第23話 F-13 兵士の洗礼
「はぅ…………なんとかついた」
脈打つ鼓動で胸が痛い。体力切れで息がきれたからじゃない。ノエルに連れられ、小屋から森を突っ切ってグイードの村へ向かう途中、また、あのリスに遭遇し、恐怖で何度も心臓が壊れそうになったからだ。しかもリスは先ほど見た愛らしい姿ではなく、攻略サイトでみた気持ち悪い姿をしていたので余計に怖かった。
ノエルがいうには、変態すると大型になり醜くなるらしい。ちなみに大きさに関わらず、肉や皮の量はおなじなのだとか。不思議だ。
それなりにゲームの経験はあるので、気持ち悪いモンスターへの耐性には、自信があったのに。なぜ、あそこまでリアルにしたのだろう。動物園のライオンは檻にいるから怖くないという事実を実感させられたような気分だ。
本当、画面越しであるかないかで、恐怖が半端なく違うよ。
「マスター? 休憩する?」
「──ううん、大丈夫」
何度か深呼吸して、落ち着いてくると、気持ちにも余裕が出てくる。まずは村の現在位置の把握をしなきゃ。
私は、村の周囲をぐるりと見渡した。
村は質素なレンガ造りの家で、緑っぽいうろこ調の屋根のある小さな家が多数建っている。お店には、NPCらしき背中に羽が生えた女の子が立っていて、私と目が合うと、にっこりとほほ笑んできた。天使のように可愛らしいが、心が伴ってない作られた感じの笑顔だ。ノエルと比較すると人形っぽくぎこちない。
そういえば、村にたどり着くのに必死で忘れてたけど、ノエルは、目立ったりしてないだろうか?
不自然にならないよう、そっとプレイヤーの視線を確認してみたが、特にノエルに関心を持つようなものは感じられない。それよりも周りの華やかで、きわどい服の方に私のほうが、目移りしてしまうぐらいだ。
──っと、遊んでる場合じゃなかった。洗礼を受けるために、教会を探さないと。
私と同じように初心者がいれば、後をついて行けば探す手間が省けるかなと思ったけれど、周囲にいるプレイヤー達の装備は明らかに、レベルが高そうで、そういった期待はできそうにない。
そういえば、ルーちゃんが森の近くに高レベル帯のダンジョンがあるっていってたような……。
色々お店とか見て周りたいけど、まずは戦闘の準備をしなきゃ。 教会は、たしか最北端にあったはず──って。
「……北ってどっち?」
「北? あぁ、教会なら、位置は把握してるよ」
「──ごめん」
くぅ。画面越しだったら地図を見ながら行けるのに。
走ってきたから現在位置が村の何処かもわからないし、十字架のシンボルマークが全く見当たらない。村の中でもノエルに頼りっぱなしなんて、マスターとして情けなくなる。
「ふふっ、そんなに落ち込まなくても、僕は村に行ったことがあるから知ってるだけだよ」
落ち込んでる私とは違い、何だかノエルは嬉しそう。マスターの役に立てて嬉しいのかもしれない。
「そうなんだ。私だって、一応、教会とか初期で必要となる場所は覚えてきたつもりだったんだけどな……」
「気にしないで、どんどん頼っていいよ。そうやって僕なしでは、生きていけない体になってくれればいいから」
「ぅ………え?」
満面の笑みで、さらっと言われ、そのまま頷きそうになった首が途中で固まる。
「あれ? 言い方が違った?」
「……どっ、どこでそんな言葉を覚えてきたのっ?」
「──ん~、本から?」
フランダースってそういう話だった??
