第14話 F-7 王都の大通りで
ギルドチームの扉から外にでた私は、耳に響く、音、に驚いた。
多数のプレイヤーの話し声が聞こえてきて、まるで、お祭りにような賑やかさだ。
ただ、ゲームでよくあるBGMのようなものは流れていない。プレイヤーが歌や楽器を奏で、はやし立てるような声は聞えるけれど。
建物は煉瓦でできており、石畳の道の遥か先には堅硬な城が見える。まるで中世の西洋をイメージしたテーマパークにでも来たかのようだ。
その上、人がすぐ傍を通り過ぎていく感触や、足から伝わる硬い地面の感覚、肌に太陽の温かさまで伝わってくるので、仮想世界と解っていても、それを否定しきれない。
すごいなぁ。
私は、周囲の建物や、華やかなプレイヤーの装備に見とれ、自分でも気が付かないうちにフラフラと歩き出していた。
そう、ふらふらと‥‥‥あれ? なぜだ‥‥なんだかうまく歩けない。
もしかしてバーチャル世界の感覚に追いつけてない?
「あわわっ」
プレイヤーに度々ぶつかりながら流されるように大通りへと押し出され、しりもちをついてしまった。
ドドドドドドドドドドドッ
右側から、何かが近づいてくるような地鳴りが耳と体に伝わり、音のほうへと振り向いた時だった──
「お嬢さん!! どいて! 竜にぶつかるわよ!」
赤い小型の肉食恐竜のようなものに乗った、淡紅色の鎧をまとった女騎士が私に大声を上げる。
兜で顔は見えないものの、女騎士の凛々しい姿があまりにも美しくて、思わず見入ってしまった私は咄嗟の判断が遅れてしまった。
「あ‥‥」と思った時にはもう遅い。しかも、女性騎士の背後には複数のプレイヤーが、彼女と同様の竜にのって私に接近してきている。
──ひ‥‥ひき殺される。しかも複数に。
と思った途端、後ろから誰かに引っ張られ、僅差で私は女騎士にぶつからずに済んだ。
引っ張ってくれたのはノエルだ。
「ふふっクマさん! いい反応ね!」女騎士はノエルに微笑みかけると、ゆるめた竜の足を再び加速させる。
竜が勢いよく通り過ぎる風圧や、重厚な足音が耳に響くのを感じながら、私は、凍り付いたまま動けなくなった。ノエルはそんな私を、ほのぼのとした顔のクマの姿で、じっとみている。
「マスター。大丈夫? ここは竜巣が近いから、プレイヤーの間で竜専用の道になってるんだ」
「そうなんだ‥‥ありがとう、助けてくれて」
「マスターを助けるのは当然の事だよ」
淡々とした言葉だったが、愛らしい熊の顔をみてほっとした時だった。
「きぃ~さぁまぁぁぁ! 竜が傷ついたらどうしてくれる! 気をつけてくれっ」
突然、竜に跨った魔導士風の男が私に怒鳴ってきた。見降ろされる形で怒鳴られ、口が震えて謝罪の言葉がでてこない。
「どうどう~。スミ~ったら、顔真っ赤過ぎだよ~。フレンドキャンペーンの服を着てるしぃ、初心者なんじゃない? でも、お嬢さん、気を付けてねぇ~。街の中なんだしぃ~ぶつかっても互いにHPは減らないけど、進行の邪魔になるからねぇ~?」
男性の背後からボブカットの女性が宥めるように言うと、男は、ぷいっとそっぽを向き無言のまま竜を走らせた。竜に乗った他のプレイヤー達も、何か言いたげな顔で、チラリと私を見ながら、目の前を通り過ぎていく。
早速やってしまった‥‥。
慌てて、先程の女性騎士をイメージしてウィスパーボイスをするも、ブロックされているのか反応がない。
落ち込む私の横から、ルーちゃんが、「ナツキ―!どこ?」と探す声が聞こえる。力なく手を振り、ルーちゃんと声をかけると、彼女は、ほっとした顔をして私のほうへと歩をすすめた。
「ナツキ、いきなりいなくなるから、ビビったよ。ちゃんと俺についてきてくれないと───そういえば、歩いたり動いたりってのは、まだ慣れてないっけ?」
