第10話 F-3 訪問者

 その後悠乃ちゃんの所に言った私は、天使悠乃ちゃんに癒され元気になった。

 鼻血の跡をみて大笑いされたけれど。


 自宅に帰り、早速仕事の報告をPCに書き込んだ。挨拶をして、結果的に合わなくて田辺さんのほうがいい事と、音宮部屋については──書かないほうがいいかな。言わない約束だし。初日は田辺さんに電話で報告する決まりだけれど、今、田辺さんは入院中でたぶん繋がらない。電話は控えメールで伝えるほうがいいだろう。私は謝罪のメールを送り、ノートPCの電源を落とす。



「やっぱ……私って家庭教師の才能ないのかなぁ~」

 

ため息と共に出た自分の言葉にげんなりする。悠乃ちゃんと上手くやっていけるようになって自信がついてきただけに、今回の事はちょっと堪えた。



 あの問題集、年代物ぽかったけれど最新版のであれば置いてるかな……あれをすらすら解けるようになったら──いや、意味……ないか。私はもう首になっちゃったんだし。


 ルーちゃんみたいに頭がすっごく良かったら……違う結末になっていただろうか?

 

 そんな考えが脳裏をよぎったが両頬をパチンと叩き、後ろ向きな自分を叱咤する。


「あ~~! もうやめやめっ! 私は、私、ルーちゃんはルーちゃん。私は私のできる事をすればいいんだからっ」

 

 私は必死に悠乃ちゃんの次の課題計画を立てていた。やがてその作業も終わり一息つこうかと思った時、LINEのメッセージ受信音がリンと鳴る。メッセージを確認すると、ルーちゃんからのゲームのお誘いだった。まるで私が暇になった時を見計らったかのようなタイミングで鳴ったため、どっかで見られてるんじゃと思ってしまうが、まぁ……偶然だろう。




 早速、BCIGを付けてログインすると、ノエルと出会った小屋の中だった。


 たしか、今はここが私の家みたいなものだとか言ってたからかな。


 ノエルはどこ? と部屋を見渡すと、窓際にある椅子ですやすやと眠っている。



 おー、NPCも寝るんだ。なんだかリアルだな。


 私はすやすやと眠っているノエルの顔をのぞき込む。うーん、睫毛が長い。私より乙女なのが悔しい。


 じぃ~と見ていると急にノエルが苦しそうな声をだし震え出した。


 え……もしや、私がみていたからっ? 


「ノ‥‥ノエル? 大丈夫?」


 私の声にノエルは、ハッとした顔をした後、しばらく茫然として私を見ていた。


「マスター? 今きたの?」


 ノエルはそういうと、にっこりとほほ笑む。


 うぉぉぉぉ。は‥‥鼻血が、裕孝君にやられたのと違う意味での鼻血が、でそう。


 ノエルの笑顔が天使すぎる。


「うん。今ログインしたの。何か怖い夢でもみていたの?」


 ノエルは首を傾げながら


「いや‥‥何か負の感情を共感したんだと思う‥‥」と答えた。



 負の……やばい、やはり私か? 男の人なのに綺麗だよなぁ~ウフフフという思念が伝わったのだろうか。


「マスター、僕に搭載されてる人工知能は、感情をより多彩に身に着けられるよう、夢という形で共感しあってるんだよ」


 きょ……共感? 夢で誰かと情報交換しているってこと?

「共感って誰と?」

「──NPCだよ」

「え‥‥それじゃあ、他のNPCと私と話した事とか情報交換してるの??」


 ノエルは横に首をふる。よかった、会話ログとか知られてたら、流石に恥ずかしい。


「情報の共感というよりは、感情の共有というほうが近いかな。何故かプレイヤーに罵倒されたりする夢が多くて。おそらくマスターの要望を達成できず、転売か抹消されるような不要なNPCだったのかも」



「え‥‥抹消って酷い。だからノエルは苦しそうにしてたの?」


 私の質問にノエルはよくわからない? という顔をする。

 


「マスター。僕たちNPCは本当の人間じゃない、ただのデータだ。マスターがそんな事を考える必要はないよ。ゲームをする上で僕たちを、使って楽しむ、ことが大事なんだから。前にもいったはずだよ?」

「え………それって」

 