原作に、そんなぶっ飛んだ展開があるのだろうか? いや待て、犬のパトラッシュがそんな事を言うわけがない。
「とにかく、そのセリフは禁止! 友人として相応しいものじゃないから」
ルーちゃんの前で言われたら、私が変な事を教えてるんじゃと思われる。というか私の人格が疑われるレベルだよっ。
「わかった──友人とは奥が深いんだね」
真剣な顔で頷くノエル。どうやら、冗談で言ったわけでもないらしい。人前で変な事を言い出さないか、不安で仕方がないよ。
○〇〇〇
ノエルに連れられてついた教会は、一見して教会には見えない建物だった。扉の上壁には、レトロなランプがあり、青光りする小さな妖精が座りながら眠っている。地味な外壁に対し、扉は妖精の羽の絵が描かれていて華やかだ。教会というよりは、西洋の美術館のように見える。てっきり、屋根に十字架とかある建物を想像してたけれど、この世界では違うようだ。
他のプレイヤーは、どうやって見つけたんだろう? と呟いたら、扉の横の標識に、このゲームの世界の言葉で「教会」と書かれているよと、ノエルが教えてくれた。
そんなの初見だとわからないよ。
王都で開始の初心者プレイヤーにはそういった説明があるのかな? それとも侵入できる建物をしらみつぶしに探して把握しろというゲームなのだろうか? 画面越しなら面白いと思うけれど、バーチャルだとちょっと面倒だなっと思ってしまう。
ドキドキしながら扉を開けると、中は質素な造りの礼拝堂だった。外観とは違い、中はイメージしていたのと同じだが、祭壇の後ろによくある、十字架がない。ゲームという架空の世界で、現実にある宗教的表現は避けた方が無難だと、運営側が判断したからかもしれない。
きょろきょろと周りを見回すと、私以外にも、壁際にプレイヤーが何人かいて、何か話しあっている。祭壇の前には、修道服を着た、ダイナマイトボディの美女が立っていた。背中の透明な羽がキラキラと輝いていて美しい。服的にNPCかな? このゲームはプレイヤーとNPCとの見分けが難しい。今までのゲームみたいに、頭上の表記で見分けるシステムにしてほしいよ。
「ヨウコソ。大樹の子羊ヨ」
ダイナマイトボディに魅入りならが近づいたら、片言で突然話しかけれ、ビクッとなってしまった。
「マスター? 彼女の胸部ばかり見てるけど、どうかした?」
「いや……その」
やばい。ノエルの視線が妙に冷たい気がする。
いや、だって同性でも、ないものを持ってる人をみたら羨ましくて見ちゃうよね? って私だけ?
「子羊ヨ、洗礼を受けに来たのですが? それとも職の変更デスカ? 功の系はどのように極めようとも神より許される力は一種だけです。変更する場合は、心して選びなさい」
あ、しまった。胸の事で頭が一杯になってた。洗礼を受けにきたのに。
「……えっと、兵士の洗礼を受けに来ました」
「ワカリマシタ。大樹の神々の祝福を授けマショウ。そなたは兵士となり、この世界の邪悪なモンスターから、か弱き者たちを守りなさい」
ダイナマイトボディはそういうと、ガラスのような透明な花ビラを私の頭上に振り撒いた。
キラキラと舞う花びらが私の身体に触れると、溶けて消えていく。
綺麗だなぁ。
でも、これで私は兵士になったの?? 全然実感ないけど、大丈夫なのかな。
期待と不安が半々だが、当初の目的が無事達成出来てほっとする。
「修道女さん、ありがとうございます。私はナツキといいます。よろしくお願いします。ところで貴方のお名前は?」
今後、またお世話になるかもしれない。名前ぐらいは知っておきたい。
「セレナーデ、といいます。子羊ヨ」
子羊……。私の名前を上手く聞き取れなかったのかな。
「あの、私は子羊ではなくて、ナツキって名前で」
「…………………………………」
「あの~~」
「…………………………………」
セレナーデさんは、無言のまま私の顔をじっと見ている。その顔には全く感情らしきものはなく人形のようだ。ノエルの時のように何かを考えているのか、それとも何も考えていないのか全く分からない。
「セレナーデさん?」
「ヨウコソ。大樹の子羊ヨ。子羊ヨ、洗礼を受けに来たのですが? それとも職の変更デスカ? 功の系はどのように極めようとも神より許される力は一種だけです。変更する場合は、心して選びなさい」
──えぇぇ! 最初にもどっちゃった。
「マスター、彼女は必要事項以外は全く話さないよ。そういうNPCだから」
「そうなんだ………」
セレナーデさんもノエルと同じように、話してくれるって思ってたけど違うんだ。
「マスター、これで洗礼は終了だよ。やっと一緒にクエストが受けれる」
ノエルが横で嬉しそうに微笑む。
「うん! 頑張る………ノエルには迷惑かけちゃうかもしれないけど」
「大丈夫だよ。ちゃんとサポートするから。だから──逃げないでね」
ノエルの妙な気迫に若干ひきつつ「お手柔らかに……」と裏返った声で私は返事する。
「まずは、モンスターをみても物怖じしないように、精神面を鍛えないとね。最初はリスを100体、無意識でも殺れるよう鍛えたほうがいい。あれ? マスター、なんで逃げ腰なの? ふふっ、だめだよ、一緒に頑張る約束だったでしょう? マスターの為なんだから、泣いても逃がさないよ」
────ノエル……笑ってるけど言ってる事が怖い!!
無意識に後退ると、逃さないと言わんばかりにノエルは私の腰に腕をまわし自身へと引き寄せる。
「え?? ちょっ、何?」
「いや、なぜか、マスターが瀕死のダークスクイレルのような顔をしてたから、思わず──ん?」
「ちょっとまって、人の顔をあの怖いリスみたいってどういう──
ノエルは私の反論を無視し、何故か視線を上にやると突然私を抱え、セレナーデさんの傍からジャンプして遠ざかった。
ズシーン! スシーン! ズシーン! ズシーン!!
