第6話 R-4 岬家の裕孝君1
田辺さんが指定した、岬裕孝君の家に着くと私は驚愕した。
黒を基調とした壁に広い庭がある豪邸だ。しかも都内に建てるとは恐るべし。可愛い服着たメイドさんとか、恰好いい執事がいたらどうしよう。
ドキドキしながら、ベルを鳴らすと、年配の女性のお手伝いさんのような方が出てきた。なんていうか、アルプスの少女ハイジに出てくるロッテンマイヤ―さんみたいな。そっちか……とおもいつつも、まぁ現実はそんなものだよね。
「初めまして、田辺さんにかわり家庭教師としてきた、片倉と申します」
「…………」
「あの……」
な、なんで無言なの? もしかしてメイド妄想を口にしちゃってたのかな?
「……家庭教師様ですね、どうぞ、こちらへ」
どうやら案内してくれる気はあったらしい。無表情だけど。普通、愛想ぐらいは良くしたりしないものだろうか? もしかして試されてる? それとも歓迎されてない? 女性の場合は面接が必要ってあったし、もう始まってるとか?!
門からアプローチを通り過ぎ、玄関につくと、履くようにとロッテンさんが、ゴージャスなスリッパを用意してくれた。
浮いてるなぁ、私。
壁に高そうな壺とか絵とか飾ってあるし、庶民臭漂う私には居辛い空間だ。
うう、裕孝君に会う前にこれでは、HP《ヒットポイント》が持つだろうか。
やがて客間らしき部屋に案内されると、そこには金髪の美女が、ソファーに腰掛けていた。髪は染めているのではなく外人さんだ。日本人にはない掘りが深い西洋人顔立ちだし、目が蒼い。
美女は私と目が合うと、優雅に立ち上がった。
「貴方が臨時の家庭教師さんなのね。片倉夏樹さん、ときいていたから、てっきり男性だと思ったわ。女性でしたのね」
と流暢な日本語で微笑んではいるものの、気のせいか、瞳が私を見た途端、期待値が凄く下がった気がする。
「初めまして。私は片倉夏樹と申します。本日は田辺代理としてご挨拶に参りました。よろしくお願いいたします。田辺ほど高度な内容は教えれないとは思いますが、スタンダードな小学生の学習内容であれば──
「いえ‥‥学習とかはどうでもいいのよ」
「──え?」
あれ‥‥じゃあ何故家庭教師なんて雇ってるんだろう‥‥。
私の困惑に満ちた視線を、奥様は気まずそうに避ける。
「その、あの子は人格に問題があって……貴方は華奢そうで不安、あ、いえ、でも体型は歴代と違うし、そっち方面は大丈夫だけど」
「歴代?」
「おほほほほほ、気にさらさないで、我が家のちょっとした問題ですから──そうそう、裕孝は口が悪くて女性嫌いだし、大変だと思ったら無理なさらなくても大丈夫ですからね。あと、もし何かされたすぐいってくださいね。結城さん、彼女を裕孝の部屋までご案内してくださる?」
結城さんといわれた、先程の年配のお手伝いさんは、「かしこまりました」というと「さぁこちらへ」と言って裕孝君の部屋へと先導してくれる。
ええと、学習どうでも良くて、私が華奢だと不安って、いかにも強くてたくましい
そんな私の不安で一杯の表情とは裏腹に、結城さんは無表情のまま、すたすたと私の前を歩く。
歩くの早っ。
私のコンパスが短いせいもあるんだろうけど、少なくとも全然、気遣う気持ちないよね? これ。
やがて、重厚な作りのドアの前で止まると「こちらです」といって結城さんはドアをノックした。
「坊ちゃま、家庭教師の片倉さんをお連れ致しました」
扉の前で、私はゴクリと唾を飲み込んだ。腕力が必須なお子様みたいだから構えといたほうがいいかな。
だが結城さんのノックにも、声かけにも何ら反応がない。これはっ居留守? というか無視ってやつかな。
しかし結城さんは慣れているのか、主の返答も聞かずにドアを開ける。おおっ、流石ロッテンオーラ結城さん、強気だね。
ドアの先には絨毯張りの広い部屋に、木製の豪華な学習机に座る裕孝君らしき少年が座っていた。子供部屋にしては広い部屋で、しかも前方に大きい開放的な窓があり、そこからは立派な和風のお庭が見える。意外と明るい部屋だ。
個人的には、友達いないって書いてあったから、カーテンも閉めたままの閉鎖的な部屋をイメージしていたけれど、全然違いました。そこは偏見はいってました。ごめんなさい。
きょろきょろと部屋の中を見る庶民の私とは違い、ロッテンマイ・・違った結城さんはスタスタと部屋の中にはいると「坊ちゃま、『も う 一 度 』申し上げますが、家庭教師の片倉夏樹さんを連れてまいりました」と、もう一度を強調しながらも、淡々と告げる。
そして、部屋の前にぽつんと置いてけぼりくらう私。
ええっ! まってロッテン。
