキした。


 そういえば、王都には行ったことがあるけれど、小屋の扉をあけて外にいくのは初めてだ。

 窓から森の風景などは見えるけれど、実際、外に出た感じはどうなんだろう。ちょっと緊張する。


「マスター? どうかした?」

 私がドアのノブをいつまでたっても下げないせいか、ノエルが背後から私の顔を覗き込むように見てくる。相変わらず距離が近い。最初に比べれば、全然遠いから、ノエルなりに気を使ってるのだろうけど、どうしても異性だからか意識してしまう。


「ううん、なんでもない。外にでるのが初めてで緊張しただけ」


 私はそういうと、ぐっとドアノブを引き下げた。


 

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