「ごめん‥‥勝手に歩き出したりして」
「え!? えと、どうしたの? なんでそんなに落ち込んで──えっ俺? ‥‥私、言い方きつかった? ごめん。ごめんね、ナツキ」
「──ちがっ……違うの。ルーちゃんに言われて落ち込んでいるのではなくて‥‥その」
私は事の顛末をルーちゃんに話すと、大笑いされた。
「あはははっ。なんだ、そんな事か。初心者はよくぶつかるんだよ。気にすんなって」
「でも、ちゃんと謝りたくて。さっきの女性を頑張ってイメージしてるのに通じなくて……ブロックされたのかな」
「マスター、それは、キャラクターの名前を認識できていないからだと思うよ。多分、マスターのウィスパーボイスは、宛先が不明状態になっているかと」
と、ノエルが淡々と話す。
え? そうなんだ……でも結局、ちゃんと謝れていないってことだよね。
「今度、あの女性騎士を見かけたら、謝らないと‥‥」
「律儀だなぁ~ナツキは。俺が女騎士だったらそんな事いちいち覚えてねぇよ。それよりも、さっさと一緒に買い物いこう? 時間が限られてるのに、そんな顔されてたら、俺がつまらない。」
ルーちゃんはそういって、私の肩をガシガシと叩いた。
そうだよね。気持ち切り替えなきゃ。
今度あったら、ちゃんと謝ったらいい。折角ルーちゃんがお買い物に誘ってくれたのに。
「ごめんね」
「おう! また、迷子にならぬように、俺の手でも握ってろよ」
「うん」
ルーちゃんの手を握ると、しっぽをぴんと立ててにっこり微笑まれた。
笑った口からみえる、小さな牙みたいなのが、なんとも可愛らしい。
やっぱ、ルーちゃんは凄いなぁ。
迷惑かけてばかりなのに、文句ひとつ言わず、にこにこして私の相手してくれるし。さっきまでの落ち込んだ気持も、ルーちゃんが笑い飛ばしてくれたおかげで、だいぶ軽くなった。
よし、出直しと気持ちを切り替え、ふとノエルを見るとクマの瞳が、繋いでいる私達の手を凝視している。
あれ……まさか、ノエルも手を繋ぎたいとか?
そっか、私がノエルだったら、一人置いてけぼり食らったような、寂しさを感じてしまうし。
ちょっと恥ずかしいけど、ここはマスターらしく勇気をださなきゃ。
「の、ノエルも……手を、つ……つなっ、繋ぐ? はぐれたら、い、いけないし」
「何故? 僕ははぐれたりしないけど」
「………」
勇気は粉々になった。
「ノエル、ナツキと手を繋いでやれよ。あー必要性がないから、わからないのか‥‥えとな、ナツキはお前と手を繋ぐと喜ぶぞ。ま、つながないんなら、別にかまわん。俺が嫁を独占するだけだ」
「えっ、いや、私はその」
やめて~~っ。心の傷をこれ以上広げないで。
「──喜ぶの!?」
ノエルが突然、意気込む感じで私の手を握る。
しかも熊の顔で凝視されてなんか怖い。
「マスター? 喜んでる?」
「えっ?? あ~うん」
「よかった」
純粋なノエルは、ルーちゃんの言葉を信じ切っているようだ。
何となく罪悪感が……別にノエルと手を繋ぐのは嫌じゃない。でも喜ぶとはちょっと違うような。
「やっぱ、ノエルは面白いよなぁ」
横でルーちゃんがニヤニヤ笑っている。
こうなるとわかっていて、ノエルに私と手を繋ぐようにいったんだろう。少しむっときたが、自分から手を繋ごうと言った手前、何となく言い返せない。ノエルの扱いはルーちゃんのほうが上手のようだ。
私がマスターなのになぁ。ちょっと複雑。
3人で手を繋いでいるのに、私は妙な疎外感を感じてしまった。
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