第24話 F-14 脅迫
どうしよう?
個人的には無視を決め込みたい。でも、それで執拗に呼び止められたら嫌だ。こういう人には、無難に返事して、その場から退場するほうがいい。
緊張で強張る首をなんとか動かし、振り向くと、
「ごめんなさい。今、急いでいるから」
といい、ジョーカーから逃げるように、私は教会の入り口へと足を向けた。
──よし! 自然な感じで断れたんじゃないだろうか?(多分) このまま入口へ…………
「やぁ~だナ♡ 逃げないでヨ☆」
「おわっ!」
あともう少しで出口という所で、ジョーカーが、私の目の前に立ちはだかった。
え? どうやって移動したの?
「初心者なんでショ? 色々と教えてあげるヨ♡ で? 名前は?……っといけない、ボクの自己紹介がまだだったネ☆ こちらから名を聞いておきながら、名乗らないのは失礼ダ☆」
「は? え?? (なんで名乗りあう展開に??……)
「ボクの名前は、ピエロ♡ みたまんまじゃない~って突っ込みはなしね。で☆ キミの名前は?」
私からの拒絶の空気なんぞ、完全無視で彼は名乗ると、目を細めてニヤリと笑う。
……なんか怖い。
特に視線が。睨み付けられてるわけでもないのに、切れ長の金の瞳が、何かを探るかのようにじぃ~と私を捉えている気がするのだ。
「ぇと……」
どうしよう。変な人っぽいし、これ以上関わりたくない。
「ごめん。迷惑だった? 初心者さんだと思ったから」
先程までふざけていた雰囲気とは一転して、真面目な口調でピエロが話し出す。
「っあ、えと、その……」
「いいんだ、もう。職が遊び人だとね、皆から嫌われるんだよ。運任せの下手くそってね。でも、名前すら拒否されるとは思わなかったかな……」
うっ……そんな悲し気な顔で(メイクはアレだけど)言われたら罪悪感が。
「あ、あの、私はナツキ……親切で声かけてくれたのに、ごめんなさい」
「わぁ~~♡ ちょろいネ☆ キミ♡ ふぅ~ん、ナツキかぁ~☆」
────えっ??
「ネェ~ナツキ~♡ 今度会ったら、デートしてくれル? あっPTの誘いではないヨ♦ 本当にデートッ☆」
「お断りします」
「ギャハハっ☆ 即答すぎっ、ヒドイ♦」
この人は何が目的なんだ。からかいたいだけ? 全く意図がわからない。しかもピエロの背後では、なに、無視してんだよ! コラ! と言わんばかりの三人が鬼の形相でこちらを見ているし、さっさとこの場から去りたい。
「ピエロさん……後ろの人たちが、用があるって感じだけど」
そういってみても、聞こえてないのか、聞いてないのか、ピエロはにっこり笑うと「はいっ♡」っと薔薇の花束を私に突きつけた。
一体どこから???
と、思ったら、目の前の花束がポンと音を立てて消え、──あっ、と思った瞬間、
『どうやってノエルを手に入れたのかな?』
腰が砕けそうなバリトンボイスで、耳元へと囁かれ、背筋がゾワっと凍り付く。
……なんでノエルの名前を知ってるの? 私、口にしてたっけ?
というか、ウィスするならわざわざ、耳元でいわなくったって……。
私の反応に、ピエロは満足そうにニンマリ笑う。
「ワァ☆ ナツキったら、ボクがちょっと迫ったぐらいで驚いちゃって初だねぇ~☆ ボクの好みとは全く逆の体型なのにそそられたよ~♡」
さり気なく私の体型をディスりつつ、キャッキャと私の周りをピエロが飛び跳ねた。
『今度ゆっくり、ノエルについて聞かせもらうおうかな~☆ 今日は背後の奴から説教食らっちゃうだろうから見逃してあげる♡ 逃げたらわかってる? ふふっ……本来存在しないNPCがいるって運営に報告したら、ノエルはどうなるだろうネっ?』
「なっ そんな事しなっ
「しぃ~☆ 密事は二人の時に話そウ♡ ね? ネ? いいよネ? 恥ずかしいなら、そこのNPCも連れてきても構わないヨ♦ それとナツキ、名前教えてくれてありがト♡ 密談できるようになったし~ボクは超ラッキーだヨ~☆」
「あ……」
ピエロは、その為に私の名前を聞いたんだ。
「マスター……」
横でノエルがピエロに警戒しながらも、どうすべきかといった顔をしている。
落ち着け私。ここは表向きだけ彼の申し出に頷いておいて、後でルーちゃんに相談するんだ。
「わかった……あなたと話せばいいのね」
「わ~い☆ アリガトぅ~♡ でも、この事は、他のプレイヤーにはナイショね☆」
「えっ………」
───みっ、見透かされてるっ。
「内緒だよ~☆ もし話したりしたら~☆」
「──わ、わかった。いこっノエル」
私はノエルの服の袖を引っ張りながら、逃げるように礼拝堂の外へと出た。
「マスター?? どうしたの?」
ノエルの質問には答えず、足をふらふらさせながら走り続ける。何でもいいから、ピエロから今すぐ離れたい。
【ノエルは、どうなるだろうね】