私は慌てて、結城さんのほうへと駆け寄った。
裕孝君らしき少年は、腹が立ったのか、回転式の椅子をこちら側に向けるとふんぞり返って結城さんを睨み付けた。美女の奥様の息子だけあって西洋人寄りの超美少年だ。ただしお母さんと違って瞳と髪は黒い。ここらへんは日本人? のお父さん譲りなのかな。残念ながら態度がいただけないけれど。
「──結城、返答も待たず勝手にドアを開けるのか? 家政婦ごときが、どういうつもりだ?」
魅惑的な少年独特の声で高圧的な態度をとる少年──ルーちゃんの業界でいう、俺様系的なキャラクターそのものを描いたかのような──しかも、家政婦ごときってお前は何様だと突っ込みたい気持ちだ。返事しなかったのそっちなのに! 流石の結城さんも、この高圧的態度に何らかの反応があるのではと思ったが、彼女は微塵も気にした様子もなく無表情のままだった。
「片倉様、こちらが、当家の坊ちゃま、裕孝様でいらっしゃいます」
しかも裕孝君の会話を完全スル―して、私に裕孝君を紹介する、結城さん、流石です。
「あ‥‥あの──
私はこの雰囲気に負けまいと挨拶の言葉を発しようとした瞬間──
「では、私はこれにて」
結城さんは突然そういうと一例してその場を去っていった。
「えっ! ちょ‥‥あの、ゆうきさん?」
ちょ・・ちょっと? いきなり二人っきり? この俺様お坊ちゃまと?えと、待ってくださいよ。心の準備が。慌てて振り返り結城さんを追いかけようとするも、直前でドアをガチャンとしめられた。
「──ん、何か匂うとおもったら。お前は?──ああ‥‥家庭教師とかいってたな」
結城さんが離れてようやく私の存在に気が付いたのか、裕孝君は侮蔑を交えた視線を投げつけると「ちっ」と舌打ちした。しかも臭うって、これでも毎日お風呂にはちゃんと……って、あぁ庶民臭いということ?
「田辺の次はお前か。肺炎をこじらせたと聞いていたので、しばらくあの不細工顔を見なくて済むと思っていたのに。まぁいい」
裕孝君はそういうと、なにか紙きれのようなものを、私のほうに投げつけた。足元に落ちたそれは、紙飛行機だ。
裕孝君は「拾えよ」と言葉すらなく、顎をつかって私に命じる。完全に上から目線だ。
これがシャイで・・僕とのお話、手紙からでもいい? なんて感じだったら微笑ましいのだが、この場合は絶対違う。どうせあれだろう、死ねとかブスとか馬鹿とか書いてあるんだろう。
私は飛行機に書かれたであろう言葉を予測しながら、紙を広げる。心の準備はできている。怒りマックスでぶん殴るなんて大人げない事はしない──多分。
ん??あれ?
「──これって」
私の言葉に裕孝君は嬉しそうに口角を釣り上げた。
「お前、大学生だろう? だったら高校生が解くぐらいの算数なんて簡単だな?」
紙飛行機にかかれていたのは微分の問題だ。一応大学入試の為にそれなりに勉強してたので、解けないはずはない、けれど‥‥たぶん。
田辺さん? 学習レベル高いって微分とかきましたよ! 学習内容は小学校卒業ぐらいのレベルじゃなかったんですか!
それともあれかな、お兄さんとかがいて、そこの問題集をかってに写して書いたってやつかな。
「裕孝君は小学生だよね? 私が答えても、正しいかどうかわかるの?」
私がそう言い返すと、裕孝君はくくくっお腹を抱えてふきだした……なんかむかつく。
「田辺から俺の学力を聞いてたのか? あいつは知らないだろうが、小学生の算数なんてとっくに終了してる。なのに熱心に教える姿がちょっと滑稽だから黙ってたんだが」
「───」
うーん、やっぱり大人な態度やはめようかなぁ、ちょっとぐらいガツンって拳骨してもいいんじゃないかなと、黒い思考がよぎったけれど、何とか抑え込む。
私は無言のまま、裕孝君の学習机に向かうとバシンっと叩きつけるかのように、拾った紙を置いた。
「シャーペンかして」
裕孝君は私の声の気迫に一瞬驚いたが、すぐに面白そうに口角を上げると、シャーペンを手渡した。
私は無言のままそれを受け取ると、問題を解きはじめる。
という所までは、自分なりに格好良く決められたと思ったんだけど、これ・・結構難解だよ。国立レベルじゃないの? 私は心の中でひぃひぃ言いながらも、ポーカーフェイスを決め込んで問題をなんとか解き切った。
「──ふぅ‥‥できたわよ!」
私は紙を裕孝君の目の前に突きつけるように渡す。
ふふふ、小学生よ、これが大学生の実力というやつですよ。驚いたか! そして少しは年上に対しての口の利き方を──
「──答え間違ってるぞ」
あ・・・・れ?
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