 そういう意味だったの? 楽しんで欲しいと言ってたのは、一緒に楽しもうって意味だと思ってたのに。


「──ノエルは一緒にいた人に、突然いらないっていわれても、平気なの?」


「僕たちアシストNPCはマスターに必要とされるから存在するんだ。不要なら仕方がない」



 仕方がないって……そんな。夢を見てた時のノエルはとても苦しそうに見えた。他のNPCだってそうなんじゃないのかな。


「私はそんな事しないからね」

「利用価値がなくても?」

「だって私はノエルの事、データではなくて友人だって思ってるから」

「友人? 僕が?」

 

ノエルは秀麗な眉をひそめてこちらを見る。


「いや、その……変な事いってごめん」

「なぜ、マスターが謝るの?」

 

ノエルの反応が想像してたのと違って戸惑う。友人だからっていったら安心してくれると思ったのに。


 暫くの沈黙の後、ノエルは何かを閃いたかのように「ああ‥‥そうか」と呟いた。

「僕らを恋人のように扱うマスターもいるからね。マスターの場合、僕に友人のようにふるまって欲しいということか」

「え? 振舞う? 違うよ」

「え? 違う?」


 ノエルはさらに困惑し始める。やっぱりこういうのを理解するってのは難しいのかな。

 でも分かり合えたらきっと、楽しいのに。


「えとね、友人ってのはノエルと私が楽しいとか、苦しいとか、いろんなことを共感し合ったり、助け合ったりすることなんだよ。振舞うていうのは違う」


「共感し‥‥助け‥‥合う? マスターは僕に共感したいの?」


 ノエルはそういうと、無表情になった。この間の人形のような顔だ。これは理解できなくなると起こるエラー顔なのだろうか。ノエルの表情を元に戻したいが説明が難しい。なんていったらいいのかな。どうしよう‥‥無表情だと、こちらも説明と対応に困るというか‥‥。

 


 私は、あれこれ、悩んでいたら、急に頭に響くような声が聞こえた。


『キー! ナツキ―? ナツキ―!』


 え? 誰?男性の声みたいだけど‥‥私を知ってるってことは、もしかしてルーちゃん?

 そっか!確か声を変えてプレイできるんだよね。


『ナツキ?? 聞こえてる?フレンド登録カード送ってるんだけどわかる? あ、ちなみに、私はナツキの親友、るーちゃんですよ! フフっ』


 お~やっぱり、ルーちゃんだ。え? フレンドカード──ノエルの絆の札みたいなやつが来てるのかな?


 私がそう思った途端、きらりと銀色のカードのようなものが目の前に現れた。


 これがルーちゃんのカード?


 カードを手に取ると、ノエルの時と同じ、読めないけれど脳内に名前がイメージされる。


──ルーフェス


『おっ反応あった。ナツキ! よろしく! ちなみに私は男キャラなんで、それっぽく話すから。普段の口調で話したら、タローの野郎にオネェみたいでキモイとかいわれてさっ』


 た・・・確かにこの声で女性っぽい口調で話されると、完全オネェだ。


『でーナツキ。フレ登録したからわかったんだけど、どうして初期位置そこなの? そこは精霊の森の付近だよね?』


 私が口をパクパクしながら困惑してると、ずっと考え込んでいたノエルが、「おや?」とした顔で私を見た。


「マスター。もしかしてウィスパーボイスがきてるけど、話し方がわからないのかな? その人の名前をイメージして、その人のみに話しかける感覚で、お話してみるといいよ」


 先程のエラーのような反応などなかったかのように、ノエルは私に笑顔で話しかける。どうやらNPCの性なのか、疑問に思った事よりもマスターの補佐を優先するようになっているのかもしれない。

 

 ──イメージ。


『ルーフェス』だけに話すつもりで・・・。人気のない所で電話してる、みたいな感覚かな。

 テレパシーみたいな、そんな感覚?


『今、小屋の中で・・えっと場所は何処かは、わかんない』

『おっ。声がきこえた。って・・どこかわからんから始まるとは、さすがだな、ナツキ。でも初期位置って皆、王都だと思い込んでたんだけど、例外もあるのかな』


 え‥‥初期位置、私だけ違うの? え? え??


 ノエルとお話するのが楽しくって、外に全然出てなかったからそういうの全く考えてなかったよ。


「ノエル? ここって精霊の森の近くなの?」


 取りあえずノエルに正確な場所を確認しておかなきゃ。ルーちゃんのいる所まで私、行けるのかな。


「うん。僕とマスターの拠点は精霊の森の中だよ」


 そうなんだ。よし、これでルーちゃんにおおよその場所をいえ──

「ナーツキ! いたーー!」


 荒々しく小屋の扉が開かれると、ドアの外に褐色肌の青年がにっかりと笑っていた。
















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