そう言い放ったピエロの声はとても冷たかった。彼は何者なんだろう。偽装したノエルに気がつき(しかも名前まで知っていた)もしかしてゲームマスターなのだろうか? そのわりには、他のプレイヤーに迷惑をかけるような行動をしているようだし、何が目的なんだろう。
礼拝堂からかなり離れたところまで来ると、私は大きく息を吐き座り込んだ。ノエルも一緒に座り込み、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「マスター………どうしたの? その顔は怖い時の顔だ。僕に恐怖した時より、もっと強い表情に思える……彼はマスターとなんの話をしていたの?」
ノエルに聞かれて、話していいのか一瞬、悩む。
ピエロは他の【プレイヤー】には言うなといっていた。ということは、ノエルは構わないってこと? 連れてきてもいいとか言っていたし。一緒にいるノエルには言っても言わなくても、どうせばれてしまうよね。
「あの人、ノエルの事を知ってた」
「──あぁ、」『僕の事を話していたの……』
周りに聞かれないよう配慮したのか、ノエルが途中から、ウィスパーボイスに切り替える。
『うん……ノエルをどうやって手に入れたか教えろって。でないと運営に報告するって……どうしよう』
『大丈夫。マスターは、運営から何ら咎めは受けないと思うよ。僕とマスターは偶然に出会って、僕が、自らマスターのサポートをしたいと申し出たのだから。たとえ僕がそれで消されても、代わりのNPCは、ちゃんと来る。だから──
『違う! 私が怖いのは、運営からの咎めじゃなくて、ノエルがいなくなることだよっ! ノエルの代わりなんていないんだ。そんな事、言わないでっ。怒るよ!』
『えっ?─────う、ん………』
ノエルはきょろきょろと視線をさまよわせた後、俯いてしまった。前髪で隠れて表情はよくわからないが、少し震えている。
いけない、代わりが来るなんていわれて、つい口調をあらげてしまった。
『ごめん、自分の事しか考えてなかった……一番怖いのは、ノエルなのに』
『………………』
ノエルは俯いたまま、まるで何かに耐えるかのように拳を握りしめ、沈黙し続ける。アシストNPCが、マスターを思って発言したのに、怒るとか言われたら、ショックを受けて当然だ。
『………本当にごめんなさい』
はぁ……私って、いつもノエルに謝ってばっかり。頼りないにもほどがあるよ。
『え?? あぁ……謝らないで。ちょっと刺激が……』
淡い微笑みを交えながらノエルはいう。もしかして私に気を使って無理してるの?
『マスター、そんな事よりピエロの件だけど、彼には報告させないから大丈夫だよ』
そんな事って──。
こっちは罪悪感で一杯だったというのに……って、まって報告させないってどういうこと?
『何かいい方法でもあるの?』
正直、NPCのノエルが人の機微を理解して上手く交渉できるとは、思えない。しかも相手は、何を考えているのかよくわからない変な人だ。私だってどうやって交渉したらいいのか全く分からないのに。
『あるよ。だから僕の事は、アシストNPCとして………あぁ違った友人として頼ってよ』
『本当、に?……凄い。私なんか、ノエルの事で頭が一杯でなんにも考えられなくて……………って、ノエル?』
何故かノエルは口元を抑えながら、私から視線をそらすと俯いてしまった。何時もはこっちが恥ずかしくなるぐらい、ガン見で話してくるのに、一体どうしたの?
『だめだ……耐えられない』
『──えっ?』
耐えられない??
あーそりゃそうか。ちゃんと解決策があるノエルに対して、私は策の一つも思いついていないから。
『私もちゃんと考え──
『───い』
『……え?』
『繋がりたい』
『……………』
どうしよう。なんか違う意味でノエルの事が心配になってきた。
あほか~と、漫才なノリでスル―したほうがいいのかな。
でも、恥じらう乙女のような顔をされたら、そんな気持ちも失せる。むしろ私のほうが恥ずかしい。
『え~と、今は、問題解決を優先しようか?』
『そんなのどうでもいい……今は』
『どうでもよくないっ。ノエルがいなくなったら嫌だよ』
『僕が、いなくなったら嫌……』
そうそう。まずは現実を……
「──って、ノエル? 何故私の顔をホールドしてるの?」
「繋がりたい……だめ?」
睦言のような声音で聞かれ、頭の中が沸騰しそうになる。
「なっ……絶対ダメ! というか、そんな恥ずかしい事、口にしちゃだめ!!」
ウィスなしで言うなんて信じられない。誰かに聞かれたら恥ずかしすぎる。ノエルは恋情なんて皆無の、好奇心だけでいってるから平気なんだろうけど。
「ほぅ~? つながるって何だ? ノエル。俺が討伐行ってる間にずいぶんナツキと仲良くなったもんだな」
座りこんで話していた私達の背後に、突然黒い影が覆う。
振り向くと、そこには般若、じゃなかった、いかりの形相のルーちゃんが立っていた。
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