轟音とともに、私が先程いた頭上からまっ黒な棺桶が、四基、落ちてきた。けれど、教会の天井には何ら被害はない。となると空間移動みたいな感じで棺桶が落ちてきたのだろうか?
──というかあのまま立ってたらリアルだと完全に、ご臨終じゃないかと、背筋にヒューと冷たいものが走る。
「マスター、言い忘れてたけど、修道女の前はダンジョンで死んだプレイヤーが蘇生で戻ってくる場所なんだ。用事が済んだら離れないと、下敷きになるよ。まぁ痛みもないし、村だからダメージもないけれど」
「そんな大事な事、言い忘れないでホシイデス……」
また他のプレイヤーの迷惑になっちゃうよ。
「確かに。マスターが下敷きになる姿を見るのは僕も嫌だ」
「重要な点そこっ??」
「そうだけど? 死んだら、近隣の教会で生き返るから覚えておいて。僕が傍にいる限り、死なせるつもりはないけれど」
ノエルは私を床におろすと、棺桶の方へ指さしながら、淡々と説明してくれる。
「畜生! だから俺はあいつは嫌だって言ったのに」
突如、蘇生が無事終わったプレイヤーらしき一人が、棺桶から文句を言いながら出てきた。ついで出てきた二人も、ダンジョンで死んでクエストを上手くクリアー出来なかったからか、表情が暗い。
「でも、私達が職関係なく一緒に行きましょうって野良で募集かけたんだし」
「確かにそうだけど。妖精の塔のダンジョンで、あの職だけは、自重して野良には入らないのが普通でしょう? しかもデメリットが高いダイスを振るなんて、全滅したいがためにわざとやったとしか……」
三人とも、装備からして高レベル帯のプレイヤーのようだ。どうやらまだ出てこない四人目のせいで死んでしまったらしい。
うう・‥‥私も失敗して他のプレイヤーを死なせたら、あんなこと言われるのかな。
何となく他人事とは思えなくて思わず会話に耳を傾けてしまう。
「いやぁ~♦ ゴメンネ♡ ボクのダイスがうまく出なくっテ~☆ スリリングな気分を味わってみたくてダイスを振ったら、死ぬ確率がここまで高いなんて思わなかったヨ~♡」
最後の棺桶から、全然反省を感じられない、楽し気な声で四人目がでてくる。
詳細はわからないけれど、その謝り方はないのでは、と思わず突っ込みたくなった──が、棺桶から起き上がった彼の恰好を見てそんなものはどうでもよくなった。
なに………この衣装。
ピエロ? いや、トランプのジョーカー??
長身で細いしなやかな体型を誇張したいかのような奇抜な全身タイツには、赤と青の左右対称で、胸や足元にはスペート、ハート、ダイヤ、クローバといった、トランプの絵柄がいかにもそれっぽい。
ジョーカーは狐みたいに目を細めながらケラケラと笑っていた。真っ白に塗りたくった顔に、紫色の歪なラインが引かれた唇は、見ていて気持ちが悪い。顔のパーツだけを見れば、鼻筋も通っているし、元の顔は端整であっただろうに。わざと酷いメイクをして、周囲が不快になるのを楽しんでいるのだろうか?
奇抜な格好をする真意は不明だが、これだけは言える。言動的に余り関わりたくないプレイヤーだ。
周りも同様に思っているのだろう。教会の内部にいたプレイヤーは皆、彼の姿に唖然としながらも、視線を合わさないよう目を反らしている。
ジョーカーは棺桶から出ると、セレナーデさんにウィンクしたりしておどけていたが、無言のままの彼女に「相変わらず、つれないねぇ☆ 体型がタイプなのに、ざぁ~んネン♡」と、周囲の空気を全く読まず、楽しんでいる。パーティメンバーの怒りの視線など意にも留めていない。
これはもめそうだ。
傍観者の中で一番近い距離にいる私は、万が一にも巻き込まれたりしたらいやだ。ノエルと一緒に、そっとこの場を離れよう。
そ~っと そ~と………私はなるべく通りすがりのモブの如く、ひっそりと張り詰めた空気の場から距離をとり始める。
「マスター。洗礼も終わったし、兵士の武器はどれをメインにする? 槍? 剣? マスターは初心者だから剣のほうがイメージしやすいかな」
突然ノエルが場の空気を読まず普通に今後どうするか? という話題を私に投げかけた。
──ノエル~~~~!!
私はノエルを無視して、そのまま彼の手を引き、教会の出入り口へと足を進める。まだ慣れてなくてふらつくけれど、さっさとこの場から去りたい。
「マスター? どうしたの? 僕、また困った事をいった?」
「ねぇ♦ 君、初心者なの?……ぷぷっ☆ 洗礼を王都で受けず、わざわざここで?」
背後から投げられた、ジョーカーの楽し気な声に背筋が凍り付く。
………どうしよう。
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