第3話 F-1 ノエル

ログインすると、質素な木の椅子に私は座っていた。


 町とかじゃないんだ‥‥と不思議に思いながらも、座ったまま家の中をきょろきょろと見渡す。

 古びた山小屋の中みたいで、窓からは日の光が入っているけど、薄暗くてちょっと怖い。

 壁には明らかに世界地図とは異なる、このゲームの地図らしき大きな絵が張られていた。あとは簡易な木のベッドと机、火はついていないが暖炉まで備え付けられている。



 プレイヤーの家みたいなものなのだろうか、それともチュートリアルとかをする場所なのかな。


 

 何だか漫画とかで出てくる魔法使いの家みたいだ。本棚には魔法陣が描かれた古びた本があるし。


 凄い……。

 

 まるで本当にファンタジーの世界に転移してしまったみたいだ。

 

 私は座ったまま、しばらくBCIG《グラス》越しからの風景に魅入っていた。次第にパソコンの前で座っているという感覚が薄れ、ゲームの世界にいる事に違和感がなくなってくる。


 頭の中で違うとわかっているのに、小屋の椅子に座っている事の方が現実に感じてしまう。


 見て、感じさせる……これがBCIGの性能なんだ。


 


 ガタっ



 どこからか物音が聞こえたかと思ったら、突然眼前に影がさし、心臓が凍り付く。 


 いつの間にか、目の前に金髪碧眼の青年ひとが立っていて……あ、いや、違うか、ゲームだからNPC? それとも他のプレイヤーがログインしたのかな? キャラクターの頭上には、ゲームによくある名前の表記はなく、違いがよく分からない。歳はたぶん私と同じぐらいで、17-8歳ぐらいだろうか。樵のような服装を着ているが、体格はどっちかというと細身で、繊細な雰囲気の青年だ。とがった耳と高い鼻梁はファンタジー小説などに出てくるエルフのように美しい。


 綺麗な人だな、と凝視してたら、青年に訝し気な顔をされてしまった。


──しまった……。絶対、変な人だと思われた。


「まさか僕が見えてる?……」

 

 え?? 見えて? どういう事? と思っていたら、突然、覗き込むように顔を寄せてきた。



 ちょ、近っ!!


 思わず椅子にのけぞるような姿勢で顔を背けても、相手が距離をとる様子はない。凝視していた私も悪いけれど、顔を近づける理由はなに? というか、BCIGの映像再現度すごすぎ……心臓に悪いよ。ゲームでも、彼氏いない歴=年齢な私には荷が重すぎる。


 もしかしてこれはイベント? ルーちゃんが最初にランダムでアシストNPC? がつくとか言ってたから。



「やっぱり、僕が見えてるね」

「……………???」


 見えてる? えっと……それよりどうやって話すのコレ? BCIGからはキーボードが見えない。ブラインドタッチでやれってこと? 


「どうして黙ったまま──ん、IDからして初心者だね。もしかして話し方がわからない? あぁ、僕の存在に驚いてるのか。僕はただのNPCだよ。そしてここは僕の家。で、初心者がどうやってここに?」


 青年は顔との距離をさらに詰めて聞いてくる。 


「ま、まって! かっ顔が ち‥‥近いので離れて!」


 思わずパソコンの前でつぶやいてしまった。


 何をやってるんだろう……マイクもないのに相手に聞こえるわけが

「ああ…ごめん。僕が見える人が珍しかったから」



 あれ……普通に返事かえってきた、よ? 


 となると、キーボードで会話文打たなくても大丈夫な、ゲームってこと?


 どうしよう……わからない。


 キャラクターだけ作って飽きたらやめようと思っていたから操作方法など見ていないし。しかもしゃべって気が付いたけど、声の[そのままを選ぶ]ってのはどうやら、私の地声を選ぶという設定だったみたい。


「もしかして操作に困っている? BCIGは見るだけではなくイメージで動くことが可能だし、話すことも可能だよ。複雑なものは難しくて、最初は上手く動けなかったりするけど。慣れてくると自然にできるようになるから」


「──そうなんだ。教えてくれて有難う……えっと、もしかすると貴方はキャラクターにつくアシストNPCさんですか?」

 私が聞くと、青年は驚いた顔をした。

 

 あれ……ちがった? 村とかにいる普通のNPCだったのかな。


 青年はしばらく考え込むように黙ってこっちを見ていたが、何やら得心したかのように首を縦に振ると

「そうだよ」といい、きらりとカードのようなものを差し出した。


「受け取ってくれる? これは『絆の札』といって、NPCがアシストしたいプレイヤーに渡すカードのようなものだよ」


 私は青年から『絆の札』を受け取ると、カードがキラキラと緑色に輝きだした。札には、この世界の文字らしきものが書かれていて、私には全く読めない。けれど不思議な事に、まるで耳に響くように、言葉が伝わってくる。


「──の・・・ノ エ ル……これって、貴方の名前?」


「うん、ノエル。君は、ナツキっていうんだね。よろしく、御主人様マスター

ノエルはそういって、にこりと微笑んだ。

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